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《守護者》

 相変わらず不慣れな沈み込むような感覚とともに、昇降機が滑り降りて行く。

 四十階まで登った時よりも遥かに速く、地下四階に到達した。

 流石に、幾ら天井が高いとはいえ、あのビルの十階分までは無かったらしい。

 アスパーンは呼吸を整えると、『気』を身体に充満させる。

 それだけで充分に意識がはっきりしてきた。

 残った『マナ』は次の呼吸で体内に取り入れる。

 消耗していた細胞の一つ一つが、息を吹き返すのを感じる。

 思っていたよりも、エーテルの分解による『気』と『マナ』の取り込みは上手く行っている。

 とはいえ、アレだけ魔術と『気合』による強化を繰り返した後だ。

 傷が治ったとはいえすんなり全快という訳には行かないようだった。

(でも、大分いいな)

 『血液が足りない』という本来ならば決定的な不足のことを考えれば、アスパーンの現状は自分自身でもやや驚異的な回復と言える。

 アスパーンは取り敢えず、荷物から保存食を取り出し、歩きながら口に入れ始めた。

「何食べてるの、こんな時に」

 シルファーンが目敏くアスパーンの手に有るスモークチキンを見つけて、声を掛けてきた。

「血が足りないから、少しずつ補給してんの。気分が悪くなる前にはやめるから、このくらいは勘弁して」

 とはいえ、アスパーン自身これが気休めであることくらいは理解している。

 どれだけ代謝のいい人間でも、今摂った食料がすぐに血に変わるわけがない。

「仕方ないわね……」

 シルファーンは溜息をつきながらも、随分と周囲を警戒していた。

「特に気配は感じないけど、何をそんなに警戒してるの?」

「上のフロアで獣人や半獣人に背後から不意打ちを食らうケースが有ったの。彼らは隠密能力が高いから、警戒は密にしておいて損はないわ」

「なるほど…………」

 アスパーンは、メンバーの後を追う中で獣人や半獣人族の死体のことを思い返す。

 やはり、先行していた彼らも、自分とは別の意味で苦戦を強いられたようだ。

 シルファーンの答えに納得しつつ、アスパーンも周囲を警戒してみるが、やはりこの周辺に何者かの気配は存在しないように思えた。

(……でも、アレは?)

 気配は存在しないのだが、数百メイル(≒メートル)直進した位置に入口がある筈の『免疫投射処置室』の更に奥に、何やら剣呑な造形のものが見え隠れするのは、アスパーンの気のせいだろうか。

「なぁ、マレヌ……」

「なんです?」

「……アレなんだけど」

 アスパーンは正面の奥の方、やや影になった部分に有る巨大な蝙蝠の翼を広げたような物体のシルエットを指差す。

 『それ』は時折羽ばたきながら、自らの調子を確認しているようにも見えた。

「リチャード」

「見えてる」

 マレヌが慌ててリチャードを呼び止めると、リチャードは落ち着き払った様子で応えた。

「フム……最後に来て大物じゃの」

 ブラフマンが呆れたように呟く。

「僕の知っているものよりやや大きいですが、翼竜ワイバーンのようですね……。竜種としては亜種にして最下級ですが、あのサイズとなると侮れません」 

 翼竜ワイバーンは通常、野生のものは山岳地帯に生息している。

 しかしその一方で、竜種として前文明時代に開発された兵器だという話もあり、稀にではあるが遺跡の奥地に守護獣として配置されていることが有るそうだ。

 その場合は、大抵『時間凍結』という古代魔術で凍結され、侵入者が現れると解凍されるような仕組みになっているらしい。

 アスパーンも兄や姉からの聞きかじりなので、どういう理屈で『時間凍結』を掛けているのかなどの様々な詳細については、良く知らない。

 遠くに見えるものは、目測でだが体高は三メイル(≒メートル)ほど、横幅は両翼を広げて五メイル(≒メートル)程だろう。

「なるほど、これだけ広けりゃ、あんなのも配置出来るわな」

 ティルトが呆れたように肩を竦める。

 確かに、ティルトの言う通り、これだけの道幅が有れば翼竜ワイバーンが羽を広げようと宙に舞おうと、自由自在とまでは言わないが問題ないだろう。

「数がいないだけマシだな」

 リチャードが事もなげに呟く。

 確かにその通りだが、アスパーンは思わず首を傾げる。

 何となく、リチャードらしからぬ軽口のような気がする。

「?」

 隣のシルファーンに視線で問うと、シルファーンは小さく頷いた。

「さっきからたまにあんな感じなのよ。一部でも、記憶が戻った所為かしらね」

 リチャードは元々ポジティブな思考の持ち主だが、一方で慎重な行動を旨とする。

 或いは、何か翼竜ワイバーンに対抗する自信があるのかも知れない。

「マレヌ、奴は他の竜種と同じようにブレスを吐くのか?」

「野生種が使うという話は聞いたことがありませんが、こういう場所にいる相手ですから、断言はできませんね」

 リチャードの問いにマレヌが答える。

 マレヌの答えを聞いたリチャードは、前を行くティルトの肩を軽く押さえて止め、全体の進行を手で制すると、口を開いた。

「布陣を変える。どちらにしても倒さなければならない相手のようだし、どうやらあちらもその気らしいから、ドローとファストアタックは必要ない。しっかり準備をしてから近付いて、奴が仕掛けてくるところを見計らって後の先を取ろう。ティルトはミドルレンジから飛び道具で奴の視界を奪え。フロントは俺とブラフマンで務める。アスパーン、お前も中衛に上がれ。後衛の護衛も兼ねてることを意識しろよ。万一背後から獣人が挟み撃ちに出てくるようなことが有ったら、お前がメインで抑えるんだ。ケガ人だろうと、来たからには働いてもらう。中衛以降は散開して、念のためブレスに備えろ。シルファーンとマレヌとラミスが後衛。後衛は奴の羽を狙って、飛ぶのを妨害、或いは可能なら防いでくれ」

「あいよ/了解/へいへい/りょーかーい/フム、良かろ/了解しました」

 またもや、六者六様の返事があり、メンバーがぞろぞろと隊列を変更する。

 二列目になるアスパーンとティルト以降は、それぞれ一人分ずつ前列からずれて、視界を確保しつつ散開しやすいくさび形のような陣形になる。

「シルファーン、『精霊防護スピリット・バリア』使える?」

「えぇ、大丈夫」

 後方では、ラミスの問い掛けにシルファーンが答えている。

 『精霊防護』とは風の精霊に呼びかけて一定量のダメージを引き受けてもらう高等魔術だ。精霊を高いレベルで具現化する能力が必要になる。

 因みに、アスパーンにはまだその一段階下の『風の防護エア・アーマー』までしか使えない。

 『遺跡守り』との闘いで『眼』を奪った後、着地に使った魔術が『風の防護エア・アーマー』に当たる。

「じゃぁ、アタシがリッチーに掛けるから、シルファーンはブラフに」

「了解」

「……では、僕はフロントの攻撃力強化の方へ行きますかね」

 マレヌがラミスとシルファーンのやりとりを聞いて、確認する。

「俺にはこれがあるから良いとして、お前は精霊魔術か?」

 ティルトは篭手をショットスリンガーに換装しながら、訊ねてくる。

「あぁ、多分昨日『遺跡守り』のドローした時と同じやり方になると思う」

 アスパーンは盾を背中から取り出し、左手に装着しながら答える。

 現状、アスパーンの飛び道具といえば風の精霊を使ったものがメインになるだろう。

 伝令役をこなしてきた都合上、アスパーンでは一種類しか契約出来ていない契約精霊も風の精霊だし、得意な部類に入る『分身』も光と闇の精霊を光源と自分の影から呼び出すことが多い。

 ラミスのように自分が常に発光しているのなら光の精霊をメインに据えることも有るだろうが、アスパーンは風の精霊の汎用性を気に入っていた。

 実際のところ、風の精霊魔術は威力においては他の精霊に較べると後れを取るが、その汎用性については他の追随を許さない。

 応用度の高さが売りでもある精霊魔術を象徴する存在の一つだ。

 今回の場合も、視界を奪うことが目的なら闇の精霊を呼び出すことを考えはしたのだが、ラミスが好んで用いる光の精霊との相性を考えて風の精霊を使うことにした。

 精霊魔術には『精霊相克』と呼ばれる相性のようなものが有って、本来、光の精霊魔術に闇の精霊魔術が衝突すると、お互いが対消滅してしまうのだ。

 アスパーンの生み出す『分身』についてはまた別の要素が関わることで生み出しているのだが、余談なので説明は敢えてしないでおくことにする。

 仮にアスパーンが闇の精霊を用いて翼竜ワイバーンの視界を奪ったとしても、それがラミスにとって『やり難い』のであれば、そこは精霊魔術の熟練度に優るラミスに譲る方が戦術的に価値があるだろうとアスパーンは考えていた。

 一方で、光の精霊に『気合』を食わせた上で目潰しを掛けるという方法も考えられたが、味方がまだ密集しているうちに仕掛けてしまうと、錯乱した翼竜ワイバーンが苦し紛れにブレスを吐く可能性が有る。

 その方法で仕掛けるのだとしたら、光の精霊を放つタイミングはラミスに任せるべきだと思った。

 もしラミスの意識にその方法がないようだったら、味方が充分に散開した後で自分が仕掛ければいい。

「……カウント、行くぞ。……五」

 アスパーンは目を閉じ、周囲の気配を掴む。

 シルファーンとラミスが後方で呪文を唱えているのが聞こえる。

 マレヌも同時に動き出した。

 ティルトが傍らで懐の弾丸を装填する。

「四」

 アスパーンは『気合』で『身体活性』を行う。

 いかなる場合であれ、これをしておくに越したことはない。

 分解したエーテルで『気』と共に残った『マナ』を体内に取り込んで、風の印を結ぶ。

「三」

 ブラフマンとリチャードが武器を構えた。

「二」

 ティルトが狙いを定め、ショットスリンガーの紐を引く。

「一」

 後衛組の魔術が完成し、目前に居るリチャードとブラフマンの身体が精霊によって護られ、淡く輝きを放ち始める。

 同時に、マレヌの術がリチャードの大剣とブラフマンの戦斧槍を淡く輝かせ始めた。

 アスパーンの呪文も完成し、『気合』を風の精霊に食わせる。

「ゴーッ!!」

 リチャードとブラフマンが猛然と翼竜ワイバーンに向かってダッシュを始めた。

 それに合わせて、中衛で有るアスパーンもダッシュを開始する。

 隣や背後で、それに合わせて動き出すのが解った。

 翼竜ワイバーンはすぐさまこちらの姿を認めると、洗礼とばかりにそのまま走り出し、数歩の助走を経て、低空飛行による突進を開始する。

『ヴォォォォ!!』

 咆哮が、広い廊下に木霊した。

「ただでやらせるかよ!!」

 ティルトが真っ先に炸裂弾を放った。

「貫け!!」

 アスパーンも同時に、風の精霊に載せて『突き』を放つ。

 ティルトとアスパーンの攻撃は狙いを違わず翼竜ワイバーンの両目に向かって飛んだが、翼竜ワイバーンは同時に到達したその攻撃を瞬き一つで跳ね返した。

 瞼まで硬い鱗に覆われていて、攻撃が通らなかったのだ。

 しかし、一方で瞬き一つの『隙』は前衛の二人に対応する時間を与えるのには十分な時間だった。

 ブラフマンはギリギリまで突進してくる翼竜ワイバーンを引き付けると、手にした戦斧槍の石突きをしっかり床に固定して、斜めに構える。

 アスパーンは不意に、初めてブラフマンの戦斧槍を見たとき抱いた、『石突きの補強』された印象を思い出していた。

 アレはこの為の物だったのだ。

 『騎手落し(パイク)』。

 ブラフマンの戦斧槍の穂先は、そう呼ばれる槍と同じ使用方法で、翼竜ワイバーンの左羽を狙っている。

 一方でリチャードは、大剣を縦に構えて、翼竜ワイバーンの右羽の付け根に狙いを定めていた。

 完全に『徹し』を撃つ体勢。

 リチャードが自分の流派の技を思い出したというのは、本当のことだったらしい。

「うぉぉぉぉぉっ!!」

「はぁぁぁっ!!」

 前衛の二人が、吠えた。

 次の瞬間、完全に『徹し』の体勢にあったリチャードは激音と共に鱗一枚を剥がして跳ね飛ばされた。

 一方のブラフマンはリチャード同様に鱗を剥がしたところで槍の先端が逸らされ、屈んで羽をやり過ごす。

 リチャードの剥がした鱗がアスパーンの方へ飛んできて、アスパーンは慌ててそれを躱す。

 鋼同士がぶつかり合うよりも激しい衝撃音で、鱗が壁に衝突した。

(リチャードは!)

「風の精霊疾くい出て……」

 振り返って跳ね飛ばされたリチャードの位置を確認する。

「受け止めろ!」

 背中から受身を取ろうとしていたリチャードを、風の精霊が柔らかく受け止めた。

 突進して通過していった翼竜ワイバーンは既に大きく羽ばたいていて、高い場所から次の攻撃手段を考えているようだった。

「ふいーっ、肩が外れるかと思ったわい」

 ブラフマンが軽口とも本音とも思える言葉を口にして、再び前衛に構える。

「思ったより硬い」

 『徹し』が完全に入ったにも関わらず、それを物ともせずに通過してみせた翼竜ワイバーンを、リチャードが一言で評する。

「武器のいい素材にはなりそうじゃがの」

「生きて帰れてからにしましょうね」

 ブラフマンの軽口を、マレヌが嗜める。

「何とか足を止められませんか? あの位置からあんな速度で突進をされると、魔導魔術師は商売上がったりです」

 マレヌはお手上げ状態といったように肩を竦める。

 だが、これはリチャードやブラフマンといった前衛にしても同じだろう。

 飛ばれていては、せいぜい足元にしか攻撃が届かない。

 アスパーンは、先程考えていた方法を試してみることにする。

「一瞬なら止めてやるよ」

 アスパーンは光の精霊を集めて『気合』を込める。

「光の精霊、彼の前に集いて……弾けろ!」

 翼竜ワイバーンの正に目の前で弾けて閃光と化した光の精霊は、瞬きした瞼越しにでも翼竜ワイバーンの眼を焼く。

「タイミング、早いよ!」

 ラミスが反射的に突っ込む。

 しまった、ラミスに同じ作戦への意識がないと思って仕掛けたのだが、ラミスの望んでいたタイミングでは無かったらしい。

『ヴァォォォォォッ!』

 驚愕と灼熱の痛みに首を振った翼竜ワイバーンが苦し紛れに息を大きく吸う。

「ほら、こうなる!」

 ラミスは慌てて懐から何かを取り出す。

「逆効果じゃないですか!! ……ブレス、来ます!」

 マレヌが非難と同時に叫ぶ。

 マレヌの警告と同時に、首を振りながら放たれた炎は拡散して、メンバー全員を覆うように襲いかかってきた。

 回避のしようがない。

 アスパーンは盾を構え、他のメンバーも顔を覆って防ごうとした、その瞬間だった。

「――――――――――――――――――――――ッッッ!!」

 耳をつんざく様な『聞こえない』音と共に、炎が消え去る。

 メンバー全員が思わず、その『聞こえない』声の主の方を見る。

「さっさと次行きなさい!」

 メンバーを叱咤したその人物は、ラミスだった。

 その手には、懐から取り出した笛のようなものが握られている。

 恐らくアレで何かをしたのだろうが、アスパーンには想像がつかない。

 ラミスのその叱咤に慌ててメンバーが体勢を立て直す中、最も早く状況から立ち直ったのは、マレヌである。

「『メッドレ・ルリデラ・ル・オ・ラー・オーマ

  我が声に応え現れよ、輝ける槍!』

   光弾の射手サギタリウス・デ・ルウキス

 マレヌは素早く印と魔導文字を描くと、ブレスを放つために僅かに近くまで降りてきた翼竜ワイバーン目がけて、『光弾の射手』を放った。

 貫通性能を持つ『光弾の射手』に押されて、固い鱗に覆われているが故に貫通こそしなかったものの、翼竜ワイバーンの巨体が大きく押され、よろめく。

(飛ばれたままだと厄介だ……)

 アスパーンは思索と共に走り出す。

 現状では、リチャードとブラフマンが、何も出来なくなってしまっている。

「あ、オイ!」

 ティルトの制止を背後に聞きながら、アスパーンは身体活性を行使済みのスピードを活かして翼竜ワイバーンの背後へ回る。

 深く屈んで、『軸』を作る。

(あそこまでなら、壁を蹴れば届く)

「風の精霊二つい出て……」

 自前の契約精霊ともう一つ、風の精霊を呼び止める。

 そして、それに『気合』を食わせた上で、命じた。

「一つ、押せ!」

 斜めに猛スピードで跳躍する。

 風の精霊がアスパーンの背を押し、一瞬にして十メイル(≒メートル)程を跳躍した。

 勢いがついたままの姿勢を利用して、壁に左手と左脚を付いて、更に斜めに飛ぶ。

「二度目、押せ!」

 狙いを違わず、次の瞬間にはアスパーンの身体は翼竜ワイバーンの背後上方、左羽を狙える位置にいた。

「武器活性!」

 長柄の長剣に『気合』を込め上段から一気に左羽を切り裂く。


 三十七式(桜花)


 本来直進しながら、上段からの一撃で相手を切り裂く技だが、皮膜の部分を切り裂いたアスパーンの一撃は位置エネルギーを加えたこともあって、どうにか翼竜ワイバーンの左の皮膜を切り裂いていた。

「風の精霊疾くい出て……」

 落下中、アスパーンは風の精霊に『気合』を食わせ、最大限の力で今度はその落下のエネルギーを吸収させることにする。

「受け止めろ!」

 二十メイル(≒メートル)程を落下したアスパーンの身体を、『気合』を食った風の精霊が何とか受け止め……切れない。

 残り五メイル(≒メートル)ほどを残して、再度の落下が始まる。

「シュルト! お願い!」

 しかし、衝突を覚悟したアスパーンの身体を、別の風の精霊が受け止めた。

 シルファーンの契約している風の精霊だ。

「バカっ!! 死ぬ気!?」

 シルファーンが叫びながら『コールエレメンタル』で別の魔導文字を描いている。

「ラミス!!」

「あいさー!」

 シルファーンがラミスに声を掛けると、ラミスもその意図を組んで魔術を構成し始める。

 どうやら『コールエレメンタル』で繋いだのは大地の精霊界のようだ。

「親しき大地の精霊よ、我が意に応えて彼の者をその縛で囚え給え!!」

「わが友、大地の精霊よ、我が意に沿いて彼を捕らえよ!!」

 開かれた大地の精霊界から大量の『地の精霊』が飛び出し、その両腕で翼竜ワイバーンの足を掴む。

 彼らは決して床から離れない。

 翼竜ワイバーンの羽は、これで完全にもがれた。

 しかし、皮膜が破れたとはいえ、硬い骨格を持つ左右の羽と、ブレスを吐く凶悪な口は今だ健在である。

「うぉぉぉぉぉっ!」

 リチャードが気合の声とともに翼竜ワイバーンの腹部に、『徹し』の一撃を加える。

 身体活性による膂力が加わっているのか、凶悪な強度を誇る鱗に遂に裂け目が出来、血が滴り落ちた。

「ブラフマン!」

「応さっ!!」

 リチャードがつけた傷の位置を狙って、ブラフマンの戦斧槍ハルバードが叩き込まれる。

 傷口が広がり、翼竜ワイバーンの腹からぬめった血と脂がこぼれ落ちてきた。

『ヴォォォォッッ!!』

 怒りの声を上げ、翼竜ワイバーンが左右の翼を振り回すが、リチャードもブラフマンも更に深く懐に入り込んで、その攻撃を交わす。

「りゃぁっ!!」

 翼竜ワイバーンの背後から、リチャードの気合の声が響く。

 背後に回り込んだらしい二人は、今度は翼竜ワイバーンの尾の付け根に攻撃を加え、それを叩き斬ったようだった。

『ヴァォォォォォッ!!』

 翼竜ワイバーンが再び身を捩り、翼を振り回すが、リチャードとブラフマンは距離を離してそれを何とか躱す。

 その動きの後で、翼竜ワイバーンが大きく息を吸い込んだ。

 それがブレスの前動作であることは、もう分かっている。

(させるかよ!)

 先ほど閃光で失態を演じた分は、晴らさねばならない。

 アスパーンは反射的に風の精霊に声を掛けていた。

「風の精霊疾くい出て……」

 呼び出した精霊に『気合』を食わせ、身体に『軸』を作る。

「押せ!」

 跳躍とともに風の精霊に『押された』アスパーンは、一瞬で翼竜ワイバーンの眼前にいた。

 その勢いを利用して、翼竜ワイバーンの眉間に『居抜き』で剣を叩き込む。


 五十二式(獅子咬み)


 五十二式(獅子咬み)は本来、相手の頚動脈や肩口を狙う技だが、この場合はこの攻撃が一番だ。

 さすがの翼竜ワイバーンも、一瞬では有るが目が『飛んだ』。

 だが、依然としてブレスを吐く意欲は残っている。

「なら……!!」

 アスパーンは翼竜ワイバーンの鼻面に着地すると、五十二式(獅子咬み)で打ち抜いた剣を、下段から吹き戻す。


 裏二十四式(裏石火熾し)


 『二十四式(石火熾し)』には『表』と『裏』がある。

 『遺跡守り』に使った『表』はカウンターで肘を外側に向けて斬りつける技。

 翼竜ワイバーンに今使っている『裏』は、肘を内側に向けて突き上げる技だ。

 尚且つ、そこに『居抜き』を掛けて、五十二式(獅子咬み)で『居抜き』を掛けたのと同じ場所を打ち抜く。

 再び翼竜ワイバーンの眉間に打ち込まれた剣は眉間の鱗を剥がしたが、それでも尚、翼竜ワイバーンはブレスを吐く意志を残していた。

「そこまで根性あんのかよ!!」

 敵ながらも最早感服するしか無いが、アスパーンの剣もまた、そこから更に変化する。

「なら……」

 アスパーンは鱗を剥がして肉に突き立った剣尖を支点に自分の体の左側に剣を回転させ、突きを入れると同時に長柄の長剣バスタードソードの柄尻に、思い切り左の拳を打ち付けた。


 二十二式(金釘落とし)


 五十二式(獅子咬み)から裏二十四式(裏石火熾し)、そして二十二式(金釘落とし)まで、三連続の『居抜き』のコンビネーションだ。

 そこまでやってようやく、翼竜ワイバーンが意識を失い、力無く体を前に倒した。

 アスパーンは落下のタイミングに合わせて跳躍し、着地する。

 翼竜ワイバーンは、下顎を大きく床にバウンドさせたところで、その衝撃で再び意識を取り戻した。

「まだやれるのかよ!?」

 失血の影響もあって、着地でややふらついたアスパーンが再び剣を構えたところで、翼竜ワイバーンの背後から前方へ戻ってきたリチャードが、大剣を一閃した。

 明らかに頭蓋の割れる音が響く。

 腹部と尾、そして頭蓋から血を吹き出しながら、翼竜ワイバーンがようやく動くことを止めたのは、それから数十秒後のことだった。


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