第15話 ブチ切れ
この世界は、小さな村や街が、多く点在している。
ユウの探査能力で、まだ行った事がない街を割り出すが、そんなものは幾らでもあった。
行った事がある場所では、ことごとく騒ぎを起こしているので、行商は難しい。
例によって、念の為に”防御結界”常備にて。
ユウの瞬間移動で、見知らぬ街へ到着。
ユウの防御結界は強固だが薄く、目を凝らさないと判らない。
一般人が見ても、結界が守っているなど、気付く事はないだろう。
少し大きめの街――
ユウの目的である、本屋が多数ある。
既に探査能力で、場所も調べてある。
早々にリーダーと別れ、各自、目的の場所へ。
体調が悪いことが判っているので、ユウはあまり歩き回れない。最短コースを目指す。
今日は灰色のフードは浅く被って、目線を確保。
どんどん歩いて行く。
短時間なら”魔女”と騒がれる可能性も、低く出来るだろう。
一軒目の本屋……。
入り口で探査能力を使い、めぼしい位置を確認。
ずんずん進んで、バリバリ目を通す。
本気のユウは、物凄く効率的だ。他に目もくれず、一直線。
二軒目、三軒目と、繰り返していく。
少しぼんやりとしていたら、ゴードンは、はぐれてしまった。
慌ててユウを探したが、目もくれないユウは、ゴードンが居ない事にも気が付かない。
どんどん進んで行く。
……そういえば、ユウは本を読み出したら、人の話を全く聞かないところがあったなぁ……と
ゴードンは思い出す。
本だけではなく、夢中になると何も聞こえなくなるタイプだ。
今、テレパシーを送っても、たぶん気が付かないだろう。
かといって、いつ倒れてもおかしくないユウを、放置している訳にはいかない。
ゴードンには探査能力はないので、残りの本屋をしらみつぶしに、見て行くしかなかった。
その間にユウから連絡が来れば、良いのだが。
――みつけた。
灰色のフードを被った、女の子……。
梯子を使って、高い位置の本を取ろうとしている。
ゴードンが近付くと同時に、
灰色のフードを被った女の子は、梯子から足を滑らせた。
咄嗟に念動力を使って、落下を緩め……
落ちる女の子を、ゴードンが受け止める。
「危ないなぁ……。お前、意外とオッチョコチョイなんだから……」
抱き締めた女の子のフードが、はらりと落ちる……。
その髪色は、ユウとは違う亜麻色で、顔は似ても似つかないが、可愛い女の子だった。
「あ、ありがとうございます……!」
人違いだったことに気付き、
知らない女の子を抱き締めてしまった事が恥ずかしくて、ゴードンは真っ赤になった。
……その直後
急激に室温が下がって……
――氷の中にでもいるような、寒さが……
ゴードンと、女の子を襲う。
……気付くと、入り口に……
少女のユウが、立っていた……。
入り口から漏れる光が逆光になって、顔も表情も陰になっているのに、はっきりと判る……。
少女のユウは
――無情な、殺戮者の眼を――していた。
……寒い……
氷点下の、寒さだ……。
凍えそうな、この寒さの原因は……ユウの殺気に、間違いなかった。
知らない女の子を抱き締めているゴードンへ向けて、ユウは勢いよく歩いて行き、
ゴードンの目の前で、ぴたりと止まる。
ゴードンが何か言いたげに、口を開こうとした、瞬間……。
ユウは、力いっぱいゴードンを殴り倒した。
――体力が落ち、体調も悪く、弱った女の子の力とは思えぬ破壊力に、ゴードンは吹っ飛ぶ。
それは、まるで”転生”前……。
男の子だったユウと初めて会って試合をした、あの日の如くに吹き飛んで、壁にぶち当たって、ゴードンは気絶をした。
さすがに今回は打撲だけで、死にそうなほど、半殺しにはされていなかったが。
ユウは無言で立ち去る。
藤紫色の、長い結い髪をしたその少女に
今、ゴードンに抱き締められていた亜麻色の髪の女の子は、それが噂の”魔女”である事に気が付いた。
恐怖に打ちひしがれながら、殺害対象となったゴードンへ目を遣った。
「なんて恐ろしい……! 何の理由もなく、突然、見知らぬ人の命を……奪って行くなんて……!」
気絶しただけで、死んではいなかったが。
一般市民には”魔女”の恐ろしさだけが際立って、そこまで確認しようとは思わなかった。
ユウはフードもしないで、道をずんずん歩いて行く。
気付いた道行く人々が、藤紫色の長い結い髪を見て、悲鳴を上げて走り去る。
――後ろから、呼び止められた。
「これ以上は好き勝手させないぞ。湖面の魔女め!」
土塊の大型人形を複数体使役して、小さな悪魔――魔女のユウへ、襲い掛かる。
激しい地響きを有して、重いのに速い、矛盾した動き。
複数体の大型人形は周囲の建物を壊しながら、小さな少女へと突進して行った。
「だから攻撃方法を、もっと考えろと言っている」
ユウは無情の瞳を見せて、無数の光のエネルギー弾を繰り出し、容赦なく大型人形を粉砕する。
土の一粒も、ユウへは届かぬほどの、圧倒的な力の差。
使役していた男に、攻撃力を極端に弱めた光のエネルギー弾をぶち当てて、気絶させた。
……次々と攻撃手が、集まって来た。
詠唱を始める者、剣を掲げて斬り掛かって来る者――それは、先日と同じような光景だった。
ユウは、極端に攻撃力を弱めた光のエネルギー弾を、次々とぶち当てて行く。
命を奪う殺傷力はない。
けっこう痛い程度だったが、当たり所が悪いと、先程の使役者のように気絶をする。
……無数の光のエネルギー弾相手では、当たり所が悪いどころの話ではなかった。
小さな悪魔――”魔女”である、ユウは一人で
対するユウを攻撃する側は、”魔女”を囲み切るほど大勢いるのに、近付く事も出来ない。
それどころか雨あられのように降り注ぐ、光のエネルギー弾に、次々と倒されていく。
もはや打撲どころの話ではなく、流血を伴わない一か月安静コースだった。
ユウは一歩も動く事なく、撃破した後――
足早に、その場を去って行った。
「……何やっているんだ、アイツ……」
明らかにユウの仕業と思われる、破壊と数えきれない負傷者を見て……通り縋った美女のリーダーが呆れていた。
てっきり目的の本だけ手に入れて、とっくに帰ったと思っていたのに、この有様……。
「破壊はしないんじゃ、なかったのか……?」
破壊といっても、戦闘の被害を最小限に留めるためのものだったが、ここまで大規模に負傷者が出ていると、もはやそんな事はどうでも良かった。
元々、命を奪うつもりは一切なかったが、大規模すぎて
『殺戮に走った”魔女”から、運良く生き延びた』……という、位置付けになってしまっていた。
リーダーはそのまま歩いて行くと、道端で倒れているユウをみつけた。
どう考えてもブチ切れて、現状をわきまえず大暴れして、力尽きたようにしか見えなかった。
意識なく、倒れているユウは、無防備だ……。
「あのクソガキは、どこへ行ったんだ」
ようやくゴードンとリーダーが合流した時には、ゴードンは痣だらけになっていた。
リーダーのテレパシーは強力だ。
しかもゴードンの表面意識は、ユウにだって簡単に詠めるほど、判りやすい。
「……痴話喧嘩か……。場所をわきまえろ」
とはいっても、ゴードンの事で、ここまでユウがブチ切れるとは誰も思っていなかった。
発端はゴードンが見知らぬ女の子を抱き締め、頬を染めていた事から始まっているのだから
もしもリーダーがユウへ質問した修羅場みたいなことが起きたりしたら、恐らくこの比ではないだろう。
「…………」
コテージのベッドの上で、ユウは目を覚ます。
――前後を覚えていない。
……なんか……懐かしい感覚が…………戦場の。
「ユウ……! あ、えーと……あの……」
意識を取り戻した事に気が付いて、ゴードンは駆け寄ったが、何とも声を掛け辛い。
すべては誤解なのだが……。
「……怪我したの? 大丈夫?」
ユウは、そっとゴードンへ手を伸ばす。
高出力治癒能力で、ゴードンの全身の痣を一瞬にして治した。
……治してくれるという事は……、
覚えていないのだろうか……。
「……プリン作ったんだ、食べる?」
「うん」
ユウは、屈託なく微笑む。
これは、きっと覚えていないのだろうと、ほっとゴードンは胸を撫で下ろし――
キッチンへ、プリンを取りに行く。
――ぼそっ……と、小声でユウは呟いた。
「……次やったら殺す」
ゴードンが振り向くと、
いつもの優しい微笑みで、ユウはゴードンを見ていた。
……笑顔が怖い……。
さっきの一言は、空耳であって欲しかった。




