第22話 行く処
ベッドの上で、きょとんとしているユウがいた。
白く柔らかいふんわりとしたネグリジェに身を包み、左手首に包帯を巻いている。
くるくると外してみると、深い……まだ癒えぬ傷が、痛々しく目に入って来た。
じんわりと傷が開いて、鮮やかな色を映し出す。
「なにやってるんだよ!」
慌ててキッチンから、ユウの手作りエプロンをしたゴードンが駆け寄ってきた。
もうすっかり主夫が板について、タオルで手を拭きながら走り寄る。
「まだ全然治ってないんだから……ほら、傷が開いてる! バカか、お前!」
「…………」
包帯を巻き直そうとするゴードンをじっとみつめ、拒否するように腕を避けた。
鮮やかな命の色が、あちこちに散らばる。
ユウの着ている、真っ白いネグリジェにも付いてしまった。
「ほらっ、血は洗濯しても、なかなか取れないんだぞ! どうするんだよ!」
「……なんで、そんなに慌てているの?」
ユウは、もう片方の手で傷口を包み込む。
目線はゴードンを、みつめたまま。
次に手を開くと傷など無かったかのように、綺麗な、しなやかな肌を見せた。
……血は、べっとりと付いていたが。
「ほらっもう……いっぱい血を失ったんだから、おとなしくしてろよ」
「……なにがあったの? 覚えてないんだけど……」
ユウの真っ白いネグリジェに飛び散った血を、少しでも染みにならないようにとゴードンは持っていたタオルでトントンと、その色を吸い取っていく。
――少し呆れた顔を見せて、ゴードンは答えた。
「……お前、いつもそうだな……気楽な奴だな~……。こっちは死にそうな程、心配したってのに」
「……僕、死に掛けたの? どうやって助かったの?」
染みを取ろうとする手を止めて、ゴードンはユウの顔を見る。
不思議そうにみつめる、愛らしい瞳の少女のユウ……。
ゴードンは、偉そうにポーズを取って、鼻高々にして言った。
「俺の! ……愛!!!!!」
とても胡散臭そうにユウはゴードンを見た。
「……なにその目……信じないの!?」
「抽象的過ぎる……もっと詳しく……」
「これがすべてだ!!」
「……なんで、そんなに偉そうなの……」
不意に、美女のリーダーが肉とその辺で毟ってきた草を持って、帰って来た。
真っ白いネグリジェと、シーツと掛けた布にまで、あちこち血を飛び散らかせたユウの姿と――
すっかり主夫が板について、ユウの手作りエプロンをつけてタオルを手にするゴードンを、リーダーはその目へ映す。
「ほれ」
肉と草を、ゴードンへ渡した。
肉は、久し振りだ。
冬になって、何も冬支度をしていないユウとゴードンには、食べ物は死活問題だった。
それ以前にユウの看病で、ゴードンもずっとコテージから出ていない。
ユウもやっと今、目を覚ましたばかりだ。
喜び勇んでリーダーの持ってきた食材をゴードンはキッチンへと持って行く。
ぴたりと途中で足を止め、振り返ってユウへ指をさして言った。
「おとなしく寝てろよな!」
ユウはきょとんとしたまま、鼻歌を歌ってキッチンへ消えていくゴードンを見送った。
美女のリーダーは冷めた目で、ベッドの上にいるユウを見る。
視線に気が付いて、ユウもリーダーと目を合わせる。
無言でみつめ続けていると、リーダーが飽きたように視線を外した。
「……おとなしくしていろ」
「そんなに僕って、目を離すと危険な訳!?」
「そのままだろ」
捨て台詞を言って、リーダーはキッチンへと入って行った。
鼻歌混じりに、手慣れた手つきで調理をするゴードン。
美女のリーダーはキッチンの少し入った所で壁に背をつけて、呟いた。
「……三人か」
ぴたりとゴードンの手が止まる。
歌も、表情も消えて、背後のリーダーに視線を移した。
美女のリーダーは視線を合わせる事なく、会話をする。
「ユウは知っているのか」
「……知らない。何も」
「隠し通すつもりなのか」
「……いや……そんな気はないよ。いずれバレるだろうしね。俺の心、詠みやすいし」
「ユウは二千人以上だ、気にするな」
「果てしない数だね……でも、最初は……」
ゴードンは苦笑して、痒くもないのに鼻の頭を掻いてみる。
最初は、と言った先の言葉を口にする前に、軽く溜息をついて安堵の表情で微笑んだ。
「でも、後悔はしてないよ。ユウを失う方が怖い……もう二度と、ごめんだ」
「お前は、それで良いだろう。だが……本当に、それがユウの為だと思うか?」
「え……?」
「そのまま死なせてやった方が良かったと、そう……思わないか?」
「……なに言ってるんだよ……そんな訳ないじゃないか……」
不審そうな顔をするゴードンに、美女のリーダーは、やはり視線を合わせる事なく、少し……俯き加減にして、言葉を続けた。
「アイツは常に、忘れてはいない……ずっと苦しんでいる。自分が数千人を殺した、殺戮者である事を。
こんな胡散臭い”転生”などではなく、すべての記憶を消した……まっさらな状態の方が、幸せになれると思わないか」
「…………」
ゴードンは、言葉を失った。
……そうかもしれない。
ユウは、ずっと苦しんでいる。
だからこそ、この世界では誰も殺していないんだ。
例え敵として、命を狙って来ても……。
それでも……それでも
ユウを失う事だけは、もう二度と――
やるせない気持ちに苛まれ、ゴードンは苦しい表情をして拳を握る。
そのゴードンを冷めた瞳に映しながら、リーダーは溜息をついた。
「……ま、そうさせたのは、俺だがな」
瞳に静かな冷たい光を放ち、既にない世界の……
取り戻すことは永遠に出来ない、過去を思い返す。
五歳のユウを精鋭部隊に起用した時は、正直、生き残るには厳しい戦況だった。
全員が死ぬか、五歳の子供を利用するか……考えるまでもない。
「アイツは……ユウは、俺の命令に従っただけだ。もしも、あんな胡散臭い自称”神”ではなく、本物の裁定者がいたなら……。
自分の意思では一人も殺していないユウと、己の意思で殺してきた俺とお前では……ユウとは別の処へ行くだろう」
「……それでも構わない。俺はユウを守る為なら、何人でも殺す」
「まぁもしそんなのがいたら、殺している時点で、もはや手遅れで……どうにもならないがな」
「……俺さ……。
ユウが酷い目に遭っているって知った時、もう止まらなかった。怒りと憎しみで、我を忘れて……は、いなかったよ。むしろ冷静になった」
「そういうものだ」
「……そうなのかな。リーダーが言うんだから、そうなんだろうね」
美女のリーダーは不敵な笑いをして、ゴードンを見て言った。
「お前は、俺と同じ身体強化系だ。もっと効率の良い使い方を教えてやる」
「……うん!」
「ねぇっ、焦げる匂いがしているんだけど!?」
真っ白い、所々に血の跡を残したネグリジェを着た少女のユウが、長い藤紫色の髪を揺らしてキッチンへ入って来て、叫んだ。
見ると、火に掛けたまま話し込んでしまった為に、せっかくの肉が焦げ付いてしまっていた。
慌ててゴードンが、手を出す。
「あちちっ」
「火傷しても治してあげるから大丈夫! 肉!!」
結構、酷い扱いのユウだった。




