第16話 丸めたタオル
この世界……この場所は、気温の変化があった。
段々と、寒くなっていく――
昼と朝晩の温度差が激しく、昼は暖かいのに夕方から早朝にかけて、寒さで息が白くなる。
”転生”前の住居である地下施設では、年中空調が効いていて、常に適温だった。
温度差で体調を崩すことは、ほぼ有り得ない。
しかし、これだけ昼と夜の気温差がある、この世界……この場所では、慣れない環境と体力の低下から、ユウはしっかり体調を崩していた。
「こほっ……」
小さく、可愛らしく、咳をする。
咳をする姿まで、愛らしい……。
いや、そんなところにまで萌え、心揺さぶられている場合ではない。
この世界では、体調を崩すと誰もが掛かりやすくなるという”風邪”という症状に、悩まされていた。
ここ数日、咳が止まらない。
それほど酷いものではなかったが、最近調子が悪いことが続いていた上に、この”風邪”だ。
不安も、心配もある。
そのうえ今日は、いつにも増して具合が悪い。
歩き回れないどころか、ベッドから一歩も動いていない。
ユウは咳をする時、使い古したタオルを口に当てる。
”風邪”は、伝染病だ。
元気の塊みたいなゴードンやリーダーに、うつるとは思えなかったが、念のため飛散を防いでいるのだろう。
ベッドの中で、先日買ってきた、魔導書を読む。
まだ解読初心者のゴードンには、ちんぷんかんぷんだ。
ユウは”転生”前から、八歳が読むとは思えないような、難しい専門書をよく読む。
”転生”前の地下施設にいた頃も、同じくベッドの周りに専門書を山積みにして、短期間で読破していた事もあった。
今は文字自体を解読しながら進めないといけない筈で、難易度は、ただ専門書を読むよりも遥かに高い筈なのに……熱心に、読み耽っている。
体調も悪く、動けないので……
ベッドの中に潜ったり、少しだけ身を起こして膝の上に置いて読んでみたり、寝そべってみたり。
とにかく色んな格好をしながら、一見ダラダラとしているように見えるが、物凄い速さでページが捲られていく。
……本当に、読んでいるのだろうか。
解読しながら……。
そう、不信になるほど、読むのが早い。
「こほっ……こほっ……」
「その咳、治癒能力で治せないの?」
「治してるよ」
「え? だって三日くらい、続いてるじゃん」
「その都度、治してる」
ユウの治癒能力は高出力で、死に掛けた人も瞬時に治す。
強力過ぎるくらいで……。
こんな、誰もが掛かると言われる、流行病なら、瞬時に治しても良いくらいだ。
それなのに、”その都度”とは……。
治しても掛かって、治しても掛かって……の、エンドレスなのだろうか。
ゴードンは、ユウが丸めた――
咳をする時に、口へ当てているタオルを洗濯しようと、手を伸ばす。
即座に気が付いて、ユウはそれを止めた。
「汚れているから……このまま捨てるよ。洗わなくて良い」
小さな端布さえ勿体無くて、パッチワークをして有効活用しているというのに。
……いくら使い古したとはいえ、それなりの布量を要したタオルだ。
普段のユウなら、雑巾にしたり、マットにしたり、必ず有効活用する筈だった。
流行病の菌を、うつしたくない配慮だろうか……。
丸めたタオルは複数あったが、絶対にゴードンには触らせなかった。
「熱心に読んでいるけど、なにか判った?」
「……まだ途中だけど……。
あの魔法って力の源は、僕らの使っている能力と、さほど変わらない。ただ彼らは、この自然の中にある生体エネルギーを補助として使うんだ。それにより、自身の力では有り得ない規模の威力を、具現化する。依代は、自身の身体だったり、命を持たない無機質だったり、様々だ」
ゴードンには、ユウが何を言っているのか全然判らない。
凍り付いたような笑顔を見せて、ゴードンは止まっていた。
ちらり、と横目にユウはそれを見て、視線を本へ戻す。
「要するに、根本は同じ力だけど……。
彼らの方が基本能力値が低くて、魔法っていうブーストかけないと、戦力にならないの」
「え……ああ……、なるほど……」
「僕みたいな基本能力値が高いのが魔法を使うと、大規模破壊を生み出してしまう。下手をすると、この星を滅亡させてしまうよ」
「魔法……使えるの?」
「いくつかのステップがあるみたいだけど、それを超える事が出来れば、基本能力値の高さに応じて、使えるようになる」
「俺にも、使える?」
ユウはゴードンを見て、少し驚いたような顔をした。
「魔法、使いたいの……!?」
「攻撃じゃなくて……。
ほらお前、最近、具合が悪い事……多いじゃん……? 俺にも、治癒能力みたいな魔法が使えたら良いなぁ……って。探査能力みたいなのも、あると便利だよね」
「この本は、概念の基礎みたいなものだから……。魔術入門とか、買って来ないと判らないよ」
「無理にとは言わないけど、あると良いかなぁって」
「魔法は能力とは違って、発動条件があるみたいだから……演算とか地形とか生贄とか」
「生贄……」
ユウは人々に”湖面の魔女”と呼ばれ、恐れられている。
先日、ブチ切れて大暴れした事から、高い能力値――
この世界でいう、高い”魔力”を持つ者として、
常日頃から、その力を維持するために多くの生贄を必要としている……という噂まで、出来てしまった。
実際は、高過ぎる能力値に翻弄され、体調を崩しているので、むしろ下げたいのだが……。




