22:下僕契約とレプティリアン(前編)
ミコトが鍵を閉めてしまったのが理由で、どうやらアントニーが大きく勘違いしてしまったらしい。アントニーが扉をドンドンと叩き、フェイトの身の危険を案じて叫んだ。
アントニーの言い回しが何やら変な方向に勘違いしている事をミコトが感づいて急いで扉を開けると、「ちげーよ!!」とアントニーの硬い腹筋を殴った。
「違うならいいさ。それとフェイトちゃん、夕食は村で買うのが此処の方式みたいだから、一緒に買いに行こうよ」
「良いですね。行きましょう、皆さんで」
可憐な笑みから聞こえてくる悲しい返事。一緒に買いに行こうと言った時にミコトがいた事が要因なのだろうかと、アントニーはミコトをにらみつけると、ミコトがアントニーを嘲笑った。
2人の醜い争いにも気づかず、フェイトは意気揚々と部屋に篭っているライトレットを呼びに部屋へと入った。ライトレットを探し部屋の中をきょろきょろ見て回る。
やがて、風呂場から水を流す音が聞こえて来た。
風呂水でも作っているのだろうか? フェイトは脱衣所の前で待っていると、脱衣所から前髪を下ろしたライトレットが顔に白いタオルを当ててやって来た。どうやら顔を洗っていたようだ。
丁度目が合うと、恥ずかしそうに笑うライトレットと対称的に、フェイトが呆然とライトレットを見る。
「……どうか、しました?」
「ライト君、かっこいいよね」
たった一言の感想であったが、ライトレットへの破壊力も、その様子を見ていた男性2人への破壊力も抜群だった。片方は感動から、片方はショックから。
但し、フェイトの表情はあくまで疑心の表情である。
「前髪下ろすとかっこいいのに……あの性格じゃあ、上向きの方がお似合いかなぁ……」
フェイトは首を捻っもったいないの文字を顔に浮かべて難しい顔をする。悪気があるわけではなく、本当にもったいないと感じて呟いているのだが、ミコトとアントニーはそれを聞き、ライトレットは論外だと、自分達のことを棚に置いて安堵した。
ライトレットはあくまでもかっこいいと言う言葉のみが頭に残っている為、とろける様な笑みで両頬に手を当てた。
「そうそうライト君」
「は、はひぃ!!」
「みんなで一緒にお夕飯買いに行こう!」
「はひぃ!!!」
何はともあれ、フェイト一行は夕飯を買おうと廊下へと出た。
「皆さん、今出るのは危険ですっ」
宿屋の受付嬢が突然フェイトの腕を掴みフェイトを自分の方に引き寄せると耳元で囁いた。小声で言う辺り、声を出してはいけないのだろうと、フェイトは首を傾げて受付嬢を見た。
その時、一気に悲鳴が沸き起こったかと思えば、人が倒れる様な重圧感ある音が扉越しに聞こえて来た。受付嬢は音を聞いた途端に怯え、しゃがんでカウンターの下に隠れる。
「……止めに行きます 」
受付嬢は声を発することすら恐ろしく感じたのか、フェイトが出て行くのを止められず、ずっとうずくまっていた。
フェイト達が外へ出て、最後尾にいたライトレットが扉を閉める。視界に映るのは雑草を徐々に侵食していく血と、その根源に倒れている村人。
フェイト達は目を疑った。アントニーを除いて。
村人を血だらけにしていたのは、フェイトが助けたレプリティアンだったからだ。その上、その後ろにいるのは、レプリティアンの契約者の男だった。
「お前等も殺そうと思っていたんだ。それじゃあ頼むよ、レナ」
レプリティアンにそう言うと、レプリティアンは顔をゆがめて男が持っていた短剣を持ち、フェイトを狙う。ミコトが盾に代わり、フェイトの腕に収まると、レプリティアンに攻撃を何とか避ける。
「見つかってしまったのね……」
「……知らなかったの。契約を重要部位にすれば、近くにいようと遠くに逃げようと、その命令に下僕は従わないといけないなんて」
「そんなっ……!?」
契約者に聞こえないと小声で言った彼女は、フェイトに苦しそうな顔を向けつつも、がむしゃらに攻撃を続けた。
そんなに重たい契約だとは知らなかったフェイトも、彼女の言葉に驚きを隠せない。
フェイトがイアカットプリーストの契約の力を発動し、苦し紛れにも彼女を救う方法が無いのか確認してみるが、画面全体に罰点が表示され、イヤフォンからも否定的な効果音が流れる。
「おい、手抜いてるんじゃ無いのかレナ。お前ならそんなの簡単に殺れるだろう」
フェイトは男の方を見て張眉怒目すると同時に、レナと呼ばれるレプリティアンの力は一層強くなり、スピードも徐々に早まっていく。それは、止めたいという感情と裏腹に体を動かされている事が分かり、フェイトもただミコトや刀を使って攻撃を防ぐことしか出来無い。
「レナ、後ろ!!」
男が叫び、レナが振り返った時にはもう遅い。死体を見に行く振りをしたアントニーが、がら空きにさせた後ろ姿にコインを遠くから打ち飛ばした。
フェイトの盾に倒れ込んだところに、続け様にアントニーが打ち付けながら近寄る。
「アントニーさん、やめて!!」
フェイトがレナから一旦離れ、自身の盾でふさぎ止められていたレナを地面に倒し、アントニーの攻撃を防いだ。攻撃を止めたアントニーは、レナの腰に足を乗っけてしゃがみ、レナに呟いた。
「苦しいだろ?」
アントニーの質問は痛みへの質問では無い。下僕契約が其処まで強いと言う事は、彼女は逃げた後彼に見つかり、体を捧げさせられ、こうして人を狩る物と言う扱いを受けてしまっている確率が高いのだ。
こんなにも簡単で、理不尽な契約のせいで。
アントニーの質問に、レナは小さく頷いた。
「やめてアントニーさん! 彼女は悪く無いの!!」
「悪くないけれど、今逃せば彼女はずっとあの男のオモチャでしょう?」
その言葉がもっとももすぎて、フェイトは何も言い返せない。
「手を抜くな、ソイツ等を本気で殺せ、レナ!!」
男は話すだけで動こうとしない。強いて言えば、もしもの為に逃げる準備は万端なのだろうが。
殺したくなくても、腕が勝手に動く。起き上がりたくなくても、足が勝手に立ち上がろうとする。
レナが起き上がると、2つの瞳から涙を流し、アントニーを狙って飛びかかり、短剣を本気で降り始めた。長いアントニーの髪に軽く掠ると、アントニーの髪が少し切られ、宙に舞い散る。
フェイトの腕に収まっていたミコトは、元の姿に戻るとフェイトに言った。
「契約、発動しろ」
ミコトの力は心だとフェイトが思い出すと、まず自分の契約を解き、急かし声でミコトの姿を変えた。契約発動後、ミコトが手袋を武器化した。レナが瞬時に振り向いた瞬間、ミコトが黒いナイフとレナのナイフがぶつかる。
「俺から背中向けた時点で負けだから」
アントニーの低い声が聞こえて来たかとレナが振り向こうとすると、レナの腰をレイピアで切りつけた。レナの後ろから飛び出す血液に、フェイトが小刻みに震える。
「おいお前」
「今の内に」
アントニーの命令に、1つ舌打ちをしながらもミコトは武器を手袋に戻した後、レナの肩に触れる。以前見たような遠くから光の差し込む道を駆け抜けた先には、レナと契約者とは違う男性がいた。
「そんな!! だって、ずっと一緒だって」
男性の胸にしがみついて今にも泣きそうな表情で見るレナの頭を空いた手で撫でると、男性は、「ごめんな」と謝った。
「それでも俺は、あの街に戻らなくちゃいけないんだ。俺があの街を、守っていかないと」
そう言って男性がレナを無理矢理はがすと、振り向かずに奥へ奥へと駆けていく。今回は扉でなく、徐々に小さくなって白い背景に飲み込まれる形で男性が消えた。
「アルバート!!」
レナが彼の名前を叫んでも、彼は戻ってくる気配など一切無かった。
それから数日分の映像が流れ、また白い背景にミコトとレナがいる。
だが、レナが今回は反対方向へと走っていった。
慌ててミコトがついていくと、奥から緑色の鱗の体を持った老人が現れる。
「長、お願いがあります」
「何じゃお前自ら頼みごととは珍しい」
「外の世界へと行きたいのです」
レナがそう言うと、長は眼光鋭くレナを睨みつけた。
「……あの男を、追うつもりか?」
「ええ」
「ならぬ。お前は外の世界を知らんのだ。そして、外の世界の人間もお前の様な存在を知らん。お前は道中、多くの迫害に合うぞ」
「あの人に会えるのなら構わない!! お願いします!!!」
土下座をして長に強く頼み出ると、長は言っても無駄だと感じたのか、「……知らぬからな」と低い声で言い、払いのけるような仕草をレナにしてみせた。
もう、自分達はお前を助けてやれないと言うかのように。
「ありがとうございます!!」
レナが嬉しそうに出て行き、世界が揺れ始めるとフェードアウトしていった。ミコトが意識を現実に戻すと、レナに聞いた。
「会えたのか。会いたかった男には」
ミコトの質問に、レナは小さく首を振った。
「……バカヤロウ……」
その場にしゃがみこんで、思わず頭を垂れた。心に入ることが出来ても、契約を打ち消しにすることは出来なかった。能力にも限界があるとは言え、あまりの不甲斐なさに怒鳴る気力も失せてしまった。
「……わ、悪かった! 悪かったから、俺とソイツを見逃してやってくれ!!」
形勢の不利さを察した男性が土下座して謝るが、逃したってこの現状はきっと変わらないだろう。契約者の男性を殺そうとしても、彼が殺すなと命令すれば殺せず、死ぬなと言われれば自害も出来無い。
アントニーはニコリと笑って男の方を向く。
「見逃して……くれますか……?」
期待の込められて少し弾む声と、卑しくキラリと光る目がアントニーにささる。アントニーはそんな視線を気にせず、フェイトに視点を移し替える。
「フェイトちゃん。契約者が死んだ場合、契約は破棄されるのかな?」
アントニーの言葉に、フェイトも契約者の男性もゾクリと背筋が凍った。
「どうなの?」
確かに契約は破棄されるが、言ってしまえば、男性はアントニーの手によって殺されてしまうだろう。人が死ぬことも嫌だったが、信頼する仲間が目の前で人を殺すのを見るのも嫌だった。
フェイトはうつむいて返事を返せずに居ると、徐ろに男性が叫んだ。
「お前がっ、お前が死ねばいいんだ!!」
男のその言葉に、全員が目を剥いた。
「そうだ……お前が、」
アントニーが男の前に行くと、踵を男の頭に落として男の頭を地面に減り込ませた。
「や、やめてアントニーさん!!」
どうしようも無い状態だが、アントニーが鬼となって人をこれ以上傷つける姿を、これ以上見たくなかった。目を瞑って、首を大きく横に振って、両手を頭に当てる。
「私を殺してっ!!」
不意を付いたレナの言葉に、フェイトもアントニーも驚いてレナの方を見た。
「……何、言ってるの?」
アントニーが思わず苦笑いしてレナの元へと向かった。
「元はと言えば、彼を追って出てきた私が悪かったの。……けれど、姿を見られるだけでこんなに恐れられるなんて、思ってなかった……」
切実なレナの言葉が、フェイト達に重く伸し掛った。
「……もういいです。アルバートに会う前に、体が汚れてしまった。こんな私のままで、私会えないもの。アルバートにも、長にも」
アントニーは鼻息混じりに溜息をつき、ミコトに手で退けろと手で命令した。
「け、けど!」
「私……死にたい」
レナはボロボロと涙を流して、本音をアントニーにぶつけた。そんな言葉を聞いてしまえば、ミコトはそれ以上止める事が出来なかった。
「フェイトちゃん。……もう、楽にしてあげよう?」
アントニーは悲しそうな表情で、フェイトを見て言った。
「それは……」
フェイトは両手で顔を覆い、震えてアントニーに言葉を返せない。
「君の言葉次第では、俺は彼女を殺さない。……けれど、生かすことが、全て正義なの?」
実直なアントニーの質問に、フェイトは言い返せない。そんなフェイトを見ていると、いてもたってもいられなくなった。
「……アントニーさん」
「何?」
「私はね、正義と思って今までやって来てないよ。ただ、誰かを変えたくて、誰かを笑顔にしたくてやって来たんだよ」
「……で?」
「私は、レナさんもそしてアントニーさんも! みんなの運命を、笑顔に変えたいんだよ!!」
「……っ!!」
アントニーが目を細めた。己の行動の愚かさを、恨むかのように。
フェイトはすがる様に契約リストの紙を取り出して、紙に涙をポタポタと落としながら見つめる。文字なんてこの状態じゃぼやけて見えやしないと言うのに。
「よく言った、少女よ」
フェイトの背後から聞こえて来た大人びた声。振り向くと、同時に、大きな手がフェイト頭に触れる程度に乗せられた。
黒い髪に白いメッシュ。白衣姿のあの男である。
目をこすって、何とかフェイトが文面を見る。
契約効果には、彼の属性が時である事、そして彼が時を1日だけ戻す能力があることが分かった。但し、それは当然契約以降の話だ。
文面を理解した後、希望の眼差しで男を見た。
「……カイルさん……」
契約リストに書かれる名前を見て、フェイトが始めて彼の名前を呼んだ。
「早くしろ。幸せは、1秒でも早い方が……良いだろ?」
フェイトを見ると、意地悪く下手なウインクをしてみせた。フェイトは思わず涙を流しながら吹き出すと、弾んだ声で言った。
「レナさん、あなたの運命、今変えてみせましょう! カイル、契約者フェイトを守るため、いざその力開かん!!」
(22:下僕契約とレプティリアン(前編)了)




