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No.04「クロワッサンの唐揚げ」





「恵美さん! 出来ました! 」



 学生服の上からエプロンを羽織った「羽賀谷冬馬(はがたにとうま)」は、意気揚々とした口調で叫んだ。



「冬馬くん……何を作ってたの? 」



 冬馬の声に呼ばれて現れたのは、ラフな上下のスウェットで現れた「丸子恵美まるこえみ



 彼女は突然自宅アパートに現れてはキッチンで怪しげな調理を行った冬馬に対し、やや呆れた表情を作りながら近寄っていく。



「冬馬くん、これは……まさか? 」



「そうです! 僕が考えた『フォルネリア・マルコエミ』の新メニューです! 」



 丸子恵美は両親から引き継いだパン屋を経営している。冬馬はその常連客であり、いつしかこうして自室に招いて時間を共にする仲になっていた。



 そして冬馬は度々彼女の部屋に現れては、こうして勢いにまかせた「新メニュー」とやらを披露することが恒例行事となっていた。



「冬馬くん……この新メニューさ、一見ただのクロワッサンに見えるんだけど……その傍らの鍋にたっぷりと煮えたぎってる油から察するに……もしかして……」



 恵美の視線の先には、シュワシュワと表面から小さな気泡を発する三日月型の物体があった。その正体を問われた冬馬は再び得意げな表情を作って口を開いた。



「ええ! 僕の考案した『クロワッサンの唐揚げ』です! どうぞ食べてみてください! 」



「クロワッサンを……揚げちゃったんだ……」



 何層にも折り重なる小麦とバター生地が織りなすベーカリー界の花形スター「クロワッサン」……冬馬はそれに片栗粉をまぶして高温の油で揚げるという、トルコ軍がゾンビになって襲いかかってくるかと思うほどの斬新さに満ちあふれた新作を考案したらしい。



「さあ恵美さん! ガブっとどうぞ! 美味いですよ! 多分! 」



「ええ……」



 恵美はエスプレッソ並に苦い表情を隠しきれず、どうにか目の前の三日月型を口にいれずに済む方法はないかと頭を巡らせたが、屈託のない笑顔の冬馬の前では、罪悪感が勝ってしまった。



 こうなりゃヤケだわ……



 恵美は火傷しそうな程に熱々のクロワッサンをトングで掴みとり、それをゆっくりとかじり、咀嚼した。




 表面は片栗粉の衣でカリッと仕上がり、適度な歯ごたえが心地よい……



 続いて口内を賑わせるのは艶美なバターの香りを身につけた蒸気。それが喉から鼻へと突き抜けて嗅覚を楽しませてくれる……



 と……ここまでは良かった……良かったのだけど……



 続いて襲いかかるのは、胃液が波打つようなしつこい「油っこさ」これがいけない……



 もともと脂肪分たっぷりのクロワッサンに、だめ押しとばかりに揚げ油を吸い込ませた結果、小麦の固まりというよりは、固まったラードをそのままかじるような体育会系のしつこさが全てを台無しにしている……



 要するに……マズかったのだ……



 恵美は迷った……



 この感想を素直に年下の恋人に打ち明けるかどうか……



 ショックを受けてしまうかもしれない……もう二度と私に会いに来てくれないかもしれない……しかし、パン屋を経営するプロとして、パンの味に嘘をつくこともプライドが許さなかった……



 そんな迷いの中、彼女は一つの妥協案を思いつき、それを実行する。



「冬馬くん……この新作ね……例えるならこういう感じだね……『マッチ工場が火事になった。そして燃え残ったのはマッチだけだった』……ってね」



 恵美の導き出した答えは「よくわからないジョークで誤魔化してしまおう」というモノだった。



 しかし彼女の渾身の一手は、かえって悪い方向へと誘導してしまったようだ。



「恵美さん……それって、旧ソ連製のマッチがあまりにも品質が悪くて使い物にならなかったコトを元にしたジョークですよね……つまり……僕の料理は……ソ連製のマッチってことなんですか? 」



「うええッ! 冬馬くん! よくこんな話をご存じで? 」



 まさか適当に頭の隅から引っ張り出した国際ジョークの元ネタを知っているとは……恵美は冬馬を見くびってしまったことを後悔した。



「マズいならマズいって言ってくれた方がマシですよ…………いいですよ……どうせ僕なんて……恵美さんにとってはこの失敗作と同じ……ソ連製のマッチだったんだ……」



「待ってよ冬馬くん! 違うの! そういうつもりで言ったんじゃなくて……そんな! もう! 一体どうやってこんな怪しいアイディアを思いついちゃったワケ!? 」



「怪しいって! そんな! 僕はニューヨーククロワッサンドーナツを凌ぐムーブメントを作るつもりだったのに! 」



(こころざし)高過ぎるよ! 」



「高くて悪いですか!? 」



 こうして仲睦まじく喧嘩する二人。彼らが甘噛みし続けている中、部屋で虚しく映像をたれ流していたテレビからは、神妙な面もちのニュースキャスターが原稿を読み上げていた。



「先週より行方不明になっていた男性……『黒輪中月(くろわあたる)』さん(29歳)が遺体となって発見されました……黒輪さんは火事が起きた粉製品を扱う倉庫の中で焼死体となって発見され、その体は全身片栗粉で覆われ、まるで唐揚げになったような状態だったと、第一発見者は語っています……それでは現地に中継をつなぎます……………………」





THE END

(お題)

1「マッチ」

2「三日月」

3「唐揚げ」


 執筆時間【1時間12分】


 過去に作った自作品の番外編的で乗り切りました(^^;)

 今回の話の元になった話は「フォルネリア・マルコエミ」という作品です。もしよろしければそちらも読んでみてください。

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