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「信雪、ごめん。俺、今日だめだわ」
大晦日の朝、そんな電話がかかってきた。
「まじ?なんで今言うんだよ!」
「だってさあ、彼女に今言われたんだよ。一緒に過ごしてって。親御さんからも許しもらったみたいだし。悪いけど。ごめん、また次回!」
「おい、次回って!」
初日の出の次回は来年だぞ!と言い掛けたが電話は一方的に切られていた。
俺は必死に友達に電話を掛けまくる。
しかし、空いてる奴は誰もいなかった。
おい、初日の出見るために旅館予約してクレジット払いしてるんだけど。
キャンセルきかないんだけど?
どうしてくれるんだ。この落とし前。
どうせ金が戻ってこないなら、俺一人でも行ったほうがいいよな。
一人で大晦日の夜を過ごす……
さむっつ。
俺は急に寒さを感じ、ソファの上で丸くなって膝を抱える。
今日は大晦日だった。
俺は初日の出のグッドルッキングポイントの近くの旅館を予約し、大樹と行くつもりだった。去年は勇と行って酔いつぶれてしまい、初日の出は見れなかった。今年こそは計画し、友達を誘った。が、皆に彼女や家族と過ごすと断れ、唯一空いている、いや空いていたのは大樹だけだった。
彼女と過ごせないから空いてるって言ってたのに、大樹の野郎。絶対に後で締めてやる!
俺が彼女に振られたことって知ってるくせに。
くうう。頭にくる。
しかし、俺の怒りが奴に届くはずがない。
どうしようか。
ソファの上で縮こまっていると浮かんだのは、奴の顔。
紀原忠史、勇の会社の後輩。
褐色の肌のイケメンのくせに、ゲイの男。
ゲイという点を除けば、すごくいいやつだ。
料理もうまい。
忠史の作ったケーキは本当にお店のケーキみたいだったしな……
でも俺は、あの夜あほなことをしてしまった。
その時のことを思い出し、顔を膝の上に伏せる。
目が覚めたらあいつの膝の上で寝ていた。
勇たちが早めに帰ってしまい、寂しかった俺は忠史を引き留めてしまった。
一緒にテレビを見たところまでは覚えている。
それから記憶がはっきりしないのだが、俺がどうも奴のほうへ近づいて、いつの間にか寝てしまったらしい。
あいつは、ゲイだけど、俺に何かしたわけじゃない。
起きた俺に謝り、「起こすと悪いと思ってそのままにしていた」と言った。
……あいつは何も悪くない。
俺がおかしいんだ。
実は俺が先に目覚めた。
そして俺は……奴の顔に見惚れてしまった。
男の奴に……。
いや、王さん、ノーマルな勇をその道に変えてしまった勇の彼氏に見惚れたこともあった。彼があまりにも女性的で美しいからだ。並みの女の子よりずっと色気があった。だから彼と付き合いたいと思ったことは、全然俺にとってはおかしくないことだ。
でもあいつは違う。立派な、いや、完全に女にもてるタイプのイケメンだ。ゲイだなんて言われなければわからない。そんな奴に俺は見惚れてしまったんだ。
俺は自分自身に愕然として、謝る奴に何も言わず、部屋に篭ってしまった。
結局寝れなかったが、あいつは朝早く「じゃ、帰ります」と律儀に一言行って帰っていった。
俺が悪い。
大人気ない。
いや、大人って言うかわけらからん行動だったと思う。
それから俺は忠史に連絡をとっていない。
おかしいよな。
それまでは3日に一度はメールしていた。
忠史と連絡とらなくなり、5日だ。
たった5日。そうたった……。
俺はテーブルの上に置いてある携帯を取る。
忠史の連絡先はすぐに見つかった。
空いてるわけがない。
今日は大晦日だ。
駄目にきまってる。
いや、そのほうがいい。
俺はそう思いながらも彼に電話していた。
プルルッ、プルルッ。
2回発信音がなり、俺は怖くなって切ろうと思った。
「もしもし?」
しかし忠史の声が聞こえ、動きを止める。
「灘さん?もしもし?押し間違いかな?」
「忠史!」
切られようとするのがわかり、慌てて彼の名を口走る。
「お前、今日暇?」
「……暇と言えば暇ですけど」
「じゃあ初日の出見に行こうぜ」
口がそう勝手に喋っていた。忠史は一瞬の沈黙のあと、はいと返事をよこした。
「こんにちは」
止せばいいのに俺は1時間後に奴を迎えにいった。
アパートから出てきた忠史は小豆色のダウンジャケットを羽織っていた。浅黒い肌によく似合いスキー場でナンパすれば成功率100%だろう。
つくづく勿体無いと思う。なんでこいつはゲイなんだ。もし俺が奴ならナンパしまくり、楽しいライフを送っている。
そうか、だから俺は奴に見惚れたんだ。カッコいいから奴が羨ましくて!
「灘さん?何か楽しいことあったんですか?」
助手席に座り俺の顔を見て、忠史が眉をひそめる。
あ、嬉しすぎて変な顔してたかな。
だって、本当に安心した。
「何でもない。さあ出発しようぜ」
俺は奴に笑いかけるとハンドルを切る。
俺はノーマルだ。女の子が好きなんだ。
忠史が気になったのは男としての嫉妬なんだ。
目指す場所はここから2時間ほど離れた海岸沿い。
奴を意識せず、友達として振る舞える。俺はそう信じて車を出した。