13:嫌悪を拾うパラドックスアイ(前編)
目を見ると石になってしまう。
それはよく聞く話だが、彼の瞳は石にはせずとも、目が合っただけで全ての人々を狂わせた。
妬み、怒り、そして嫌悪。それらの感情が彼を見るのだ。
彼のことを皆、徐々にさけるようになり、それだけに足らなくなると、彼を自分達の前から消そうと考える人々が増えていった。
彼はその瞳の存在に気づいていなかった。
自分の性格が悪いから、目つきが悪いから。
自分は人としてさけられているだけなのだと思いこんでいた。
だからこそ、自分を村という小さな鳥籠から自由な世界へ出し、自分自身を受け入れてくれた契約主のことを、少なからず信頼していた。
彼女が傷つくのを見て、自分ももっと頑張らなければと思っていた。
そうしなければ、きっと彼女からも見捨てられてしまうから。
・ ・ ・
「ミコト君」
「ん? どうしたフェイ」
「ごめんね。やっぱり、ミコト君はこの旅についてくるのやめてくれないかな?」
彼女から1番聞きたくなかったその言葉が、ミコトに突き刺さる。遠慮がちに言っているが、彼女の瞳は彼を嫌悪の色で見つめていることが、ミコトには嫌でも理解出来た。
「待っ」
待ってくれと言いたくても、つまらない意地と必要の無いかっこつけの感情が、ミコトの言葉を止めさせる。
「契約はどうするつもりなんだよ!!」
ミコトの目を見ると、フェイトは答えを返さず、ミコトに背中を向けてゆっくりと歩き出した。
「おい、おいっ!!」
大口を開いて叫ぶ度に、小さくなっていくフェイトの足音。やがて足音すら消えてしまうと、ミコトはその場にひざからくずれ落ち、ひたいに手を当てた。
「あんだけ運命変えるって他人に言っておいて、俺のことは変えてくれないのかよ……」
怒りからか悲しみからか、ミコトの視界は、徐々にフェードアウトしていった。
ミコトの目覚めは最悪だった。
あれからフェイト達はトカイのホテルへと泊まった。それも、フェイトがたまには贅沢をしようとの提案により、男性陣の部屋も個別になっていた。
時計を見ればまだ午前の3時半。眠気が全く無いわけではないので、もう1度寝ることも出来なくは無いが、これ以上眠る気にもなれない。
ゴミ箱を蹴り倒したところで腹立たしさと恐怖心は収まらなかった。ミコトは頭を冷やそうと外へ出て、夜風に当たることにした。
右目を光らせたままの状態で。
・ ・ ・
その頃、ドリがミコトとほぼ同タイミングで目を覚ますと、小さなランプを机に置いて本を読んでいたエルルが、「おや?」とドリの元へと近寄った。
「起こしてしまいましたか?」
「いえ……あの、フェイトさんと一緒にいる小さい人が……」
エルルが老眼鏡をくいっと人差し指で上げた。
「ミコトでしょうか?」
「は、はい。その人がフェイトから嫌われて、すごく落ち込んでる夢を見たんですけど……大丈夫でしょうか?」
ドリは他人の夢にまで心配を寄せていた。
他人の夢を偶然見ることが出来るのも、彼が夢魔の力を持つがゆえの特有の力だが、彼は人の夢を見ることが出来ても、その夢に干渉することは出来無い。彼の能力は、彼の編み出した夢を他の者と共有することと、夢で得た力を現実世界の自分の能力として持ち込むことが出来るだけに過ぎないのだ。
ドリからミコトの夢の情報を聞くと、何やら思い当たるフシがあるのか、エルルは厳しい表情をするものの、心優しいドリをこれ以上心配させてはいけまいと、エルルは小さく微笑んだ。
「ええ。きっと大丈夫でしょう。フェイトさんは皆に平等で優しい人ですから」
エルルの言葉に、「そうですよね」と安堵の笑みをこぼす。布団を持ち上げ、ドリを寝かしつけると、読んでいた分厚い本に紐を挟んで閉じた。
「……パラドックスアイ。最近は抑えられていたはずなのですが、心境に変化でもあったのだろうか」
・ ・ ・
ミコトが夜風に当たろうとホテル内を歩く間、すれ違う人々の大半がミコトを見て怯えたり、すれ違った後に後ろでヒソヒソと話し始めた。とうとうミコトの胸ぐらを掴む男達まで現れ、ミコトはその男達をにらみつけた。
ヤケに騒がしいホテル内。心配になったリグレットが、フェイトの頬をペチペチと叩く。フェイトが目を覚ますと、激しい喧騒に気づき、リグレットを肩に乗せて部屋の外へ出ていった。
野次馬をよけ、奥の方へと向かうと、多くの群がった人々によって意味もなく集団で暴力を受けたミコトがいた。ミコトは腕を鼻に当て、鼻血を止めようとしていた。
「ちょ、ちょっと!? 何してるんですか!!?」
出会った頃のように、フェイトはミコトを守り、両手を広げてミコトに集まる人々を敵対視した。
「ソイツがにらんで来たから悪いんだよ!!」
「にらんで、彼は何かあなた達にしたんですか?」
フェイトの質問に、男性陣は言葉を返せない。以前と同じような光景に、ミコトはフェイトの変わらずな対応に小さく安堵した。
だが、フェイトは次の瞬間、「すみませんでした!」と頭を下げた。
「彼はちょっと目つきとか口とか悪いけど、決して悪い子じゃないんです!!」
必死に頭を下げる理由が、ミコトには理解出来なかった。
にらみつけて、相手が一方的に自分に殴りかかりに来たのに。これではまるで自分が悪いみたいではないかと。フェイトの行動が、ミコトにとって大きな裏切りのように感じた。
フェイトがミコトの手を握って部屋へ連れて行こうとしたが、その手を強引に振りほどく。
驚いてフェイトが振り向く。すると、前髪で右目をおおって、ミコトが左目でフェイトを反抗的に、にらみつけていた。
そのまま、人混みを強引にかき分けてミコトがその場逃げ出すと、フェイトは周りの人々に2回腰から頭を下げ、ミコトを追いかけた。
(13:嫌悪を拾うパラドックスアイ(前編)了)




