《休み時間の過ごし方》
最近になって、また周囲が騒がしくなった気がする。
一時期は沈静化していた筈なのだが、『神を飲む蛇』との一件以来、自分達を見る視線がどうにも変わってきた気がするのだ。
『踊る林檎亭』の冒険者達は、アスパーンの出自に関して隠蔽工作を手伝ってもらった(らしい)恩があるので、また当面大人しくしているつもりだったが、先日ふとしたことからある組織に関わって以来、今度は『林檎亭』内部での自分達を見る視線に変化が現れたような気がする。
人の口には戸が立てられないと言うが、正直、何処まで事情を知られているのかも分からなかったし、その事情に関する話を肯定しても否定しても、嘘だと思われるか謙遜していると過剰に評価されるだけのような気がしたので、アスパーンは黙っていることにした。
同様の視線に晒されている筈の他の面々は、何処吹く風と言わんばかりに自分の生活に戻っていることだし、その真似をしておけば悪いようにはなるまい。
ブラフマンは相変わらず、ソーレンセンでの仕事で忙しそうだし、ティルトとラミスは念のためと言いながら、今度は『神を飲む蛇』の追跡調査をしている。
マレヌはたまに魔術師ギルドへ赴く以外は、相変わらず窓際で書物に目を通していた。
大陸出身のマレヌにとって、ジークバリアの資料は見るもの総てが新しく、大陸に居た頃と同じだけの知識を得ることには充分すぎるほどの意味があるらしい。
姉から貰った腕輪が気に入ったのか気に入らないのか、たまに眺めていることが有るが、以前のように何処か憔悴したような表情を見せることは減ってきていた。
そちらは、単に読書のし過ぎで寝不足だったのが解消されただけかもしれないが。
他方で、相変わらず暇を持て余しているのがアスパーンとシルファーン、そしてリチャードである。
『神を飲む蛇』との一件から一週間経つが、街の地形を憶える以外にすることが全くない。
幸いにして、案内は『林檎亭』の冒険者達の中で手空きの人たちが代わる代わる付き合ってくれた。
お陰で、『林檎亭』内部での人間関係や実力者など、本人たちが何も言わずとも窺い知れてくることも多かったのが数少ない利益だろうか。
アスパーンの立場を考えて気後れするものもいるのかと思っていたが、存外メリス家に縁のある人間は『林檎亭』に世話になったことがあるものが多いらしく、経験豊かなものになるほど気さくで対等な関係を保ってくれる者が多かった。
どうやら、メリス家の『絶対的長姉』が『林檎亭』に厄介になっていたことの影響というのはかなり大きいらしい。
自分の場合『林檎亭』に世話になることになったのは単なる偶然だが、中には兄や姉の失敗談を愉しげに語る者も居て、何年かして実家に帰るのならばさぞやいい仕返しの種になるだろうと今から楽しみになる程である。
同時に、アスパーンのことを家人から色々聞いているのか、余計なことまで知っている奴も何人か居るには居たのだが。
正直、三才の時に姉との喧嘩に負け、深夜に姉の部屋に忍び込んで部屋一面に画鋲を撒いた話など、知られていたところで身内の恥にしかならない気がする。
因みに、その時には長姉が激怒して死ぬほど折檻された。
いやホント、死ぬほど。
そういえば、先日マレヌから、『リチャードとで武術談義などしてみては?』と示唆されたことを受けて、たまにリチャードと会話してみることもあった。
リチャードはアスパーンの使う『気合』に興味をもっているらしく、『どのように訓練するのか』、『どんなことに使えるのか』など、色々訊ねてきたが、実はアスパーンよりもシルファーンの方が教えることに関しては適しているので、アスパーン自身は横で見て、シルファーンに席を譲ることにした。
責任放棄と言うなかれ、これが『適材適所』というものだ。
元より、アスパーンが何となく使っていた『気合』を『気術』と呼べる領域まで解明し、僅かながらメリス家に所属している戦士や闘法士たちの間でも使えるものが生まれつつ有るのは、シルファーンがアスパーンの言葉を聞いて『解明』と『体系付け』を行った成果であり、『教える』という点においては彼女の方がオーソリティなので有る。
そのため、アスパーンは基本的に横にいて一緒に聞くばかりで、口を挟む機会は日を追うごとに減っていった。
アスパーンは誰に教わること無く『何となく出来た』ことなので、その感性を人に教授するのはかなり無理が有る。
逆に言うと、シルファーンの方が『よくぞこの感性を理解した』と言うのがザイアグロスにいた頃からの周囲の反応だった。
シルファーンは当初、ようやく人に教えられる段階まで持っていった『気術』を実践してみて、これに気付いて先に実践していたアスパーンの感性を『滅茶苦茶』だとか『天分の領域』だとか言っていたが、それを伝えることを今までしなかったアスパーンに対して、それがアスパーンの努力不足であるかのように言われるのは些か納得が行かない。
伝わらなかったのであって、伝えようとしなかったわけではないし、シルファーンが理解してくれるまで理解した人がいなかっただけなのだ。
閑話休題。
リチャードの食指が『気術』に向いたことも有って、その扱いについてシルファーンに教えを乞うリチャードを傍らで観察しながら、たまに実例として実際にやって見せるという関係から、アスパーン自身もリチャードに指導する間は暇になることはあまり無かった。
加えて、何よりリチャードの飲み込みの早さには驚かされた。
僅か一週間で、リチャードは自身の肉体を『気』によって強化する術を身につけたのだから、それもまた天分だと思わざるを得ないものがある。
因みに、当初はティルトも興味を持ってこの談義に混じっていたのだが、彼の場合は草原妖精が生まれついて持っている『魔術に関して影響を受けにくい』という特性も相俟ってか、才能の片鱗も見えなかった。
アスパーン自身の分析だと、『気合』は魔術の領域とは微妙に立ち位置を異にする術なので、ティルトにも習得の余地があると思っていたのだが、精霊に『気』との反発によって生まれた『マナ』を食わせて活性化させたり、武器に移して魔力的な効果を生み出したりすることも出来ることを考えると、やはりティルトには取っ付きにくい分野であるらしい。
代わり、という訳ではないが、一緒に話を聞いていたラミスがコツを掴みつつあるというのが、何とも皮肉な話だった。やはり魔力的に適性がある人間のほうが、コツを掴みやすいものなのかもしれない。
そうなると、アスパーンにももう少し色々な魔術的な素養が有ってもいいのではないかという気がするが、今更魔導魔術に手を出して、杖を振り回したり、複雑な魔導文字を中空で描いたりするのは効率が悪そうなので考えないようにした。
まぁ、武器を奪われて監禁でもされた時に、魔術発動用のアイテムでも持っていれば、便利かもしれない。何せ、魔導魔術にはマナを鍵穴に合わせて仮構成する『解錠』という魔術があるし。
アスパーンが精霊で同じことをしようとすれば余程『気合』を食わせて実体化させなければならず、それならば、精霊に頼んで鍵を取ってきてもらう方がよっぽど効率がいい。
いや、それ以前に、武装解除された状態でたまたま魔術発動用のアイテムだけ隠し持っているというのは、些か都合の良すぎる考えというものか。普通はいつでも使えるように準備だけはしておくものだし。
結論。
やはり、アスパーンに魔導魔術は向いていない。
まぁ、幼い頃から色々な人の色々な所作を見ている分だけ、所作の真似事くらいなら出来るかもしれないが。
(『気合』で集めたマナで魔導魔術に再構築を掛けたらどうなるんだろう?)
そもそも、魔導魔術が精霊のように『気合』を食うのかにも疑問が有るが。
発動した魔導魔術で発生した現象によって生まれた精霊に『気合』を食わせて威力を強化することは出来るだろうが、魔術自体を強化することが出来るのかについては些か謎が残る。
単に、今まで疑問に思ったことも無かったというのが事実だが。
アスパーンのしていることを論理的に再構築して、リチャードやティルト、ラミスに聞かせているシルファーンの講義は、今まで聞く気にもならなかったメリス家での色々な魔術講義に較べて遥かに分かりやすかった。
より具体的に言えば『できるからそれが当たり前』だと思ってたことが、何故出来るのか、どのような仕組みで出来るのか、その辺りがより明確になるのだ。
『マッチを擦れば火がつく。仕組みは知らない』ということが、『マッチの表面に塗布された発火温度の低い燐という物質が、摩擦熱によって発火温度を越え、燃焼が始まる』と説明された時の感じに近い。
但し、それは同時にその点において、リチャードとラミスが身に付けつつ有るのはシルファーンが体系付けした『気術』であって、アスパーンが行っている『気合』とは『少し違う』とも言える。
とはいえ、結果的にそれは今までアスパーンが何となく行ってきた武器に『気合』を込めるときにどんな形をイメージしてきたかとか、そういう作業が無駄ではなく、正解だったことが後付けされただけなので、特に今から細かいことを変えるつもりもないのだが。
取り敢えず横で講義を聞いていたアスパーンにもはっきり分かったことと言えば、『自分が如何にいい加減にこの力を使ってきたのか』と言うことだった。
同時に、どうやらシルファーンの説明では今ひとつ説明の付かない事態が、正確には『気術』とでもいうべき『気合』の奥義には眠っているらしいことも。
まぁ、リチャードやラミスの学習には今のところ無用のことだろうし、アスパーン自身の力でもう少し考えて、説明が付くのかを確認した方がいいだろう。
もしかしたら、『気術』を『気合』だと思い込んでいたように、正確には『気術』でしていることとは別のことなのかもしれないからだ。
他方で、先日考えたように、アスパーンがリチャードから何も得るところが無かったのかと言えば、必ずしもそういう訳では無かった。
リチャードと会話するほどに、大剣という武器には間合いについて、予想外というか、予想以上の綿密な駆け引きがあることを学ぶことが出来たのだ。
アスパーンは自分のリーチが短いが故に、『間合い』のギャップを埋めることを重視した戦い方をする。
だが、リチャード曰く、大剣には大剣で、自分の武器が重いが故に存在する『時間と間合い』の埋め方が存在するのだという。
大剣は本質的に、重量とリーチで相手を駆逐するための武器だ。
故に、その重さが、相手の武器が小さければ小さいほど致命的な『時間差』となることを意識した戦い方が必要になるというのだ。
基本的にアスパーンは自分の手に馴染んだ武器しか使わない主義なので、長柄の長剣を扱うときにも『普段片手で扱う時よりも両手で扱った方が軽く、力が込められる』という認識しか無かったが、リチャードは、大剣を用いるときには『両手で扱って、駆逐するのに充分な重量』を意識した方が大剣という武器の本質を活かせるという。
その上で、『最小の動きで相手の攻撃をいなし、最大の動きで相手を駆逐する戦い方を意識している』というのだ。
『最小の動きで相手の攻撃をいなす』というのは、両手で武器を扱う際には最低限にして最大の要所であることからアスパーンも特に意識していたが、そこから『最大の動き』に持っていくということはあまり意識したことが無かった。
メリス家の武術の基礎は『動きとは最小にして最大』。
敵と呼ぶべき相手の殆どが魔族という特殊な生物であることも有るが、先ずは『当てる』ことを意識して、扱うに至っては『自分が手に持って重いと感じるものは決して使わない』ことを教えられている。
それ故に、アスパーンは自分がどんな得物を扱うときでも、殆どの形状で自分が充分に扱い得る重量を把握していたし、意識していた。
ところが、この考え方が、リチャードのそれとは少し異なる。
リチャードの考え方は、味方の壁になりつつ最大の威力を求められる『壁役である大剣使い』として独特であり、アスパーンには新鮮な考えであった。
『普通に攻撃しては当たらない』ということを意識せず、先ず『相手に攻撃を当てられない』ことを意識しろ、という話なのだ。
その為に、自分の攻撃が『当たらない』と思うときには決して攻撃せず壁役に徹し、相手との時間の『間』、つまり、『相手の攻撃は間に合わないが自分の攻撃は間に合う』という『時間と空間』双方の隙を『作り』、そこに一撃必殺とも言える攻撃を繰り出す。それがリチャードの扱う剣のイメージに近いらしい。
『後の先』を取ることもそうだろうし、大剣のセオリー通り、相手の間合いより外から先に攻撃することも、その一つだろう。
先だっての『神を飲む蛇』の呼び出した魔人との戦いで、リチャードが巧みに魔人の視界と意識から外れ、その上で、一発で首を撥ねてみせたことも、正しくその思考に由来する戦法なのだ。
リチャードの『受け』の強さ。
その理由の一端を感じさせる思考だった。
(なるほど、『時間』ね……)
重量による『扱いにくさ』は時間を作ることで埋める。
時間が来るまでは相手の攻撃を凌ぐことに費やす。
仲間たちとのバランスやタイミングの問題もあるのだろうが、魔導魔術師であるマレヌという『大砲』をパートナーとするリチャードならば、こういう思考で活動していてもおかしくない。
或いは単独行動を好む者にも、同じような行動指針で活動するものが居るはずだ。
『当たらせなければやられない』。
体力温存にはもってこいの戦法だ。
アスパーンのように遊撃を主とするタイプの剣士には、あまり見られない考え方だが、実際生き残ることに対する思考としてはより正着に近い思考だろう。
逆に言えば、スピードで勝負するアスパーンやティルト、シルファーンのようなタイプと組めば、お互いに弱点を補強しあう側面がある。
アスパーンとシルファーンの場合、どちらも手数と引き出しの多さで勝負するタイプなので、速攻で決着が付かない場合は引き出しの多さに頼りがちになる。
二人の場合、精霊魔術がそれに当たるだろう。
同様に、ティルトとラミスの場合はもっと極端だ。
彼らの場合も、より間合いが短いからこそ出てくる駆け引きというのがあるのかも知れない。
恐らくだが、ワザと体勢を崩したような隙を作り、後の先を取るとか、これも『神を飲む蛇』との戦いでラミスが提案したような、『分身』による陽動などだ。
(リチャード達に較べれば間合いが短く、ティルト達に較べれば間合いが長い。……つまり、中距離で戦い方の引き出しが多いからこそ気付かなかったことが有るってことか)
アスパーンは、今までさほど意識しなかった『時間』の駆け引きを突き詰めて行くことで何処まで行けるだろうか。何だかそれが楽しみになる一方で、マレヌが言っていたように『このままこいつらと一緒に行動するのも悪くないのかも』と考え始めている自分を感じていた。
(……ん?)
或いは、全員がそう思い始めていて、一緒に居ることが増えてきたから、『林檎亭』の中で彼らを見る目が変わってきたのかも知れない。
ここに至って初めて、アスパーンは自分達を見る目が変わった原因に気付いたのだった。
ブラフマンの勤める鍛冶工房『ソーレンセン』に、久々に馴染みの客が訪れたのは、アスパーンの思索から僅かに時間を置いた、昼前のことだった。
「ホム……珍しいもん頼むんじゃのぅ。最高硬度のスリング弾をグロス単位でとは」
来客は、常連の多い馴染みの宿『踊る林檎亭』のメンバー、ルイゾン・ファン・グーデンベルグ。
『林檎亭』の中では……否、或る意味有名なフリーの冒険者で、状況によっては『林檎亭』の依頼に付き合うことの有る、所謂『クランメンバー』と呼ばれる存在だ。
冒険者達は通常、パーティと呼ばれるチームで活動することが多いが、ごく一部の分野や事情においては一人、ないしは相棒を作って二人で活動することが有る。
単純に、分け前が減るからだったり、明確に活動目標が有ったり、能力的に単独行動が望ましかったりと、事情は様々だが、目の前の青年は完全に最後の部類だ。
義理と人情には厚い人物だが、彼の持つ能力や実力は『林檎亭』の標準的なメンバーたちからかけ離れている。そのため、顔馴染みに助力を求められることが有ればそれに付き合うことも有るが、実力的には儲けの半分近くをルイゾンが手に入れなければ割に合わない様なことも多いらしい。
もっと実力者揃いの宿が有って、そこに拠点を移せばそういうことも無いのかもしれないが、残念ながら『林檎亭』はバルメースの中では老舗で、戦争が終わったばかりの数年ではバルメースの中においても『冒険者の力量による宿の分化』は整っていないのが実情だ。尚且つ、先の戦争の帰還兵とも言える『戦争帰り』のような実力者を数チーム抱える『林檎亭』の中でも、能力的な意味でも単独活動が望ましいルイゾンのような存在はやや異質だった。
「他には……。半メルチ型の撒菱をグロス、同じサイズのゴム製ボールをグロス、矢尻をグロス、炸裂弾をグロス……何じゃ、『ヘカトンケイル』ともあろうもんが宗旨替えか?」
『ヘカトンケイル』とはルイゾンの異名であり、彼の持つ能力の異名でも有る。
彼は、身長は人の平均より僅かに低いくらいだが、強靭な肉体と膂力を誇る戦士で、普通の人間が両手で扱うような武器を片手で一本ずつ持ち、振り回すという、余程人とは思えないような戦い方をするという。
故に、『ヘカトンケイル』。
多くの腕を持ちその膂力で地獄の門を封印するという、伝説の巨人の名を異名に戴いている。
同時に、ブラフマンと同じく創造と戦の神を信仰する修道士で、教会からは式典護衛官にも任命されている。
ルイゾンの注文をブラフマンが受け付けているのも、最近教会から発注される武器の担当もするようになり、腕がいいと認められつつ有るブラフマンの話をルイゾンが聞きつけてのことだ。
「創造と戦の神を信仰する矜持を忘れたつもりはない。ただ、どうしても道具として、戦いの道具の一つとして必要になっただけだ」
ルイゾンは不本意そうに、愛想を何処かに置き忘れたかのような顔で答える。
因みに、ルイゾンからの依頼はこれで三回目。
かなりの頻度で冒険に出掛け、死線を潜り抜けて戻ってきていることは修繕している鎧からも容易に想像出来た。
「フム。……しかし、今回は酷いのぅ」
『プレートチェイン』と呼び慣らされている、板金鎧の隙間をチェインメイルで埋めた、かなり防御力に長けた鎧が、或いは裂け、或いは直線に抉り取られている。
ブラフマンには職人としての矜持がある。
『直せ』と言われたならプロとして直さないではないが、何とどんなことをすれば板金部分が半ば熱線に溶かされたように抉れたりするものなのか。
職人であるのと同時に、技術屋でもあるブラフマンは、この破損具合に技術屋としては興味が有る。
「……『遺跡守り』に遭った」
「『遺跡守り』? ……お主、遺跡に潜っておったのか」
なるほど、前文明時代の遺跡ならば、ルイゾンのようなタイプが生計を立てるにはうってつけだろう。
現代に無い脅威も多いが、神の力を扱って自らの傷を癒すことも出来、尚且つ自ら闘うことも出来るオールラウンダータイプのルイゾンにはうってつけだ。
但し、遺跡に棲まう妖魔の類は大概が強敵であるか難敵であるかのどちらかで、実力がなければ途端に命を落すのも明白だったが。
中でも、ルイゾンが遭遇したという『遺跡守り』は、高度な貫通性能を持つ『光弾の射手』の魔術ですらその強固な鎧を貫通出来ないと言われる、難敵中の難敵だった。
「だが、次に挑むときにはまた同じ場所を通過しなければならない」
「……その為の準備が、これか」
ブラフマンの問いに、ルイゾンが一つ頷く。
「蟹の甲羅に隙間が有るように、奴の関節部分に何とか傷をつければ、そこからコレを侵入させて鎧と本体の間を攻撃することが出来る筈だ」
「エグイこと考えるのぅ」
「どうしても、あの先に行く必要が有る奴が居る」
「『奴』? 珍しいのぅ、相棒か?」
少し前から、ルイゾンが立て続けに同じ相手と冒険に出ていることは、ブラフマンも聞いたことが有る。
通常はフリーで動く彼が同じ相手と連続して同行することは珍しく、『相棒』なのかも知れないと近頃は揶揄されるようになっていた。
「依頼を受けながら、完遂出来なかった。その責任は取らなければならない。此処から先はロハになるし、『遺跡守り』を相手にする以上、念を押すなら俺以外にも手が必要になるだろう。とはいえ、相手が『遺跡守り』クラスであるからには、同行者は『フリーロール』以外に心当たりがないんだが……」
『フリーロール』とは、『林檎亭』に所属する『戦争帰り』の実力者チームだ。
先の戦争でも、『三英雄』に近い距離にいて、戦線の主軸を担ったという『お墨付き』のチームだ。
一方で、実力者ゆえに認知度も人気も高く、彼らに物を頼みたい場合は、大概は順番待ちとなる。
噂によると、国からの依頼なども引き受けているそうだ。
(『国』のぅ……)
ふと、脳裏に僅か一週間ほど前に会った、けったいな性格の女王陛下の姿が蘇る。
まぁ、救国の英雄というものは、えてしてエキセントリックな性格をしているものだという話は、ブラフマンも知らないではないが、近辺にある二つのサンプルの性格を比較すれば『アレは完全に遺伝だ』と断言出来るのが少し悲しい気もする。
「だから、コレは保険の一つだな。『フリーロール』に手伝いを頼めない時には、何とかこれで活路を見い出せるかも知れない」
「……そんなことせんでも、居るかもしれんのぅ。戦闘力が有ればいいのなら」
けったいな性格の女王のすっとぼけた性格の弟は『林檎亭』で相変わらず惚けているはずだった。