No.02「画竜点睛欠くレディ」
検視官である村上の元に、とある女性の遺体が運ばれた。
その遺体は容姿からは20歳前後の年齢と思われ、茶色く染められたセミロングの髪には、ほどよく熟成されたワインを思わせる黒みがかった赤いシミが出来ている。
村上の手元の資料によればこの遺体は、生前に不思議な力を備えていたことが記されている。
その力とは自分の顔を他人とそっくりそのままコピーするように変化させることが出来るというモノ。彼女はその力を利用して、裏の世界で殺し屋を営んでいたのだ。
過去・現在・未来において敵無しの彼女はやがて「ノーフェイス」とあだ名され、裏表問わず世界中で恐れられていた。
そんな彼女がなぜ遺体となって村上の元へ運ばれてきたのか?
村上はその理由を知った瞬間、思わず「なるほどな」と口からこぼして白衣を揺らした。
それは……ノーフェイスの些細でありながら、重大なミスによるものだったのだ。
ノーフェイスは、裏社会の権力者からとある富豪の暗殺を依頼され、それを実行に移した。
まず彼女は富豪の若妻を銃殺し、その容姿をそっくりそのままコピーした。後に発見された富豪の妻の遺体は、顔の右半分を吹き飛ばされた凄惨な状態だったそうだ。
そして妻になりきったノーフェイスは、まんまと富豪に接近することに成功し、ターゲットを情事に誘い込んだ隙に隠し持っていたピアノ線で絞殺するつもりでいた。
しかし、その時どういうワケか、彼女が妻とは別人であることを富豪に悟られてしまい、護身用の拳銃により頭部を撃ち抜かれて返り討ちにあってしまったのだ。
ノーフェイスが犯したミス。それは、富豪の妻
が左右の瞳の色が異なる「オッドアイ」だったことに気がつかなかったこと。
富豪の妻は、普段はカラーコンタクトを片方だけに使って両目とも同じ色に見えるように心がけていた。彼女は生前オッドアイであることにコンプレックスを抱いていたらしい。
だが、富豪との情事の際だけは、彼女はカラーコンタクトを外して挑んでいたのだ。富豪は彼女のオッドアイを個人的な嗜好として気に入っていたことが理由だ。
つまり、よほど近しい人間か夫以外は、彼女がオッドアイであることを知らなかったことになる。
さらにノーフェイスは妻を殺した際に、顔の半分を吹き飛ばしてしまったことでカラーコンタクトに気がつかなかったのだ。
「『画竜点睛を欠く』という言葉があります。それは梁時代の中国の画家が竜の絵を描いた時に、瞳を描き忘れたという故事から、大事な仕上げを怠るという意味で使われていますね。あなたも全く同じ失敗をしましたね」
と、村上はポツリと物言わぬノーフェイスに語りかけた。
THE END
(お題)
1「オッドアイ」
2「過去」
3「白衣」
執筆時間【53分】
ありきたり過ぎるお題だったので逆に苦労した(^^;)