1:遺憾の魔獣リグレット(前編)
「どうしてこうなるんだよ!」
まるでライオンのようなたてがみヘアーをした青年の目の前には、3人の男達がいた。
「だ、誰か助けてぇ!!」
青年は半べそをかきながら、情け無い声を青々とした空に向かって叫んだ。
声が響き渡ると、木陰越しに森を歩いていた少女、フェイトが口を小さく開けて振り返った。確かに声は聞こえて来た。フェイトは声のした方へと走り出し、敵陣と青年の間へと飛び込んだ。
「助太刀します!!!」
フェイトが腰元から赤と白の刀を抜き、たわむれるかのように軽やかに戦闘を繰り広げれば、男達が次々に倒れていく。 しかし、倒れる男達からは1滴の血すら出てはいなかった。1人の男の、鼻からあふれいている血をのぞいて。
刀を戻し、少女が振り向くと青年は「ぶっ!」と両手で鼻を押さえた。それは、控えめな可愛さを含んだ顔にではなく、控えめな顔とは対称的な程に大胆なコートの中のビキニ姿にであった。 可愛らしい顔からは想像の付かない薄らと付いた腹筋、美しいラインを作っている鎖骨は、いやらしさと言うよりは健康的さを司っているはずなのだが。青年にはその姿ですら胸が早鐘を打ってしまうらしい。
「大丈夫でしたか?」
首を傾げ、青年に上目づかいで優しく問いかける。女性経験のほとんど無い青年には、優しくすればする程目に毒であった。
「あああのっ! 私は敵じゃありませんので、どうぞお気を楽にっ!!」
そうは言われても、これ以上は緊張して視界に入れられない。青年は鼻を両手でおおって後ろを向いた。
フェイトは慌てて両手を振りしおらしくうつむいて、「どうしよう……」と後ろで手を組んでいた。
「ふふっ」
そんな健気で可愛らしいフェイトの姿に、何とか安静を取り戻した青年がくすりと笑った。
が、笑った瞬間に両手から必死に押さえていた鼻血があふれ出し、青年は顔を青ざめる。
「あ、あのこれは……」
ぐぐぐと顔を後ろに向けようとした青年の気持ちとは裏腹に、フェイトはグイっと強引に後ろに向けた青年の顔を前に向けさせた。フェイトとバッチリ目が合ってしまった青年は苦笑いする。
「先程の人達に鼻をやられたのではっ!? 近くの村へ急いで連れて行きます!!」
「あわっ!?」
フェイトは青年の有無も聞かず、青年をおんぶして走り出した。
・ ・ ・
フェイトの足は早く、青年と出会った地点から15分くらいかかる村に、最短の5分で着いてしまった。
「誰か! 彼の手当てを!!」
村人は青年を見た途端に目を光らせ、急いで青年をフェイトから引っぺがしたかと思えば、光の速さでいなくなってしまった。
「……え、鼻血一つで?」
その場に残されたフェイトは、あぜんとしながらぼそりと呟いた。
「お前、ここの村のヤツじゃないよな?」
呆然と立ちすくんでいたフェイトに話しかけたのは、その様子を黙って見つめていた、女性だった。
「ああ、はい」
「なら、おれさ……うちの宿屋来ないか? 安いぜ」
フェイトは、己の所持金の少なさを噛みしめながら、どう断ろうかと考えつつ、その時間稼ぎに看板を見た。
「や、安い! これなら私でも泊まれる!!」
「だろ? それなりにサービスしてやらない事も無いぜ。来るよな? いや来いよ」
「行きます!!」
あまりにもすぐに、それも笑顔で言われてしまった為、女性は目を丸くして、呆然と彼女を見た。
「……中、入りな」
しかし、すぐに口元をゆるめると、近くにあった宿屋へとフェイトを誘導した。
・ ・ ・
「へぇ、お嬢さんミサキって言うんだ? 可愛い名前ですね」
宿屋へと入った後、フロントにある三角型名刺に書かれた店員の名前を見て、フェイトはニコリと笑った。
ミサキは左右の目の色が違い、髪はベージュで、長い髪を巻いている。神秘的で、どこかお嬢様っぽくも見えなくはない顔なのだが、男物のような服を着ている姿がどこか庶民的な印象を受け、フェイトにとってみれば親しみやすかった。
「お嬢さんって言うな。名前は適当だから」
「ここ、もしかして1人で営業してるんですか? 若いのに大変ですね」
「別に。ずっとそうだし、客もほとんど来ねーし」
「そうなの!? 確かに1人営業は大変だけど、こんなに安くて可愛い店員さんだっているのに。みんな勿体無いなぁ」
「店員がこの対応だし。この村の奴等はうちのこと嫌いだからよ、ここの宿屋はどうのこうのっていちゃもんつけて客も寄せ付けないようにしてるから」
「そんな、ひどい……」
フェイトは悲しそうに宿屋の内観を見る。 どこもかしこも綺麗に掃除されており、むしろフェイトが泥のついたブーツで入ってきたことで、綺麗な内観を汚してしまったくらいだった。
「無駄話はこれくらいだ。で、アンタの名前は?」
「あ、私? 私はフェイトって言うの。よろしくね、ミサキちゃん!!」
「宿帳に記録する為に聞いたのであって、お前と友達になるつもりは無いが」
ミサキはぐいぐいと話しかけてくるフェイトに、不機嫌そうな顔をした。こんな態度をしていれば、確かに客の身としては少々辛い。フェイトは、「すみません……」と頭を軽く下げた。
「もういい。これに名前とか年齢とか書いて」
「はーい」
陽気に返事をしたフェイトは、言われた通りにカリカリと個人情報を書いていく。
「終わりました!」
「はいうるさい。16歳って……お前、俺様より年下!?」
ミサキはフェイトの記入した紙を見て、声を荒げる。しかし、フェイトからすればそれよりも気になることがある。
「俺様?」
ミサキの一人称が変わったことが気になって聞いてみたものの、ミサキは表情を変えない。
「は? 言ってねーし。だ、だってお前女のくせに背そんな高いのに……」
「168あるよ!!」
「聞いてねぇよ!!」
「ミサキちゃんはお幾つ?」
またもやフェイトをギロっと睨みつけるミサキだったが、それに物怖じせずずっと首を傾げたままのフェイトに根負けした。
「156だよ文句あっか!?」
「ううん、ないよ」
フェイトが笑顔でこたえると、ミサキは困ったように首を傾げた。
・ ・ ・
ミサキに部屋へ案内された後、服を用意されていた宿着に着替える。フェイトは日中の旅疲れと、ふかふかでお日様の光を浴びたベッドの心地良さにすぐ夢の世界へと入っていった。
それから、フェイトが目を覚ましたのは真夜中だった。 ふと目が覚めたと言うよりは、下の階の騒がしさに起こされたと言うべきだろう。
「何だろう……」
置いてあるいつもの旅着に着替えると、何となく清潔感のあるふんわりとした香りがした。寝ている間にわざわざ洗濯までしてくれたとは。やっぱり彼女とても気が利く子なんだとフェイトは微笑んだ。
更に下の階が騒がしくなったことから急いで着替え、刀や旅道具を持って下の階へと降りていった。
「何をしているの!?」
フェイトは目の前で起きている状況に思わず叫んだ。村人達がミサキを囲み、彼女の服を引きはがそうとしていた。フェイトは急いでミサキのもとへ男達を強引にかき分けて向かい、ミサキの目の前に立つと両手を広げた。
「何をしているのと聞いているの! こんなか弱い女の子に!!」
普段のやんわりとした表情とは対称的に、フェイトは眉間にしわを寄せ、大口を開けて村人達を叱って怒鳴った。ミサキをかばうフェイトだが、ミサキはうつむいて悲しげな表情を隠すことしか出来なかった。
「お嬢さん、ソイツは女じゃねぇんだよ」
「は? 何を見えすいた嘘を!! こ、ここここうしてっ! 私の体に、彼女の胸が……」
自分に無いものが、フェイトの背中の圧力でつぶれているのだ。 彼女は自分でそう言っておきながら、何となく虚しい感覚に、「あうう……」と薄らと涙目になった。
「だが、今回の祀り子様に選ばれたのはソイツだ! 男しか選ばれるはずのない神様からのご指名にな!!」
「マツリゴ?」
「知るかんなこと!!」
フェイトの背中のつぶれた胸の感覚が無くなったと同時、声変わりした少年の声がフェイトの背中に浴びせられた。その後すぐに髪の短い少年がフェイトの背中を殴り、男達を強引にかき分けて村の外へと出て行ってしまった。
「やっぱりアイツ化けてやがったんだ! 追うぞ!!」
村人達も出て行き、またもやフェイトはあぜんとして立ちすくみ、皆の置いてきぼりを食らってしまった。
「あ、あの!!」
その声にハッとしてフェイトが見ると、声の方にいたのはフェイトが日中に助けた青年であった。
「あの子、助けてくれませんか!?」
青年の真剣な表情に、出会ったミサキの言葉や表情を思い浮かばせた。 宿屋でのぶっきらぼうながらも完璧な仕事ぶり。彼女、いや彼が悪い人間にはとうてい思えない。
フェイトはうなずき、青年を今度はお姫様抱っこして村を飛び出していった。
(1:遺憾の魔獣リグレット(前編)了)