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《猫娘と百手の巨人》

「…………おや、してしまったんですか、その話」

 リチャードの話を聞いた旨を伝えたところ、マレヌの反応はそんな気楽なものだった。

「詳しいところはマレヌに訊いてくれって言われたんだけど……」

 もしかしたら当たり前の話なのかもしれないが、当のリチャードはその周辺にまつわる話をあまり良く憶えていないらしい。


『何か、気付いたら洞窟の中にぶっ倒れてて、マレヌが心配そうな顔してこっち覗き込んでたんだよねー。で、どうにもそれ以前の記憶はないんだけど、自分の持ち物とかを見ても自分が剣を生業にしてることくらいしか分からなかった。で、マレヌに聞いたら『貴方は僕の同行者で、一緒に旅をしていたんですよ。今は前にいた大陸から港を経由して、セルシアに向かう途中でした』なんて言うものだから、『じゃぁ、取り敢えずそれで』ってことになったわけ。その前の話は、今のところ思い出せないんでマレヌに訊いてくれ』


 以上、発言そのまま。

 記憶喪失の自覚が有る所為か、実にシンプルな説明だと思う。

「なんでまた、そんなことに?」

「いやぁ、実はバルメースへの旅の途上、落石事故に遭いましてね。リチャードは僕を守ろうと大剣で落石を受け流そうとして、後ろにあった別の岩に強かに頭を打ちつけてしまいまして……」

「……で、何とか近くの洞窟まで運んだは良いけれど、起きてみたら記憶喪失、と?」

「まぁ、そんな所です。ショックによる一時的なものかと思っていたのですが、今のところ回復の気配がありません。まぁ、リチャード自身の能力に特に支障が有るようでもないので、じきに記憶を取り戻すか、いずれ遺跡に乗り込んで前文明時代の遺産で記憶の回復に使えそうな品がないか、調査するつもりだったんです。細かい事情と言っても、僕らにあるのはこの程度の事情ですけどね」

「……そういや、初めて会った時、遺跡潜りの護衛がどうとか言ってたな、アンタたち」

 アスパーンとシルファーンが盗賊ギルドの構成員に目を付けられたとき、そんなことを言っていた気がする。

(そう言えば、あれも随分前のことに感じるけど、そんなに前のことでもないんだな)

 ティルトによる諸々の手違いから始まって、リチャードとマレヌの二人に知りあって、二十日になる。それを『もう』と考えるか『まだ』と考えるかは一考の余地が有るが。

「えぇ。あの遺跡探索のついでに調査するつもりだったんです」

「すんなり行ってたら出会わなかったんだなぁ、俺達」

「そう考えると、こういうのを合縁奇縁と言うのかもしれませんね」

 マレヌが微笑みながら魔道書を閉じる。

「……そういや、魔術師ギルドの爺さんが『記憶喪失の小僧』って言ってたのは」

 その魔道書を見て、アスパーンはふと思い出した。

 『神を飲む蛇』の一件で情報を教えてもらいに行った魔術師ギルドの導師、ハロルドがポツリと、『記憶喪失の小僧』がどうとか言っていたのを思い出した。

「リチャードのことですよ。ハロルド先生には、こちらに来て直ぐに、リチャードの記憶の件について色々相談にのってもらったんです。そこで、この街で最もメジャーな神殿である、創造と戦の神デュレイア神殿を紹介して頂きました」

「あー、なんか話が繋がってきた。そこでブラフマンと?」

「えぇ、その前に一度、ソーレンセンでも顔を合わせていたのですけれどね。何せ、落石事故の影響でリチャードの武装はボロボロでしたから」

「初めて会った時から知り合いだったってのは、そういうことだったのか」

 ようやく合点がいった。

 というか『何で今までその話題を放置していたのか』と言われると『何となく』と答えるしか無いのだが、迂闊に立ち入ってはいけないような気がしたのと、『悪魔召喚の箱』という、それよりも重要な案件が有ったからだ。

「うーん、でも、話しちゃいましたか」

「なんか都合の悪いことでも?」

「いえ、仁義で動く君の性格です。何とかしようと思ってるでしょう?」

 マレヌが困ったように眉根を寄せる。

「思ってるよ?」

 アスパーンは、特に何の理由も無く答えた。

 知り合いが困っていれば、出来ることをする。

 勿論出来る範囲は限られるが、どうせ暇なんだし、人手の一つくらいにはなれるだろう。

「ありがた迷惑とは言いませんが、先日チラリと『今後も一緒に行動したい』って言ったら、あまり乗り気でないようでしたので。こちらのこういう事情で貴方がたの行動を縛り付けてしまうのはちょっと卑怯かなぁと思っていたところでして……」

 マレヌにはマレヌの方で、通さなければならない仁義が有る、ということだろう。

 人が良いと言うか、難儀な律儀さである。

「あぁ、あの時は……」

 あれも確か『神を飲む蛇』との一件の時の話だ。

 あの時は、『このままこの面子で』の面子に含まれていて、尚且つ定職を持っているティルト達やブラフマンの事情を加味せずに決めてしまうのが仁義に悖ると思ったに過ぎない。

 ふと、自分とマレヌが似たようなことを考えていた事実に、アスパーンは気付いた。

「何か、お互いに考えすぎてないか、俺たち? 俺とシルファーンは問題ないと思うよ?あの面子ってことなら、問題はティルト達とブラフマンさんなんじゃない?」

「……僕も今、そう思っていたところです」

 マレヌが眼鏡をツイと持ち上げ、苦笑する。

「まぁ、あちらに無理強いする必要はないけど、どうせあの三人だって『林檎亭』に入り浸ってるんだし、誘うなら誘ってみれば良いような気がしてきた」

「まぁ、ブラフマンの場合は本業がありますから、どれを本業にするのかという話もありますがね」

「何か、『どれが本業ってこともない』みたいなことをこの間言ってた気がするなぁ」

 先日、ブラフマンと武器の話をした時に、神官としての考え方がどうとかいう話と一緒にそんなことを言っていた気がする。

「ソーレンセンの仕事って、長期休みとか取れるんですかね?」

 マレヌが顎に手を当てながら、熟考を始めた。

「急にリアルな話になってきたな……それ」

 取れようが取れまいが、ブラフマンくらい職人としての腕が有ればある程度の我侭は許容範囲だろう。

 特に、目的地が遺跡であるのなら尚更だ。

 前文明時代の遺産が眠る遺跡には、現代の技術では生み出すことの難しい素材や道具が眠っている。

 素材集めの名目で出掛けるのであれば、ソーレンセンとしても大歓迎だろう。

「行き先が遺跡って言うのなら、充分にありだと思うな。ティルトも本来はそっちが本業なんだろうし」

 盗賊ギルドは表向き、遺跡探索の水先案内を生業としている。

 目的はなんであれ、お宝と目的が定まっていれば、これといった問題はない筈だ。

「遺跡潜りなら、全員の目的が一致するような気がしてきましたね」

 マレヌが魔道書を置いて、腕を組んだ、その時だった。

「そんなあなた達にごろーうほーう!」

「うわっ!?」

 突如、アスパーンの背中に柔らかい感触が押し付けられ、アスパーンは思わず声を上げた。後ろにいたことには気付いていたが、抱きつかれるとは思わなかったのだ。

「……えーと、確か……イルミナ、さんでしたか?」

「うん、ウチはイルミナ。イルミナ・ルースヒルトだよ。改めて宜しく! 期待のルーキーどもよ!」

 林檎亭に集う冒険者達の一人で、三日ほど前から良くアスパーンとリチャードの練習を見ていた連中の一人だ。

 背後に居るので声だけで記憶を探るが、確かネコミミの半獣人族だ。

 半獣人族は獣人族とは違い、人間と獣の部分を足したような姿をしている。

 最大の違いは、獣人族のように人化と半獣化を任意にすることは出来ないが、代わりに一部では有るが獣の特性を常に発揮出来るという特性だ。

 因みに、獣人族も半獣人族も、セルシアの近郊では希少種族である。

 アスパーンなどは、どちらが半獣人でどちらが獣人なのか、両方が希少であるが故に未だに間違えることが有るが、本人達にとってはどちらにとっても割と重要な違いらしいので、迂闊に間違えられない。

 両者にとって言えることだが、残念ながら半獣人、獣人共に希少種族で有るが故に、そのような勘違いや間違いが侭有るということも付記しなければならないだろう。

 アスパーンがイルミナの姿を記憶していたのも、彼女が希少な半獣人族だったことも一つの理由だ。

 イルミナの特性はネコ族のそれのようで、立派なネコミミが頭頂部に二つ、ピンとそびえ立っていた。

「リチャードの話はさっき裏庭で聞かせてもらってたよ。で、アスパーンが気になってついてきてみたら、面白い話をしてるじゃないか。実はウチも、事情が有って遺跡の医療機器を探しているんだよ。しかももう、当たりは付いてるんだ」

 アスパーンの頭の上に顎を載せて、イルミナが喋る。

 耳がピクピク動いているのが、感触で分かった。

 何の感触を通じてかは、この際コメントを控えておく。

「本当ですか!?」

 マレヌが食いついた。

 アスパーンもギョッとして、首を横に向ける。

 イルミナはその動きを察して、アスパーンから離れて手近な椅子を引き寄せ、座る。

「ホントだよ! ただ、ちょっと前回は厄介な奴に遭遇して、撤退せざるを得なかったんだ。こっちは手練の相棒を頼みにしてたんだけど、何せ二人だったんでね。仕方なく一旦こっちに、そいつへの対策とか、補給とか、鋭気を養うために戻ってきたんだ。相棒も、その厄介な奴を倒す準備がしたいらしくてね。そこで、ものは相談なんだけどさ……。似たような物を探してるんだし、ウチらと一緒に行かない?」

「ウチ『ら』ですか? ……一体どなたです?」

 マレヌは油断なくイルミナの言葉の行間を読み取って、訊ねる。

「『ヘカトンケイル』。この宿にいてまだ日が浅い君らは、会ったことないかな?」

 イルミナは胸を張って答えた。

 どうやら本名ではなく、二つ名らしい。

 それは同時に、『二つ名が付くくらいの力量の人物』ということでも有る。

「噂には聞いたことが有りますが、ご本人と顔が一致しませんね。パーティを固定しない『林檎亭』所属とでも言うべきフリーの冒険者で、一人でこなせる依頼をこなすか、気が合った仲間数人と気ままに旅に出るのを好まれる方と聞いています。何でも、普通の人間が両手で扱うような武器を片手で軽々と扱うことから『ヘカトンケイル』の異名を戴いているとか」

 マレヌが、どちらかと言うとアスパーンに説明するように答えた。

 うん、多分それは間違ってない。

 というか、本当に知らないのは多分この三人ではアスパーン一人だ。 

 興味が無いというか、誰かに街を案内してもらう以外は、殆どが部屋で寝てるか、シルファーンによる『気術』の講義を聞いているか、リチャードと裏庭にいたし。

 その点、街の地理は既に概ね把握していたこともあって一緒に観光などせず、殆どの時間をこの場所で過ごしていたマレヌは、林檎亭の人間関係についても概ね把握しつつ有るようだった。

 因みに、ヘカトンケイルとは地獄の門を守っていると言われる巨人で『百手の巨人』とも言われる異種族の一種だ。

 ザイアグロスに居たアスパーンでも、伝説に語られるばかりで存在を見たことはまだ無い。

 メリス家の長姉は、戦乱の中で遭遇したという話だが、多くを語ろうとはしなかった。

「『ヘカトンケイル』ねぇ……」

「君も会ったことは有りませんか?」

「うん、遭ったことはない。姉貴は戦乱の中で見たことあるみたいだけど」

「え? ルイは戦争に行ってないと思うけど」

 イルミナが怪訝そうに首を傾げる。

「ルイ?」

 アスパーンも、イルミナが首を傾げていることに首を捻った。

「うん、ルイゾン・ファン・グーデンベルグ。『ヘカトンケイル』の本名だよ」

「あぁ、そっちの話か。ゴメン、巨人のこと考えてて、人間の話を忘れてた。通り名なんだもんな、あくまで」

「『あう』の字が違っていますよ。あくまで人ですからね」

 マレヌがいつもの困ったような顔で、眼鏡をツイと持ち上げる。

「ああ、まぁ、どっちにしてもあまり顔と名前が一致しないし。街を案内してもらった人達もそういう名前じゃなかったな。確かこの店の古株で『フリーロール』とかいうパーティの人達だよ」

「『フリーロール』は『林檎亭』の看板パーティだよ。たまたまこの十日くらい、オフにしてたらしいけど、そろそろ別の用事で出掛けるらしいんだよね。ウチらが帰ってきたのは三日くらい前だから、帰って早々に頼んでみたんだけど、残念ながら順番待ち」

 イルミナが、アスパーンを抱いていた手を頭の後ろに回して、『フリーロール』に頼みごとをするタイミングを外したことを残念がる。

 十日くらいの休養、というのは、冒険者の中では良く有る話で、儲けと鎧などの破損の修復、住居代などを考慮して採算の取れるギリギリの範囲らしい。

 アスパーン達の場合事情が異なるが、前回の儲けが多かったので、その前の盗賊たちと揉めた話が巷から消えるまで、既に二週間くらい大人しくしている。

「ふーん、有名人だったんだ、あの人達。道理で顔馴染みが多いと思った」

 道行く人々の視線が尊敬の眼差しだったのと、同行中に声を掛けてくる連中がまた、実戦経験の豊富そうな人達だったのが印象に残っている。

 そうか、要するに、彼らと同行していたからアスパーンも目を付けられているわけだ。

「姉貴とか兄貴と知り合いだっていうから、気楽に頼んじゃったけど、偉い人達だったんだな」

「戦争帰りの猛者だからね、『フリーロール』は。女王陛下とも知り合いで、お役所じゃ頼めないような仕事も頼まれてることが有るみたいだし。……ってそうか、キミが噂の弟くんだったのか。メリス家がどうこう言ってたから、もしかしてとは思ってたけど」

 イルミナが納得したようにポンと手を打つ。

 メリス家の末っ子が『林檎亭』内部に居るという話は、イルミナの耳にも入っているらしい。

 イルミナもまた、ティルトがかつて説明してくれた『隠蔽工作』に力を貸してくれている人間の一人というわけだ。

「すっとぼけた子だとは聞いてたけど、なるほど、納得」

 イルミナが再びポンと手を打つ。

「すっ惚けた子……」

「まぁ、普段の君を見る限り間違っているとは言い切れませんね」

 軽くショックを受けたアスパーンに、マレヌが追い打ちを掛ける。

 そんな風に思われていたのか、とアスパーンは肩を落とす。

「にゃはは、裏庭であんなコトしておいて、何気ない顔してるんだもの。少なくとも只者ではない感じだったよ。だからこそ声を掛けたんだし」

 イルミナは、後頭部で組んでいた手を再びアスパーンの胸の前に回す。

 どうやらそこがイルミナにとっては収まりがいいらしい。

 アスパーンにとっては、居心地が良いような悪いような。

「何かしたんですか?」

 一方でマレヌは、アスパーンの懊悩には何の関心も示さず、イルミナの話題に興味を持ったのか、やや追及するような目付きで訊ねてくる。

 しかし、興味を持って訊いている筈なのに、些か困っているように見えるのはどうしてだろう。先程のパーティを組む話に当たって、アスパーンの素性に問題を感じているということだろうか。

「いや、大したことはしてないつもりだったんだけど、例の『フリーロール』の人には突っ込まれた。俺の常識はやっぱり、普通の人とはちょっと違ったらしい」

「…………またですか?」

「うん、また」

 マレヌの『また』がいつのことを言っているのかは分からないが、実際そういうことがよく有るのでアスパーンとしては何とも言い難い。

「あぁ、でも、キミが見せてくれたアレは、ウチらが足止めを食って撤退したあの厄介な奴にも多分、有効な対抗策になると思うんだよね」

 カルチャーショックを受けて凹んでいるアスパーンをフォローするように、イルミナが両手を振って否定した。

 そこに、軋む音を立てて、林檎亭の両開きの扉が開かれる音がする。

 入って来たのはふたり連れの、しかも片方は知った顔だった。

「……おぉ、おったおった。ほれ、あれじゃよ」

 入口の方から入って来た影が、こちらを指さす。

 一方で、入って来たもう一人の影は、こちらを見て僅かに驚いたようだった。

「ルイ!?/イルミナ!」

 これが、『ヘカトンケイル』ことルイゾン・ファン・グーデンベルグとの出会いだった。



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