18:研究者カイル(前編)
薄暗い部屋をパーソナルコンピューターや、ポッドの転々と置かれている不気味な部屋の中。黒髪に白いメッシュの入り、格好は肌の色を覗けばモノクロの男性、カイルは苦心していた。
フェイトと言う人物の瞳をまじまじと見つめた時、確かに彼女が映っていたからである。
「……よりによって、何でアイツに……」
机に両肘を乗せ、手を挟めるとその手を額に当て、答えの見つからない疑問を追求する。けれども屍人に口は無い。真実は亡くなった本人のみが知るのだ。
眠気を覚まそうと、クマの生えた目で気怠そうにコーヒーメーカーの元へと向かった。あまり眠れていないのか、足取りはフラフラとしていて今にも倒れそうだ。
「おいおい、大丈夫かよ」
カイルが声の方へと首だけ人類の回せるギリギリまで回す。視線の先には赤黒い髪の男性、レークがいた。
研究所には少し似合わないはだけたスーツ姿だが、彼はカイルの助手と言う立ち位置になっている。
「ああ。そこそこ」
「大丈夫か本当に……?」
これ以上の会話は無駄になると感じたのか、カイルは首を元に戻し、無言でカップを持って下の席に着く。1口すすると、眉間にシワを寄せてカップを机に置き、口を開いた。
「おい、コレコーヒーさんじゃないですか。やぁこんにちは」
「こんにちは?」
レークが挨拶を返すと、カイルはディスプレイに目を向けながら、「テメェじゃねぇよコーヒーさんに挨拶してんだろうが」と、理不尽な言葉で返す。
「お、おう……?」
「カイルさんコーヒーさんとは天と地程の距離を取って今まで生きてきたから突然のご訪問にマジびっくりだよ。グリーンさんは一体どこ? カイルさんちょっとコレは無いと思いますけど、赤鬼さん」
「すまん。今日は上の人が来るってんで、生憎グリーンティーじゃないんだ」
その言葉を聞いて目を閉じ、入れ違いのように大きな溜息がもれる。
カイルは内心コーヒーさんとの出くわしにでは無く、フェイトの奥の彼女との出くわしに焦り、切羽詰っていた。その上、今日訪ねて来るのは上のお方だとか。
そんなカイルに気付いてか気付いてないのか。
中へと入って来た軍服に身を包んだ人間達は、開いた扉いっぱいいっぱいに詰め寄り、扉が閉まる気配は一切無かった。目の前にいるこの中で1番偉い、肥満体型の男性がカイルを見て話し始める。
「どうだね? 励んでおるか」
カイルに問われると、男性が声を上げて笑った。その後、「実験についてはどうだ?」と、たずねられる。
「私はこれ以上はしたくないと、以前申したような気がするのですが」
「しかし、実験において、君以上の賢さを持つ者はそうそうおらんのだよ。頼んだよ。ましてや、あの老人がいなくなってしまったからね」
「老人?」
「いや、もう過去の人間だ。気にする必要は無い。それより君は、アンチの実験について励むが良い」
「もうよろしいですか? こちらもしたいことがあるのですが」
「まぁそう急がなくてもいい。たまには話しをしたって悪くないだろう?」
その質問の答えは単純だ。 面白い話なら良い。つまらない話ならとっとと帰ってくれ。 カイルの中のその2択では、勿論後者が取られた。
「帰って下さい。自分は会話はあまり得意じゃありません」
本当は不得意な訳では無いが、つまらない話なら聞くつもりはない。嫌な奴に会うと、カイルは決まってこの言葉で難を逃れていた。
「サチと言う天使をこちらで預かっていると思うが、実験の方はどうだね?」
心臓が大きく跳ねる。だが、ここで動揺してしばらく答えないのも怪しい。男性の目を見つめた後、カイルは答えた。
「……そのようなもの、預かってなどおりません」
表情こそ気怠さを保っているが、心臓は胸の皮を飛び出しそうに跳ねる。その後も早鐘が続く。
「はい」
「そうか。邪魔したね、それじゃあもうそろそろ行くとするよ。君には期待しているのだからね。……なんせ、君自身をも人体実験したと噂されているのだから」
嫌味のような言葉と共に、軍隊達は去っていった。扉が完全に閉まるのを確認すると、椅子に座り、長い溜息を吐いた。
「お疲れさん。何言ってるかよく分からんかったが、面倒そうだったのはよく分かった」
「ああ。あの豚まじウザイんだけど」
脱力感を帯びた背中に同情を覚えつつ、レークはコーヒーメーカーの方を見た。
「結局飲まなかったな」
「お前が近場で買ってきた安いインスタントなんてアイツ等が飲むわけ無ぇだろ」
「ああ、そうか」
カイルは不機嫌そうに苦いコーヒーをすすってパソコンの画面を見る。そこに映るのはフェイト達の姿であった。
「ここ最近ソイツばっかり見てるな。惚れたか?」
顔を覗かせて液晶画面を見るレークの顔面に、カイルは無言でカップに残っている熱いコーヒーをかける。
「あっつ!! ってか、おいっ! それやって機械壊れて困るのお前だろ!!」
「あーまぁ。そこそこ」
隣の声を邪険に感じたのか、カイルはポリポリと頭を掻き始めた。壊れたところでまた皮肉を言われるだけ。いっそのこと、故意に壊して大金叩かせてやろうかとカイルは僅かな悪戯を考えたが、大人気ないので止めておく。
「ちょっとお猿さん、もう少しお静かに出来ませんの?」
軍隊が去った後、突然女性がやってきた。少し熟した声の女性は、見た目も相応しくアラフィフ辺りの見た目をし、端正な顔立ちを大きな眼鏡でおおっている。
「んだと、黙れVIP!」
レークが声を荒げた。
VIPと言うのは彼女のあだ名である。高そうなコートを着ている見た目によるのも一理あるが、彼女は実際に軍隊での魔法指揮官及び魔法講師をしているため、このように呼ばれている。
「お黙りなさいお猿さん。あら、あなたまたその子を見ていらっしゃるの? モノ好きなのね」
ピキッと血管が1、2本外れた様な音が聞こえたような気がした。だが、意識がある以上これは物理的血管ではなく、心面の血管なのだろうとカイルは察した。
「違います。と言うか、自分もう出ますんで」
「ちょっと待ちなさいよ。さっきの話聞きましてよ。自分を人体実験したんですって? 大変ねぇ」
「ああ。そんなのあくまでも噂話で」
「聞かせなさい。豚には言わないから」
さっきの会話の全てを聞かれていたらしい。このまま言わずに出ていけば、彼女に豚と言ったことがチクられてしまう。頭をかき、仕方なくカイルは重たい口を開いた。
「まぁ、専用の機械を作れば、あんなの簡単ですよ。失敗して死ぬ覚悟でもしとけばねぇ。あんな危ないもの、もうバラバラにして捨てましたけど」
「へぇ。何だか良く分からないけれど。そうなの」
「一応それっぽく説明しましたけど、分からないですか。ああそうですか」
あざわらうかのようなカイルの言葉に、怒りでVIPの顔は真っ赤になる。
「出て行って頂戴!!」
VIPのありがたい外出許可を頂くと、カイルは礼を言い、防水のノートパソコンを持って出ていった。
「もう、相変わらず彼もあなたも、ここの人はお相手しずらくてなりませんわ。行きます」
「もう来んなよ~」
「来ますわっ!!」
「……なぜ?」
態度とは反対の言葉に、レークはきょとんとした表情で首を傾げた。
(18:研究者カイル(前編)了)




