17:セカイの華世界(前編)
歌が終わると、客がシルフィードを見て、名前を尋ねた。すると、名前を答えただけで歓声が上がっていた。
歌が終わると、客がシルフィードを見て、名前を尋ねた。すると、名前を答えただけで歓声が上がっていた。
ここの人なんですよね? と言う期待の込められた人々の声に、ソレイユが否定しようとしたが、ここで長いこと歌を歌っていたことから、シルフィードは若干意味を違えてうなずいた。
するとまた歓声。シルフィードはたちまち人気者になってしまい、やれやれとソレイユが額に手を当てた。それに気づかず談笑していたフェイト達をソレイユが怒ると、ソレイユはシルフィードの手を引いて歩き出した。怒られてソレイユに呼ばれたフェイト達は、急いで二人について行く。
着いたのはクラブの大部屋だ。ギロッとフェイト達に睨みつけると、ソレイユが一度手を叩く。フェイト、ミコト、アントニーが、「はい?」と意味
が分からない様子で返すが、意味を察したライトレットが引き戸を静かに閉めた。
バタン。扉が閉まるのを確認すると、1つ咳払いをしてソレイユはシルフィードの両手首を掴んだ。
「本当に、ここに住む勇気があるんか?」
真剣な表情で熱心に問いかけるソレイユ。対して晴れやかな笑みで、「はい!!」とソレイユに答えを返すシルフィード。ソレイユの眉が跳ねた。
「本当にええんか!? ここは、体を売らへんなんちゅうルールがあったって、隙あらばいつだってお前を狙いかねへんのや。ここは、矛盾したルールを並べたトリカゴ同然なんよ。せやから、甘い気持ちで入ったらアカン! 絶対に!!」
「大丈夫です!」
ソレイユがこれでもかと説得をしても、シルフィードの気持ちに変動が起こる様子は無かった。
「……何でや? お前は、正直ここの器で終わるような子やと思われへんのよ?」
先程の口調とは対称的に、今度は穏やかに、優しく問いかけるソレイユ。それでもシルフィードの心は固く、揺るがなかった。
「歌を唄うのに場所なんて関係ありません。私を受け容れてくれたこの場所で、私は奉公していきたい」
ソレイユはシルフィードの言葉に悲しそうに眉を下げる。分かってくれと言いたくとも、最終的に決めるのは本人の意思。無理強いなど出来無い。
「奉公はお客様だけじゃありませんよ」
「……え?」
「こうして私のことを真剣に心配して下さるソレイユ様やここで働く方にもです。……ほらだって私、歌で鼓膜潰せちゃいますから。もしもの時は、お客様でもパンッてしちゃいますよ?」
意地悪っぽくシルフィードは笑った。
「……まぁ、ほどほどにな」
「はいっ!」
ソレイユがシルフィードから手を離すと、今度はシルフィードからソレイユの両手を握り、2人は温かく微笑みあった。
「けれど姉さん。そんなに辛いと分かってるのに、辞めたいと思わなかったの?」
「始めの頃はな。けれど、今はもう無い」
「どうして?」
「ウチはここに来てしまった以上、ここの人間や。それに、ウチにはウチと同じ様にここで働く愛する我が子の様な者達がぎょうさん居る。……我が子を見捨てて、親が自由を得る資格があるものか」
ソレイユの真剣な言葉に、フェイトが彼女が1番に愛される理由が分かったような気がした。口が悪く、態度だって良くは無いが、裏を返せばそれは、全ての者に腹を割って相手をすると言うことなのだ。彼女は着飾らず、気高く、そして強い。
「もしウチがここを出る時が来るとすれば、それはウチが汚れてしまった時、もしくは枯れてしまった時や。汚い花も、枯れてしもうた花も、見たところで美しくは感じられへんからな」
「ふぅん……姉さん強いね?」
アントニーは、自分には理解出来無いと言いたげに口をへの字にした。
「お前は一生理解出来んくてええ。分からない方が人生は楽やからな」
ソレイユはアントニーに微笑んだ。その笑みはきっと、愛する我が子達に向ける笑みと同じものなのだろう。
「けど、さっきも言った通りウチで働く女の子は皆ウチの子同然なんや。あの当時は子供ちゅうより友達やったけどな。友達のスカートをめくって、下着を覗き込むと言う愚かな行為を何度もやったお前をあそこに閉じ込めたのは、今も後悔しとらへん」
過去の恥さらしをもう1度され始めてしまった。アントニーは両手を振って、「もうしませんから!!」と必死に言った。だがそれも、ここの人間にはしない、と言うだけの話である。
そんなアホらしい光景にシルフィードが吹き出すと、続けてミコト、フェイト、ライトレット、そしてソレイユも笑い始めてしまった。アントニーがキョロキョロと全員の様子を見て一瞬困惑していたものの、自分でもおかしくなってしまい、結局その場にいた全員が笑い声を上げた。
「……で、どうするんや? 討伐の旅は」
「仕事はもう良いのかよ?」
「まぁ、ハナっからそんなにさせるつもり無かったからな。せやけど、何もせんで無償で窓の修復代出すのも癪に障る。フェイトちゃんは女の子やから、絶対こっちの仕事はさせられへんかったし」
だから私が土下座をした時、簡単に断りを入れてくれたのか。フェイトはソレイユに深くお辞儀すると、ソレイユが焦り、「ええってばもうっ!」とフェイドの両肩を掴んでフェイトの顔を上げさせる。
「で、どうなん?」
ソレイユの言葉に、フェイトは3人と目を合わせ考え込む。カバンからギルド討伐リストと地図を取り出そうとすると、ソレイユがパンッと手を叩く。叩く音に全員が視線をソレイユに向けた。
「ここからちと遠くなるけど、コモードって場所周辺でレプリティアンってのが居るらしいんよ。いっつも行き当たりばったりで悩んどるみたいやから、今回はそこへ行ってみたらどうやろか?」
レプリティアンとは、簡単に言ってしまえば人の姿に近い爬虫類である。セカイにそう言う生物が全くいないわけではないが、存在はとても希少で、普段旅をしている人間でも、中々見ることの出来無い種族だ。
「分かりました。向かってみます」
「自力で向かうん? そんな遠く無いとは言っても軽く2、30キロはあるけど」
「ええ!」
フェイトは胸に手を当てて自信満々に言った。理由は足腰を鍛えたいなどというえらいものではなく、単純にトカイの高いホテルに4人分の金を出してしまい、もうこれ以上無駄遣いはしたくないからであった。
「あっそうなん……?」
一方、ソレイユの方はこの子余程足腰を鍛えたい子なのだなと勘違いし、電脳浮車を手配するのを心の中で止めると、「分かった。達者でな」とフェイト達に言った。
・ ・ ・
フェイト達がこの街を出る時には、歌の件もあってか、いつの間にかフェイト達は多くの人に見送られていた。
「お前の姉ちゃん良く分かんねーけど強かったな」
「ついでに怖いでしょ……」
「そうですか? 俺は結構ゾクゾクする素敵な女性だと思いましたけど」
ライトレットがそこまで言うと、ハッとして両手を口元に当てて3人を見る。想像通りに、ライトレットに3人は冷めた視線をぶつけたが、すぐに目を逸らすと、3人のみで会話を続行する。
「す、すみません!!」
ライトレットは自分を無視して歩を進める3人に、必死に駆け寄って行った。
━━全員と笑い合えるこんな時間を、いつまでも過ごしていたい。
それはミコトの心からの願いだった。けれど、キドと言う人物がフェイトを狙い続ければ、いずれフェイトにも知られてしまうのだろう。 サチが死んでしまったという事実は。
「ミコト君? どうかしたの?」
小さなミコトに目を合わせようと、少し屈んでたずねるフェイト。視線が合うと、ミコトはどうしたら良いのかと複雑な感情を交差させた。言い訳に言い訳を重ね、頭の中ではエゴだらけの討論が続いていた。やがて1つの結論が浮かび上がる。
━━それでも、きっと伝えなくちゃいけない。
「なぁ」
ミコトがフェイトを見上げた。対するフェイトは、優しいまなざしで微笑んで首を傾げる。そんな優しい顔をされては困ると、ためらいを感じて思わず視線をそらす。
駄目だ。せっかく初めてそれでもと自分を強気にさせる言葉が出た。今逃げては、きっといつまでも言えずに、彼女への心の負担は大きくなってしまう。絶対に、今言わないと、もう言えない。
ミコトはフェイトをお姫様抱っこして持ち上げると、人ごみから姿を消した。
「え、あっ、ちょ!? アイツ!!」
アントニーとライトレットは顔を見合わせると、ミコトの走った方へと全力疾走で向かった。
(17:セカイの華世界(前編)了)




