第11話 小さな世界
目的のものを早々に買い揃えて、ゴードンが荷物を背負う。
ここはやはり男の子だ。女の子のユウになど、持たせない。
意外とフェミニストだった。
「そろそろ戻る?」
「せっかくだから……露店でも、見て行こうか」
フードを少しずらして、顔を見せてユウが言う。
「デートでも……する?」
どきり……とした。
目を見張り、頬が熱くなる。
身体が硬直して、少女であるユウの愛らしさに見惚れた。
ユウは微笑んで、ゴードンの前を歩いていく。
少女だ――
今、ゴードンの目の前にいるのは、紛れもない、ゴードンの求めて止まないユウの存在で……。
そして”女の子”として生きる”彼女”であると確信した。
ユウから”デート”なんて、俗な言葉が出るとは思ってもみなかった。
その位、ユウは戦う事以外を、なにも知らないと思っていた。
実際、誰でも知っている一般知識の方がユウは知らない。
普通の子供が知っている事を、知らないのだ。
ゴードンと”デート”として歩く少女のユウは、意気揚々とゴードンの前を歩き、露店に目を通して行く。
ウインドウショッピング――
聞いた事がある名前が、ゴードンの脳裏に浮かんだ。
こうしてふたりで、何を買うでもなく商品を見て楽しむ。
そして彼女が気に入ったものを、男が買ってあげるのだ。
ユウが何かを欲した事なんて、今まで一度もない。
生活に必要だったり、必需品だったり。
それはユウが”欲しい物”ではなくて、必須品なだけだ。
そうではなく……
――そう、例えば。
ユウが、最初から身に付けている髪飾りのように。
”必須”ではないが、あると良い、ステキなものを欲しがったなら……。
”女の子”は、キラキラと綺麗なものを好む。
もしもユウが、そんなものを欲しがったなら――
ユウが立ち止まって、お店の商品に興味を持った。
追い付いて、ゴードンも同じ物を目に映す。
半円の……
透明なドームのような中に、夢のような景色が閉じ込められた、小さな小さな世界。
子供のてのひらにも乗るような、可愛い置物だった。
ユウは顔を近付けて、その小さな世界を見る。
お店の人が手に取って、少女のユウのてのひらに乗せた。
軽く振ってみるよう促され、不思議な顔をしてユウは数度、振ってみる。
そして、もう一度、その小さな世界を見ると――
きらきらと輝く光が、その小さな世界へ降り注いでいた。
日に当たり、その輝きは増して少女のユウの瞳へ映る。
……こんな、美しい世界……
小さな、てのひらの中の世界――
それがたくさん、露店には並んでいた。
少しずつ違う世界は、まさに、この今……
自分たちが生きている世界のミニチュアのようで。
”異世界転生”として降り立った、この世界。
今まで生きてきた――既に滅亡した、世界。
少女のユウを襲った男がいた”魔法のある”、世界――
きっと、もっとたくさんあるだろう。
それらが閉じ込められているようにも、見えた。
もし、そうなら……
あの時、ユウが死なないで、生き延びた世界もあっただろうか。
滅亡しないで、そのまま、あの世界で生き続けた未来もあったのだろうか。
もし、そうだったのなら……
今とは違う関係を、ゴードンはユウと築いていたのかもしれない。
ユウの未来も
ゴードンの未来も……
まったく違ったものに、なっていただろう。
いつかゴードンが精鋭部隊へ入って、肩を並べてふたりで戦う。
……そんな夢を見ていた、過去の記憶……。
遠い遠い、ほんの少し前に見ていた、夢の記憶。
今となっては、叶わぬ夢であり
戦う必要も何もない、この世界で……
その記憶も、夢も、意味を成さない幻の泡のように消えていく。
今、目の前にある現実は、それとはまったく違うものであり――
この、たおやかな守っていかねばならない少女のユウを、幸せにする事だけが――
ゴードンの夢であり、望みだった。
てのひらに、小さな世界を乗せて、ユウは微笑む。
両手で大事に包み込んだ、小さな世界。
きらきらと輝く光が舞い降りる、小さな世界を瞳へ映して、ゴードンに平和な笑顔を見せていた。
……あの、元いた世界では、きっとこんな笑顔は見れなかっただろう。
どちらが良いとかではない。
選択権など、ない。
今、この目の前が現実で、これだけが「本当」なんだ。
ここにいるユウだけが……
今のゴードンの、たったひとつの真実。
風が吹き、ゴードンが今、考えていた事柄を忘れさせるかのように、強く、強くなびいた。
突風のように、風がさらっていく――
ユウのフードがはだけ、藤紫色の長い髪が露わになった。
正面から受けた突風に、ユウは目を瞑る。
髪が流れるように背後へ広がり、誰の目にもその色が映った。
「――……ま、魔女……!?」
「藤紫色の長い髪……幼気な少女の姿……。ま、魔女だ! 湖面の近くの森に住むという、小さな悪魔の……魔女だ……!!」
「助けて! 殺される!!」
「逃げろ……みんな、逃げろ――!!」
蜘蛛の子を散らすように、周囲にいた人間が走り去っていく。
ユウを見て、恐怖の表情を浮かべて……。
少女のユウは戸惑い、右を、左を見渡す。長い髪が曲線を描いて動いた。
哀しい瞳をして、ユウは呟く――
「僕は……僕は、なにもしない。誰も殺さない……!」
今にも泣き出しそうにして、俯く。
両手で大事に包まれた小さな世界が、きらきらと輝く光を失っていた。
静かに音もなく、時が流れることもない、小さな世界……。
在りし日の、美しい一部分だけを切り取っただけの、死んだ世界にも見えた。
小さな悪魔――魔女であるユウを見て、恐れ戦き後退る、小さな世界を売る店主。
ユウは、哀しい瞳を込めて店主を見る。
店主は恐怖で動けない。
殺気をしたためた訳でもないのに、ユウに恐怖を感じている。
ユウは俯いて、手の中の小さな世界を見る。
輝きをなくした、死んだ世界。
……失った時間……。
もう、二度と取り戻せない
……その時間……その世界……。
そっと両手を差し出し、その哀れな世界を店主へ戻した。
僅かな振動を得て、偽りの輝きを、小さな世界は再び映し出す。
俯き、哀しい瞳のユウは、なにも言わずにその場を立ち去っていく。
長い髪を風へなびかせ、藤紫色の悲しみを残し、振り切るように……。
ユウが後姿を見せた時、店主は震える身体を少しずつ動かし、ユウが残した死んだ小さな世界を手に取った。
そして腕を高々と上げ、怒りと憎しみを込めて、その小さな世界を地面へ叩きつける。
「魔女が触った、こんな物……売れるかァアア!!」
粉々に砕け散った、失われた小さな世界――
ユウは振り返り、破壊を目にする。
今まで自分が破壊の限りを尽くして来た、世界を思い出すかのように――
「二度と来るなッ! この魔女め!!」
店主は慌てて商品を搔き集め、無造作に袋へ入れて走り去った。
捨て台詞に怒った、小さな悪魔――魔女が反撃として、命を奪ってくるかもと思ったのだ。
あまりの出来事に立ち往生していたゴードンは、呆然とするユウを抱いて……そしてその場から離れるように、手を引き走り去った。




