妖精メイドは取り乱さない①
一巻完結のハッピーエンドなので、気軽に読んでください。
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次に意識が戻った時、俺は見知らぬ宿のベッドの上で横になっていた。
ゲームの始まり方としてはよくある、使い古されたシチュエーションだ。
そして、俺はここがゲームの中だということを知識として持っていた。
しかし、この知識をどのようにして得たのか、その肝心なところは完全に抜け落ちていた。
意識を取り戻すまでの経緯を、どうしても思い出すことができなかった。
知識だけを持った空っぽな存在、いわゆる記憶喪失の状態だった。
自分のことについてわかるのは名前と年齢くらいで、誕生日や血液型、両親の顔までも思い出すことができなかった。
その他にも記憶の断片だろうか、何の意味も持たない文字の羅列が知識として頭に入っていた。
「よし」
寝そべっていても仕方ないので、ベッドから起き上がった。
本当にここはゲームの中かと疑うくらい、あらゆる物がリアルだった。
部屋の内装は木目調で統一されており、電子機器の類いは見られなかった。
まずはゲーム序盤のお約束である部屋の探索を行った。
ベッド横の棚の上に置いてあったメモ帳は白紙だ。一応パラパラっと捲ってみたが、特に変わったところはなかった。
棚の方も開けてみるが、詩集や燭台が入っているだけだった。
次にクローゼットを開けてみた。
クローゼット内は空っぽで、木製のハンガーが三つかかっているだけだった。
ゴミ箱の中も空っぽ。塵一つ入っていなかった。
窓辺の植木鉢を持ち上げてみるが、何もなかった。
どうやら俺の記憶の手掛かりも、アイテムも何もないようだ。
「仕方ないか」
何もわからないままだが、部屋の外に出るしかなさそうだった。
「あれ? ドアが……」
ドアノブは下ろすタイプだったが、どう力を加えてもビクともしなかった。
鍵がかかっているとかそういう感じではなく、そういう形に削り出された岩としか思えないような硬さだった。
「はぁ、ダメだ」
ドアノブと数分間格闘したが、降参だ。
俺はよろよろと力なくベッドに腰掛けた。
すると、俺の目の前に突然直径15センチほどの不自然な黒い球体が出現した。
「何だ、これ……?」
恐怖心よりも好奇心が勝った。
俺は恐る恐る手を伸ばし、その黒い球体に触れた。
ぷに、ぷに。
表面はすべすべとしていて、ほどよい弾力と温もりがあった。
まるで赤ん坊のほっぺたみたいだなと思っていると、黒い球体が波打った。
「ちょっと、くすぐったいのでやめてください」
「え、しゃべった?」
俺は慌てて手を引っ込めた。
黒い球体はすーっと形状を変えて、メイド風な妖精を象った。
「おはようございます、凉城終生様」
妖精メイドは慇懃に挨拶した。
「君は、リーリアか?」
俺はこの妖精メイドのことを知識として持っていた。
「はい、私は案内役を仰せ付かったリーリアと申します」
翡翠色の髪を靡かせ、空中で優雅に一回転しながら、リーリアは自己紹介した。
「リーリアは記憶を失った俺を補助する目的で作られた存在、で合っているんだよな?」
どうしてこんな回りくどい状況になっているのかわからないが、それは覚えていた。
「はい、合っています」
「多分、初めましてかな?」
「はい、こうして顔を合わせるのは初めてです」
「ここは、どこなんだ?」
「現在の座標はアイディール王国の東に位置する始まりの町の一つ、シティブレスの旅人の宿の一室になります」
「なるほど……」
リーリアは懇切丁寧に説明してくれたが、余計にわからなくなったというのが本音だ。
何せ、この世界の地図が知識として入っていないからだ。
「それでは、凉城様の置かれている状況について説明させて頂きます」
「頼む」
「ここはファンタジー・イン・リアリティと呼ばれるVRMMOの世界です。この世界は北欧神話を舞台としており、エルフやドワーフのような人類以外の知的生命体が生活しています。また、スキルや魔法の概念も存在しております。そして、プレイヤーは冒険者として、魔王討伐を目指すゲームとなっております」
「普通だな」
俺は思わずそう漏らした。
自分に関する知識よりも、この手のゲームの知識の方が詰め込まれていたからだ。