2章 異世界修行と研究
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2章 異世界修行と研究
南部の森はこの町からすぐ南にある。
本当にここは人が足を踏み入れない魔境への最前線となっているようだ。
そのためか、この町は高い壁に囲まれており、外部からの攻撃に備えている。
「とは言っても、南の森から魔物が出てくる事は滅多にないわ。彼らにとって居心地のよい魔素が多い場所をわざわざ離れるような事はしないからよ。」
仮に他の強い魔物から縄張りを追い出されたとしてもそれでも南部の森は広い。
そのため、こちら側に出てくるものは少なく、別の空いた場所へ住処を移すのだという。
また、縄張りを追い出された魔物は大概弱く、町を囲んだ壁を崩せるものはいない。
したがって、戦時中でもあるこの国は使える兵士を町から引き抜く事が出来たのだ。
しかし、今回は町を荒らす魔物は壁の中から発生したのだから、残念としか言いようがない。
「森は外壁の上からでも見えるわ。」
外壁を上り、周囲には平原があった。
その平原の先に森が見える。
南部の森は薄暗かった。
どこか人を不安にするような雰囲気を醸し出している。
「さて、森へ入る前に水と食料、あとは武器を調達しないと、、」
「食料は森の中でも、兎とか鹿はいるし、どうにかなるわ。水は、川や湖があるとは聞いているけど、、」
「こういうサバイバルはした事がない。だからある程度の物は持っていって、向こうで試し試しでやってみよう。」
町のがれきの中から食料と水を確保する。
「武器はどんなものがいいか、、」
使えそうなものは食料などを探すついでに拾ってきた。
途中、靴等も見つけて冒険者風の格好になった。
「よし、これにしよう。」
短剣と小さな円盾を手に取る。
これらであれば、移動の邪魔にもならないし、丁度いいだろう。
自分には暴食というスキルがある。
それ以外の手段として、これらを持っていくだけだ。
他にも、ナイフ等サバイバルをするときに必要そうなものを取っていく。
夜の際には明かりとなる火が必要だが、火は魔法から出せる。
自分が使えるかはまだ試せていないが、その時はリリィに命令をすればいいだけだ。
「さて、こんなものかな。」
「準備が出来ましたね。」
リリィも手に短剣を持っている。
だが、彼女の筋力では自分を傷つける事等出来やしないだろう。
短剣も名剣というわけではない。
もし攻撃してくるようなら、追加で命令するなり取り上げるなりするだけだが。
町から出る際に一度振り向く。
(今の自分になるために町が一つ犠牲になった。幸せそうな家族や順風満帆な商人もいただろう。これは決して忘れちゃいけない。自分が自分であるために。)
「さようなら。せめてゆっくり休んでほしい。」
町にいた人たちの魂を食べる事も出来たが、それはしない。
食べる際にも消化される苦しみが生まれるからだ。
彼らは、自分と全然関係のない人たちだった。
自分のような異物が発生した事でこうなってしまった。
彼らには、自分に復讐をする権利はあれど、その意思表示が出来ない。
死後魂だけで考え行動できる者は少ないからだ。殆どいないといってもよい。
彼らは唯佇んでおり、目の前を通る者に目を向けてくるぐらいだ。
その目は虚ろで何も表わさない。
少し不気味だが、そんなもの。
後はこのまま時とともに摩耗していき消えるか、偶々見つけた神が処理をするのだという。
この世界には神が複数居り、天界にてこちらを見ている。
とは言っても、彼らは全てを見ているわけではなく、自分の担当となる地域等を頻繁に見ている。
現在、神は天魔大戦とよばれる大きな戦争で数を減らしており、見られていない場所は多いようだ。
天魔大戦は神と悪魔が戦った遥か昔の事らしい。
神の側に軍配が上がったようだが、神達も多くの柱達が滅び、傷ついて眠りについている、とのこと。
町を出て、森へと入る。
その空気は、新鮮で身体に活力を与えるような半面、生物を獰猛なモノへと変えてしまうような恐怖を想起させた。
「そういえば、リリィって悪魔としてどれぐらいの強さなの?」
リリィはそんな質問を聞き、苦い表情をした。
彼女はそこまで強くはないのだろう。
「う~ん、悪魔といってもピンキリなんだけど、正直に言って弱い部類に入ると思うわ、、。あ、でも、自分で言うのもなんだけど才能はある方だと思うのよ。これから大悪魔になる予定なんだから」
彼女は大人びているようで、どこか子供らしい。
将来の事を語る彼女の姿を見て、その彼女に将来をつぶされかけた自分としては憎しみが湧いたが、そんなことは無かった。
自分はよっぽどお人好しらしい。少し前にあった事を思い出せば、憎悪の炎が燃え上がるが、それも一時的なものだ。
暫くすると勢いも収まり、落ち着いてくる。
これが慣れというものだろうか。
元来、人は同じ感情を持ち続けることは難しいという。
一時的な殺意によって人を感情的に殺すことは、誰にでも起きうる話だ。しかし、計画的に人を殺すことは、感情以外の部分が関与しなければ起きない。それは損得勘定のものかもしれないし、仕事かもしれない。
もちろん、相手を見て憎悪が再燃し、犯行に及ぶ場合もあるが。
「そういうあなたこそ、本当に人間だったの?馬鹿馬鹿しい程の強さだったけど。」
「馬鹿馬鹿しいとは、失礼な。死ぬ前は本当に人間だったよ。今は不死族なんてものになってるみたいだけど。」
彼女は不死と聞いて、訝しげな表情になった。
「不死族?そんな種族聞いたこともないわ。それに不死なんて事、有り得ない。」
「そうなの?ゾンビとか幽霊は不死族ってのになるんじゃ?」
「それは、、今まで正気を保ったゾンビとかがいないから確証は無いけど、彼らは魔物という区分にな筈。」
魔物?種族に魔物なんてあるのか?いや、それともこの世界には種族と魔物という区分があるのか。
「魔物に種族は無いわ。彼らはそもそも私たち種族があるものと違い、生まれ方が違うもの。」
「生まれ方?確かにゾンビとか死体から出るものは明らかに違うけど、、」
それに悪魔も一部のゲームでは魔物だ。
「私たち、種族があるものは殆どが親を持つの。たとえ、悪魔や天使であっても例外ではないわ。例外は精霊ね。精霊はどうやって生まれるのかは知られていないの。自然自体を親として生まれる、って説もあるみたいだけど。」
「となると、魔物は親を持たないものってことか。」
「逆に魔物は魔素の濃度が高い所であれば、どこにでも出現するわ。」
魔素とは、この世界における重要な要素で、以前の地球がある所には無かったものだ。
「魔物かどうかは、主に会話できる知性を持つかどうかで判断したほうが分かりやすいわね。彼らは大抵魔素の影響で凶暴で、理性なんてないもの。」
「なるほどね。」
「魔物の出現やその個体の強さには、魔素の濃度が関係しているというわ。魔素が多い場所で死体があればそれはゾンビと化しやすいし、植物があればイビルプラントっていう植物の魔物に変化する事が多い。中には、アリの巣全体を変化させてしまったものもあるみたい。」
生きているものすら変化させてしまうのか。それは怖いな。
「魔素は生物にとって有害なの?」
「それは魔素の濃度次第ね。そもそも私達の身体の中や空気中にも魔素はあるのよ。但し、人や悪魔、天使とかには魔力っていうのがあって、限界以上に溜まらない様になってるの。」
「しかし、死んでしまうとその限界は無くなり、身体を器に魔素がたまり魔物がしてしまう、という事かな。」
「飲み込みが早くて助かるわ。賢い子は好きよ。」
子って。なんか年下扱いされている気がしてならない。
というか、さっきまで闘って負けた後の媚びへつらうような態度が抜けている。
舐められてる、いや、舐められるような性格をしている事に少しショックを感じた。
「褒めてるのに、何で落ち込むのよ。」
「いや、こっちの話だから、気にしないで。」
とにもかくにも、リリィが意外に物知りで助かる。そこら辺は流石長い時を生きられる悪魔って事か。
まぁ、彼女が何年生きているかは聞けないが。
それともこれぐらい常識なのかな。
でも、親切に教えてくれるのは嬉しい。
「ふーん、まぁいいわ。あー、それでどこまで話したかしらね。」
「人には魔素の限界があって、魔物化しないってところまで。」
長生きしてボケたのだろうか。
「む、今何か失礼なことを考えたでしょ?」
おっと、危ない。
顔に出てしまったか。
この姿に、不死族になってから表情、感情があまり動かなくなったとは思ったが、、
それともこれが女の勘というものか。怖い怖い。
「いや、リリィは物知りだなぁって思ってたよ。」
嘘は言ってない。
じっとこちらを睨んでくる彼女に向けて、年齢の事なんて全く考えてないよ、という顔をして誤魔化す。
出来ているかは定かではないが。むしろ、無理やり表情を作った事で不審に感じたかもしれない。
「ふーん、まぁいいわ。」
どうやら誤魔化せたようだ。思ったよりも表情は動かなかったのかも。
彼女はそう言いつつも嬉しそうにしている。
自分の表情や感情があまり動かなくなった影響か、相手がどのような感情を持ったか分かりやすくなった気がする。
無感情でいると冷静に相手を見られるからか、それとも感情を持った場合どこの筋肉が動くか無感情故に分かるからか。
「兎も角、魔素は別に必ずしも悪影響とは限らないわ。魔素があれば魔法が使えるし、生活に必要な機械、魔道具にも使えるから。」
「生活に使う魔道具、ね。」
きっと水や料理をするのに必要なのだろう。そういえば、瓦礫の中にそれっぽいのがあった気がする。持ってくればよかったか。
ふと、彼女を見ると自慢げな表情をして、こちらを見ている。
「使えると思って持ってきたわ。」
そういって、腰に下げている袋から結晶のような物を取りだした。
結晶には刻印がある。
彼女は褒めてほしそうにこちらを見ている。自分の有用性を主張したかったのだろう。
とはいえ、こうもあからさまにしていると、逆に褒めたくなくなる。しかし、しなかったらしなかったで、後にひきづりそうだ。
褒めるとしよう。
「流石だね。ありがとう。」
「まぁ、これぐらい当然だわ。」
彼女はそう言って、照れている。
つい頭をなでたくなったが、きっと嫌がるだろうと思って、やめた。
それに彼女の身長は今の自分より少し高い。
話を魔素のものへと戻す。
「魔素が多い場所で生まれたものはより強くなるという話も聞いた事があるわ。真偽は分からないけど、魔素が濃い所に強い種族がいるのは確かよ。魔物を気にしないで生きていける強いものだけが住めるって気もするけど。」
「へぇ、それは面白いね。」
強くなろうとしている自分にとっては興味深い話だ。
この森に入って活力が漲っているのもその影響か。
「但し、その分乱暴な奴が多いわね。これもまた魔素の影響かしら。」
今までの事を聞いていると、魔素は強くなる上で大きな要素の一つのようだ。
しかし、これは諸刃の剣で、魔素が多くなり過ぎる程、凶暴性が増して正気が保てなくなり、魔物へと化す危険がある。
生きている人が限界を越えて魔素に侵された場合、何になるのだろう。ゾンビだろうか。
そういえば、先程不死が有り得ないといっていたが、それもまたどういう事なのだろう。悪魔や天使に寿命など無いように思えるが。
その事を聞いてみる。
「人が限界を超えて魔素に侵された場合、魔人というものになるわ。そもそも、限界を越えて身体に魔素をため込むなんてかなり難しい話だけど。それと、不死が有り得ないって言うのは簡単な話よ。考えてごらんなさい。もし不死の種族なんてものが子供を作ったら、その子供も同じ不死の種族になるでしょう?これが続けば、いつかその種族で世界が満ち溢れてしまうわ。そんな事自然や世界が許す筈がないのよ。」
「悪魔や天使は、寿命なんてないと思うけど?」
「確かに悪魔や天使は人からみれば永遠に感じられるかもしれないけど、ちゃんと寿命はあるのよ。その分、子孫を残す衝動は薄くなるけどね。」
なるほど。確かに理には適っている。
つまり、寿命が短い程子孫を残そうとし、寿命が長ければ子をあまり作らなくなる。しかりとバランス調整がなされているわけだ。
しかし、現実として自分は不死族として存在している。
これは一体どういう事だろう。
いや、これは今考えても仕方ない事か。
まだ情報が足りない。きっとこの情報は神しか知らないのだろう。
「というか、どうして自分が不死族なんて分かるのよ。」
「まぁ、鑑定のスキルを持ってるからね。」
一瞬言おうか言わないか迷ったが、別にかまわないかと思ってしまった。
不死になって危機感も欠如してしまったらしい。
彼女は信じられない、という顔をしている。
「鑑定ですって?それってどこまで知る事が出来るの?」
「相手の名前、種族、レベル、ステータスに使える魔法、スキル、状態とかかな。」
彼女の表情はもはや共学を通り越し、呆れたような表情へと変わった。
「本当、あなたって人はとんでもないわね。もはや山を吹き飛ばせると言われても驚かないわ。」
「まさか、そんな事できないよ。それにしようとも思わないし。」
そう返したら、彼女がこちらをじっと睨んできた。
「当り前でしょ!普通の人はしようとも思わないの!」
「なんで怒るのさ。」
「呆れを通り越して、腹が立ったの!こんな常識もない奴に隷属させられるなんて、、」
「また失礼な。」
思わず苦笑してしまう。
「んで、さっきの感じだと鑑定って珍しいの?」
彼女の反応はもうおざなりで、手をパタパタ振っている。
「そんなものがあったら、もう国家がほっとかないわ。というか、神が持つようなものじゃない。」
まぁ、実際に神にもらったし、、という事は言わないでおこう。
またどうこう言いだしそうだ。
なんてことを喋りながら、森を歩いているが、一向に件の魔物に出会わない。
そして、夕方になってしまった。
「魔物ってこんなに出にくいものなの?」
ゲームではもっとエンカウントしてもおかしくないはずだが。
しかし、この事には彼女も首をひねっていた。
「いや、本当だったらもっと出くわしてもいいはずなんだけど、、」
やっぱりこれは異常事態らしい。
普通だったら出くわさない方がラッキーなのだろう。
しかし、自分としては強くなる為に少しでも多くの魔物と出くわしたい。
原因はなんだろうか。
もし、かなり強い相手がここの付近にいて狩り尽くしてしまっているために魔物がいないのであれば、問題だ。
まずある程度倒せる相手からやるつもりだったのに、いきなり倒せないような大物に出くわすのは避けたい。
不死とは書いてあるが、もし、体が損傷しても死なないなんて呪いのようなものだったら地獄だ。
とはいえ、一先ず寝床等を作らねば。
少し前に洞窟のようなものが見つけていたから、そこまで戻り、支度をする。
不死になったとはいえ、お腹は空くようだ。というか、以前よりも増した気がする。
移動中は植物の実などをとって楽しんでいたから、夕飯は食えないかとおもったが、しっかりと腹は自己主張してくる。
悪魔もお腹は減るようで、くー、と可愛い主張をして顔を赤くしている。
火を起こし、夕餉をとる。
火によって魔物が来るようなら好都合だ。もし、倒せないようなら逃げよう。今の自分の脚力であれば少なくとも逃げる事はできるだろう。
火にあたりながら、リリィと今日のことを話す。
「なんで魔物は来なかったんだろう。」
「うーん。分からないわね。」
魔物は魔素の影響で凶暴性がかなり強いはず。こんな餌のような子供、格好の獲物で1日も持たずに殺されてしまうでしょうに。
そうリリィは思ったが、実際にどれぐらいの力を少年が持っているのかを知っている為、出てこないのは彼方にとって幸いだろう、と思い直した。
そこまで考えたところで、ふとある疑念が生じた。
まさか、この子に怯えていて逃げているのでは、、
そして彼を見る。
しかし、彼は至って普通の人間の子供の姿で、魔物を怯えさせるどころか、強者のオーラすら無かった。
考え過ぎね。
そしてこう結論付けた。
ありがとうございました。