第10話 行商
少女のユウは、時々床に臥せる――……。
ゴードンへ話したように、基本能力値の日々の僅かな変化の差が、三倍になっているせいで大きく変化し――
運動も出来ないほど身体への負担が厳しいのに、少しでも能力値が上がると拍車をかけて耐え切れなくなる。
突然、意識を失う”転生”前にもあった症状だ。
”転生”前と違うのは――
急激に跳ね上がった基本能力値が、下がれば問題なかった筈が、今は常時三倍のせいで一切下がらない。
”転生”前より、酷い状態だ。
具合が悪い時は一日中、臥せっているし意識も戻らない。
救いは日々変化していく……つまり、一日程度で大抵は回復する事だ。
流石に、ここまで長時間意識がないとなると、ユウにも自覚は出来てくる。
常日頃から無理は禁物だが、少しでも具合が悪い時はコテージから出ない……という約束を、ユウへ取り付けた。
どこへ行ったのか判らないのでは困るが、コテージの中だけに絞られるのなら、そのどこかで倒れていたとしても、すぐに対応は出来る。
……対応といっても、ベッドへ寝かせるだけだったが。
この世界は緑溢れる理想郷ではあったが、以前の住み慣れた――
既に星が滅亡して存在しない、あの世界にあったテクノロジーは何もなかった。
作ろうにも、材料も機材も資材もない。
ただ知識があるだけでは、何も出来なかった。
もしも可能なら既にリーダーが、ユウの高過ぎる能力値を少しでも下げるテクノロジーを開発していただろう。
今日のユウは調子が良い。
能力値が、普段と比べて低めなのだろう。
……とはいっても、三万超えである事は変わらない。
せめて能力値を測れる、測定器だけでもあれば良いのだが。
主婦のように暮らす少女のユウに、激しい運動は必要がない。
むしろそんな事をしている余裕はどこにもない。
元々几帳面なユウは、掃除に洗濯、三度の食事の用意など、生活を支えることで手一杯だ。
合間を縫って、リーダーが手に入れて来た布地を使い、三人分の着替えを作る。
”転生”前から、裁縫は得意中の得意だ、材料さえあれば何でも作る。
服も、カーテンや敷居のインテリアも、タオルなどの生活必需品も……全部ユウの手作りだ。
挙句の果てには、細かな布地の余りが勿体なくて、パッチワークまで始めた。
デザイン性はそれ程なかったが、几帳面故に幾何学模様の謎インテリアが増えていく。
「……これ、売れるんじゃない?」
意識を失う程ではなくても、多少体調の悪い時はコテージから出られない、ユウの手慰みとなったパッチワークの謎インテリア……見栄えはする。
普段から人との交流はない三人組だったが、どうやらこの世界では”通貨”が活用されているようだ。
”転生”前の世界でも、遥か過去にはそのシステムはあった。
なので、使い方は知っている。
ただ三人組には、その”通貨”を手に入れる手段がなかった。
少女のユウは既に”魔女”として名を馳せてしまっているし、リーダーは大人だが、人の下で働くような人物ではない。
ゴードンも子供過ぎて働けない。
むしろ瞬間移動が出来ないので、街まで行って帰ってくる事が出来ない。
一番簡単で基本的な、労働力で賃金を得る方法は、不可能だった。
”通貨”があれば、もっと色んなものを手に入れる事が出来る。
そう、まずは調味料……料理のレシピ……。
それさえあればユウの腕が上がり、もっと豊かな食生活を送れる。
かなり重要部分だ。
「……こんなのが? 鍋敷きにしか、ならないんじゃない?」
鍋敷きにしては豪華だ。
作った本人のユウには、その価値は低くしか見えない。
実際、一部は鍋敷きとして使っている……お陰でキッチンが華やかだ。
いつの間に、こんなに作ったのだろう……手慰みどころの数じゃない。
妙に手数が多い……。
元々、暇な時間がなかったユウだ。
時間の有効活用法を、無意識に極限まで高めているとしか思えなかった。
勿論、三人分の服も作ってある。
ユウにデザイン性はないので、元々この世界に降り立った時から着ている服を元にして、色違いで幾つも作った。
袖を通していないのも含めると、一人十着はあると見て良い。
正直、同じデザインで、そこまで要らなかった。
「だって僕……精鋭部隊の制服しか、着てなかったから……」
ユウのデザイン性、皆無ぶりは”転生”前の影響だ。仕方がなかった。
しかし逆に言えば、色んなものを見て覚えれば、立派な職人になれる気がした。
ゴードンの提案で、余りまくっている謎インテリアのパッチワーク、袖を通していない新品の服、そして朝採りたての野菜や果物を持って、行商へ行ってみる事にした。
通貨が手に入ったら、まずは調味料とレシピだ。
そして新しい布地。
残りは三等分にして、小遣いの予定。
殺戮しかして来なかったユウとリーダーに、行商なんて出来るのだろうか……。
ユウの探査能力で、行った事がない離れた街をみつけ、瞬間移動で荷物を持って行商へやって来た。
例によってユウは、大人用の灰色のフードを深く被り、胡散臭さMAX状態。
だが美女のリーダーが目線を独り占めにして、ユウの存在感を無くす。
見事な連携プレーだ。
街の人に聞いて行商の許可を取り、正式に露店を広げる。
ただ布地を敷いて、その上に見栄え良く品物を並べただけに過ぎないが、美女のリーダー効果でみるみる人が集まってくる。
広げた布地の中心に美女のリーダー、その周囲に商品となる野菜、果物、ユウの手作り品……。
ゴードンは、お金の管理でリーダーのすぐ近く。
胡散臭さMAXのユウは、商品へ隠れるように、こっそり後ろの端っこの方にいた。
「わぁっ、なにこれ、可愛い~!」
「服のサイズが……しかし良く出来ているな……縫製が細かい……!」
ユウの手作り品は、なかなかの評判だ。
どんどん売れて行く。
特にパッチワークの謎インテリアが人気で、あっという間に売り切れた。
「売れるんだ……」
端っこの方で、フードを被って驚いているユウがいる。
メイン商品がなくなり、残りは野菜と果物だ。
「お前ら、先に売り上げ金を持って、予定通りの物を買って来い」
時間を有効活用する為、リーダーが指示を出した。
正直、野菜と果物はオマケだ。大した金額は望めない。
資金の管理をしていたゴードンが、そのお金を持って、胡散臭さMAXのユウを連れて路地裏へ消えて行った。
そのままユウの探査能力で、調味料と料理のレシピ、新しい布地を買いに行く。
手を繋いで――
太陽のように明るく元気なゴードンが、フードを被って、ふんわりとした長いスカートを履いた少女のユウを引っ張っていく。
フードが深く、足元しか見えない少女のユウを――エスコートするように。
小さな恋人たちのように見える、このふたりを、胡散臭いだなんて見る人は誰もいなかった。
深く被ったフードは、恥ずかしくて顔を見せられないように見えて、初々しく可愛い女の子に見える。
ちらりと見える長い髪も、大部分がフードに隠れているせいで色まで判別しにくい。
噂の”魔女”だなんて、誰も思わなかった――。




