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「この内乱を企てたのはサッチャー氏だ。よって、彼を処刑する」
見たところまだ若そうな可愛らしい少女に、その身には重たすぎる刑を下された。
この報道は全国に広まったものの、誰しもがかの人物を知るわけではなく、情報も“オワリ”と言う政界やその周辺の集落以外では、噂程度の頼りないモノであった。
処刑執行の為、サッチャー氏が執行台に連れて行かれている同時刻、処刑場へ向かおうと2人の男性が多くの警備員の前に現れた。
「いやぁ、駄目ですか? 私達関係者なんですよぉ。ホラ、格好見て下さい。偶然遅れて来ちゃったんです」
引きつったぎこちない笑みで白いメッシュが1つ入った黒髪の男性、カイルは、交渉を続ける。もう1人の、赤い巻き毛をした男性、レークは、半ばあきらめの様子で彼を見ていた。
警備員の方も、引き下がらない男性に次第にいらだちを募らせ、男性2人に剣を向けた。
「これ以上は聞いていられないぞ」
武器を向けられた瞬間、男性2人の空気がピンと張り詰めた。2人は口元を緩め、張り詰めた糸が切れたかのように口を開けた。
「ならば、こちらも手段を選べませんね」
カイルがレークの横に移動して言った。入れ違う様にレークは黒い手袋を装着し、2人の警備員へと殴りにかかった。2人はいとも簡単に倒れ、男性2人は先へと進んだ。この時、既に警備員には彼等の記憶は無い。
他の警備員達も赤黒髪の男性の腕っ節のみの攻撃や、白黒髪の男性の無音の魔法銃によって続々倒されていく。
(ここで騒ぎを大きくするだけだと日程がずれ込むだけで終わっちまう。下手すればこっちの命まで殺られるだろう。死はまぬがれないな)
カイルは銃を撃ちっ放し、人をバタバタと倒しながら記憶を消していく。詠唱することも、相手に触れる必要も無く、ただ相手の位置さえ分かれば相手の記憶を消せる。そんな奇妙な力を使って。
(だが、アイツが死んじまえば奴等の思う壺。……それだけはさけねぇと)
そうは思っても、時間は刻々と迫っている。彼の言う“アイツ”も取り急ぎ処刑を始められるはず。
気ばかり焦るカイルを見て、レークが言った。
「行け! コイツ等は俺に任せろ!!」
「お前1人で大丈夫か?」
「お前が俺を変えたんだろ! ……天才カイル様の手にかかった俺なら、大丈夫に決まってんだろ」
親指を突き立てて言うレークを見て、カイルはフッと笑った。その場で飛び上がり、目の前に迫り来る敵を踏みつけてカイルは奥へと進んだ。
前まで行かなくても良い。むしろ前まで行けば、顔を気づかれるだろう。ギリギリアイツの見える所まで行くと、カイルはアイツの位置を確認した。
(手玉にされて、可哀想に)
せめてもの報い、そして手玉に取る相手への腹いせとして、彼は処刑される人物の魂をあの肉体から離すことに決めていた。方法は簡単だ、あの奇妙な力を使えばいい。
死の目前。多くの人々に裏切りの眼差しで見つめられ、一部にはあざわらわれ、心は粉々だろう。視線に映る人物を思うと、カイルは虚しさに襲われた。
不意に、「1人じゃないよ」なんてメッセージを伝えてやりたいと思った。しかし、思いを伝えるには、彼女に触れるしかない。そこまでのリスクを犯したく無かったので、カイルは頭を下げ、遠い地点から手を振った。
死刑囚、サッチャー氏と呼ばれた白いワンピースに身を包む、髪の長く、藍色の天然パーマをした少女は、手を振るカイルの存在に気付いた。
誰かは知らないが、どうやら私の味方らしい。
でも、どうせ会うなら、あの子に会いたかったな。
唯一、私の友達になってくれた、あの女の子に――。
少女がそんなことを考えていたのも束の間、その後すぐに激しい痛みが少女の胸を貫き、彼女の意識は遠のいていった。
少女の処刑後、カイルは既に処置はこなしたと人混みからズレた。物置部屋へと移動すると、レークが待っていた。
「倒した奴、覚えてんだろ?」
「ウロチョロしてる奴以外全員。多分」
「多分!?」
「俺はお前程完璧じゃない」
レークの言葉を流し、カイルは仕方なくここいら一帯の警備員の記憶を消すことにした。本来、あまり大きな魔法は使用したく無いのだが、今回は仕方無いだろう、と。
「彼女の魂を移行して、良い展開になれば良いねぇ。嫌いなアイツ等がぶっ潰れるようなこと、いつかしてみたいもんだよ」
・ ・ ・
所変わってここは太陽のさんさんと差す青々とした緑葉の中。 茶色い髪を2つしばりにする少女は、ギルドを見つけた途端猛スピードで中へと入っていった。
赤いコートを半分だけ羽織り、コートの奥からはビキニを覗かせる。危うい格好のはずなのだが、少女の膨らみのない体つき故か、彼女を見ても誰も興奮している様子は無かった。
「ぎ、ぎぎぎぎぎ!!」
「はい。こちらギルドで御座います」
「左様でございまちゅか!! ……あ、すみません……今のナシで」
過度の緊張のあまり噛んでしまった。少女はうつむき、照れ臭そうに後頭部をかいた。そんな少女に対し、カウンターから身を乗り出しながらギルド店員が言った。
「……お客様、そちらは機械で御座います」
ギルド店員の声に少女は顔を上げた。機械的な声は、機械的では無く、本物の機械の音声であった。少女は顔を真っ赤にして、ギルド店員のもとへ駆け寄ろうとした。が、スピードを付けすぎてカウンターに激突した。
「だ、大丈夫ですかお客様!?」
「うふふ……おほほ……大丈夫でちゅ」
「どうかお気を楽に」
冷静なギルド店員を見た後、辺りを見渡すと、他のギルド店員も無言でうなずいていた。周りの冷静な反応に緊張が解れると、少女は立ち上がった。
「ギルドに所属したいんです」
赤ちゃん言葉の少女や壁に激突する少女にも驚いたが、妙に冷静になるのが早い少女の反応には特に驚いた。口にこそ出さないが。この年でギルドに、それもたった1人で所属しようとは。ギルド店員は感心した。
ギルドとは言っても、ギルドと言うのは1つの会社に近い。中でチームを作るのは個々の自由である。1人で来たと言うことは、1人で討伐しようと思っているのだろう。ギルド店員は止める気はさらさら無いが、少々心配になった。
「そうですか。お仲間さんはいらっしゃいますか?」
「いいえ。けれど、まずは難易度の低めの子達から行こうかなと思っているので」
「成程……お名前は?」
「フェイトです。年齢は16才、好きなモノは特撮のセカイレンジャイのカレー大好きイエローなんです。一昔前に流行っていたモノですけど、師匠が好きだったので一緒に見てて……。あ、好きな男性のタイプですか? 恥ずかしいなぁ……実は」
「趣味は証明書には含まれませんので結構ですよ」
ギルド店員にクールにあしらわれると、フェイトは恥ずかしそうに、「あ、はい……」とこたえた。
「では少々お待ち下さい」
5分弱で証明書が完成し、30分程度ギルドの説明を受け、やっとフェイトはギルドから出てきた。
「さぁて、行きますか」
ひとまずギルド討伐リストに目を通し、この周辺にいる2匹の魔獣に目を付けた。早速魔獣を見つけると、フェイトは即座に抜刀した。
「あなたの運命、今変えてみせましょう!」
フェイトは、敵に刀の峰を向けて叫んだ。
ここまではかっこよく見えるかもしれないが、彼女と魔獣の映る光景は何とも異色だ。それもそのはず。彼女が相手をするのは、小さくふわふわとした毛の多いうさぎに似た魔獣2匹だったからである。
片方が薄桃、もう片方が水色の毛の所を見ると、オスとメスに分かれている……の、かもしれない。双方の額には毒々しい紫色の宝石が付いている。
2匹の姿を見つめて分析した。そこで、フェイトは瞬時に理解した。
「……可愛いっ! 駄目、叩く気力も湧かない!!」
この魔獣達が、とても可愛いと言うことを。
フェイトは笑顔で断言した。周囲には魔獣以外誰もいないので、突っ込みの言葉もズッコケの効果音も聞こえてこない。
魔獣も襲う気配が無いので、フェイトはリストを見直した。リストには“可愛すぎて皆の気力が抜けていくので討伐対象”と書いてあった。
「確かに気力が抜ける! うん、だから討伐は止めておこう!!」
一時は魔獣たちに背を向けたフェイトだが、自信にツッコミを入れるかのように、数秒後に慌てて戻る。
「って駄目だよ変えるんだからっ! ……って言うか、帰ろう?」
フェイトはその場にしゃがんで手を差し伸べた。2匹がフェイトの腕の中に収まると、フェイトは2匹をそのまま抱えてギルドへと連れて行った。
ギルドに到着後、カウンターに2匹を置き、フェイトが先程のギルド店員に笑顔でうなずいた。それとは対照的なほど、ギルド店員の顔は青い。
「……よく、素肌に近い状態で持ってこられましたね」
「え? ええまぁ」
ギルド店員が言った瞬間、ストンと綺麗にフェイトは後方に倒れた。ギルド店員がその場で悲鳴を上げ、フェイトはしばらく息を引き取ったかのように安らかな表情で眠り続けた。
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