5:夢魔ドリームメーカー(後編)
半壊した建物の上に飛び上がり、くるりと半回転すると敵の頭上に刀の腹を振り落とした。敵は小さなうめき声を上げるものの、まだまだ攻撃を積み重ねないと敵を倒せそうにはなかった。
敵の頭上に乗り、そこから何度も腹で頭を叩くが、威力が低い上に、混乱する敵は1歩いっぽ、フラフラと前へと進んでしまう。
「くっ……あきらめない、あきらめない!!」
声を荒げ、頭上で飛びはねながら何度も力を込めて刀の腹を向けて振り落とす。刃を向けて落とせばもう少し楽に倒せるのだが。敵も味方も傷つけたくないのが彼女の、そして彼女を鍛えた師匠のポリシーだった。
そんな優しすぎるポリシーが足を引っ張り、敵はゆっくりながらも1歩いっぽとまた半壊した病院へと近づいていく。
「やだ……それ以上行かないで……」
ボロボロと、着ぐるみ越しに涙を流しながら、ひたすらフェイトは刀を振り回す。
一方、フェイトに叱られたことでしばし考え込んでいたドリだったが、穴の開いた天井の方を向き、たった一人で戦い続ける彼女を見上げていた。
「駄目っ、だめぇっ!!」
耳に突き刺さるようなフェイトの高い叫び声は、ドリの耳に一瞬の不快さを覚える程に届いた。
こんなにも不利な状況になっても、彼女は諦めずに敵の前進を防ごうと攻撃を1人続けている。それなのに逃げようともせず、ただ、これはあらがいようのない運命なのだと死に身を投じていた自分自身に、ドリは罪悪感を感じた。
そして、同時に湧いてくる勇気に反応して、ドリから光があふれ出す。
一心不乱に刀を振り落としていたフェイトの目の前を閃光が走った。
「……えっ!?」
閃光の飛んで来た方向を見ると、長身で整った顔立ちの黒髪の青年が宙に浮いていた。その上、青年が浮くと同時に、フェイトも宙に浮くことが出来ていた。
「よけて、危ないよ!」
青年が片手を振ると、魔法が数本の閃光となって飛び出していく。青年の魔法は敵には効果抜群のようで。敵がその場で大きくフラフラとし始めた。
「これで、最後!!」
青年が手を振ると、力強い閃光が敵の胸を貫通し、敵が小さなけものに変身する。
「一体何がどうなって……ありがとう」
「ううん。それより、君、名前は?」
「フェイトって言いますけど……」
「そうか。君に出会えて良かったよ。僕こそ、どうもありがとう」
青年はそれだけ言うと、魔法を使ってフェイトの前から姿を消してしまった。
「ええ!? ……名前聞いておいて名乗ってくれないの……?」
フェイトが呆然としていると、フェイトの景色に徐々にモヤがかかり、フェイトは今度こそ現実世界に目を覚ました。
「おそよう。つか、そいつがドリームメーカーか?」
フェイトが目を覚ますと、ミコトの指す方向を見る。布団の中に潜り込んでいたのは、夢の中で青年が倒し、小さくなった鼻の長い不思議な魔獣であった。
「多分そうだと思うけどなぁ……」
「ったく、1人で解決しやがってズルいなぁ。俺様だっていたらもう敵をバッキバキにだな」
「それじゃあ早速ギルドへ持っていこうよ! こっから近いんだし」
ミコトの俺様談をさえぎってアントニーがフェイトの目の前に行き、ニッコリと笑うと、その後ろでライトレットがひかえめに笑った。
「そうですね」
「ノンノン、これからは敬語は無しだよ。ちなみに、俺はアントニーって呼んで欲しいな!」
「敬語は無くすけど、アントニーさんはアントニーさんで」
「なんでよー?」
「じゃ、じゃあ、俺もライトレットって呼んで欲しいです……」
「良いけど、それならライト君も敬語無しで話してくれるよね?」
本来悩む必要の無いフェイトの何気ない質問に、ライトが「うーん」と悩んだ。結果、「俺のことは気にしないで下さい」と爽やかな笑顔で返されてしまった。深く詮索すると色々な意味で恐ろしかったので、フェイトはそれ以上は何も言わないことにした。
「んだよ俺様の美談を無視するなんてテメェ等いい勇気だ! 良いぜ、かかってこいよテメェ等!!」
「はいはいお黙り俺様中二病。さぁ、行こうかフェイトちゃん」
「う、うん……」
ミコトを無視して歩いていく3人。ミコトは、「何だよコノヤロー!!」と声を荒げた後、3人の背中を追いかけて走った。
・ ・ ・
「……ドリームメーカーじゃ無いんですか?」
「はい。こちらは夢喰いバクと言うまた別の依頼対象になっているものですね。ですが、この魔獣のせいで悪夢を見たり、良い夢を見ている時にグチグチと夢を食べられて起きてしまうと言う事件も起きていますし、お手柄ですよ」
確かにお手柄ではあるのだが、倒したのはフェイトでは無く、黒髪のあの青年だ。フェイトは何となく申しわけない思いになる。
「そうですか……じゃあ、ドリームメーカーってどういうのなんだろう」
「それはこちらでも分かりかねます。ああ、それではその子をお預かり致しましょう。賞金はその際に手渡しにするのと、銀行に貯めておくのと、どちらを所望なさいますか」
「それじゃあ銀行にお願いします」
「かしこまりました。それではこちらから銀行にお振込しておきます」
ギルド店員がバクを奥に連れて行く様子を見送っていると、隣からミコトの女体魔法を使っていた頃よりも大きい胸が現れた。
フェイトがそこからゆっくりと視線を上へと移動させると、黒髪ポニーテールの、フェイト以上の筋肉を持った女性がギルド店員に話しかける。
「おい。狩って来たぞ。換金してもらおうか」
彼女について来ていた橙髪の褐色肌に、とんがり耳の老人が苦笑いしながら、ギルド店員に血みどろの、微かに息をする魔獣達を渡した。その次に、同じく彼女について来ていたクマの被り物をした人物が全く傷を負っていない魔獣を渡す。
恐らく、血みどろになった魔獣を彼女が倒し、血みどろになっていない魔獣をあの2人が倒したのだろうと、血みどろの魔獣を見て、偏見ながらにフェイトは考えていた。
そんなフェイトの思いを察してかそうではないのか、女性がフェイトの存在に気づき、「何だ」と、光の無い瞳でフェイトを見る。
「い、いいえ……」
フェイトは彼女の瞳に何とも言えぬ恐怖を覚え、大人しく首を振った。
「……あ、君」
「え?」
クマの被り物をした人物がフェイトの存在に気づき、何か言いたげにしていたが、彼の思いとは裏腹にフェイト達の後ろから「あーっ!!」と言うミコトの声が聞こえて来た。
「ど、どうしたの!?」
「お前……エルルじゃねぇか!? 研究所はどーした!?」
ミコトがそう言って指差す人物は、男性の老人だった。
目尻や口元のシワが、老人の今までの苦労を物語っている。かと言って弱々しさがあるわけでは無い。むしろ、弱さとは犬猿する程の黒い肌と、首元や手先からチラつかせている筋肉。年を感じさせるようで、全く感じさせない見た目をしていた。
「ん……? ああ~ミコトでしたか」
「はぁ。まさかお前と再会する日が来るとはな……」
見た様子、2人は知り合いのようだ。となると、これは全員自己紹介すべきなのだろうか。フェイトが黒髪の女性を横目で見て、恐る恐る話しかけた。
「あ、あの……フェイトと申します。お名前は?」
「……フェイト?」
「は、はい……」
「そうか。私はムクロポートだ。……おい」
ムクロポートが手で合図すると、エルフの老人と被り物をした人物もフェイトの方へと歩み寄ってきた。
「初めまして。エルルと申します。見ての通りダークエルフです」
「僕は……ドリ、と申します」
礼儀正しく腰から曲げて挨拶してくれた2人に応えるように、フェイトも同じように、「フェイトです。よろしくお願いします」と上体を曲げて挨拶した。
その頃、ムクロポートが換金した賞金を受け取ると、「それじゃあ行くぞ」とエルルやドリに心無く言った。
「も、もう行くんですか!?」
挨拶したからにはもう少し他のギルドの人とも会話したいと思っていたフェイトだったが、「文句でも?」とムクロポートににらみつけられると、無言で首を振った。
ずんずんと歩いていくムクロポートについて出て行ってしまったドリを、呆然と見つめていたが、エルルがフェイトの肩をトントンと叩く。
「ああ言う態度してますけど、悪い人では無いのですよ。許してやって下さいね」
「許すだなんてそんな……」
「あと、その聞き分けの無いオチビさん」
エルルの言葉にミコトが、「んだとこらぁ!」と殴りかかりに行こうとすると、アントニーとライトレットがミコトを押さえ込んだ。
両手を挙げて呆れていたエルルだったが、フェイトの耳元で声をひそめがら、もう1度話を続ける。
「あのように、人の話を聞かずに暴れまわったりしますけど、根はとても良い奴なのです。なので、そう怒らずに温かく見守ってやって下さいね。私は出来ませんでしたから」
「え……?」
エルルは言い終えて耳元から顔を話すと、ニコリとフェイトに笑い、急いでムクロポート達の元へと走っていった。
「私には、出来なかった……かぁ」
フェイトは、エルルの走って出て行った玄関を呆然と見つめていた。
(5:夢魔ドリームメーカー(後編)了)




