20:溺死の女神セドナ(後編)
「フェイト、ちゃん!!」
フェイトが声のした方に視線を向けると、口から数量の血を出したアントニーがやって来た。
「アントニーさん!?」
フェイトは我が子のようにセドナを抱えて立ち上がり、立ち上がったフェイトの肩の上へとリグレットがよじ登る。
「あの、白黒男……俺達の前に現れたかと思えば、急にミコトとライトレットを魔法で眠らせて、それを防いだ俺を攻撃してきたんだ」
「この人がそんなことを……!?」
「この人……? って、待って、寝てるし!?」
今のアントニーの頭の中にはカイルしか無いようで、あくまでもセドナについて触れる様子は無い。
アントニーが気絶しているカイルを見つけると、自らも傷つきながら、カイルを持ち上げる。
「フェイトちゃん。コイツは今無防備だ。けれど、回復したコイツはきっと危険だと思う。だから今の内に」
「殺生は駄目!!」
フェイトがアントニーの前に立ち、両手を広げると、アントニーが首を横に振った。
「……今の内に、下僕契約を済ませといた方がいいと思う。それも、重要部位に」
「……え?」
冗談かとも思ったが、アントニーの真剣な表情が、真実だと語っていた。フェイトはゆっくりと、アントニーに抱えられ、大量の血を流して倒れているカイルを見た。
「今もコイツは、凄い早さで自然治癒されていると思う。それに、コイツは強い。男共が全員コイツに一瞬でやられたんだ」
「けれど……」
「俺だって、本当はこんなことしたくないよ。けど……コイツの体、おかしい。人じゃないみたいだ。そんな奴がこれからも敵になったら、俺は君を守れる自信が無い。……まぁ、心中もロマンティックだけどね」
アントニーは切なげな笑顔でフェイトに笑えない冗談を言う。改めてカイルの方を見た。起き上がる様子は全く無い。
「……分かった。不本意では、あるけれど」
フェイトは、彼に聞きたいこともあった。重要部位に契約した場合、無理矢理ではあるが、パソコンに自分の映像が入っていた理由を聞ける。
フェイトが通せんぼしていた道を開け、宿屋から出ようとする。受付嬢が心配していたが、アントニーとフェイトは大丈夫の一点張りで外に出る。
村を少し出ると、目を覚ました二人とも合流する。
「ソイツ! お前やったのか!? つかそのガキ」
「ち、違う……と言うか、今からギルド行くから」
「契約か?」
ミコトの言葉に、フェイトは少し間を置いてうなずいた。そんなフェイトを察してか、アントニーが背中をトンッと軽く叩き、「行くよ」と促した。
・ ・ ・
コモードから1キロ程離れた地点にある支店ギルドに到着し、まずはセドナをギルド討伐として預け、しばし10数分の別れに、お互い寂しそうに手を振った。
「……それで、彼と……下僕契約を、したいのですが」
フェイトの言葉に、もちろんギルド店員の反応は厳しい。フェイトの恐縮気味の様子を見て、何か事情があるのかと察すると、すぐに表情を元に戻した。
「怪我してるんで、俺も同行します。出来ますか?」
「はい。よろしいですよ。どうぞ、あちらの部屋へ」
自動で開かれた奥の扉に、フェイトとアントニーはカイルを連れて入っていった。数日ぶりに見た、この電子的な部屋。
アントニーに掴まれ、上体を起こされて座った状態になっているカイルを目の前にして、フェイトはためらいを覚える。
「フェイトちゃん、口以外なら、全然大丈夫だよ。他にも重要部位はあるでしょ?」
「はい……足と、胸と、背中です。足は下僕の象徴であり、胸と背中は契約者の心臓に近いから……と」
うつむきながら、フェイトは複雑そうに答える。
「よし。じゃあ背中にしようか。フェイトちゃん、脱いで」
「……え? 普通そこ足なんじゃ……?」
「単純に、俺は君の背中が見たい」
その瞬間に、フェイトが顔を赤くしてアントニーの頬に思いきりビンタを喰らわせた。
「でも、見たい」
今度は反対側にビンタをすると、アントニーの両頬が軽く腫れる。これでもかと言う力で叩かれても、アントニーはあくまで笑顔である。
「えー……でも、足かぁ……まぁ、足もいいかぁ。じゃあ、足は足でも裏の方で」
アントニーの顔面に足を蹴り当て、足を離すとアントニーの顔面に靴跡が片足分くっきり付く。アントニーの言葉そのものが恥ずかしいと言うのもあるが、1番強いのはカイルへの罪悪感だ。
今まで、当たり前のように相手とは任意で契約を交わしてきたフェイトが、始めて無許可で契約をしようとしているのだ。それも、1度契約してしまえば逆らえない重要部位に。
こうして無理矢理重要部位に契約させるケースは、少なからずあるそうだ。契約をすれば言うことを何でも聞かなくてはいけなくなるのが下僕契約の恐ろしいところ。
フェイトもそれは重々承知である。だからこそ、青年の自由を自分ごときにうばわれてしまうのは、とても不憫だと思っていた。
「と、とにかく、早く。起きちゃうよ!!」
「う、うう……うん……」
フェイトは仕方なく、ライトレットに契約されていない方の足のブーツをゆっくりと脱ぎ出す。いっそ早く目を覚まして逃げてくれないだろうかと思って、ついその腕はのろまになる。
「もうっ、心を鬼にして!!」
アントニーが強引にフェイトのブーツを脱がすと、フェイトが大きく溜息を吐いた。
この人の運命を、悪い意味で今変えてしまうのかもしれない。そう思うと、なぜだか瞳がうるんでくる。
心の折れそうなフェイトを見て、アントニーの心も傷ついていた。力ない自分を恨んだ。自分に、もう少し力があればと、心の中で自分を罵倒した。
そんなアントニーの腕に固定されていたカイルは、薄らと目を開け、目の前の部屋と、目の前のフェイトから溢れ落ちる涙を見た。
なるほど。捕まえて契約させようと言う魂胆か。案外賢いが、それも俺を掴んでいる男の考えなんだろうな。のんきにそんなことを思い、契約すればどうなるかを、目をつぶって意識があることがバレないようにして考える。
大丈夫、まだこの少女は契約を無理矢理する決心はついていない。契約をすれば、絶対服従が保証されるのは当たり前。だが、彼女の場合、無理強いをしてこないことは大体予想がつく。その上、彼女の瞳にはあの娘、サチがいるかもしれなく、それを確認しやすくなる。全てを話すことになってしまうかもしれないが、サチが彼女に入っていることを知っているのは自分だけであり、軍隊は誰1人知らない。意外と、彼女は使えるかもしれない。
デメリットをあえてあげるとすれば、この若い娘を戦乱に巻き込んでしまうかもしれないと言うことのみ。巻き込むだけでなく、死んでしまうかもしれないが、その時はせめてサチの魂だけでも抜き取ればいい。多くの戦場を仕切って来た彼女さえいれば、今までの多くの犠牲が報われる。
情深いカイルにしてみれば、フェイト1人の死でも辛いところはあるが、彼女がいれば、この状況をよく変えられる。……かも、しれない。とりあえず、今は傷がそこそこ深い。逃げるにしろ契約するにしろ、早急にして安静にしなければ。
カイルが目を開けておもむろに起き上がると、アントニーもフェイトも驚き、動きが固まってしまった。
そんな2人も気にせずフェイトのあごに手を添えてフェイトの顔を自分の方へと持ってくると、フェイトの唇と自分の唇を重ねた。
光に2人が包まれ、契約が完了したことを理解すると、カイルはその場から転移魔法で姿を消した。
「……え? ……え……ええええええっ!?」
アントニーが涙目になってフェイトを大きく揺さぶった。フェイトは突然の出来事に思考が止まってしまい、言葉も出ず、呆然と遠い目をしている。
契約が終了したことから、ミコトとライトレットが2人を見ると、フェイトとアントニーのおかしな様子に首を傾け、2人を強引に契約部屋から連れ出した。
(20:溺死の女神セドナ(後編)了)




