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不死者が捧げる鎮魂歌  作者: エドモン
3/6

開花と夢

大変遅れました。

町は明るかった。

街灯による明かりだけじゃない。

家が燃えているのだ。



町は声で溢れていた。

夫を迎える声や食卓の団欒の声ではない。

それは悲鳴と絶望の声だった。



「何故、神父様や戦える男達がいない時に、アンデッドが!」


「こいつ、強いぞ!もっと人と武器を集めろ!」


「駄目だ!武器も戦争のために持っていっちまってる!」


「許して、許して。」


「よくもハンナを!絶対殺す!」


「熱い!熱い!誰か助けて!」


「オギャァァ、オギャァァ!」


「誰か!せめて私の赤ちゃんを、連れて行って!」


「やめて!噛まないで!痛い!」



ゾンビはもう充分な食糧を食べて、かなりの強さを持っていた。


身体の動きもゾンビとは思えないほど速く、力も並の大人など苦にしないほど強くなっていた。


また、町の男達の大部分が戦争に駆り出されていて、かつ、神父が他の村に助けに出掛けていたというのも大きかっただろう。


戦える男達がもっといれば撃退できたかもしれないし、神父がいれば光魔法でゾンビを倒すことも怪我した人の救助もできただろう。


しかし、現実は残酷だった。



次に意識がはっきりしたのは、ある家族の前だった。

女性が身重で、逃げることができなかったのだろう。


父親であろう男性は横で血まみれで倒れている。

女性の前にはどこかで見た男の子がいた。


妹の魂を入れた赤子の家族だった。


男の子は涙を流しながら、懸命に妊婦であるお母さんの前に立ち、これから生まれてくるであろう、妹と母親を守るため、自分の前に立ちはだかる。


父親が倒せない存在を前にして、震えているが、それでも必死に立ちはだかっている。


やめてくれ!

そう思ったが体は言うことを聞かない。自分の手が男の子の首を締める。


男の子は最後までこちらを睨み、叩いたり蹴ったりしていたが、やがて動かなくなった。


母親は泣くどころか、もう絶望した顔になっているが、お腹の中にいる子供を思い出し、必死に立って逃げようとしていた。


そうだ!そのまま逃げてくれ!

そう思うが、身体は言う事を聞かない。身体の足に力が入るのが分かった。


やめろ!やめてくれ!

何度そう叫ぼうとしたか、何度身体の動きを止めようとしたか。


しかし、体は肉を欲し、より大きな力を求めた。



自分の足が母親を蹴り飛ばした。

母親は血を吐いて、呻いていたが、それでも這って逃げようとした。


その背中を自分の足が踏み抜く。

後は、父親と男の子と母親を食べるだけ。


自分はもう絶望して、唯それを見ていた。


そして、母親を食べていた時、自分の手のひらの中に生命があることに気づいた。


妹である。


その姿は、実に小さく、また、か弱かった。

赤子は動かない。


助けないと!

そう思ったが、体は動かず、口だけが動いた。


思わず吐いた。

余りの心の苦しみに、体すら拒絶反応を示したのだ。


しかし、体は肉を欲し、再度目の前の肉を食べようとする。


やめてくれ!頼む、頼むから、、

そんな願いも叶わず、妹だったものを口に含む。


そして吐く。


そしてまた食べる。




これを何度か繰り返し、心はもう限界に来ていた。


あぁ、舞、、。こんなお兄さんを許してくれ。ごめんよ。

もはや、許して、なんて調子いい身勝手なのかもしれない。

それなら許してくれなくてもいい。唯、お前の幸せだけを願う。



妹だったものはもはや完全に自分のお腹の中に入ってしまった。



この時、本来芽生える筈のないものが芽生えた。それは生きていく中で決して生まれるものではなく、むしろ、世界にとって悪影響となるものだろう。


暴食の種が暴食のスキルへ進化しました。

やっと起きれたか。ったく、相変わらずエンジンがかかるのが遅いんだな。


そんな声が聞こえてきた気がすると同時に、目の前が真っ暗になった。




気がつくと、自分は死ぬ前の自宅のリビングにいた。

あぁ、今までのは夢だったのかと思う。

目の前では父さんと母さん、それに妹の舞が楽しくテレビを見ながら会話している。

テレビでは年末年始によくある今年あった出来事の特集番組が流れている。


「そういえば、こんなこともあったわねぇ。」


母さんはしみじみとそう呟く。


「何はともあれ、今年も無事楽しく過ごせた。幸いなことだよ。こうして年末も家族揃っている訳だしな。」


父さんが優しく笑う。


父さんは海外で生活していた時期があり、クリスマスからの年末は家族で過ごす、という意識がある。


「あら、別にシロや舞はクリスマスぐらい彼女さんや彼氏さんと何処か行っても良いのよ?」


そう母さんが意地悪くこちらを見て言った。


シロとは自分の事だ。まるでペットのようで最初は嫌だったが、言われ慣れてもう気にしなくなった。


ちなみに自分と舞は付き合った経験は未だかつて無い。

自分はともかく、妹は顔も性格も良い方だし、彼氏が出来てもおかしくないのだが。


「別に彼氏なんていらないからいいもん。家族で過ごした方が楽しいし。それに同じ年頃の男達は性格が幼くってそんな対象にならないよ。せめてお兄ちゃんぐらいの落ち着きがないと。」

妹がこちらをチラッと見てくる。


それを見たお母さんが、呆れて言った。


「あんたねぇ。そろそろお兄ちゃん離れしなさいよ。あなたも何か言ってやってよ。」


父さんに助けを乞うが、ある意味懐が深い父に対して、意味は無かった。


「良いじゃないか。兄妹仲が良くて。」


そう言って笑った。


すると母さんはこちらを見てくる。

きっと当事者として何か言ってやって、という感じだろう。


しかし、彼女はこちらを見ると同時に目を見開き、驚いた。


「シロ、どうしたの!?どうして泣いてるの?何処か痛い?」


目の所へ手を持っていくと確かに涙が流れていて、流していた自分もビックリする。


無意識に涙が流れていた。

胸が、心が暖かい。


これが幸せというものだろうか。


父さんや母さん、舞がこちらを心配しておでこや体に手を当てたり、悩みはないかと聞いてくる。


「ごめん、ごめん。大丈夫だからそんなに心配しないで。ちょっと目にゴミが入っただけだから。」


そう言って、安心させる。


「ちよっと、顔を洗ってくるよ。」


逃げ出すようにリビングから出て行く。


そして洗面所で少し息を吐く。

胸の中にあった暖かさは苦しさへと変わっていた。


きっとさっきまで体験していたことは夢だったのだ。

今も家族は生きており、一緒に笑っている。

早く顔を洗って、あの暖かいリビングへ戻ろう。

そう思った。


心の何処かでは、起きている途中でそう簡単に夢を見る筈がない、仮に途中で倒れて夢を見たとしたら家族が騒がない筈がない、と気付いていても。


顔を冷たい水で流し、タオルで拭く。


そしてリビングへ戻るが、家族は誰もそこにおらず、テレビはつけっぱなしになっていた。

テレビでは芸人が人を笑わせている。


心臓の鼓動が速くなる。

きっと何処かに出掛けているだけだろう、と思うことで痛いほど激しく胸を打つ心臓を落ち着けようとするが、部屋の中に微かに血の匂いがしている事に気付き、失敗する。


嘘だ、信じたくない、と思いながら血の匂いをたどっていく。

ヨロヨロと体を揺らし、時には壁に打ち付け、寄っ掛かりながら、階段を上る。


舞の部屋の扉が開けっ放しになっている。

いつも部屋の中を見られることを嫌がっていたのに、だ。


血の匂いはその部屋からしている。


最早、胸の痛みは耐えられない程になり、手で胸、首を掻きむしっている。

呼吸も平常とは遠く、カヒュー、カヒューというものに変わっている。


扉の前に立ち、中の様子を見る。

其処は地獄だった。


壁や床の至る所に血がついており、父さんと母さんが揃って壁に寄りかかるように倒れていた。


舞もいつかの日のように床の上に倒れており、舞の上で男がナイフを振り上げている状態だった。

しかし、舞はまだ生きており、こちらを見ていた。


助けようと、これもまたいつかの日のように男へ体をぶつける。

しかし、彼は壁にぶつけられる事なく、立ち上がった。


彼はこちらを見て言った。

顔はボヤけて見えない。


「どうして邪魔をするんだ。」


そんな事を言ってくるが、構わず殴り続ける。

しかし、彼は微動だにしない。


「やれやれ、何が嫌なのか。それにお前も今まで食ってたじゃないか。」


そう言って彼は親、こちらの手の順で指差した。


言われて、腕を見る。

血塗れだった。


妹の部屋にあった姿鏡を見ると、愕然とした。


腕どころか全身が真っ赤だった。所々服や肌の色が見えるが、圧倒的に赤色が占めていた。

まるで血のシャワーを浴びた後みたいだ。


ヒッと、腰が抜け、後ろに後ずさりするが、何かにぶつかる。

後ろを見れば、これまた顔がぼやけて見えない男が立っていた。


「何処へ行くんだ。ほら、しっかり立てよ。」


体を起こされ、妹の方へ押される。


踏ん張れず倒れてしまい、妹の傍に手をつく。

妹を見ると、血塗れで事切れていた。


涙が出て止まらない。


「何を泣いているんだ。まったく、お前は本当にイかれてるな。自分で食べて殺したんだろう?あんなに美味しい美味しい、と言っていたじゃないか。ほら、お前が最も美味しい部位だと言って残していたものを手に持っているだろ。しっかりしろよ。」


言われ、手を見ると、其処に赤ん坊がいた。

まだ小さく、可愛い。


ハッと気付けば、口を赤ん坊へと持って行っていた。

自分は一体どうしたんだと思ったが、どうしても涎が止まらない。


なんて可愛らしく、美味しそうなのだろう。

これが愛情だろうか。


食べたくて仕方がない。

目も彼女に釘付けだ。

愛おしい、愛おしい。


食べたいが、心の何処かが邪魔をしている。

仕方なく、手で彼女を撫でる。

あぁ、本当に愛おしい。


一口だけ、ほんの少しだけなら、という思いで、口を近づける。

しかし、自制心を持って止める。

それでも少しなら、と続けて思い、また止める。

そんな事を繰り返しして行き、口が彼女へと近づいていく。

そこで目が覚めた。

ありがとうございました。

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