14:謎の少年急襲(前編)
ミコトによる騒動も一段落着き、ホテルの中へと入っていくフェイト達を、開きっぱなしのホテルの屋上から見つめている少年がいた。
藍色の少し天然パーマの混じった髪の頭頂部には、1本の寝癖のような、俗に言うアホ毛が立っている。サングラスを夜中にもかかわらずかけている少年は、怪しくニヤついていた。
三日月をバックに背負った少年は、手すりを飛び越えてそのまま下へと飛び降り、壁の細かい装飾に手足をかけてフェイトの部屋を探りだした。
フェイトの部屋を見つけるのは予想以上に簡単であった。眠りにつくフェイトの元から離れ、窓枠に乗っかり、リグレットがカーテンを小さく開けて三日月を眺めていたからだ。
ならば好都合だ。その部屋の一つ上の階のベランダの手すりを握って体を浮かせると、顔が見えない状態で、フェイトの部屋の窓に向けて少し強めに3回蹴った。
「……ん?」
目をこすってフェイトが目を覚ました。窓辺に目をやれば、窓際にちょこんと立つリグレットがいた。
「どうしたの? お月様綺麗?」
フェイトは優しく微笑み、遠慮がちに少しだけ開かれていたカーテンをバッと開いた。
少年は笑いを必死にこらえながら、その場から手足を離し、真っ逆さまに数階はあるホテルの地面に落ちて行った。
カーテンを開けた瞬間、視界に一瞬映った少年の姿がフェイトの目に焼き付き、急いで窓を開けて少年を救おうと飛び降りようとした。
だが、少年のことを覚えているリグレットがフェイトの手をペチペチと叩く。
「止めないでリグレット!!」
リグレットの必死の抵抗も虚しく、フェイトは1人飛び降りて少年のもとへと向かってしまった。リグレットは窓枠から下を覗きこみ、自分も飛び降りようかと思った。しかし、自分には羽もなければ、落ちた衝撃に耐える力も無いだろう。
その時、部屋にノックの音が聞こえて来た。
「おいフェイト。寝てるか?」
ノックをしたのはミコトだった。
寝ている人間に寝てるかと聞くとはなんと失礼なヤツ。リグレットはムッとしたものの、今は猫の手も借りたい程の気持ち。ぴょんと窓枠から地面に降り、床に着地すると、すぐさま扉の元に短い足を必死に動かして向かう。
高くジャンプして何とかカード型キーを抜き、鍵がピッという音と共に解除されたことにミコトが気づくと扉を開いた。
「お前かよ。フェイトは?」
小さい魔獣とはいえ、期待を裏切られた感のある言い回しに、もっと自分の足が長ければ蹴飛ばしてやりたいと可愛い顔でいかくする。リグレットにしてみれば、戦力の問題で、アントニーでなくミコトが来てしまったことに大きく期待を裏切られているのだ。裏切りの感覚は五分五分であり、ミコト程度にそんな言い方される筋合いなど無い。
「フェイトー? フェイトー?」
リグレットの気持ちも知るよしもないミコトは、風呂場にトイレ、なぜかベッドの下やクローゼットの中まで探している。
「きゅるる!」
そっちじゃないと、リグレットがミコトの尻をペチペチと叩き、怪訝な表情を向ける。リグレットがミコトのマントを伝って、首元のマントの中へと侵入して落ないように自身を固定させた。
「……フェイト、何かあったのか?」
ようやく事態の大変さに気づいたミコトにうなずき、短い手を窓辺に伸ばした。ミコトが窓辺から見下ろすと、何者かに魔法で一方的に攻撃を受けているフェイトがいた。
すぐさまミコトが10階程ある建物から飛び降り、魔法を使って盾に変身する。いきなり防具に変身され、驚いたリグレットは吹っ飛ばされないようにと必死に盾の縁にしがみついた。
そんなリグレットの視界に映るのは、少年による魔法のショックによって、気絶しているフェイト。これでもかと、少年は彼女に魔法を浴びせようと手首を振っていた。
そこへ、ミコト扮する盾が地面に突き刺さると、少年の魔法が盾に弾かれた。 着地後、リグレットは慌ててフェイトのコートの中にもぐった。
「まさか……」
少年が盾をにらみつけると、魔法を解いて現れたのはミコトである。リグレットはミコトから飛び降りると、急いでフェイトのもとへと向かった。
「何だ、君か」
少年は何やら安心したように張り詰めさせていた表情を緩ませる。その言葉がミコトの鼻に付いたようで、1つ舌打ちをした。
「文句あっか?」
「大丈夫! 全然無いよ!!」
嬉しそうに笑顔で少年に返されてしまい、ミコトの苛立ちが強くなる。自分の1番いけないところはすぐカッとなってしまう短気な性格だ。ミコトは頭を平手でトントン叩き、何とか落ち着かせる。
「早速、使ってみるか」
ミコトが少年に目をむく。少年の目にミコト、正確にはミコトの目に潜むパラドックスアイの力を一瞬にして送り込む。
「何を?」
変わらずの少年の反応にミコトは思わず目を疑う。
「おい。どういうことだ!?」
「た、確かに使ったんです主様。けど、この人の目、やけに綺麗で……」
「何言ってんだよ、アイツの目ごっさ腹黒いぞ!?」
「目が腹黒いってどういうことですか主様……」
焦るミコトの様子に、少年がニヤリと笑う。
「へぇ、1人じゃないんだ?」
ニヤニヤ笑う少年を見て、まずいと平常心を取り戻す。このままでは少年に馬鹿にされっぱなしになってしまう。プライドの馬鹿高いミコトには屈辱以外の何物でもない。
「まぁな。でも、使えねぇんじゃ1人同然だ」
「ボク、独りぼっちで大丈夫?」
「残念ながらハンカチは持ってねぇんだ。泣くんなら今すぐトイレ行って来な。どうせなら母ちゃんの乳しがみつきに行ってきたって良いんだぜ?」
フェイトの剣を取り、ミコトは少年の言葉を聞く前に動き出す。少年へと剣を振り、近距離戦へと持ち込んだ。
「わーん! そんないきなり狙われたらママのおっぱいに泣きに行けないよぉ!!」
少年もミコトに挑発の言葉で返しながら、ミコトの攻撃を身軽に避け、ミコトの真後ろに回りこむと、狂気的な笑みでミコトの首に直接魔法を当てようとする。
ミコトは即座に盾に代わり、魔法を防ぐ。相手はミコトの予想よりも動きが身軽だ。なるべく間を詰めないとすぐにやられてしまう。コンマの単位で姿を戻し、少年のあごに蹴りを入れた。衝撃に、少年が数量の唾を横に吐く。続けて魔法を使い、固い土で出来た地面を盛り上げて少年を突き上げると、盛り上がった地面を飛台にがわりに空中へと高く飛んだ。そして、空中から少年を蹴り落とそうと高く左足を振り上げて落とそうとした。
「調子乗るんじゃねぇぞ。雑魚が」
少年がミコトに向けて血眼の目を見せつけると、ミコトの動きが恐怖によって鈍ってしまった。見過ごさなかった少年は、ミコトの細い足首を掴み、直接雷魔法を送った。電撃の苦しさにカッと目を見開き、大口を開くミコトへ追い討ちをかけるように、少年がミコトの足を振り落とした。頭からミコトを地面に叩きつける。
脳しんとう状態になったミコトの頭元の地面は、薄い色素の地面の色を徐々に赤黒い血を侵食させていく。
「やっぱり、あの人以外のメンバーは雑魚のようだ。まぁ、いずれあの人もぶっ殺してやるけどね。僕はこう見えてプライドが高いんだ」
「俺様だって同じだが……」
片目を閉じながら、かすかな声でミコトは抵抗する。ミコトの弱々しい言葉を聞いて、少年はゲラゲラと声を上げて笑いを響かせる。
「……血だらけのくせにまだ虚勢を張るのかい? ははっ、良いねぇ。負け犬みたいで、僕好きだよ」
頭を打たれ、出血までしてしまった挙句のこの笑われよう。負け犬だなんだと言われても、もはや言い返すことは出来無い。せめて、この少年に一泡吹かせてやるくらいの抵抗はしたいと、ミコトは額を指先でかき始める。
「ああっ? 頭痛い? 大丈夫?」
目をクリクリとさせ、可愛らしい瞳で少年が倒れたミコトにおおいかぶさるように四つんばいになってたずねた。
ミコトは当てた手を離すと、額から角の様に伸ばした穎が、少年の肩を突き刺す。穎がすぐさま抜かれて額を元に戻すと、ミコトの額に刺した少年の血が垂れる。
「全身武器? 何それチートだね」
つらぬかれ、血の溢れ出す肩を少年はあくまでも笑顔で、もう片方の手でおおった。
「生身の体で人を貫く趣味は無かったんだけどな……それに、何か見栄え悪いし……」
徐々に地面に広がるにじみに、ミコトの意識も徐々に消えかけていく。そんな状態であっても、少年の狂気に満ちた表情は見えていた。
「まぁ、コレも直に治るだろうし。寛容な僕は怒らないけれど、ちょっと仕置の1つはしておこうかな」
肩を押さえていた手を外し、手首を振ろうとした時、横から叫び声が聞こえて来た。
「ミコト、契約者フェイトを守るため、その力いざ開かん!!」
(14:謎の少年急襲(前編)了)




