何たる言い草、根(拠)無し草
つい先日、小学校の同級生と偶然仕事で会った。
「皮田が一番最初に結婚しそうだと思ってんだけどね」と意外そうに話していた。彼の薬指は鬱陶しいくらい金属の光沢を放っていた。
意外とモテそう、意外と頭が良さそう、意外と真面目そう、意外と面白い、意外と頼りになる…。この辺りは見た目ではマイナスのイメージが強いということで、言われて喜ぼうにも肩透かしになる。
意外と不器用、意外と遅い、意外と仕事ができない。これを言う人間の表情がありありと浮かぶ。変にニヤけた顔、ガッカリした顔。大変、不愉快極まりない。
自分がやられてマシなのは前者の方か。まだ意外性というのをいい方向で言っている感がある。後者は殴ってやろうにも、おそらく自分に失態があった場合だろう。苦虫をクチャクチャと噛みしめねばならない。
他方、前者の意外と「良さそう」方面、傍から聞いていて腹が立つことには違いない。なんてったって見下してモノ言ってきているようにしか思えない。
旅行に行った先で「意外とここら辺も栄えているんだね」という具合。何様なんだと。たかだか大学進学に際して上京したカッペごときが、さも自分を都会人だと言わんばかりに振る舞う。意外どころか論外だ。
とにかくこの手の言い草には、自分が絶対的に上の立場にいる、反撃の及ばない安全圏であるとの驕り昂ぶり。お里が知れるとはこのことか。
さて、皮田が意外に思ったこと。第一は「田舎の水が不味い」。皮田は100万都市で生まれ育ち、東京の大学に進学。就職に際して地方に移り住む。そこで美味かった水道水を上から言うならば「東京、出身地、勤務地」となる。
地方であてがわれたアパートの蛇口から、コップ一杯の水を煽ってたまげた。常温では飲めたものではなかった。カルキ臭さがたまらないのだ。対して東京の水道水は本当に臭みがなく、夏でも常温でゴクゴクいける。
だのに、だ。職場の人間は「東京の水は不味かったろ」など平気の平左で言ってのけてきやがる。
このカッペの魯鈍な物言いは、むしろ田舎臭さが想像通りで、少しも意外なことではなかった。