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ケーキ作りには型とか色々道具が必要だろうと思って、今日のうちに俺のアパートに運び込みこむことにした。
初めて入った奴の家はすごかった。
「すげぇ。お菓子作り専門店みたいだ」
キッチンは綺麗に掃除されてて、ケーキ屋で見かけるような道具がいっぱい置かれていた。
これだけあったら、何のケーキでも作れそうだな。
あれ、あのクリスマス特有のケーキ、なんだっけ。
あ、思い出したプッシュドノエルだ。
ちょっと聞いてみよう。
「忠史……」
俺は背中を向けてがさがさと道具を見ている奴に話しかける。すると振り向いた。
「ブッシュドノエルとか作れる?」
「え、まあ。サンタの砂糖菓子とかは無理ですけど」
忠史は簡単にそう答えた。
作れるのか!すげぇ。
あの木の株のケーキ。
「じゃ、ブッシュドノエル作って!俺、アレ大好きなんだよなあ」
俺は嬉しくなって頼み込む。
あのケーキが手作りで食べれるなんて夢みたいだ。
作り方とかも見れるんだ。
俺はなんだかウキウキしてくる。
「灘さんの家にはオーブンありますよね?」
奴はくるりと再び背中を向けた後、思い出したように振りかえった。
オーブン。あるある。
そういや、中に入れる黒い奴もあった。
「うん。天板だっけ?それも付いてるよ」
「だったら、クッキングシートを引けばOKっかあ。あとは」
忠史はうーんと考えながら、道具を引き出しから出したりしてシンクの上のほうに、集めだす。
道具は十分そうだな。
あ、材料とはあるのかな?
「ケーキの材料買わないとやばいよな。どこか行きたい店ある?」
俺の言葉に忠史は目を輝かせてうなずいた。
「あります」
「………やばいな。この店」
車で向かった場所はおしゃれな通りでよく雑誌とかに紹介されている場所だった。たしかデートにきたことがある。
店はその一角にあり、壁はピンクで、屋根は白色の三角の尖がり帽子、入り口は丸くてその上の小さな白い屋根はフリルを形どったものだった。
「そうですよね。俺、一人で行ってきますから」
あまりにも女性的な建物で俺が戸惑っていると忠史はそう言って、中に入って行った。
俺は店の外で奴を待つことにする。
腕時計とにらめっこして20分が立ち、俺は勇気を出して中に入ってみた。
忠史は中にいた。よっぽど面白いのか、棚に置かれている道具――器や木ベラなどを熱心に見ていた。
「……忠史。探し物見つかった?」
俺は一瞬迷ったが声をかけた。もう少し時間が掛かるなら、どっか喫茶店で待つつもりだった。
忠史は俺の声に驚き、顔を上げる。
邪魔しちゃったみたいだな。
「悪いけど、やっぱりきついな。この店。俺、近くの喫茶店で待ってるから。終わったら電話して」
喫茶店でなら何時でも待てる余裕はあった。女の子に待たされることには慣れてる。
あ、女の子じゃないけど。
「あ、もう終わります。会計しますからちょっと待っててください」
奴は白い買い物籠を持ち上げるとレジに走っていった。
悪かったかな。
でも20分、外でぼんやり待つのは流石に待ちなれている俺でもちょっとな。
店の外で待っていると奴がすぐに現れた。
「お待たせしました」
気に入ったものがあったのか、両手には袋を抱えている。
「面白いものあったんだ?」
なんだか重そうに見えて俺は袋の一つをかっさらった。
「いいですよ。俺が持ちます」
後輩だからなのか、奴は慌てた様子だった。
気にしなくてもいいのに。さっきの買い物のときは手伝ってもらったからお互い様。
「いいって」
俺は申し訳なさそうな奴を空いてる手で制すと、駐車場に向かった。
その後、こまごましたものを買っているうちに、なかなか手のこんだものになりそうだった。これ、25日の夕方から作ってたら間に合わないよな。
うーん、どうしよう。
アパートの駐車場について、忠史にも新たに買い込んだ食料品を運んでもらい、階段を登る。
米とかが切れていたのを思い出して買って、それをあいつが持ってくれてる。さすがに俺よりガタイがいいだけあって、その足取りは軽い。
でも疲れてるよな……
部屋に入り、壁時計を見ると5時を回ろうとしていた。
「疲れた?もう5時だよなあ。腹減った?何か食べて行く?」
俺はお腹がぺこぺこで、冷蔵庫に食料品をつめながら作れそうなメニューを考える。今日は手伝ってもらったし、御礼がてらに何か作るつもりだった。
「いや、いいですよ。俺適当に食べますから」
でも奴はなぜか動揺し、両手を振って断る。
俺の料理がまずいって思ってるのかな?そんなことないのに!
俺はなんだかむきになって、誘ってしまった。
「あ、でも二人分作るのも一人分作るのも一緒だから食べていけば?酒飲むから帰りは送れないけど」
そう言うと断れなかったらしい。奴はご馳走になりますと頷いた。
「うまい」
「そう?よかった」
奴はめちゃくちゃ笑顔でその感想がうそじゃないことがわかる。
俺はちょっとだけ自信がなかったらからほっとした。
ふと忠史はちょっと考えるそぶりを見せる。すると意外な言葉を吐いた。
「灘さん。やっぱり俺、家でケーキ作って持ってきますよ。結構作るの時間かかりそうだから、家で作った方がいいかもしんないですし」
家?そのほうが面倒じゃないか。
だいたい、何時間かかるんだ?
「何時から作るの?」
「えっと、多分3時くらい」
3時。っていうか、こいつ仕事休むのか。
……だったら、俺も休むか。
俺は家の掃除もするから1日休んだほうがいいな。
「だったらうちに3時くらいにくれば。俺25日は休みを取ること決めたし」
一緒に作ったほうが楽しそうだし、俺は気軽にそう誘う。
「休み?!」
すると奴は素っ頓狂な声を上げた。
いや、失礼だよな。お前だって休むつもりじゃんか。ちょっとむっとしたが、俺はいい大人だ。笑顔をつくる。
「うん。なんかさあ、色々作ろうと思ったら休み取った方がいいと思ってさあ。去年はほとんど持ち込みだったけど、今年は作るからさ」
そうそう、今年は気合をいれるつもり。
男だけの集まり何だけどさ。
すると奴はちょっと苦笑した。
うう、ちょっと俺って気合入れすぎか?
「やっぱりおかしいか。男だけのパーティー。しかも俺達4人だしな」
俺はなんだか急に恥ずかしくなって、誤魔化すように笑う。
すると奴は、そんな俺を急はじっと見つめた。
イケメンに見つめられて俺はたじろぐ。
綺麗に整えられた眉毛、褐色に焼けた肌にきらきら光る瞳、前髪は休暇中のためか、無造作に垂らされ、妙な色気をかもし出していた。
こいつ、やっぱりいい男だ。
なんで、ゲイなんだ。
もったいない過ぎる。
「何?」
あまりにも奴がじっと俺を見つめるので、俺はたまらず聞いてしまった。
イケメンに見られるのって胸がどきどきして緊張するものだと初めて知る。
「灘さん……」
忠史は俺の名を呼び、再び視線を俺に向ける。それが少し苦しげでまた俺の胸がちりっと痛む。
「ごちそうさまでした。俺、もう帰りますね。25日、3時くらいにまた来ますから」
不意に奴は視線をはずすと食器を持ち、キッチンへ歩いていく。シンクに入れる音がして、奴が水道の蛇口をひねった音が聞こえた。
「ああ、俺が後で洗うから。置いといて」
どうせ、俺のと一緒に洗う。
イケメンがするような仕事でもないだろう。
「じゃ、遠慮なく」
奴は軽くそう言い、居間に戻ってきて鞄を持った。そして玄関に歩いていったので、俺はその後を追う。
玄関で靴を履き終わった奴を見て、さびしい気持ちがよぎる。
引き止めたいと脳裏のさびしがりやが言っていた。
でも俺はそれに口止めをして、忠史に手を振る。
「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう。楽しかった。またな!」
「こちらこそ楽しかったです。夕飯も美味しかったです。ご馳走様でした」
奴は律儀にペコリと頭を下げると颯爽と玄関のドアを開け、出て行った。
帰った。帰ってしまった。
なんだよ。俺。
別に友達が帰っただけでさびしがるなんて。
本当重症だな。
俺は自分自身の気持ちに溜息をつくと、玄関に背を向けた。