20:溺死の女神セドナ(前編)
フェイトはゴーグルに映る情報を見ながら、迫り来る氷の元となる蛇口を切り落とした。蛇口が落ちると、氷だったものは一瞬で水に変わった。溶けた水がトイレの水の中に入ると、突如トイレの水がうねり出す。
「リグレット! 私が何とかリグレットの方に行かせるから、向かって来たら炎を吐いて!!」
フェイトの指令に、リグレットも短い足ながら、急いで窓側へ移動した。
宣言通り、フェイトはトイレの上でうねる水を半分に裂き、フェイトから逃げる水に向けて何度も刀を振ると、実態ではない水はその場にボタボタと落ちていく。
実態らしき水は、フェイトを避けて窓の外へと飛び出そうとしたが、行先には窓枠に立つリグレットがいた。
「リグレット、契約者フェイトを守るため、その力いざ開かん!!」
自身の契約を即座に解き、少しでも威力を上げようとリグレットの契約の力を発動した。パワーアップすると、リグレットは鳴き声を上げ、炎を水に向けて吐き出した。
しばらくは炎の中でもがいていた水の塊だったが、炎に耐えられなくなったのか、本来の姿を現した。
地面に触る程長い海色の髪に、下半身が魚のようになった姿は、フェイトに人魚を彷彿させた。
海色の髪がサラリと舞うと、その場に膝まづいてしまった。フェイトが駆け寄り、「もういいよ!」とリグレットの攻撃を止めさせる。念の為に再度イアカットプリーストの契約を発動し、フェイトがゴーグル状に見つめた。顔立ちから見て、どうやら女性の様だ。長いまつ毛に、そこからチラリと見える髪と同じ海色の瞳が、印象的かつ、いつまでも見つめていると、溺れてしまいそうな錯覚に合う。余程炎が辛かったのか、ゴーグルを通しても、疲労コンパイの字が女性に指された。肩で大きく呼吸を繰り返す女性の背中を前から手を伸ばしてさすると、女性の呼吸がほんの少し安定し始める。
「どうしてこんなことを?」
「父親を、探してよ」
「父親?」
ひたいに手を当て、女性は苦しそうに呼吸を繰り返す。この姿からして、ただ者では無い。フェイトはカバンから討伐リストに目を通すと、それらしき人物を見つける。
「あなたはセドナさん?」
フェイトの質問に、話すことも苦しいのか、セドナはただうなずいた。
紙に目を通せば、今までは海の奥底で人々を溺死させていたらしい。文面を見ただけでも、フェイトの面持ちは暗い。
「父親が……私を、ここの排水口へ……閉じこめた。ここは止まる客も少ないし、父親がこの部屋は霊が出る……って、噂を流して……」
とぎれとぎれの声でセドナは言った。声は、父親への憎悪に満ちていた。震える腕を、もう片方の手で何とか自力でおさえようとしたが、やがて震えは全身に回ってしまった。
もし自分の父親が、誤った道に進んだ自分を叱りもせず、狭く暗くじめじめとした場所に一方的に閉じ込めてしまったら。もしかしたら、自分も彼女のように親を恨んでいたのだろうか。彼女の瞳に溺れかけているのだろうか。フェイトの考えも、じょじょに彼女の思考へと寄っていた。
━━お前を本気で出そうとしてくれる良い人でも居れば、お前はきっと少しは変わるに違いない。
ふと、フェイトの脳裏にソレイユの言葉が浮かんだ。言って分からないのならば、身をもって気付いてもらうしかない。そして、気づく時は、きっとそれを気づかせてくれる誰かもいるはずだ。気づくのに、何年という月日が経とうとも。
彼女のあえて突き放す行為を、彼女の父親もしたのかもしれない。真意は不明だが、今の彼女には少しでも希望を持って欲しいと、何よりフェイトは願った。
「辛いかもしれないけれど、聞いて。あなたと同じような境遇に会った、私の知り合いの話を」
セドナは顔を少し上げ、「同じような……?」と、美しい顔立ちをフェイトに見せて聞き返した。
「はい。私の知り合いは、子供の頃からやんちゃばかりする駄目な人でした。女の子のスカートをめくるから、その人のお姉さんは、お友達のスカートを捲る弟にカンカンに怒って、彼を森に、十数年閉じ込めてしまったんです」
「十数年……それだけの理由で……!? なんてひどい……」
セドナは、フェイトの話すソレイユのことを父親と重ねてか、押さえていた片手を外し、絨毯に爪を食い込ませて全身を小刻みに震わせた。
「けれど、お姉さんにも、ちゃんと考えがあったんです」
「考え!?」
フェイトは怒りに満ちたセドナの両手を握り、体の震えを一時的に止めさせた。その後、まじまじとセドナの目を見つめて話しを続ける。
「お姉さんは、自分勝手に人に迷惑をかけるその性格を改めて欲しくて、必死にどうすれば良いか考えました。そして、弟さんを森に、長い年月に渡って閉じ込めました。本気で、弟さんを救ってくれる人と出会わせ、他人の大切さを理解してもらうために」
「あんなところに閉じ込めておいて、私を救ってくれる人なんて……」
セドナはそう呟いたところで、ハッとしてフェイトを見上げた。フェイトは彼女に敵意が無さそうだと予想して契約の力を解除し、本来の瞳をさらした。
「確かに閉じ込められる方も被害者ですが、閉じ込めさせる方だって、ずっと罪にさいなまれ、閉じ込めてしまった相手を常に気に止めるもの。そうだって、私は思います。……そんな不器用な誰かを、安心させてあげませんか?」
小さく首を傾げて、セドナにフェイトは尋ねた。
「……けれど、父親がそのお姉さんと一緒だなんて……」
「それじゃああなたは、不条理にあなたによって命を奪われた人々も、あなたのお父さんのせいだと言うのですか?」
「それは……」
セドナはうつむき、何も言い返せなくなってしまった。
「お父さんは気づいて欲しかったんだと思います。そして、あなたに、今度こそは人の命を奪うのではなく、救うような人になって欲しかったのだと。もし違っても、私はそうだと信じて生きていきたい。せっかく、自分を変えるチャンスをくれたのだから」
「自分を、変えるチャンス……」
セドナはそう呟くと、静かに目を瞑った。すると、セドナが藍色の淡い光に包まれ、小さな少女へと変わった。
「……私、変われる?」
「大丈夫、もう変わってますよ」
心配の色を隠しきれない瞳をフェイトの胸がおおい、小さな少女を、まるで母親のように優しく抱きしめた。
(20:溺死の女神セドナ(前編)了)




