13:嫌悪を拾うパラドックスアイ(後編)
逃亡後、ミコトはホテルの屋上までたどり着いていた。
求めていた頭を冷やせる場所。手すりに手をかけ、ミコトはため息を大きく吐いた。フェイトにしろ、ホテルの人間にしろ、いずれバレてしまうかもしれない。
今思えばフェイトに自分はみずから嫌われるようなことをしてしまったと不器用な自分に、少しばかり自己嫌悪した。
もしここでホテルの人間に見つかってしまえば、またフェイトに迷惑をかけてしまうことになるだろう。
さて。ならば誰かに見つかる前に、ここから飛び降りて逃亡でもしようか。ミコトは低い手すりに足をかけ、手すりの向こうのわずかな足場に両足を乗っけた。追い詰められすぎて頭に反吐でもわきやがったのかと自身で思う程、下の世界が何だかヤケに楽しそうに感じる。
「うっし!!」
ミコトはこのホテルからの逃亡をはかって、屋上から飛び降りた。
「はい残念」
聞き覚えのある声が聞こえてきたかと思えば、視界が暗転し、いつの間にか誰かの腕の中に自分が収まっていた。見上げれば、ミコトを受け止めた人物は、襟足が鎖骨近くまで伸びた端正な顔立ちの男性。まさにアントニーであった。
「ほれ見ろ。やっぱり空回りしてる」
地面に足をつけると、地面をトントンと足で叩いてかぜのいたを解除した。アントニーの後ろには控えめに微笑むライトレットが立っていた。
「ミコトさん、外出するなら、ロビーの人に鍵預けないと」
「後は、主役の登場を待つのみだね」
やがて、少女が肩で息をしながらやって来たアントニーが仕方なくミコトを下ろし、ライトレットと共にその場から離れた。
1人にされ、ミコトはアントニー達のいなくなった方とフェイトの方を交互に見るが、人の力を借りるとは情けないと、覚悟を決めて両腕を組んでフェイトに話しかける。
「何か用かよ」
口をついて出るのはやはり毒気のある言葉だ。ついでに目付きも悪く、はたから見れば性格の悪い奴に見える。 フェイトが駆け寄ると、ミコトの頬にビンタをくらわせた。
「ハァ!?」
いきなりの暴力にミコトは内心傷つきながらも、頬を押さえてブチギレる。
「心配したんだから!!」
「……は?」
「あんな風にいなくなられたら、心配しちゃうでしょ?」
“ごめんね。やっぱり” 夢で見たフェイトの姿と今のフェイトの姿が重なり、ミコトが顔をうつむかせた。手を耳元まで持ってきたが、必死に己と葛藤して手を下ろす。
「やっぱり、あそこで謝られたら傷つくよね」
「……え?」
夢のフェイトとは違う言葉にミコトが呆気にとられる。 それでも、この先その言葉に繋がるかもしれないと思うと、唇をキュッと噛んでフェイトをにらみつけた。
「ご、ごめんってば! そんなに怒らないで!! さっきのはね? その~……あまり本人に言いたくなかったんだけど、あそこで一方的にそっちが悪いですって言ったら、私はもちろん、ミコト君ももっとあの人達に嫌われちゃうって思ったの」
しゅんとしながら人差し指をつついて弁解を始めるフェイト。出てくる言葉の1つひとつが、夢のフェイトと全く違うことから、ミコトが疑惑の目でフェイトを見る。
「だから、ミコト君が一切悪くないのは分かってたんだけど……スミマセン」
閉じていた目を片方だけ開くと、ミコトの様子をフェイトが申し訳なさそうに見つめる。目元のみを伺っているフェイトでは気づかないが、この時点でミコトの口元は嬉しさからか、だいぶゆるい。
「……で?」
ミコトの言葉に、フェイトがまだ続けなくてはいけないのか!? と、困惑の表情でミコトを見た。
「え? えっとー……ミコト君の運命、変わるといいなぁ。なんつって」
困ったフェイトは、とりあえず口癖に似た言葉を冗談っぽくミコトに向けてみた。しかしミコトが求めていた言葉とは若干ニュアンスが違ったようで、眉間にシワを寄せる。
「今お前が変えろよ!!」
「ええっ!? 何それ逆ギレ!!」
フェイトの言葉を聞いてもミコトは動じずにフェイトを見つめる。ミコトはフェイトのあの言葉を聞きたくて待っていた。
「ミコト君の運命、変~われっ!!」
「ちげーよ! ソレじゃねぇだろうがドアホ!!」
怒りからか恥じらいからか、ミコトが顔を真っ赤にさせる。
「ドアホって……そもそもソレって何……じゃあドレなの……あっ!!」
フェイトが何やら思いついたように両手をパンっと叩くと、くるっと1回転した間に表情をバシッと決め、ミコトに人差し指を向けた。
「あなたの運命、今変えてみせましょう!」
「……!」
聞きたかった言葉をこうして聞いてしまうと、ミコトは不覚にもときめいてしまった。フェイトが今まで色々な相手に言ってきたこのセリフは、何となく自分にも、彼女の中によりどころがあるような感覚を教えてくれたからだ。
先程までの弱気な感情など吹き飛ばし、両手を組んだ。
「ハンッ、お前に変えられるのかねぇ?」
ドヤ顔をフェイトに見せつけると、フェイトが顔を真っ赤にして怒り出した。
「ひっどい! あ、もしかしてミコト君ただ私のことおちょくってただけなの!?」
ミコトは涼しい顔をして右目を隠していた前髪をかき上げて耳にかけると、何時の間にか光っていた緑目は収まっていた。
しかし、その目から今度は蛍のように緑色に光る何かが出てきた。
「ん?」
フェイト、更に身をひそめていたアントニーとライトレットも集まり、浮いた緑色の光を見る。全員が目をこらしてみるが、魚の卵1粒程の大きさで、とても見づらい。
「は、はじめまして」
「うおっ、喋った!!」
自分の目から出てきた何かが喋りだしたことに、ミコトがコミカルな動きで驚く。更に目をこらしてその粒を見ると、その粒は真ん中に1つのみ、大きな瞳があった。
「ボクの名前はパラドックスアイ」
「パラダイスアイランドみたいな名前だね」
「全然違うだろ。つかどこだよ、そのアイランド。行ってみたいわ」
フェイトの純粋な感想もミコトに即座に突っ込まれてしまい、フェイトは、「うっ……」と、一瞬言葉を失う。
「ボクの力は、他人に自分を疑わせる力を持っているんだ。けれど、ボクの存在に全然、主様が気づいてくれないから。何度も使ってボクに気づいてもらおうと思ったら、あれよあれよと言う間になんか主様が大変なことに……」
「ってことは……全てお前のせいだとっ!?」
ミコトが叩き潰してやろうかと手を挙げたが、ライトレットがその腕を必死に止める。
「ミコト君、今まで右目になんか違和感とか無かったの?」
「あったが、まぁ人間そんな感じの作りで出来てんのかなって思って全然気にしてなかった」
ミコトの言葉に、アントニーとフェイトが顔を見合わせて呆れ笑いをした。二人の反応が頭に来たミコトは、なぜかライトレットの頭を叩く。
「なぜ俺!?」
「今までどうしたら良いかわからなくて、安易に出たら絶対主様に叩き潰されちゃうと思ったから、出れずじまいだったのです。けれど、今はこうして、素敵なお仲間さんがいるので」
「今でも潰せるけどな」
そうして手を上げるミコトに、「おすわり!!」とフェイトが言うと、「ワン!!」と鳴いてミコトはしゃがまされた。やるせ無いミコトは、もう一度ライトレットの頭を叩いた。
「だからなぜ俺!?」
「で、でも! 僕も単に人に嫌われるだけじゃないって言うか! 疑われるという事は、あえて利用したら囮とかにもなれて!!」
「囮専用かよ」
不機嫌そうなミコトの表情が、パラドックスアイを怯えさせる。
「それと、感情を一時的に狂わせることが出来ますので、相手をバーサーク状態にも出来ます、よ……」
そこまで聞くと、やっとミコトが納得したのか、右目に人差し指をさした。パラドックスアイは弾んだ声で、「ありがとうございます主様!!」と右目へと飛び込んでいった。
「いやぁ。正直、ずっといたから逆にいないとそっちの方が違和感あるんだわ」
「でも眼球の隙間にいるんでしょ? ……絶対変な感じすると思うんだけど……」
疑いの目で見るフェイトをよそに、晴れ晴れとした気持ちのミコトに眠気が襲う。あくびをして伸びをすると、「寝るわ」とだけ言って1人勝手に部屋の中へと入っていった。
「もう、ワケ分かんない」
「まぁまぁ。これでアイツも多少は成長したはずだよ。君に運命を変えてもらった、俺みたいにね」
人差し指でフェイトの鼻をツンっとつつくと、アントニーがウインクをしてフェイトの背中に手を当てて共に歩いて行く。
ライトレットは今度こそ置いてかれまいと、急いでフェイトの隣へ行き、フェイトに笑顔で話し始めた。
1人歩くミコトはあくびを抑えようと表情をこわばらせていたが、ふとフェイトの言葉を思い出し、思わず可愛らしく小さく微笑んでいた。
それを偶然見た、ミコトに殴りかかっていた男性達がヒソヒソと話しだし、ミコトが去っていくのを呆然と見つめた。
今度は、フェイト達がホテルに入る。
先程のミコトの様子を見てか、フェイトのもとへ男性達が駆けよった。
「あの、アイツに悪かったって伝えといてくれ」
「え?」
「なんだか、アイツの笑ってる顔見たら、アイツ本当に悪いヤツじゃ無い気がしてさ」
他の男性達も、顔を見合わせてうなずいた。
「ありがとうございます!!」
男性の言葉がよほど嬉しかったのか、フェイトはまるで自分のことのように喜んで勢い良く頭を下げると、ミコトに急いで伝えようと一人かけ出した。
(13:嫌悪を拾うパラドックスアイ(後編)了)




