第8話 静かに忍び寄る影
昼食の片付けを済ませ、洗濯物を取り込み畳んで、早速”転生”前の仲間を探しにレッツゴー。
ユウの探査能力でみつけた場所だ、当然、瞬間移動の主も少女ユウが務める。
小さな町へ着いた。
人通りもあり、それなりに人間が歩いている。
町の入り口から露店のような店も見えた。
少女のユウは、目立たないようフードを被る。
灰色のフードは大人用で、軽く被っただけで、この世界では珍しい藤紫色の長い髪を完全に見えなくしていた。
多少、胡散臭さはあったが”魔女”として名を馳せてしまっている以上、象徴である髪色を隠すのは基本だ。
深いフードは目の位置まであり、視力では正直、足元しか見えない。
能力でも併用して使っているのだろうか……。
リーダーの性格からか、堂々と道のド真ん中を歩く。
美女がド真ん中を歩いているのだ……人目を引く。見事なプロポーションも相まって、更に男の視線を釘付けにした。
地下施設にいた頃の精鋭部隊では、あれだけ隠密行動を心掛けていたというのに……少女ユウとゴードンは離れて道の端を歩く。
リーダーが視線を釘付けにしているお陰で、ユウの胡散臭さが目立たない。
これはこれで良いような気がした。
ユウは、やはりあまり見えていないのだろうか……時々、ふらふらっと足元が覚束なくなる。
ゴードンは見兼ねて、ユウの手を取った。
……――冷たい手――……。
「……? 寒いの?」
「……なにが?」
ゴードンの体温の方が高いだけだろうか。
ユウは女の子になって体力が落ちている。
”転生”前は驚くほどの差があった筈なのに、今はゴードンの方が体力がある。
……そのせいなのかもしれない。
リーダーはずんずん進んで行く。
ユウは時々止まりながら、手を口に当てる。
……探しているのかもしれない。
お陰ではぐれてしまった。テレパシーで連絡出来るので、問題はなかったが。
路地近くの、露店と露店の間の目立たない位置で、ユウは止まったまま動かない。
……探査能力で探しているのかと思ったが、どうも様子がおかしい……。
「……ユウ?」
肩を抱くように近付いた。
ゴードンより少しだけ背の低いユウは、俯いたまま……ゴードンに身体を預けるように倒れ込んだ。
フードが外れ、藤紫色の長い髪がふわりと風に舞う。
ゴードンの胸に顔を押し当てた少女のユウは、目を閉じ蒼白い顔をしていた。
……まさか……!
目立たない位置だったのが幸いした。
誰もユウの藤紫色の髪に気付く事なく、素通りしていく――。
ゴードンはフードを被せ直して、ユウを連れてそのまま路地へ入って行った。
ぐったりと力を失うユウに、意識はない……。
嫌な予感が目まぐるしくゴードンの脳裏を過る。
先程から足元がふらふらしていたのも、手が冷たかったのも……この前兆だとしたら……。
ゴードンは少女のユウにフードを深々と被せ、背負って路地から移動をした。
どこか、目立たない場所で休ませたい……。
町外れの、小さな公園のような場所へ辿り着いた。
まだ誰もいない……中心に子供用の遊具があり、それを囲むように木が植えられ、木の下は柔らかい草になっていた。
ここなら不意に人が来ても、すぐには気付かれず目立たない。
意識のないユウを草叢へ寝かせた。
念の為、フードは被せたままだ。
――……やはり蒼白い顔をしている。これじゃまるで……。
「発作は無いって……さっき言ってたのに……」
”転生”前のユウが死んだ原因……能力値の異常高上昇……。
それが直接的な死因になった訳ではなかったが、引き金になった事は確かだ。
ゴードンはユウの手を握る。
意識がなく、冷たいユウの手……あの時を思い出して、胸が締め付けられる。
――二度と失いたくない……二度と……!
「…………」
「……ユウ……!」
ぼんやりと目を覚ます――……。
幾度か瞬きをしてから、今、気が付いたかのように、ゴードンへ目を配る。
……まだ何が起きたのか、判っていない様子だった。
「立ち止まったまま、おかしいと思ったら……急に倒れたんだ。お前、まさか……」
ぼんやりとした表情のままだったが、瞳に光が戻って来た。
ユウは何か言いたそうに唇を動かそうとするが……何も言わず、口を閉じた。
「……なにか……隠してる?」
もう”転生”前の地下施設じゃない……重要機密でもない……言いたい事も言えなかった、あの時じゃない。今は個人だ、聞き出す事は出来る。
ユウを睨むようにみつめるゴードンに、ユウは微笑み返す。
「ゴードン……リーダーみたい。そのまま僕の考えを詠んでみて」
プロテクトでも掛かったかのように、ユウの考えは詠めなかった。
ゴードンのテレパシーは弱い……それほど意識を詠める訳ではない。
少女のユウは、ゆっくりと起き上がった。ゴードンは心配そうに背を支える。
「大丈夫……?」
「うん……少し眩暈がするけど、大丈夫」
はらり、とフードが落ちる。藤紫色の長い髪に、草叢へ寝そべっていた為に付いた小さな草がついていた。ゴードンはそれを取ろうと手を伸ばす。
すると、ユウが小声で呟いた。
「もう発作は無いって言った後に……サービスで能力値を三倍にしますって言ってたんだ。そのせいじゃないかな……」
ユウの髪についた小さな草を取ったまま、ゴードンはユウの瞳をみつめる。
能力値の異常高上昇が、ユウから突然意識を奪う発作を起こしているのは知っている。
でも、どういう理屈かは知らない。
「元々、僕の能力値は高い……。一万を超えているって、話したこと……あるだろ? 今はそれが三倍だ……三万を超えている。下手をすると四万を超えているかも……。
元から無理なんだ、こんな高数値……」
「どういう……こと……」
ユウは苦笑して答える。
「一万でも高いんだ……三万、四万なんて、常時、軽い発作を起こしているようなものだよ」
「……え、じゃあ」
……そういえば一緒に暮らし始めてから、少女のユウが運動をしている姿を見たことがない。
”転生”前の、男の子だった時のユウは、四六時中トレーニングに励むほど運動三昧だったのに……。
「走るのもね……ちょっと辛い。だから一緒に食料調達へ行かないんだ。僕がいれば探査能力で、簡単に手に入るのが判っているんだけどね」
何故……、気が付かなかったんだろう。
こんなにもユウが大事で、ユウばかり見ているというのに、何故……。
「だからたまに、こんな事が……。ゴードン、聞いてる?」
「……発作じゃないか……紛れもなく……」
大事で……大事過ぎて、ポケットにしまっておきたい程なのに、何故、気が付かなかったんだろう。
後悔と悲しさで、ゴードンは目に涙を溢れさせた。
「常時……軽い発作……? そんなんで……」
「無理して動かなければ、平気だよ」
「だって現に、今……」
「……うーん……元々倒れる時の前後って記憶ないからね……。実は自分では、よく判ってないんだ」
やっぱり目を離せない。
いつ倒れるか判ったものじゃない。
「リーダーは……知っているの?」
「知ってるよ。僕が言わなくても……リーダーのテレパシーは強力だからね、勝手に気付いた」
知らなかったのはゴードンだけだ……何とも愚鈍で気恥ずかしい。
よくこれでユウは俺が守る、なんて言えたものだ。
……それでも今、知ったからには、全力でサポートする。
「ユウのその異常高上昇って、どういうものなの……詳しく教えて」
「厳密には、今は異常上昇じゃない。常時、高過ぎて身体に負担が掛かっている……。日によって多少の変化があるのは通常の事だけど、今はそれが三倍だ、大きく違ってくる。
……つまり今日は高過ぎて、危険日ってこと」
「……なんで、そんなんで探索に来たのさ……」
「さっきまで、なんとかなってたんだけどね……」
ぺろっと舌を出して愛らしく苦笑をする。
”転生”前のユウでも、一度だけ見た表情――。
可愛くて仕方がないが、確かにリーダーが言う通りだ。ツメが甘過ぎる。
具合が悪い時に出掛けて襲われでもしたら、どうする気だったんだ。
先日の変態みたいな奴だったら――。
一人でいて、襲われている最中に気を失ったら……それこそ、生き地獄を見てしまう。
愛らしい少女のユウが……あの変態みたいな奴に――――想像すると、ゴードンは怒りで拳を握り締めた。