第五話 進撃する太陽
「熱っぢぃ〜〜 イライラする〜」
連日の猛暑に星奈は苛立たされていた。汗が肌を伝い、服はビショビショだ。夏が暑いのは毎年のことだが年々より一層暑くなっている気がする。
「大変だな」
一方でライトの方は余裕で汗ひとつかいていない。元々過酷な環境に身を置いてきたライトには四十度近い気温も問題にはならない。
「こう暑いとレポートも捗らないなぁ〜」
「....」
暑さにうだる星奈をライトは何か言いたげな表情で見つめる。以前までなら口に出していたが今回はちゃんと飲み込む。それが正解だ。
「あぁ〜 アイス食べよ〜」
そう言って冷凍庫を覗き込むが中には何も入っていない。連日の猛暑にアイスのストックも底をついていた。その事実に星奈はひどく落胆した。アイスを食べるには買いに行くしかないがこの暑さの中、外に出るのはできれば避けたい。
「ねぇ ライト..」
「やだぞ それぐらい自分で行け」
皆まで言わせず、ライトは拒否する。しかし、星奈は食い下がった。
「なんでよ!! カレーの時は行ってくれたじゃん!!」
「あれはお前が行けないから代わりに行ったんだ」
つい先日の出来事を例に挙げるも、あの時とは事情が違うとライトは星奈の要求を突っぱねる。
「でも!! ライトは暑くないんでしょ!!」
確かにライトならこの猛暑も問題にはならない。だったら行ってくれよ、と星奈は頼む。
「ここはお前の星でしょ!! 暑さぐらい我慢しろ!!」
ライトの意見が変わることはなかった。仕方なく星奈はライトにアイスを買いに行ってもらうのは諦めた。しかし....
「分かったよ その代わりライトも一緒に来てね」
「えっ、なんで??」
「暑いとアイス溶けるでしょ、それに一回でなるべくたくさん買いたいし.. ライトがクリスタルに収容すれば一気に二つ解決!!」
「えぇ〜.. まぁ.. それぐらいならいいか??」
ひどく微妙な表情を浮かべたもののライトは了承した。実際問題、ライトの生成するクリスタルは外界からの影響を遮断し、無生物ならなんでも収容できるためアイスの運搬にこれ以上ないほど適している。ちなみにライトはこの特性を生かし、所有している武器を全てクリスタルに収容して持ち運んでいる。
「じゃ、行こっか」
「おーっ」
時刻は十時、これからさらに暑くなる前にアイスを手に入れるべく、二人はコンビニに向けて出発した。しかし、外は部屋よりもさらに暑かった。まるでサウナのようでただ歩いているだけで汗が止まらなくなる。
「な、なんか話さない??」
「何話す??」
「そうだねぇ.. 何か怖い話とかない??」
怪談は夏の定番である。宇宙規模の怪談がどんなものなのか非常に気になる。
「怖い話?? 例えばどういうのが怖い??」
「そりゃもう幽霊とかが出てくるやつ」
「ユウレイ?? なんだそりゃ??」
ライトの反応を見るに幽霊がいるのは地球だけのようだ。そんなたわいもない話が続いた後にコンビニにたどり着いた二人はなかなかな量のアイスを買い、その全てをクリスタルに収容した。どうでもいいが星奈が好きな味はチョコである。
「これで大丈夫!! さっ 早く帰ろ!!」
「ハハハ そうだな」
アイスを手に入れたことで心に余裕ができた星奈は機嫌をよくした。それはライトも同様であった。しかし、歩いていくうちに二人は妙なことに気づく。
「ねぇ.. いくらなんでも暑過ぎない??」
「....確かにさっきよりも暑いな」
二人がコンビニにいたのは五分ほどだったにもかかわらず明らかに気温が上がっている。しかもどういうわけか進めば進むほどに気温が上昇している。おまけにこっちに来る人はみんな大粒の汗をかいているうえにどういうわけか車は一台も来ない。
「ねぇ.. コレ、ヤバいんじゃ??」
すると突然目の前にいた男が気を失って倒れた。二人は駆け寄って男の容体を確認する。顔面蒼白、異常発汗、明らかに熱中症の症状だ。しかもその男だけでなく、あたりにはそんな人達が倒れている。
「これは病院か??」
「そうだね救急車呼ばなきゃ、それもたくさん..」
「とりあえず安全なとこまでオレが運ぼう」
状況を判断し二人は行動を起こす。星奈は救急車を呼び、ライトは倒れている人達を少しでも気温の低い所まで運ぶ。しかし、その間にも気温はどんどん上昇していく。
「絶対おかしいよ!! サウナみたいじゃなくてほんとにサウナだよ!!!!」
「確かにこれは異常だ.. 向こうに行けば行くほど気温が上昇している.. おそらくこの異常は何者かに引き起こされている!!」
「何!? 魔獣!?」
「ああ オレが知る限りこんなことができるのは奴しかいない.... 炎魔獣バルフレア!!」
この異常気象の原因は判明した。だが今は人命救助が最優先事項だ。ライトが倒れた人達を運び、星奈が自身の知識で可能な限りの処置を行う。力を合わせ目の前の命を救うために最善を尽くす。
「ハァ.. ハァ.. コイツで最後だ..」
「多分もうすぐ救急車が来るはず」
「よし.... 俺は奴を倒しに行く!!」
剣を握りしめ、いよいよこの恐ろしき魔獣を倒すためライトは身を焦がす暑さに耐えながら熱源へと突き進む。するとようやく原因となる魔獣、バルフレアの姿を捉える。その姿は火の玉そのものであったが色は赤ではなく薄い黄色、まるで小さい太陽のようであった。しかしこれは本体ではなく、本体はこれの中にいる。そして放たれた熱によって周囲はドロドロに溶かされている。
「これが炎の.. クッ 近づけねぇ」
あまりの熱に流石のライトもこれ以上近くことができない。もしこれ以上近づけば命に関わる。
「だったらこの距離でッ ブレードショット!!」
ーービュオッーー
ライトは自身が持つ唯一の遠距離攻撃を仕掛ける。しかし....
ーージュゥゥゥゥゥッッッーー
光の刃はバルフレアが纏う灼熱の炎によって焼き尽くされてしまった。
「う.. これはまずい..」
早くも打つ手を失ったライトはその場から離脱し、安全圏へと戻る。
「だ..大丈夫?? ライト??」
息も絶え絶えなライトを見て心配そうに星奈が問いかける。
「..突破口が見えない....」
憔悴した顔でライトは答えた。あの炎をどうにかして、本体を攻撃しない限りバルフレアを倒すことはできない。しかしその手段が全く思いつかず、ライトは頭を抱える。
「何か弱点とかないの??」
なんとか突破口を見つけるべく、星奈も力を貸す。
「水だ アイツの弱点は」
「そりゃ困ったね..」
あの熱では水はすぐに蒸発する。よってただ水をぶっかけても意味がない。少なくともあの纏った炎をなんとかしない限りは..
「あっ そうだ!! クリスタルでドーム作って囲うのはどう!?」
つまり星奈の作戦は燃焼するための酸素供給を遮断してしまおうというものだった。なかなか良さそうな作戦だったが..
「意味ないだろ..多分」
確かにただの炎ならこの作戦はかなり有効である。しかし太陽が燃える原理は核融合反応であるため酸素供給を遮断しても炎は消えない。とはいえ..
「やるだけやってみたら?? 打つ手ないんだし」
バルフレアの燃焼の原理が太陽と同じとは限らない、仮に酸素を必要とする燃焼なら間違いなく炎を消すことができるからその可能性に賭けようと星奈は主張する。しかしこの作戦にはもう一つ問題があった。
「..そもそもそんな大きなクリスタルなんてオレ作れない..」
ライトの生成するクリスタルはあくまで収容用のものであり、それほどの巨大化はできないため残念ながらこの作戦には使えない。
「え〜と.. もう爆風消化ぐらいしか思いつかない..」
「あ〜 その手があったか..」
爆風消化というのは爆風で炎を吹き飛ばして消化する方法であり、森林火災や油田火災などの大規模火災の際に用いられることがある。
「悪くはないなぁ ただ..」
しかし、この作戦にも一つ問題があった。
「近づけないんだっけ..?? そもそも...」
「いやまぁ、そこは我慢するとしてそのあとがな..」
あの炎を吹き飛ばすほどの爆風を起こすにはライトが“スラストフォトロン”で直接内部にエネルギーを放出するしかないが、そうした場合吹き飛ばした後はもうライトは瀕死で戦えない。つまり、この方法では炎を吹き飛ばせてもバルフレアを倒すことはできない。だが、ここに来て思わぬ助っ人が現れる。
「おーい!! 君たちっ 大丈夫かっ!!」
「あっ!! これならいけるんじゃない....」
星奈は新たな作戦を提案する。
「なるほど、それならいけるかもしれない!!」
「じゃあ私、あの人たちに伝えてくる」
作戦を実行すべく二人は立ち上がった。そして助っ人達もこの作戦を了承してくれた。
「よし!! 行くぞっ!!」
いよいよライトは剣にエネルギーを収束させ、バルフレアに向かって突っ込む。その熱に身を焦がしながらもひたすら進む。あまりの熱にライトは火だるまになるも勝利のためにひたすら突き進む!!そしてついに炎に剣を突き立てる!!
「ぐっ.. ぅぁっ.. スラスト..フォトロン!!!!」
エネルギーを放出すると目論み通り爆風でバルフレアの纏う炎は吹き飛んだ!! そしてライトは合図を送る。
「..!! 合図が出たぞ!! みんな放水だ!!」
隊長の指示により一斉にホースによる放水が開始される。思わぬ助っ人とは消防隊員達であった。
「ファ.. ャャャャャャァァ!!!!」
弱点の水を大量の浴び、バルフレアは呻き声を上げながら悶絶する。しばらくするとピクリともしなくなった。
「よし!! みんなやったぞぉぉ!!」
消防隊員達は歓喜の声を上げる。だが、星奈は一人ライトの元へ駆け寄る。
「ライト!! しっかりしてっ!!」
星奈の呼びかけにライトは閉じていた目を開いた。バルフレアの熱を至近距離で浴びたその体は黒焦げであった。そしてライトは星奈に耳打ちした。
「星..奈 すまない..」
その言葉に星奈は色々なことを覚悟した。
「アイスは俺が起きてからで頼む、おやすみ」
それだけ告げるとライトは寝た。予想外の言葉に一瞬戸惑うも星奈は返した。
「そんなもんどうだっていいわぁぁぁぁぁぁ!!」
ツッコミが町中に響き渡った。その後星奈がアイスを食べることになるのは一週間後になるのだった。