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《エピローグ》

「じゃぁ、ウチら、行ってくるね」

 バルメースのソトボリ通り、いつもの『踊る林檎亭』の入口から一番近いバルメースの東門まで、メンバーはイルミナとルイゾンを見送りに出ていた。

 彼らには状況に合わせて『ライフワーカー』とアンプルを自由に、且つ、イルミナが利用するまでは独占的に使えるように、『ヴェルフルタワーの四十階』と『ワークアウトフロア』、双方の電気系統の回復方法をブラフマンが徹底的に叩き込んである。

 これで仮に集落の方で電気系統が上手く揃っていなくても、彼らが集落に辿り着いた時点で生きている人間に関しては何とかなることだけは間違いない。

「皆救けられるといいわね」

「元気で戻ってきてね」

 シルファーンとラミスがイルミナの手を取り、ブンブンと振る。

 イルミナが目的を果たした後、冒険者を続けるのかについては誰も言及していない。

 ただ、『行ってくる』と言った以上は、『帰ってくる』ものだとアスパーンは勝手に思っていた。

 ルイゾンという良い『相棒』も居ることだし、病魔と同時に使命からも解放されたイルミナが、ルイゾンと改めてどのような関係を結ぶのか、下世話な話ながら興味がないわけでもない。

「くどいようですが、アンプルの注射器は決して同じものを使い回ししないでくださいね。別の感染症に罹る恐れがありますから」

「あぁ、分かっている。本当に、ありがとう」

 マレヌの言葉にルイゾンが応える。

 アンプルを使用する際の注意点は、マレヌがみっちり教え込んで、手順などを書いたメモを渡していた。

「いいって、もう。出来るだけ早く着きたいんだろ。馬車が出ちまう」

 リチャードが笑うと、その言葉に背中を押されたようにようやく二人が馬車に乗り込んだ。

 嘶きを上げて走り出す馬車の最後尾の席で、イルミナは馬車が見えなくなるまで手を振っていた。

『はぁ~~~~~っ』

 アスパーン達にしてみればまだ早朝、一般の人達が通勤ラッシュを迎える中、一同はようやくひと仕事終えた気分でめいめい伸びをしたり、肩を回したりした。

「きつかったなー、今回」

 アスパーンの隣を歩くティルトがボソリと呟く。

 気持ちは分かる。

 今回の遺跡探索に関して『水先案内人』としてのティルトがこなした仕事は、至極真っ当で繊細さを求められるものだった。

 九人ものパーティで遺跡探索に関しての専門家が自分と相棒のラミスだけというのは、酷く神経を使う仕事だっただろう。

 挙句、危険ながら得意としている戦闘においては、『ワークアウトフロア』での獣人達との戦闘以外では殆ど仕事がなかったらしい。

 ティルトとしては組みし辛い相手が多かったこともあるだろうが、フラストレーションは溜まる一方だったろう。

「俺も今回はきつかった。主に血液とか、治療的な意味で」

「あっははははは、ばかじゃねぇの」

 ティルトが指を差して笑う。

「あぁ、馬鹿ですよ、どうせ」

 今まではティルトがこの役割だったような気がするのだが、今回の『ヘマ役』はアスパーンの担当のようだった。

 『遺跡守り』相手に負傷して大手術。

 次の一戦では『閃光フラッシュライト』の魔術で翼竜ワイバーンが錯乱し、ブレスをまき散らされ、挙句、『中衛』にも関わらず勝手に飛び込んで落下のエネルギーを吸収させきることが出来ず死に掛けた。

「うわ……マジで凹む」

 ザイアグロスに居た頃なら間違いなく謹慎ものである。

 メリス家の闘法士として、ここまでミスを重ねてしまっていいものだろうか。

「まぁ、お前のヘマは今更良いとして、アレは凄かったな。あの大砲みたいに飛んでく奴」

 ティルトは頭の後ろで両手を組みながら、アスパーンに向けて問いかけてくる。

「あれって何やってたの?」

「バカの所業よ。思いついてもやる人がいるとも、出来る人がいるとも思わなかったわ。……いや、寧ろこの子だからやれたんだろうけど」

 シルファーンが一刀両断した。

 どうやら、何をしていたのか本当のところが分かっているのはシルファーン一人らしい。

 仕方なく、アスパーンは口を開く。

 見苦しい言い訳だと、分かってはいるが。

「いや、着地だけ上手く行けば大丈夫でしょ。充分実戦的だって」

「登りで二体の精霊を使ったのに、降りるときに一体しか使わなかったことを『馬鹿だ』と言ってるのよ、私は。当たり前の道理じゃない」

「うん、確かにそれは馬鹿だった……」

 アスパーンはあっさり論破されてがっくりとへこたれる。

「あー、それで、結局何してたの?」

 訳が分からないティルトが、もう一度訊ねてくる。

 シルファーンが項垂れて、口を開いた。

「『気術』の乱用よ」

「何だそりゃ」

「『気術』で身体能力を強化して、その膂力を活かして跳躍すると同時に『気合』を食わせた風の精霊に思いっきり背中を押してもらったの。ティルトも、壁登りとかするとき、風の精霊に背中を押してもらったことない?」

「あぁ、ある」

 ティルトは何かを思い出すように空を見上げながら、答える。

「『気合』で強化した跳躍の速度に乗せて、『マナ』を食わせて強化した精霊に背中を押させるわけよ。後は鉄砲玉みたいに飛んでくだけよね。馬鹿の所業としか思えないわ。『気』の消費量も半端ないだろうし、コントロールし損なったり外れたりしたら目も当てられない」

 シルファーンは肩を竦めて『理解の範疇外』を表明した。

「いやぁ、それが意外とやってみると出来るんだよね。この間からリチャードとかラミスにシルファーンが教えてるのを聞いてたじゃない。アレ聞いてたら『あれ、これ出来るんじゃないかな?』って思ってたんだよ」

 実際、かなり役には立った。

 尤も、エーテルを分解する際に『気』と一緒に生じた『マナ』を自分で利用するという『裏技』が有ってこそのことだが。

「でもまぁ、他の人には勧めないかなぁ……正直、最低限『身体活性』が出来ないと、押された時の風圧が結構きついし」

 傍目に消えて見えるほどの速度で移動するということは、何も圧力が無い状態から一気にそれだけの負荷が掛かるということでもある。

「同じことは出来ると思うけれど、私はやりたくないわ」

 シルファーンが白眼視を向けた。

 また怒られる前に話題を変えた方が良さそうだ。

「そういえば、翼竜ワイバーンにブレスを吐かれた時の話なんだけどさ」

「あぁ、お前がヘマしてな」

「それはいいよ。もう、やめて。ホントに凹むから」

 ティルトに突っ込まれて、アスパーンは思わずがっくり来る。

 もう、今日はそういう役回りなんだと諦めるしか無いのだが。

「あぁ、アタシの話?」

 心当たりが有ったのか、ティルトの頭に座っていたラミスが顔をこちらに向ける。

「そうそう。あのブレスを一瞬でかき消したの、何?」

「吟遊詩人のサポート能力よ。本物の吟遊詩人はね、普通に歌うだけじゃなくて、ああいう効果のある『歌』や『音』も使うことができるの。アタシはサポート能力のスペシャリスト目指してるから、あの手の技も持ってるのよ」

 吟遊詩人といえば、歌を歌って金を稼ぐ人達というイメージしかなかった所為か、アスパーンは大いに拍子抜けした。

 ラミスが吟遊詩人だったということにも驚いたが、吟遊詩人にそんな能力の使い手が居ることにも驚きだ。

「吟遊詩人といえば、冒険譚を謳うことも有るでしょ? その為に冒険者に付いて行くことも多くて、歴史上の吟遊詩人たちはその過程で色々と冒険者を助ける能力を身につけていったのよ。まぁ、魔力も使うから、ちょっとした魔術みたいなものね。殆どサポート系の能力に限定されるのがアレだけど」

「へぇ、世の中広いものね……。吟遊詩人にそんな能力があるとは知らなかったわ」

 ラミスの言葉に、シルファーンが答える。

 ザイアグロスでは吟遊詩人の存在自体が稀だったことも有り、ラミスの技能はシルファーンお得意の知的探究心をくすぐっている様だ。

「あの時は結局、何をしたの?」

 アスパーンもまた、好奇心に駆られて訊ねてみる。

「物体にはぶつけられると分解しやすくなる『固有振動数』っていうものが有るのよ。あの時は炎に合わせた『音』をぶつけたってわけ。まぁ、理屈より結果だけど。上手く行ってよかったわ」

「他には、どんなことが出来るの?」

「まぁ、それはいちいち説明するのが大変だから、追々ね。あぁ~、アタシもちょっと疲れたわ。そういえば、ブラフ。結局収集してた物とかは、どのくらいになりそうなワケ?」

 ラミスが小さい体を精一杯伸ばしてから、傍らを歩くブラフマンに訊ねる。

「中々の額じゃ。『遺跡守り』の装甲は勿論、中身も何とか研究材料として売れそうじゃしの。加えて翼竜ワイバーンの尾やら鱗やら爪やら牙やらは軽くて硬いから、暫くは良い素材で仕事が出来そうじゃ。二割ほどパーティの共有財産にして、七人で分けても、このくらいかの」

 ブラフマンは両手の指をパッと広げて立てる。

「え、アレだけ働いて、それだけ?」

 ティルトががっかりしたように項垂れる。

「何を言う、これだけ有れば暫く黙っていてもくらせるぞい?」

「え? せいぜい十日くらいでしょ?」

 『宿代がこのくらいで、食費がこのくらいで』とラミスが指を折って数える。

「単位を間違えてますよ。二人とも」

 マレヌが苦笑しながら、眼鏡をツイと吊り上げる。

「GBじゃないぞ。PBじゃ」

「はぁっ!?/えぇっ!?/……っ!?/はぁ?」

 アスパーン自身を含めて、シルファーン、ティルト、ラミスの表情が緊張に引き攣った。

 PBとは、プラチナベニーのことで、一般的に取り扱われるSBシルバーベニーGBゴールドベニーの上の貨幣になる。

 因みにアスパーンとシルファーンの場合、シェルダンでの仕事の報酬が『二人で』二十五GB。これは親子五人暮らしくらいの一般的な勤め人『一人の月給』にほぼ等しく、PBに直すと、二.五PBだ。

 更に言うと、『神を飲む蛇』との一件で一行が現物支給を交えて手にした金額が大凡一人五PB。一人で十PBという額は、正直破格と言ってもいい。

 但し、現状メンバーの内アスパーン、シルファーン、リチャード、そしてマレヌは、『林檎亭』に住んでいるため、宿代が結構かさむ生活をしているのだが。

「まぁ、『ライフワーカー』を売っぱらえばもっと金になることは確実なんじゃが、それは本意ではあるまいよ?」

 ブラフマンの一言に、四人は申し合わせたように黙って頷くしか無い。

「…………俺、アパート借りて鎧買い換えようかな」

 アスパーンの口から、思わずポツリと言葉が漏れた。

 部屋にもよるが、アパートの相場は一人暮らし用のもので大体月に三GPほどで、所謂ホームタイプになると六GB程になる。

 『暫く大人しくしている』為に、前回の報酬で借りることは見送ったのだが、前回の報酬と併せて考えると今回の報酬は、生活基盤を改めて得るには充分すぎる金だった。

「鎧か……。前衛の二人には儂が翼竜ワイバーンの鱗と『遺跡守り』の装甲を加工して作ってやろうか?勿論金は掛かるが、資材利用の優先権は儂にあるでの」

「おぉ、いいね!/お願いします!」

 リチャードとアスパーンがブラフマンの肩を掴む。

 アレだけ硬くて頑丈だった『遺跡守り』の装甲板に軽くて柔軟性に富んだ上に硬い『翼竜ワイバーン』の鱗を加工したら、どれほど理想的な鎧が出来るものだろう。

 相手にしたからこそ分かるのだ、あの素材の素晴らしさが。

 アスパーンは晴天を見上げ、出来上がった鎧の姿を夢想しながら、ふと、つい先程見送った二人のことを思い出す。

 イルミナやルイゾンが戻ってくる頃には、新しい鎧も出来て、家も借りていて、もう少しマシな冒険者になれているだろうか。

(いや、ここまで来たからには、なってないとな)

 通勤ラッシュの波に飲まれないように道の端をのんびり歩きながら、新生活に向けて、着々と一歩を踏み出していることをアスパーンは実感していた。


【FOURTH CASE】End


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