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No.09「この日の為の脂肪」





 まさか自分がこんな目に遭うだなんて思わなかった……



 立ち上る黒煙……多くの人々の悲鳴……吐き気を催す油とプラスチックが混ざり焦げた臭い……



 安直な表現だけど……ここは「地獄」だと思った。


 ほんの10分前……いや、もっと短い間かもしれない……とにかくオレは飛行機に乗って空の旅を満喫中だった。



 値が張るファーストクラスの席から窓をのぞくと、突然黒煙が雄大な空の景色を汚し始めた。



 そして、間もなく緊急着陸するとアナウンスされたと思えば……あれよあれよと飛行機の高度は下がり、階段から転げ落ちたかのような強い衝撃と共に、オレの体は宙に放り出された。



 一瞬のことでしっかり理解は出来ていないが、落下直前に何かの拍子で開かれた非常扉から外へ吸い込まれるようにオレだけが飛行機から脱出できたのだと思う。



 オレだけがシートベルトをしてなかった……いや、「出来なかった」から逆に助かった。



 なぜならオレの体は体重180kgにも及ぶ超肥満体型だったからだ。その為、高額な広いスペースのファーストクラスを選ばなければならない不便な体だ。だが、今回ばかりはそれに感謝している。



 それは幸運にも飛行機から脱出でき、さらに脂肪のクッションのおかげでほぼ無傷で着地出来たことだけではない……



 小さな命を守る役割を担わせてくれたことに……オレは感謝している。










 緊急着陸した場所は、針葉樹が群を作って森を成している山中だ。しかも今は冬……辺りは雪が積もり眼球をも凍てつかせるかのような吹雪のただ中……



 飛行機から放り出されたオレは、ひしゃげて燃えさかる機体の様子を岩陰に隠れながら伺っていた。



 オレは火だるまになりながら機内から脱出してくる人々を助けようともせず、ただただ遠くで見守ることしかできなかった……というよりも、オレがいたところでどうしようも出来なかった。



 たとえ脱出出来たとしても、この吹雪の中では助かりようもない……それは事実だ。だからオレはとにかく自分自身を守ることだけを考えた。



 そう……オレは他の人間とは違い、ブ厚い肉のコートを着込んでいる……助かる確率は高いはずだ……



 オレは救助が来るまで、とにかく体を動かさず、体力を温存してジっとしていることに決めた。



 そして助けを求める悲鳴が聞こえないように、両耳を手で覆って聴覚を極力遮断した。



 いいんだ! これでいい! オレはこれまでの20年間……ずっと役立たずだとバカにされてきたデブだ……



 オレは何もしなくてもいい! 何も出来なくていい!! この窮地を黙ってやり過ごせればいい!! 



 そうやって自分に言い聞かせていたのだが、そうはいかなくなってしまったらしい……



「うっ!! 」



 突如視界に入った光景に、思わずオレは声を漏らしてしまった……



 髪が焦げ、服が焼け焦げ……男か女かも分からなくなってしまった人間が……オレの目の前を横切ったかと思ったら……そのまま倒れた。



 オレは目の前のあまりにも凄惨な状況に怖じ気付き、震える膝をなんとか立たせてその場から立ち去ろうとした……



 しかし……



「ああーッ! ウワァァァァ!! 」



 声が聞こえたのだ……あの真っ黒な人間だった物の近くから……



 まだ生きているのか? と思い……もう一度耳をすませてその声を聞き取ってみると……



「ああああ!! うわああああ!! 」



 やっぱり聞こえる……そして間違いない……この声は子供の声……それもまだ言葉もしゃべることの出来ない乳幼児の声! 



 何でこんなところに……!? 



 オレはさすがにその声が気になってしまい、恐る恐る焼死体に近づいてみると、その傍らに……いたのだ……! 



 信じられなかった……へその緒がついたままの生まれたばかりの赤ちゃんが……積もった雪の上に横たわっているじゃないか……! 



 へその緒は真っ黒な死体の方へと繋がっていた……! つまりこの人は元々出産を控えていたが、墜落の衝撃で産気づいてこの場で新たな生命を産み落としたということなのか!! 



 そして最後の力を振り絞って、何とか赤ん坊を安全なところへと運ぼうと……こんなボロボロの状態でここまで歩いてきたというのか……! 



 この母親の執念の姿……そして真っ白な世界で泣き叫ぶ赤ん坊の姿を目にしたオレは、頭の奥底から何かが沸き上がった感覚を覚えた……



 神の啓示……とでも言うのだろうか? とにかくオレは本能的に赤ちゃんに近寄ってへその緒を噛み切り、その子を強く抱きしめた……



 じんわり感じ取れる赤ちゃんの体温を感じ取り、今のオレに課せられた使命を理解した。



 それは、至極単純……「この子を死なせるな」だ。


 オレは赤ちゃんを胸に抱きながら、とにかく吹雪から身を守る場所はないかと探ったが、ちょうどいい洞窟や木の陰は見あたらず、しかたなく飛行機の残骸の中から、鋭利なスコップ状になった物を捜し当て、それで地面を削って洞穴を作った。



 とりあえず吹雪の直撃はこれで避けられるが、このまま救助が来るまで持ちこたえられるかは疑問だった。



 とにかくこの雪風の中では救助隊も向かおうにも迎えない状態だろう……おそらく丸一日……いや、下手をすれば三日間は救助が来ない可能性もある……



 そんなに長い時間……オレは何とか持ちこたえられたとしても……この赤ちゃんは……



 そんな不安を抱きながら……おそらく丸一日が経った……吹雪は止まず……救助も来ない……



 赤ちゃんも脱力して生気を失いつつある……いくら脂肪に覆われているとはいえ、赤ちゃんの体を温め続けるにも限界がある……



 どうする……? このままではこの寒さで赤ちゃんは死んでしまう……どうする? 考えろ……! 



 しかし考えても考えても頭の中に浮かぶのは、デブでのろまな豚野郎! 役立たずの脂肪の塊だ! と自分を罵る人間達の卑しい笑顔だった……



 くそう……オレは結局……ただの役立たずなのか……!? 



 抱きしめた小さな命一つ守れないのか? 



 いっそ自分自身豚の丸焼きのようになって、この子の栄養源になれるのならそうしたい……



 そう思った瞬間だった……



 オレは気がついてしまった。この子が助かる方法の一つを! あまりにも無謀で……あまりにも苦痛を伴う……唯一の方法を……



 うまく行くかどうかは分からない……だけどやらなくては確実にこの子は死ぬ……



 ならば……オレが取るべき行動は分かっている! 


 オレはスコップ代わりに使った飛行機の破片を手に取り、とがった先を自分の腹部に向けた。



 この決断に不思議と迷いは無かった。この行動は、この子を生かすことで自分が無能でないことを証明する為の身勝手な動機から来るものだったのかもしれない……



 それでもいい! とにかくオレはこの時決断しなければ……一生自分自身に誇りが持てなくなるだろう。


「うおおおおおおおおッ!! 」



 母さん……父さん……このオレをこんなにまでデカい体に育ててくれてありがとう……それは今日、この日の為に準備されていた運命だったんだ……









『二日前に○○航空○○便が□□山に墜落した事故について緊急速報です! 吹雪がようやく止んだ□□山に救助隊が駆けつけたところ、なんと……絶望的ともいえた生存者が……二名! 二名確認出来たようです! 一人は20代の男性……もう一人はなんと……生後間もない赤ん坊とのことです……! 隊の関係者によりますと、なんと……え! それ……本当ですか? いや、失礼しました…………なんと……赤ん坊は20代の男性の『体内』で吹雪をしのいでいたようです!! つまり……男性は肥満体である自分の腹を裂いてその中に赤ちゃんをしまい込んでいたようです。カンガルーがポケットの中で赤ちゃんを育てるようにです……厚い脂肪は天然のストーブとなり、赤ちゃんを寒さから救ってくれたのです……まさにこれは……彼の恵まれた体格に合わせ……とてつもない勇気と信念が生み出した奇跡と言えるでしょう! 』





THE END

(お題)

1「窮地」

2「ストーブ」

3「脂肪」


 執筆時間【1時間30分】


 なんか最近一時間以内に書き上げられないな(-_-;)

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