ブランエール[2]
商業貨物船アーバレスト号、甲板
大量の書簡と革細工のトランクケースを手に一人の少女が鋭い瞳を眼下に広がる雲海を眺めながら思考を巡らせている中、操舵室では誰が最初に件の少女に話し掛けるかという密談を交わす男たちが賭け事に乗じていた。
陶器の椀と6面サイコロの2つで行われているチンチロであるが、旅客船などと違いこのアーバレスト号は実に揺れが酷く新米なんかは基本雑用中にも構わず甲板から身を乗り出して雲海に向かって口から虹色の何かを吐き出している。
「あぁ!?またションベンかよ!」
「勝負がまるで成り立たねえな・・・」
「まぁ仕方ないわな、この揺れじゃ」
「あぁ、トビーのやつまた吐いてら・・・」
このアーバレスト号第1世代が造られたのは今から100年前にもなるオンボロといっても過言ではない遺物で未だ現役で出航しているのは僅か3隻のみ、それ以外は第2世代のアーバレスト号改や第3世代アーバレスト改弐が殆どである。
使えるものは何でも使う、というのがグランディネ総首長の格言で修理にエンジンルームへの度重なる改造によって何とか飛べているのが現状であった
「アーバレストに乗ったのが運の尽きってもんさ」
「だな」
「船酔いするやつはどの船でもするわな」
「先日瓦解したアーバレストとこの船って姉妹船なんだったか?そろそろコイツもお役御免なんかねぇ」
「今の主流はローラルだろ?アーバレストとか生き遅れも良いとこだろ、よく知らんけど」
「アーバレストにはアーバレストの味があんだよ」
本筋からだいぶ離れ始めた男たちの頭の中にはもう少女をナンパするなんて俗物的な考えなど微塵も存在しなかった、あるのはグランディネ宿酒場の旨い飯のことだけ
第2首都ベイリンから第214天空都市グランディネまでの航路は1本しか存在せず、月に1本程しか出航していない、それも旅客船などではなく、この商業貨物船アーバレストのみというモノであった。
観光名所も地元名産品も特になく、あるのは大陸随一の大型造船所のみ、誰がすき好んでこの地に足を踏み入れるというのか、ド田舎中のド田舎であるグランディネに集うのは各大陸の商船と廃船に無数の積み荷くらいだ。
ベイリンから船を乗り継ぎ、第63鉱山都市アルベリカを経由し、第119商業都市ヴァルペで荷を積み込み、そして計一月掛けて第214天空都市グランディネに到着する。
「陸が恋しいや、おれぁ」
「船上じゃ酒も飲めねえしな」
「飯もまずいし」
「飯が不味いのはルーオの腕のせいだ」
「仕方ねえよ。あいつ料理人じゃないし」