第19話 子供の作り方
最近、ユウは凄く元気だ。
つい先日まで、臥せってばかりいたのが嘘のように。
元気だと、それこそよく働く。
今まで動けなかった分を取り戻すかのように、コテージの管理をバリバリとこなしていく。
――あんまり動き回るので、心配になって来た。
「ねぇ……少し休んだら?」
「外へ行って来る」
全然、聞いていない……。
外は、もう寒い。
日に日に寒くなっていって、この世界での”冬”という時期が、やってくると聞いた。
このユウのコテージは常時、結界性を高めた”防御結界”が張ってある。
”防御結界”には、調節機能がついていて――
外気の影響を、どこまで内側に入れるか、発動主が決められる。
完全遮断では、空気もろくに入って来ない。
大抵は、必要に応じて、感覚で変えている。
少し前までユウは具合が悪く、調節もうまくいってない様子だった。
コテージの中も、寒かったり、暑かったり。
ゴードンがコテージのすぐ外にいて、風邪を引く位には、調節なんて効いていなかった。
最近は、バッチリ効いている……。
しかし以上の事から、発動主であるユウの具合が悪いと、この先の冬も、寒さに対応するのが難しくなってしまう。
それなりに、対応の必要があった。
「あれっリーダー……、こんなところに居たの。なにしてるの?」
珍しく、何かを食べている訳でもないリーダーが、玄関先にいた。
「お前……最近、妙に元気だな……。絶対アイツの精気を吸っているだろ」
「妙な言いがかりをつけないでよ」
「大体その歳で……まぁ、いいか……」
「……あのね、思うんだけど……。ここって、実年齢と肉体年齢が、同期してない気がするよ」
「まぁ……そうだろうな」
「気が付いてた?」
実例をあげて言えば、ユウとゴードンは八歳の同い年だが、愛を語り合っている。
通常、八歳といえば、まだまだ子供で愛など語り合うような成熟さはない。
精神や記憶に影響されるのか、常識で考えたら、出来ない事も出来てしまっている。
同じように考えるなら、精神が若ければ、肉体もいつまでも若く元気でいられそうだ。
「あの本、読んだのか」
「読んだ」
「ほう……。なら、良いことを教えてやろうか」
「なに?」
「接触テレパシーで、俺の記憶の一部を見せてやる。大人の男と女を、教えてやる」
「こっちが男で……こっちが女」
「……え? どっちもって事は……!?」
「これ以上は秘密だ」
何を教えたのか……。
ユウは顔を押さえて、その場に蹲った。
直後にゴードンが、玄関から出て来る。
「ユウ、そろそろ本当に休まないと……って、こんな所で、なにしているの」
「ベッドへ連れて行ってやれ」
「……え? 具合悪いの? 大丈夫?」
「出掛けて来る」
最近のリーダーは、あまりコテージへ帰って来ない。
常時いる訳ではなくなったが、様子を見るように、こうして、ちょこちょこと姿を現す。
ユウやゴードンの知らない所で、何をしているのだろうか……。
リーダーは大人で、ユウやゴードンの方が子供なのだから、心配する事は何もない筈なのに……
色々、不安だ。
ユウは、ベッドで眠る――
先程、連れてきて正解だったようだ。
妙に積極的になっているユウと愛を語り合った後、気が済んだようにユウは突然、眠りに入った。
調子が良いといっても、ここの所ずっと具合が悪くて、臥せってばかりいたのだ。
そうすぐに、何もかもが良くなる訳じゃない。
――長く続くと、体力の衰えも蓄積されて、健康に戻るまでも時間が掛かる。
「……蓄積……?」
何かが、引っ掛かる気がした。
蓄積といえば、冬の準備の為に、せめて食料は備蓄した方が良い。
いつも森や湖へ採りに行ってるだけだったが、冬の間は、そうはいかないだろう。
保存食料など、作ったことがない……。
まずは知識を得ることから、始めなければならなかった。
必要に駆られて得る知識は、いつも後手後手だ。
目の前に差し迫ってから対応、では間に合わない。
かといって、この世界で初めての経験ばかりだ。仕方がなかった。
――この世界で、初めての経験……いや。
人生で、初めての経験ばかりだ。
……ここに来てからは。
ユウなんか女の子になってしまって、初めての体験ばかりだ。
生まれた時からの性別ではない為、戸惑う事も多い。
――ゴードンとの関係は、その粋たるものだ。
だが……
今のユウは、紛れもなく”女の子”で、今もその証を建てたばかりだ。
このまま平和に愛を育み、子を設け、夢のような家庭を築けたら、どんなに幸せだろう。
愛する人の傍に、一生いられる幸せ――
「……子供……?」
ユウが目を覚まして、気だるそうに起き上がる。
熟睡していたかのように、目を擦りながら。
ゴードンは、いつの間にか……
ユウとの未来の夢を、口にしていたのだろうか。
それとも、すぐ近くにいたから、また表面意識を詠まれてしまったのだろうか。
「ゴードン、子供欲しいの?」
「そりゃまぁ……ユウとの子供なら……」
「子供って、どうやったら出来るの?」
「……え? なに言ってるの……? あの分厚い本、全部読んだんだろ」
「読んだよ。それで?」
「……あの本なんなの……お前の知識って、物凄く偏ってない……?」
ユウが読む本は、大抵が”専門書”だ。
その”専門書”は、端的な部分が事細かく書いてあって、全体像ではない。
限られた一部の知識は異常なほど得られるが、実は、全体の流れを知っている訳ではなかった。
一般知識を有さない、妙な事だけやたら詳しい、ユウの出来上がりだ。
「もう一度、最初から読んでみる……。どこか、見落としがあるのかもしれない……」
「あの分厚い本を? いや……その……そんな熱心にしなくても……」
言ってる傍から、読み出した。
もう、こうなると止められない。
ひとつの事に夢中になり過ぎるのは、ユウの悪い癖だ。
――事によったら”女の子”として覚醒してしまい、目の前にいて、好意を露わにする異性のゴードンに、夢中になり過ぎているのかもしれない……とさえ思った。
だが、それはそれでゴードンの望むところであり、いつまででも醒める事なく、夢中でいて貰いたい。
その為には……ユウに相応しい男になるしか、ないのだ。
今は他に、同い年の男も、周りにはいない。
それどころか人々には”湖面の魔女”として、恐れられてしまっている。
そのユウを……。
誰が狙って好意を持って、ゴードンから奪いに来るというのだろうか。
それでも”転生”前は、実働部隊最高峰の精鋭部隊に所属し、”英雄”の名を馳せていた、ユウだ。
そのユウとゴードンが肩を並べるには、ユウがいる最高峰へ行かなければならなかった。
本当の”ライバル”になる為には――
ゴードンもユウに相応しく、強く最高の実力が必須になる位置に……ユウは居た。
今は、そういった”地位”はないが――
実力は、変わらずあるので……。
そのユウを、守れる程の男に……ならなければ、ならない。
この世界で再会した時から「ユウは俺が守る」と豪語しているが、実際、現在までに守り切れた試しがない。
こうしてゴードンへ夢中になって、心を寄せてくれているユウを、本当の意味で”守って”行く為には……
ゴードンには力が、足りな過ぎた。
何もかもが、足りない。
身を守る力も、生活していく力も……
――心を守る、力も。
せめて少しずつでも良いから、クリアして行こう。
とりあえずは、差し迫った冬の準備だ。
次に街へ行った時に、保存食の作り方が載っている本を買って来よう。
ユウが解読して、知識を得て、ふたりで作る。
ユウの身体も、心も……。
ゴードンが一人で守るには、実力が足りない。
それなら、出来る事から始めれば良い。
二人で生活を築き上げて、その上でユウに負担が行かないよう、ゴードンが多々を担う。
判らない事、知らない事は、教えて貰えば良い。
互いの理解を深め合って、全力でユウをサポートすれば……。
いつかは隣に並んでいるのが、当然の男になれる――と、信じてみよう。
今は料理、洗濯くらいしか……担当、出来ないが。
ゴードンはユウの手作りエプロンをして、ユウの大好きなプリンを作る。
次は、クッキーも作ってみよう。
ユウは意外と、甘い物好きだ。
――女の子らしくて、可愛い。
うきうきと、お菓子作りに精を出していると、キッチンにユウが飛び込んで来た。
「判った……!」
「……なにが?」
「子供の作り方!!」
ゴードンは複雑な顔をして、変な笑顔を見せる。
……どう反応したら良いんだ……下手に反応すると、殺され兼ねない……。
「僕には、まだ……”卵”が出ていない……!」
「まぁ……そうね」
「ゴードンには、”卵”……あるの!?」
「お前……その知識の間違いに、気付けよ……」
何を読んで、どう解釈しているのか、もう判らなかった。
ゴードンには、まだこの世界の文字は大して理解が出来ない。
……本を見せられても、判らない。
とりあえず、ゴードンの知る限りを教えてみる事にした。
――めしべと、おしべである。
むしろ、この辺りは知っていると思っていた。
告白して、いきなりプロポーズまでした時、ユウは「子作りはまだ早い、無理だ」と言ったからだ。
「リーダーのような大人にしか不可能だと思っていたんだ。……でも、やれば出来る……!!」
何故、こうも妙に前向きなのか。
「確かに、ユウとの子供なら欲しいって言ったけど……急ぎすぎだよ、もっとゆっくりで良い」
無言で少し複雑な顔をして、ユウはゴードンをみつめている。
そのゴードンは、愛しくて堪らない笑顔を、ユウへ送る。
「……僕には、時間がないから……」
「……え……?……」
「なんでもないっ」
小声で呟いたユウの言葉は、ゴードンには聞き取れなくて、再び聞き返した。
だけど同じ言葉をユウは繰り返さず、踵を返して、キッチンから出て行く。
本をベッドの上に置いてから、ユウは再びキッチンへ現れて、一言。
「お水が少ないから、湖へ汲みに行って来る。すぐ帰る」
「えっ? 俺も一緒に……」
振り返ると、ユウはもういなかった。




