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第17話 生と死と

「こほっ……こほっ……ごほっ……。うっ」


「辛そうだね……水でも飲む?」

「……ん……」


 使い古したタオルを口に当てて、ユウは涙目になって蒼褪あおざめている。

 タオルを丸めて置いて、ベッドの中に潜り込んだ。


 水を持って来て、声を掛けたが、動きがない。

 そうっ……と……。

 上に掛けてある布地をめくると、寝息を立てて、ユウは眠っていた。


 藤紫色の長い髪が、無造作に広がり……

 それは、どこか官能的な姿にも見えてくる。


 どきり……として、手を伸ばす。

 藤紫色の髪……ユウの髪……。


 見慣れた色の、その髪は、

 ”転生”前の世界でも、ここでも……髪色としては、珍しい色と言われている。


 少し暗めの、青色寄りの紫色……。

 ……冷たく……寂しく……

 優しい色……。


 冷酷な、殺戮者の目のユウ……。

 いつもひとりでいて、寂しそうだったユウ……。


 だけど本当は、とても優しくて……

 誰よりも、人を大事にしていて……自分の事よりも。


 今、目の前に、女の子となって、

 手を伸ばせば、必ずそこにいて……。


 ゴードンは、今ならユウが、自分の手の中に納まりそうな気がした。

 そっと髪に手を伸ばして、指先で手櫛てぐしのように、ゆるやかに髪をすくう。


 柔らかい髪の毛は、するするっと指からほどけて落ちてしまう。

 すくった筈なのに、こぼれ落ちる、ユウの一部……。


 もっとしっかり存在を確かめたくなって、耳を触った。

 ぴくり、と、ユウは身体を震わせる。


 寝る時、専用の――

 楽に着られる、ユウが自分で作った、ゆったりとした白いネグリジェ。


 ……丸首襟にギャザーがついて、長袖の手が出る部分にも、ギャザーがついているだけの……。

 ゆったり長いワンピースは、横になっていると、うっすらと身体の線が出ていた。


 華奢な女の子の、身体の線……男とは違う。

 柔らかく、しなやかで、まだ少女でも……少年との違いをわずかに見せていた。


 胸が高まり、ゴードンはそのまま指をしならせるように、耳から首筋へ、ゆっくりと移動させる。

 ぴくり、ぴくりと反応が返って来る。


 嬉しくなった……。

 自分の指で、ユウが反応をくれている。


 この首筋は――

 一度、切り裂かれた事がある。


 その姿を見た訳ではなかったが、白く冷たくなったユウの着ていた制服が……それを物語っていた。


 今は女の子で、違う肉体だという事も知っている。

 ……だけどゴードンにとっては、同じ”ユウ”だ。


 ……首筋……。

 こんなところを切り裂かれたら、死んでしまう。

 ……実際、あの時のユウは、死んでしまった。


 なぞるように、ゴードンは何度もその指を、ユウの首筋に這わせた。


「……ん……」


 声を聞いて、生きている実感を感じて嬉しくなって、ゴードンはそっとユウの首筋に口付けをした。


 唇でなぞる首筋は、柔らかくしっとりとした質感に満ちていて、生きている実感をゴードンへ伝えてくれる。

 命の線……血のすじ……。


 ――生と、死と――


 この首筋が、それを分ける。

 いつかの記憶がゴードンに蘇る。


 振り払うように、今、生きている実感を強く求めた。

 血のすじを……呼吸の道を、唇で確かめていく。


 愛しくて、たまらない少女のユウ。

 もう、二度と失いたくない……二度と――


 首筋に何度も口付けをして、悲しい過去の記憶と、今の生きている嬉しい気持ちをゴードンは交差する。


 ユウは何度も反応して、夢見から覚めないまま、ゴードンを避けようと肘と手を伸ばした。

 無意識にそれを、抑え込む。


 もっと、生きている実感が欲しい。

 ……もっと。


 両手でユウの腕を押さえて、繰り返し繰り返し、首筋に唇を這わせた。

 何度、首に口付けをしても、あの時の悲しさは拭えない。

 ――過去を変える事は、出来ない。


「ん……ん……やだっ……いやだっ…………怖いっ!」


 はっきりとした言葉に、はっと我を取り戻してゴードンは顔を上げる。


 気が付くと少女のユウを両手で抑え込み、ベッドへ押し付けて無理矢理、首に何度も唇を押し当てていた。


 ぎゅっと握った少女の手は震えて、ゴードンから逃げるように顔を背け、固く閉じたまぶたの端から涙が見えた。


「……あ……」


 慌ててユウから離れる。

 これじゃ、まるで……。


「……うっ、ごほっ……ごほっ……!」


 身体を丸めて、急に苦しそうに咳をした。

 何度も、何度も咳をした。


 ゴードンは今、自分がしてしまった事への罪悪感と――

 何故……そんなに夢中になってやってしまったのかと、打ちひしがれる思いで立ち尽くす。


 ユウは何度も、咳をした後に……意識を失った。


「ユウ……!」


 慌てて寄り添う。

 ちからを失って横たわるユウの、その口元に……あの時見た、あの色が、鮮やかに目に入って来た。


 紛れもないその色は、ユウの命の色……。

 あの時たくさん失って、二度と帰って来なかった……その色が、口元のシーツへ広がっていた。


 布地を伝って、その色は、どんどん広がっていく――


 精鋭部隊の制服も、真っ白である筈の医務室のベッドも、全部その色で染め上げていた

 白く冷たい、あの時のユウが……

 ゴードンの脳裏へ、鮮明に映し出された。


「まさか……」


 震える手で、ユウが洗濯を拒んだ丸めたタオルを広げてみる。

 ……そこには、同じ色の液体が、広がった跡が残っていた。


 いくつも丸められたタオルは、すべて同じように中心だけ染められて……くるりと丸めれば、外からは判らない、ただの使い古しのタオルに見えた。



『その都度、治してる』



 先ほど聞いた、ユウの台詞を思い出す。


 ……風邪なんかじゃなかった……。

 おかしいと思った時に、気付くべきだったんだ……。


 小さな端布さえ勿体なくて、使える品物に変化させてしまうユウが、使い古しのタオルでさえも捨てるなんて有り得ない。


 風邪なんていう流行病はやりやまい如きなら、ユウの高出力治癒能力で完全治癒するに決まっている。

 ”その都度”なんて、繰り返し治癒が必要になるなんて……それこそ有り得ない。


 真っ蒼になって意識のないユウは、明らかに発作だ。

 ……無理をして、無理をして、挙句ゴードンに、無理矢理……!


 酷いことをした……。

 どうしたら良い……どうしたら……。



「落ち着け、アホが」



 狼狽うろたえ混乱するゴードンの後ろから、低い声が聞こえた。


 外出していたリーダーが、瞬間移動で突然、帰って来た。

 広げられた使い古しのタオルと、ユウの口元に広がる命の色を見て、溜息をつく。


「シーツの替えがあるだろ。取り替えてやれ」


 ゴードンの頭を軽く叩き、自我と落ち着きを取り戻させるように、頭をぐりぐりとする。

 白く柔らかいネグリジェのようなワンピースを着るユウを抱きかかえて、あごをしゃくってうながした。







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