12:狂犬バトルドッグ(前編)
フェイトが刀を鞘ごと抜き、ベンに渡すと、両手を上げてミサへと歩み寄る。
ミコトが1歩足を踏み出しかけた所、アントニーがミコトの肩を掴んでミコトに首を振る。何も出来無いもどかしさに舌打ちをすると、ミコトは無防備な状態で歩き出すフェイトの背中を見つめた。
前へ前へと足を進ませながらも、フェイトはミサの体を見た。細い体が今にも折れてしまいそうな、ふくよかな腹の膨らみ。あまり激しい動きはさせられないと、なるべく早く捕まえて動きを止めさせてあげるのが妥当だろう。
今にも倒れそうなミサがフェイト目がけて飛びつき、獣のようにフェイトの生身の左肩に噛みついた。
「くっ……」
フェイトはよけずにミサの攻撃を受け止めると、鋭い牙が肩に食い込む。うっすらとにじみだした血が徐々にあふれると、肩から地面へゆるやかに流れ落ちる。痛みに耐えながらも、ゆっくりとフェイトが腕をミサの背中に両腕を回すと、力強くミサを抱きしめた。ミサが噛む力を強めても動じず、右手をミサの後頭部に伸ばし、優しく撫でる。
「独りで生きていくなら、あなたのしたいようにしたって構わないかもしれない。けれど、あなたは独りじゃないんです。あなたにはお子さんがいるし、独りにさせてくれって思っていても、あなたの瞳の先にはベンさんがいる」
ミサが、うっすらと視界に映るベンを見た。ベンは小さく微笑んでうなずくと、ゆっくりとミサのもとへと歩いて行く。
「たまには、一緒にご飯食べないかい?」
ベンが笑顔でミサへと手を差し伸べた。ミサがくぅんと獣の鳴き声で言うと、ゆっくりと肩に刺していた牙を抜いていく。牙を抜かれると更に血があふれ出すが、ここで痛がってしまえば雰囲気を壊してしまうと、フェイトはなるべく表情を変えず、静かに血のあふれ出す肩に右手を乗っけて顔をうつむかせた。
しかし、ミサがベンの伸ばされた手に向けて手を伸ばし始めたが、ミサは体を大きくふらつかせると、その場に倒れてしまった。
「ミサ!!」
ベンがしゃがんで倒れたミサへと手を伸ばそうとすると、地面が徐々に濡れていくのが分かった。
痛みに気を取られていたフェイトは、時間差でその大変な事態に気づき、慌ててミコトとアントニーを呼び出す。
「ん? 地面が濡れてるけど、血か?」
ミコトとアントニーは事態をよく分かっておらず、不思議そうにフェイトの方を見た。のんきな2人に、フェイトの表情もさすがに苛立ちを隠せない。
「破水です! 赤ちゃんが生まれるかもしれないってことです!!」
フェイトの言葉を聞き、ミコトとアントニーが挙動不審になり始めた。
「どどどどどうすんだよ! 俺様医者じゃねーから何も出来ねぇぞ!!」
「俺も戦経験しか無いから何も分からないんだけど……」
2人はミサの方もベンの方も向けず、不甲斐なさそうにフェイトの表情をうかがう。
「ま、まずは彼女を早く病院へ連れて行かないと!!」
それを聞き、アントニーがミサを抱えると、足元に円を描き、エアーボードを使って外へ向かおうとしたが、ベンが足元の浮いたアントニーを必死に掴む。
「罠があるでしょ!!」
ベンの言葉を聞き、アントニーが目を点にして、「あ」と間抜けな声を出す。
「んじゃどーするんだよ!!」
ミコトやアントニーだけでなく、フェイトやベンも、想定外の事態に大きく動揺していたその時、アントニーの抱えていたミサの姿が瞬時に消えてしまった。
「ミサさん!?」
フェイトがアントニーのもとまで駆け寄り、アントニーを見ると、アントニーも驚きを隠せない。
「魔法だと思うけど、人を消すなんて大がかりな魔法使ったのに、魔力を一切感じなかった」
アントニーが気難しい表情をして視線をあらゆる地点に動かしてみるが、やはり謎が解けないようで、首を横に振った。
このまま辺りを見渡しているだけでは何も進まない。ベンが先頭に立ち、再度罠の仕掛けられた道を戻っていくことになった。フェイト達は、もう1度襲い来る罠からよけながら、洞窟の出口へと出てきた。
洞窟から出ると、フェイト達が向かったのは村の中。
ライトレットもフェイト達の様子がおかしいこと気づき、フェイト達について行くが、村が騒然としている様子もなく、村の診療所にミサの姿は無かった。村人にミサのことを聞くことは出来無い。フェイト達は一旦村の外へと出た。
ベンが偶然通りかかった旅人を発見し、旅人にかけよった。
「ちょっとすみません。灰色の髪の、犬の耳と尻尾の生えた、半獣の女性を見ませんでしたか?」
「あっちへ誰かに連れられて向かいましたよ」
「誰かって、誰に!?」
「えっと~……確か白髪で、綺麗な女性がおんぶしてったような……」
「ありがとうございました!!」
ベンは頭を下げ、すぐさま西の方角へと走っていってしまった。呼び止めようとしたフェイト達の言葉も聞こえないようだ。
「あちゃー……。あ、あなた達も一緒に行くのなら、多分トカイの方に向かったと思うので、そちらに向かって下さい。あそこは大都市で、医療もとても発展していますので。……頑張って下さい」
旅人がそう言うと、フェイトの左肩に触れた。
フェイトは頭を上げると、男性陣を3人連れ、急いでベンを追いかけだした。
フェイト達が視界からいなくなったのを確認すると、旅人がため息を1つ吐いた。そのため息と同時に、魔法で変えていた姿を本来の姿に戻す。
黒い髪に入った白いメッシュ。白衣の中には漆黒の様なシャツとジーンズを履いている。コントラストのような格好は、フェイト達が以前ドッキリ村で出会ったカイルであった。
カイルは1人草原にたたずみ、やれやれと両手を上げて首を横に振り、フェイト達とは反対方向を歩きだした。
「あり? フェイトちゃん左肩の傷は?」
走っている途中で、アントニーがフェイトの肩の傷が一切無いことに気づいた。
「あれ? 喉元過ぎて熱さ忘れたんですかね?」
「は? それおかしくね?」
ミコトのツッコミに、「あれれ?」と首をかしげてフェイトが笑った。
疑問に思ったアントニーは、後ろを振り返ったが、今更戻るわけにも行かないと、顔を前へとすぐに戻した。
(12:狂犬バトルドッグ(前編)了)




