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No.05「ダチョウのポリシー」





 岩崎(いわさき)は現実に打ちのめされていた。



 長年の目標であったデザイナーとしてとある広告会社に勤め初めてはや6ヶ月……



 前衛的で、誰もが心に止めてくれるようなデザインを世に送り出したい。そんな高い志を抱いて挑んだこの業界だったが、現実はなかなかその通りにはならなかった。



 来る日も来る日もやることと言えば、先輩の仕事をフォローする為の雑務や、形式が決まりきったスーパーのチラシと言った類の製作ばかり……



 自分の思い描いていた世界とはほど遠い、ひたすらに身体と心をすり減らせる激務の毎日だった。



「もう……辞めちまおうかな? 」



 そう一人呟き、行きつけの居酒屋のカウンター席でビールを喉奥に流し込んだ。



「岩崎さん……そう思い悩まないで。まだ半年じゃないスか? 」



 カウンター向かいのマスターは顔なじみの常連である岩崎に温かい言葉を投げかける。



「マスター……たった半年……されど半年だよ……ブラック企業から抜け出すにはこのタイミングじゃないと後々面倒なんだ……」



 しかし、そんなマスターの言葉ですら、そのまま左耳から右耳に通り抜けてしまうほどに、岩崎は疲弊していた。



「まぁまぁ……とりあえずコレでも食べてよ」



 マスターは少しでも岩崎を元気付けようと、一枚の皿を彼に差し出した。



「これは? 」



 その皿の上には薄切りにされた獣肉と思われる生肉が盛られている。傍らにはニンニク醤油が満たされた小鉢。



「岩崎さん、それはダチョウの肉ですよ」



「ダ……ダチョウ? 」



 岩崎に出された料理は「ダチョウ肉のタタキ」近年食用として注目され始めたダチョウ肉の表面を軽く炙って、生食として楽しむ一品である。



 岩崎にとって初めて挑む食材ではあったが、見た目鮮やかに輝く赤身は、いかにも食欲をそそるルックスであった為、彼は躊躇することなくその肉を口内に放り込んで咀嚼した。



「うん……うまいよ! ちょっと独特な臭みがあるけど、それがまた病みつきになる感じ! 弾力があって噛みごたえがあって……自分好みだよ、この肉! 」


「はは、ありがとうございます。今度からレギュラーメニューにしようかと思っているんですよ」



 思いがけずダチョウの旨味を知った岩崎だったが、彼はそれが原因で再び思い悩んでしまったようだった……



「ダチョウ……そうだよな……俺が抱いていた幻想なんて……ダチョウみたいなモンだったんだ」



「ん……? それは一体どういうコトで? 」



 岩崎は再びビールを飲み込み、下品なため息をついてから話を続ける。



「マスター、恐竜って昔は誰もがバカでかいドラゴンみたいなのを想像してたよね? 」



「ええ。確かに」



「でもさ、今や科学や研究が発達して、実は恐竜のルックスは今で言うダチョウのような巨大な鳥みたいな見た目だったんじゃないか? ってのが定説になっちまってるみたいなんだ。子供の頃に抱いていた夢にどことなくガッカリしちまう現実を突きつけられたよ」



「そうなんですか。へぇ~…… でもそれがどうかしたんですか? 」



 岩崎は自嘲気味な笑顔を作り、こう答えた。



「思い描いていた夢……一流デザイナーになって世間を騒がす存在になりたいと思っていた幻想はつまり恐竜だったんだ……本当のところは、夢もロマンも感じさせない滑稽なダチョウだったってこと……」



 岩崎の自虐は留まることを知らなかった……しかしそれは、それだけ彼が思い描いていた理想と現実とのギャップが深かったことを意味する。



 マスターはそれをしっかりと読みとった。



「岩崎さん……いいじゃないですか、滑稽なダチョウで」



「え……ど……どういうこと? 」



 マスターは言葉得意げな表情を作り、彼に説明する。



「ダチョウってのはスゴいんですよ。こうやって食用することも出来ますし、卵は芸術作品の素材になったりするそうです。そして近年、ダチョウの卵からインフルエンザの抗体を作ることが出来るってことで研究されているらしいんですよ? 色んな人の役に立っているんですよ」



「……モノは言いようだけど……そう言われたって今の仕事をがんばる気には……」



「岩崎さん……申し上げにくいことですがね、今の会社があなたに大事な仕事を任せないのは、決して岩崎さんをイジメたり嫌がらせたりしてるワケじゃないと思うんですよ……要するに、あなた自身に少し問題があるのかもしれませんよ? 」



「俺自身に……? そんな! あんなブラック企業をなんだってかばうんです? 」



「私が思おうに、あなたの会社はブラックではないですよ。だって仮に本当にブラックだとしたら、この時間にゆったりと飲んだくれる時間さえありませんよ? ちゃんと定時に会社を出られてるじゃないですか? 」



「そ……そうなのか? 」



「そうだと思いますよ」



 マスターはとびっきりの笑顔を岩崎に向けた。そしてようやく、岩崎もそれにつられて笑顔を作った。



「そう……かな……まぁとりあえず、もう少しがんばってみることにするよ……」



「それはよかった。がんばってみてくださいよ! 」


「それじゃ……今日はこの辺にしとくよ……お会計お願いします」



「はい! ビール三杯に、串が8本……枝豆に……ダチョウのタタキね! 」



「え? さっきの料理、しっかり『取る』の? 流れからして……てっきり……」



「おっと! 『Follow an ostrich policy(ダチョウのポリシーに従う ※現実逃避する。という意味)』ようなことはダメですぜ! 」





THE END

(お題)

1「岩」

2「叩く」

3「駝鳥」


 執筆時間【1時間17分】


 自分は困ったときに料理を題材にする傾向にある……

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