第十話 鬼神伝説
都心から電車で一時間半、そこからバスに乗り継ぎさらに一時間以上かけた後、山の中腹を超えてしばらく歩いた所に〈旅館・西南〉は位置している。立地こそ良くないが山からの景色と山の幸をふんだんに使った料理は申し分ない、そして何より歴史を感じることができるのが〈旅館・西南〉の一番の特長だ。
福引で宿泊券を手に入れた星奈、そしてライトはこの宿を今目指していた。翼のクリスタルを使い、電車とバスの過程はカットしたので後は山を登るだけである。
「いつになく楽しそうだな??」
「そりゃ、旅行だし ライトは楽しみじゃないの??」
「いや.....楽しみ.......楽しみか....」
星奈は相変わらず明るい、それに対してライトはなにやら浮かない顔をしていたが、それでも二人はおしゃべりしながら山道を登っていった。するとその道中にてライトが足を止めた。
「ん?? 何、どうかしたの??」
「なんだコレ??」
そう言ってライトの指差す先には苔むした小岩があった。よく見ると何やら文字らしきものが刻まれているが風化して読めない。
「なんだろ?? なんかの石碑かな?? ...そんな気になる??」
ライトの顔つきはさっきまで違って鋭い目つきをしている、まるで魔獣に相対した時のようだ。
「ちょっとだけな、気にしすぎかもしれんが」
そう言うとライトは再び宿へ向け歩き出し、星奈もそれに付いて行った。そしてそのまま歩く事二十分..
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ようやく二人が宿にたどり着くと女将が出迎えてくれた。
「ようこそ、遠路はるばるおいでくださいました。 私、女将の東北清美と申します」
ハキハキとしたよく通る声で二人を迎え入れる。彼女はそのまま二人を部屋まで案内すると食事の時間を尋ね、そのまま部屋をパタパタと足音を立てながら後にした。
「なんか元気な人だね.... 何してんの、ライト??」
「なんだこの床!? スベスベする」
部屋は和を基調としていた。初めて畳を体験するライトは仰向けで畳の上を滑っている。まるで子供のようだ。
「...ライトって年いくつだっけ??」
そんなライトの姿を見て星奈が尋ねた。
「年?? そんなの数えてねぇな まぁ、多分お前よりは上だろ」
確かに年齢はライトの方が遥かに上である、だがその振る舞いを見るに精神的には星奈の方がよっぽど大人だ。しばらくして畳に飽きたライトはそのまま眠りにつき、そんなライトを置いて星奈は宿の中を散策し始めた。
「なんもないなぁ〜」
率直な感想だった。本当に何もない訳ではない、ただ星奈の関心を引くものがなかっただけである。そのまま玄関の方まで歩いて行くと女将とバッタリ遭遇した。
「あら、広川さん お出かけですか??」
「いえ、ちょっと色々見て回ってただけです」
「そんな見るものもないでしょう!! フフフフッ」
女将渾身の自虐ネタが炸裂したが星奈はリアクションに困り引きつった笑みを浮かべるばかりだった。
「でもね、倉にはちょっとすごいのあるのよ、ウチ」
少し誇らしげに女将は言った、すると一旦奥の部屋に入ると鍵を持って帰ってきた。
「せっかくですしご覧に入れましょう、先祖代々伝わる秘宝を!!」
そう言って女将は玄関から外に出て行った、星奈もそれに付いて行くために靴を履こうと視線を下に移した瞬間、女将の悲鳴が聞こえさっきまでそこにあった女将の姿が消えていた。
「はれ...??」
星奈は疑問に思ったがその理由はすぐに判明した。
「いたたたッ..」
玄関の前に掘られた穴に女将は落ちていた、星奈達が来た時は無かったので、星奈達が来た後に誰かが掘ったのだ。そして女将にはその犯人はお見通しだ。
「コラァァッ、清輔 こんな穴掘って..お客様が落ちたらどうすんだ!?」
女将が声を上げると奥の部屋からひょこりと十歳くらいの男の子が出てきた。にっしっしと笑っている。
「やーいやーい、引っかかった〜」
「コラァァァァ、清輔 待ちなさぁぁい」
逃げ足速く、清輔はそのまま去って行った。落ちた女将は星奈に引っ張り上げられ、服についた土を手で払いながら言った。
「全く悪知恵ばっかり働くんだから..すいませんねぇお見苦しいところを」
お母さんも大変だなと星奈は思いながら手を顔の前で振った。
「お客様が落ちなくて何よりでした まぁ、今日は広川さん以外いませんけど フフフフッ....さ、行きましょう」
倉の前に立つと錠を外し、重い扉を開けた。見た目は相当古い倉だが中は定期的に掃除されているため意外ときれいだ。
「どうぞこれをご覧くださいませ」
そう言うと女将は風呂敷から錆びた刀を取り出し星奈に紹介した。
「何ですか、この刀??」
「この刀はですね...」
女将は手に持つ懐中電灯で顔を下から照らしてある話を始める。その話は現在、鬼神伝説と呼ばれる。
「昔々....この地には..二人の剣豪がいました。 一人は名を東北西南、もう一人は前野中後と言い、両者は共に最強と名高い剣豪でした.. しかしある時二人はどちらが本当の最強なのか決着をつけることになり..その結果、西南が勝利しました.. しかし中後は敗北を認めず、その後国を去ってしまいました...が数年後に帰ってきました、憎悪と怒りにまみれた鬼神となって...」
話を聞く星奈は割と真剣な表情で女将の話に耳を傾ける。そしてここからがこの話のクライマックスだ。
「鬼神と化した中後によって国には災いがもたらされ、多くの者が傷つき、倒れていきました.. しかし西南は勇敢にも鬼神に立ち向かい激闘の末、ついに封じることに成功しました」
そう言って女将は錆びた刀を両手で優しく持ち上げた。
「この刀はその時に西南が使ったとされているモノです.. まぁどこまで本当か知りませんがね〜」
「ありがたい刀なんですね ...てゆうかご先祖さん強いですね..」
話を終えると刀をしまい二人は倉から外に出た、すると外にはさっき逃げた清輔がいた。
「お母さん、ごめんなさい...反省してます....」
「全く..お客様が怪我したらどうするの!!」
「ごめんなさい.. だからコレあげる」
そう言って黒光りする虫を放った、ソレを見て女将と星奈は悲鳴をあげた。
「にっしっし、オモチャだよ〜」
「この...バカ息子ぉぉぉおお!!!!」
今度は激怒した女将の手で清輔は捕まり、そのまま部屋に連行されていった。奥から聞こえる声が女将の怒りをわかりやすく教えてくれる。
「...お見苦しいところを....すいやせん...」
籠を背負い、右手に枝切りバサミを持った男性が小声で言った、彼は父親で料理関係担当者である。
「ははは...元気でいいんじゃないですか..」
その後、ライトがふすまを引き外す事件もあったがそれ以外は特に何事なく、食事、風呂を楽しんだ。
◇
◇
〈その夜〉
「おい、清輔..起きろぉ、清輔」
「ふわぁぁ......おじさん誰??」
「私の名は東北西南、君の先祖だ...今、危機が迫っている..それを打ち砕けるのは清輔..君だけだ」
◇
◇
〈翌朝〉
「おはようございます..あのライト見ませんでした」
「ライトさん?? なんか“森を駆けてくる”って言ってましたよ」
「えぇ、この天気で??」
今日は予報では晴れのはずだったが空は分厚い暗雲で覆われている。幸いなのはライトが例のRPG風の服を着て行ったことだ。あれなら汚れても問題ない。
そんな話をしていると奥から清輔が出てきた。
「お母さん....へんな夢見た..」
そう言って昨晩見た奇妙な夢について話し出した。その話によると、
「なんかね、今日、復活するんだって」
「復活?? 何が??」
星奈が尋ねた。そして清輔は答えた。
「キジン!! ふういんが解けるってご先祖様が..」
夢の中のご先祖様によると鬼神に施した封印が今日破られるらしい。そしてその封印の地はあの石だ。
「お母さん、石、見に行こう」
清輔の言葉により三人は石碑の所に向かった。しかしあまりに突飛な話なので二人はイマイチ信頼することができない..だが異変は確かに起きていた。あの石碑から邪気が立ち昇っている!! そして...
「ウ..ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"」
邪気が結集し、ボロボロの甲冑を着た武士の姿となった、恐ろしい形相に生気のない白い眼、だが屈強な肉体を持っている。
「ミツケタゾ...セイナン.....」
清輔を見つけた鬼神が呟き、刀を抜いた。清輔を西南と混同しているらしく、自身の復讐を果たすべく清輔に襲い掛かった。
ーゴギィィッー
何者かのキックを脇腹に受け鬼神は吹っ飛んだ。
「ライト!!」
「おい!? コイツは何だ!?」
危機一髪のところで星奈達と鬼神の間にライトが割り込んだ。星奈から説明を受け、状況を理解すると懐のクリスタルから光剣フォトロンを取り出した。
「分かった、コイツはオレに任せてみんなは逃げろ!!」
「ヴァ"ァ"ァ"」
それだけ言うとライトは鬼神に向かっていき、星奈達三人は旅館側へ逃げて行った。三人の背後ではライトの剣と鬼神の刀がぶつかり合った。
ーガッッ ギチギチギチィッー
激しい鍔迫り合いが繰り広げられた!! 両者の力はほぼ互角、ならば次は速さの勝負だ。
ーガキッ ゴキィッ ドボォォッー
速さの勝負はライトの圧勝だった。相手の刀を捌きつつ脇腹、胸と蹴りを入れ鬼神を後退させた。
「ウォァ"ァ"」
鬼神は反撃に刀を真一文字に振るがライトはバク宙で回避する。
ーズガガガシュゥゥッー
「....マジかよ..コイツ」
ライトの背後の木々が切り倒された。その高さはちょうど鬼神が刀を振った高さだった。その様子を見てライトは若干引いた。
「これは...長引いたら分からなくなるな」
この戦いに決着をつけるためにライトは剣にエネルギーを込めた。
「一気に決めるッ!! 光剣連斬ッ!!!!」
ーガキィィン ズバシュ ズバズバッシュ ズバァァァァンー
鬼神の振り下ろした刀を上へ弾き、隙だらけの胴を斬りながら背後に回り込んだ。上げたままの右手を斬り落とし、もう一度胴を斬りバツ印を刻みつける。トドメに首を斬り飛ばすと鬼神はその場にうつ伏せに倒れた。
「よし...やった」
ライトは星奈達に合流すべく、旅館の方へ足を向けた....
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〈同じ頃..〉
「ライトさん大丈夫かしら??」
ただ一人残ったライトの身を案じ女将が言った。
「大丈夫ですよ ライトはすごく強いから、もしかしたらもう勝ってるかも..」
今までのライトの戦いを知る星奈は言った。今までの戦いを知るからこそライトが負けるはずがない、そう信じていた。
「無理だよ...多分勝てないよライトさんは....」
清輔は言った。自分にはよく分からないがそんな事は絶対にありえないと。
「どうして..そう思うの??」
「だってご先祖様が言ってたから、“打ち砕けるのは君だけだ”って...だから....」
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「ウア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"...」