第18話 忘れる事が出来ない記憶
ユウが、目を覚ます――
汚れたシーツも、使い古され丸めたタオルも、すべて片付けられ……新しいシーツの上で、ぼんやりと瞼を開けた。
枕元に、新しいタオルが置いてある。
美女のリーダーが、ユウのベッドの端に座って、膝に本を置いて眺めていた。
ユウは何も言わずに、傍にいる美女のリーダーへ視線を移す。
そのまま、何故そこにリーダーがいるのか不思議そうに……ずっと見続けた。
ユウの視線に気付いて、美女のリーダーは不敵な笑みをしながら、見下ろすようにして声を掛けた。
「どうだ? 気分は」
何も言わずユウは目を伏せて、リーダーから視線を外す。
「重症だな……身体も、心も。そんなお前に、良いものをやる」
今、眺めていた分厚い本を、横になっているユウの顔の真横に置いた。
他にも何冊もあるようで、同じようにベッドの上へ並べた。
広げるだけ広げて、リーダーは去って行った。
もそもそと起き出して、ユウは枕元の分厚い本を、ぺらぺらと捲ってみた。
途端に硬直し、真っ赤になっていく――
妙な汗を掻いて、ふるふると震えたあと……
再び本を、捲り出した。
ゴードンはコテージの外で、罪悪感に打ちひしがれていた。
冷たい夜の空気が、心に突き刺さる。
……だけどユウは……もっと傷ついたんだ……。
たおやかな少女のユウを、無理矢理ベッドへ押さえつけた自分の姿を客観的に想像して、再び罪悪感の海へ沈んでいく。
なんてことをしたんだ……なんてことを……!
ユウは泣いていた。
女の子のユウは、涙を浮かべて嫌がって、泣いていた……!
嫌われてしまった……もう会わせる顔がない……。
だけど、こんなところで独りで大反省会を開いている場合ではない。
命の色を広げていた、ユウの身体が心配だ。
血を吐くなんて……何故……。
落ち込みまくって、自分を責めまくり、
悩んで、悩み抜いた末……意を決して、ゴードンは立ち上がった。
とにかく、謝ろう。
話は、それからだ……!
ベッドにいるユウへ向かって、土下座をして、平謝りをした。
深々と、床に額を擦り付けて、ひたすら謝る。
簡単に許してくれるとは思えないが、とにかく思い付く限りの事をするしかない。
「ユウ……ごめん……! 本当に、ごめんなさい!!」
分厚い本を手に、食い入るように読み耽るユウに、ゴードンが映っているとは思えない。
しかし、ここで退く訳にはいかない。
ひたすら土下座し続ける。
……段々、足が痺れて来た……。
いやっ、足の痺れなんて、この際、どうでもいい……!
「去れ」
……なにか言われたような気がした……。
顔を上げて、ユウを見る。
少し、複雑な表情をした少女のユウが、冷たい殺戮者の瞳をして言った。
「今は、顔も見たくない……!」
物凄くショックを受けて、よろよろとしながらゴードンは、その場を去って行った。
当然だ……。
あんな事をしたんだ……。
嫌われて、殺されても、仕方がないんだ……。
ユウの、たった一言で、心の底まで惨殺されてしまったように――
魂の抜け殻となって、ゴードンはコテージの外で転がった。
もう立つ気力も、座る元気もない。
――翌朝。
鼻をズビズビと啜り、咳をゴンゴンとするゴードンがいた。
完璧に、風邪を引いてしまった……。
病気なんて、初めてだ。
気持ちが悪い……頭が、ぼうっとする。
寒気がして、立ってもいられない。
……でも……ユウはこんなもんじゃ、ないんだな……。
風邪を引いたのに、コテージの中へ入ろうとしないゴードン。
ドアの前に座って、丸くなっていた。
かちゃり……と、ドアが開いて
ゴードンの背に、温かく優しい、なにかが触れる。
途端に――
気持ち悪さも、なにもかもが吹き飛んだ。
――振り向くと、少女のユウが立っていた。
高出力治癒能力で、一瞬にして風邪を治してくれたのだ。
……流石だ。
「なにしてるの!? そんなところにずっと居たら、また風邪引くよ」
「え、でも……顔も見たくないって……」
「今は、って言ったじゃない。入って!」
ゴードンの手を引いて立たせ、背中を押してコテージの中へ連れて行く。
「ユウ……あの……えと……」
「今日は大丈夫、影響力が下がったから。ここ数日酷くて、内臓が一部やられていた」
「え……?」
「その都度その都度、治癒掛けていたんだけど……すぐ影響が身体に出ちゃっててさ。今は大丈夫、全部治っているから、問題なし」
振り向いて、ゴードンとユウ、正面を向いて、お互いの顔を見る。
ユウは起きて来たばかりのようで、昨日と同じ白いネグリジェに、裸足だ。
「身体……大丈夫なの!? 血を吐いていたじゃないか……!」
「だからそれ、もう治ったから」
けろん、として何事もなかったかのようにユウは言う。
「え……? いや、でも……あの、俺……昨日…………。ごめん……」
ユウはベッドまで戻って、昨日リーダーが置いていった分厚い本を持って来て、ゴードンの前に開いて見せた。
「これを見た」
ゴードンの目の前に展開された、見開きのページ。
――それは!
慌てふためいて、後退る。
顔を真っ赤にして……。
それを追うように、ユウはそのページを見せたまま、ずんずんと迫って来た。
ゴードンは、後退って後退って……壁に背中が、ぶつかった。
もう逃げられない。
視点が合わない程、目の前に見開きページを突き付けられた。
読めないから、逆に助かった気持ちになる。
「昨日リーダーが置いていったので、全部、読んだ……!」
「全部!? 他に何が書いてあるの、これ!?」
ばん! と勢いよく本を閉じて、ユウは頬を染めて、はにかみながら言う……。
「ゴードンが……したいなら、すれば良い……」
「え!? なにを!?」
「昨日したこと……」
「え……!? だって、泣いて嫌がってたじゃないか……怖いって!」
分厚い本を前に持って、顔の半分を隠すようにしながら……ユウは真っ赤になって、ぼそぼそと言葉を繋いだ。
「今までに体験した事がない感覚だったから……。でも、アレだ……この本では、アレは基礎だと書いてある……」
「基礎!? なに読んだの!?」
「男と女はアレをするのが基本だと……。そこからその……手を替え、品を替え……」
「待って……!? なんでそんな、いきなり耳年増みたいになってるの!?」
今にも殺すかのような恐ろしい目をして、ユウは言った。
「……抱け……!!」
「……いやっ……待って……落ち着いて……! そんな怖い目をして、言われても……!」
反論を許さないように、口付けを交わした。
今日はユウがゴードンを壁に押さえつけ、深く、深く……口を合わせるように交わる。
……しかも長い……時間的に、長過ぎるくらいに、長い……!
「……ど、ど、どこで覚えたの、こんなの……!?」
「全部、本に書いてあった」
なんてものをユウへ渡してくれたんだ……!
正直、叫びたくなった。
全くなかった知識が、一気に埋められてしまった感じだ……!
「さぁ……抱け……!!」
もう、やぶれかぶれになって、ゴードンはユウを抱きしめた。
ぎゅうっと抱きしめたユウは、やわらかくて温かくて……。
しっかりとした質感があって、その存在を、ゴードンに伝える。
抱きしめて、耳を澄ませば……
心を寄せれば、絶え間ない命の音が、確かに聞こえた。
とくん、とくん……と
小さく……でもはっきりと、聞こえ感じる……。
ここにいるユウは、どこにも行かない……
目の前に確かに存在して、今、ゴードンの手の中にいる。
大事に、大事に、しまっておきたい
この存在を、今――……。
忘れる事は出来ない、あの日の記憶――
だけど、この日も忘れる事なんて、絶対に出来なくなった……。




