暴食の目覚め
宜しくお願いします。
目を覚ますと、頭の中がスッキリととしており、思考がスムーズになっていた。
しかし、目覚める前に見ていただろう夢はボンヤリとしてあまり覚えていない。
目の前には晴れ晴れとした空が広がっている。余りの晴天の美しさに何分か横たわっていたように思う。少しでもこの世の醜さから目を逸らしていたかった。
次に目を覚ますと、頭の中がスッキリとしており、思考がスムーズになっている。
目の前には晴れ晴れとした空が広がっている。余りの晴天の美しさに何分か横たわっていたように思う。少しでもこの世の醜さから目を逸らしていたかった。
まるで今まで悪い悪夢を見ていたようだ。手を動かそうとすると、汗のせいか、服がびっしょりしている感じがして不快感が沸き起こる。
そして、自分の手を見て、悪夢が現実であったことを知る。
血まみれだった。
しかし、目覚める前にあれ程あった御し難い食欲は鳴りを潜め、感情もある程度落ち着いている。
この時、唯心にあったのは無だった。正しく、一切の淀みもない水のような心だった。
壊れてしまったのかもしれない、そう思った。
しかし、やはり心に感情は出てこず、あるのは無だった。
あたりを見回して、妹の魂が傍にあり、俯いているのが目に入って、我に返った。
「私が守ってあげてたのよ。」
背後からリリィの声が聞こえた。一瞬憎悪が顔を出し、嬲り殺そうと思ったが、内容が真実だったら恩人だ。
それに、もしかしたら、リリィにとっても今回の事は予想外だったのかもしれない。
保険も何も働いていないことに、目を瞑ってだ。
リリィの方を見ると、実に嬉しそうな顔をしていた。まるで、計画通りに行ったとでも言いたいかのように。
その事にまた憎悪が湧き出るがなんとか耐える。
確かに、リリィが居なければ妹の舞の魂は悪霊共に喰われていたかもしれない事に気付いたからだ。
そんな事より、妹の事だ。
悪魔が立ち去るだけで、悪霊に喰われ消えてしまうようなか弱い存在なのだ。
少しでも安全な場所に移さないと。
「舞、少しの間、嫌かもしれないが、我慢して、な。」
暴食のスキルの使い方が、教えられたわけでもないのに、頭に入っている。
それが、どうすれば力を最善に使えるか教えてくれる。
右手を妹に差し出し、魂に触れる。
「ちょっと!私を無視するなんていい度胸じゃない?」
後ろで悪魔が騒いでいるが無視して、進める。
妹の魂に触れた手を介して、食べる事を想像する。
すると、妹の魂は自分のからだの中にするん、と入ってきた。
入ってきた妹の魂は他に食べたものとごっちゃにならないように、大切に別の場所に隔離しておく。
ついでに、起きたらなぜか裸になっていたので、瓦礫の中に埋まっていた壊れた箪笥から無事だった服を見つけ、着る。
さて、まずは自分の状況を確認しないと。
幸い、自分にはここへ来る前に会った神から鑑定の能力を貰っている。
自分のステータスを鑑定する。
名前: 春日 社 かすが やしろ
種族 不死族
レベル8
生命力:168/168
魔力:112/112
体力:-
筋力:84
耐久力:97
敏捷:76
知力:81
精神力:103
才能:99
魔法
なし
スキル
鑑定レベル9
暴食レベル1
状態
憎悪 レベル1
契約(隷従)
契約(隷従)なんてものが追加されていた。
これが悪魔の言う保険か。
他に気になった点としては、種族が不死族となっている事だ。
しかし、これは今現在解決できない事だ。
特に、妹が消えて、こちらを警戒している悪魔には、これらが予想だにしていなかった事なのは明らかだからだ。この分だと、不死族の事など知らないだろう。
「あんた、、何者?」
悪魔がそう言って睨んでくる。
言葉を発する事ができるとは、余裕じゃないか。
そう思い、相手が睨んでくる間、こちらは相手のステータスを鑑定する。
名前: リリニール
種族:悪魔
レベル18
生命力:64/64
魔力:40/40
体力:26
筋力:25
耐久力:23
敏捷:33
知力:38
精神力:35
才能:17
魔法
闇魔法レベル3
火魔法レベル2
スキル
魅了レベル2
契約
状態
契約(支配)
ステータスとしてはこちらの方が充分勝っている。
しかし、魔法と魅了というのが不確定要素だ。
「ふん。一切答える気は無いのね。それなら、契約の力を使うまでだわ。」
契約の紋章がある手をこちらに向けた。
「命令よ。跪きなさい。」
彼女がそう言った途端、身体が跪こうとした。
立とうとしても、鎖が魂を締め付け、痛みが走る。
自分の手を胸に当て、契約の力を食べる事を想像。
すると、魂に絡みついていた鎖が魂に飲み込まれるような感じがして、胸に浮かび上がっていた契約の紋章は消え、身体も自由となった。
「な!?そんな、どうして、、」
今まで頼りにしていた契約の力が消え、焦っている。
こちらは魔法もなく、遠距離から攻撃できる手段は無い。
他の力は暴食のスキルと鑑定、今手に入れた契約のスキルだけだ。
攻撃するにしても、捕まえるにしてもまず近づかなくては。
ザっと彼女に近づこうとすると、彼女は後ろに跳びはね、距離をとった。
「くっ。それなら実力行使ね。ファイアーボール!」
火球が彼女の掌から発生し、こちらへ向かってくる。
手を向かってくる火球に向け、掌と接した瞬間に食べる。
「なっ!」
自分のステータスを確認すると火魔法が追加されている。
やはり、どうやら食べたものを自分の力として吸収できるようだ。
「まずいわね。まさかこんな事になるなんて、、」
こちらもまずい。どうやら相手は逃げる事を考えているようだ。
「ブラックスクリーン!」
ぶわっと黒い煙幕があたりに立ち込め、目の前が全然見えなくなった。
一先ず、自分周辺の煙を暴食により取り除く。
先ほど相手がいた場所へ向かって、煙を取り除きながら走る。
すると思っていたよりもかなり早く行動でき、1秒もしないうちに煙の範囲外まで出る事が出来た。
かなり身体能力が上がっているようだ。
そして違う場所から少し遅れて煙の中から彼女が出てきた。
彼女が自分をみて驚愕した顔になっている。
「な、、どうして、、」
まだ見ていない魅了のスキルに関して警戒するが、また逃げようとしてもらっては困る。いざとなれば、魅了の効果を暴食で食べればよい。
彼女の近くへ一瞬にして移動し、首を掴み、地面へ叩きつける。
「がはっ!貴様、、私にこんなことして唯で済むと思うなよ!」
こちらに顔を向け、目を合わせてくる。
魅了か、と思ったが何も起こらない。
「え、、どうして効かないの?」
どうやら発動したようだが、効かなかったらしい。
しかし、暴食を発動したわけでもないし、スキルも獲得していない。
純粋に防御できたようだ。もしくは、暴食の効果に状態異常耐性でも含まれているのかもしれない。
彼女は最後の奥の手も使い果たし、諦めたようだ。
「ははっ。どうやら私はここまでのようね。さっさと食べたらどう?」
そのあきらめの表情を見て、自分の中に憎悪が沸き起こる。
「殺しはしない。お前は生かして尚絶望の淵に叩き込んでやる。」
彼女はそれを聞き、驚き、未来を想像して悲壮な表情をした。
「そんな事になるのはいやよ。それなら今自分で命を絶ってやる!」
彼女は爪を伸ばし、自分の胸を貫こうとした。
が、それを手で抑える。
「それは許さない。」
「くっ。それでどうやって許さないというの?この手を離せばすぐにでも死ぬわ。」
契約の力を使って強制的に隷従させる。
彼女もそれに気付いたようで驚いている。
「なっ!どうして、、あなたが契約の力を使えるのよ!」
「命令する。決して死ぬな。そして俺から逃げるな。」
これで、彼女は自分から死ぬことは無く、逃げる事もしないだろう。
彼女は自分で死ねない事を感じ、絶望した顔になった。
「さて、これからどうするか、、」
一先ず力をつけなくてはならない。
妹を生き返らすことも重要で、一刻も早く幸せにしてやりたいが、今回のように無知で無力だとそれもままならない。
まずは情報を集めるとするか。
そう思い、リリィの方を見ると彼女は媚びるような表情でこちらに近寄ってきた。
「ヤシロ様。何か協力する事はありますかしら?」
どうやら、こちらのご機嫌取りをして最悪な未来を回避しようとしているようだ。
「この世界の事を聞きたい。」
「この世界の事ですか、、そうですね。まずは何を話せばいいかしら、、」
「まず地理的な情報を聞きたい。ここはこの世界でどの辺で、どのような国か。」
神に対する情報や、魔法等についても聞きたいが、まずは自分がおかれている状況を知ることが先決だ。
もし、今の場所が大きな都の近くで、この町から逃げた人がこの事を知らせ、騎士団のような奴らが来たら、また戦闘になる。
そうなったら、今度こそ勝てるかはわからない。
大抵において、人というのは状況に対して適した対応を取ろうとするからだ。
例えば、今回の事に関して言えば、ゾンビが生まれたのだからきっとゾンビに対する特効を持つ人たちが来るだろう。
自分は不死族で聞くかは分からないが、もし、ゾンビよりも耐性が低かったらと思うと目も当てられない。
「地理的な情報ですか。それでは、まずこの大陸の事についてお話しましょう。」
リリィによると、この世界はミネアルテスというらしく、このエルノール大陸はその世界に存在する大陸の一つらしい。
エルノール大陸は十字架のような形をした大陸で、東西南北に伸びている。
南を除いたそれぞれの方角に大きな国があり、それらが真ん中で顔を突き合わせて戦争や貿易を行っている。
北は魔族の国、魔国アグニで、魔王と呼ばれる人が存在しているらしい。この国は強いものこそ頂点に相応しいとしており、実力主義社会である。故にか、国民も好戦的な人が多い。昔から西の聖王国と戦争が絶えない。というか、今現在も続いているらしい。
西の聖王国アイギスは人こそ最も尊い生き物であるとし、他の人種、生き物を差別している。イージス教を国教とし、イージス教に反する宗教を異教徒とし、魔女狩りなどを行っている。この国は教会がかなりの権力を持っており、領主によっては媚を売るために魔女狩りを行っている所もある。
イージス教とは人こそ神に最も近い存在であるとし、他の種族は管理されるべき存在として扱われ、奴隷法も許している。
東は幾つもの人種の国が集まった連合国で、オーレリア連合国という。議会制で、各領土(元は国)から選ばれた人同士で国の行く末を決めている。国教はネーバル教で、平和こそ最も尊ばれるべきでとし、あらゆる種族を受け入れている。差別や貧困をなくそうとしており、比較的人道的な宗教、とのこと。
南は険しい山脈や深い森があり、国といったものは存在しておらず、魔物や竜が生息している。魔神が昔存在していたらしく、そ奴が南で誕生したことで魔素が他の方角と比べ高濃度になっている、という言い伝えがあるらしい。
現在、自分たちがいるのは西の帝国の南南東部の町で、帝都からはかなり離れている。むしろ、南の竜の山脈に近いらしく、開拓の起点とされている。
「竜がいる山脈か、、」
社が真剣に選択肢に入れているようで、リリィは焦ったように彼を引きとめる。
「待って待って!竜がいるのよ?竜ってのは長い時を生き、人なんかあっという間に殺されちゃう。悪魔でも、かなり上位の悪魔か魔人じゃないと相手にもならないの。」
どうやら他に洩れず、竜というのはこちらの世界でもかなりの強さを持つみたいだ。
「絶対無謀よ。考えるだけ無駄だわ。」
自分で言っててやはり荒唐無稽な話だと思ったらしく、自分一人で安心したらしい。
「いや、竜の山脈へ行こう。」
「はぁ!?あなた馬鹿なの?私の話、聞いてた?」
「聞いてたさ。その上で決めたんだ。」
「なら、なんでそんな結果になるのよ!!」
今、自分が欲しているのは力だ。
「もちろん、いきなり竜の目の前に飛び出すなんて馬鹿な事はしないよ。」
「当り前よ!」
「叫ばなくたって聞こえるよ。五月蠅いな。まずは、傍の森で強くなってから竜の山脈へ行くつもり。」
「ふん、強くなってからですって?竜と対峙するための修行って何年かかるかわかったもんじゃないわよ。」
「そんな時間かけるわけじゃないさ。僕は一刻も早く力がほしいんだ。そんな流暢な事はしてられない。」
「無理よ。無理。」
「やるしかないだろう?どっちにしろ、神に恨まれてるんだ。いつかあいつは絶対、僕を殺しに来る。」
自分たちがこちらの世界に来る前にあった事を忘れやしない。
(「こんな事になったのも、お前らのせいだ。絶対に滅してやる。」)
思い出し、憎悪が再燃する。
「あなた、それ本当の話だったの!?」
「何だ、嘘だと思ってたのか。」
「あぁ、神に恨まれるような奴に、隷従させられるなんて、、」
リリィは目の前が真っ暗になったようで、静かになった。
それじゃ、移動兼修行を始めよう。
ありがとうございました。