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《合流》

 追跡は比較的楽だった。

 シルファーンがチョークで矢印と時刻を書き込んでおいてくれたことも有ったが、それ以上にメンバーによると思われる破壊の痕跡が思いのほか残っていたからである。

 行く先々に残されていたのは、獣人や半獣人と思われる生物たちで、これを殺しながら前進したということにリチャードやメンバー達の苦悩が伺われる。

 彼らが半獣人達を殺して回ったということは、半獣人達に既に正気が無かったか、ティルトがまた暴走したか、恐らくどちらかだろう。

(いや、既に正気が無かったな)

 所々に転がる死体の傷跡を見て、確信する。

 ティルトの持つ得物の傷とは明らかに異なる、大剣や細剣、戦斧槍によると思われる傷が致命傷になっているものが多すぎる。

 半獣人であるイルミナのために、半獣人を殺さなければならなかったとは皮肉な話だが、かなり混戦になったと思われる様子からも、そこに至るまでのメンバーの葛藤までもが見て取れるようだった。

(イルミナがいなくて良かったな)

 同胞のために同胞を殺すという修羅場に、イルミナを立ち会わせるのは気が引ける。

 ヴェルフルタワーにイルミナを置いてきて良かった。

 尤も、後で連れてくることになったらば気まずい思いをするのだろうが。

(それにしても……広い)

 廊下は広く天井も高い。

 その分、各部屋の扉と思われる部分も大きく作られている。

 仮にマレヌの言う通り、ここが軍事関係の施設だとすると、お互いの研究による余波や影響を考慮してのことなのだろうが、アスパーン達七人(いや、正確にはラミスは除くべきなので六人だろう)が並んで歩いてもまだ余裕があるだろう。

 恐らくバルメースでも馬車が通るような通りと同じくらいの広さが有る。

 天井の高さにしても同様だ。

 このフロアだけでも八メイル(≒メートル)程は有るのではなかろうか。

(間に合うか……?)

 血が止まらない。

 アスパーンは徐々に目の前が暗くなってくるのを、明らかに感じていた。

 それでも、焦りと共に一時間ほど小走りで追いかけると、徐々に矢印に書かれている時刻が現在に近付いていき、昇降機のあるホールの部分で丁度追いついた。

 彼らは再び、昇降機に灯を入れようとしている所だったらしい。

「……どーよ。追いついたぜ」

 意識が朦朧としている。

 恐らく血の失い過ぎだ。

 ニヤリと笑ったのを自覚したまま、アスパーンは意識を失った。



「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 アスパーンが目を覚ましたのは、激痛によってだった。

 激痛の正体を見ると、シルファーンがナイフでアスパーンの傷口を抉っている。

「動かないで!」

 自分の手足を見ると、既にリチャードが両腕を、ブラフマンとティルト、マレヌが下半身を完全に押さえ込んでいる。

「ラミス、猿轡を噛ませて!」

「あいさー」

 ラミスがふわりと寄ってくると、布を幾重にも重ね合わせた猿轡でアスパーンの口を塞ぐ。

「ぐっ!!」

 猿轡を噛ませた直後、シルファーンがこちらへやってきて、アスパーンの頭を小突いた。

「聞きなさい! このアンポンタン!! 脇腹の傷は部分的に炭化してるわ。何を食らったのかは知らないけど、先ずはそこを削り取らないとその部分が再生できないから『生命快癒』も意味がないの!! それとも一生身体に穴開けたままにしておく!?」

 シルファーンは険しい表情で袖を捲り直すと、再びアスパーンの脇の位置へと戻る。

「……のやろっ」

 反射的に涙が滲み、アスパーンは思わず悪態をつく。

 悪態をついたのは、シルファーンに対してではない。

 『遺跡守り』に対してだ。

「……そんな武装をしているとは予想外でしたが、恐らくレーザー光線によるものですね。普通は電力が潤沢な要塞や固定兵器に装備されているものですが」

 アスパーンの右の足首を抑えているマレヌが、冷静に答える。

「……しかし、レーザー光線だとすると、容易に躱せるものではないと思っていましたが。よく生きてここまで来ましたね」

「なっ……んかが、動く音がしたから……避けた」

 反射的に体が動かなければ、恐らく心臓を貫通していただろう、とまではと言う余裕がなかった。

 シルファーンがアスパーンの肉を、慎重かつ大胆にザクザクと抉っていく。

 その度に、夥しい血が吹き出し、激痛に身を捩り、それをリチャードに押さえ込まれる。

 反射的に動く左脚はブラフマンとティルトが力尽くで押さえ込んでいた。

 数時間にも感じられる数分間が過ぎ、既に息も絶え絶えで目も虚ろになったアスパーンに、ようやくシルファーンが精霊の召喚を始める。

「我が前に宿りし生命の精霊よ、我が意に沿いて彼の者を癒し給え」

 じわじわと、生命の力を呼び起こされる感覚がアスパーンの脇腹へと集まっていく。

 そこからは特に痛みというほどの痛みは無い。

 痛みが無いといえば嘘になるが、先程の腹を抉られる感触に較べれば、天と地ほどの差だった。

 たっぷり数分間も掛かった後、アスパーンの傷はようやく塞がった。

「……いいわよ」

 シルファーンの声に合わせて、メンバー達が順番にアスパーンの身体を離していく。

 アスパーンはうめきながら荒く呼吸をしたが、幾ら調息しても中々呼吸が整わない。

 あまりの激痛と高速の治癒による灼熱感で、呼吸も侭ならず、忘我の域にあった。

「……ヤバかった、やっぱ?」

「ヤバかった。と言うより、今もヤバいわよ。問題は失血ね。こればかりは治療したところで補給はできないから」

 呻きながら訊ねたアスパーンに向けて、シルファーンが、水袋の中に居る水の精霊に呼びかけて水を出してもらい、その水で血を洗い流しながら答える。

「貧血か。却って都合がいいや」

 『気合』を身体活性に強く回すと血流が激しくなる。

 少し血の気が抜けたくらいの方が余計な力を使わずに済む。

 それから、完全に穴の開いた部分が塞がったことを撫でて確認する。

 幸いにして傷は塞がった。

 鎧と服には穴が開いたが、範囲は小さい。

「あぁ、死ぬかと思った」

 実際のところ、弾切れなど起こしておらず、アレが『弾切れのフリ』だったとしたら、勝負は敗北に終わったと思う。

「幸い、内臓は傷ついてなかったわ。馴染むまでは暫く少し引き攣れる感覚が有るかも知れないけど、贅沢は言わないこと」

「へーい」

「で、『遺跡守り』はどうなった?」

 シルファーンの言葉に半ば上の空でアスパーンが答えると、ブラフマンが問いかけてくる。

「……あー、悪い。ありゃぁ、使いものにならないかもな」

「壊したのか!?」

 驚愕の表情を浮かべるブラフマンに、アスパーンはどのように説明したものか迷った挙句、最終的に最後の場面だけ伝えることにする。

「……取り敢えずピクリともしなくなった。まだ燃えてるかも」

「『時間稼ぎでいい』って言っておいたじゃないか」

 リチャードがため息混じりに突っ込んでくる。

「そんな余裕ねぇよ、あんなの相手にして。しかもあんな狭い範囲で逃げ回れって言われたって……」

「まぁ、それはそうだけど……」

「まさかぶっ壊すとは」

 肩を落として答えるアスパーンに、ラミスとティルトがいつの間にかお馴染みになってしまった半眼を向けてくる。

 アスパーンとしては帰り道を楽にしたつもりなのに、なぜ呆れられたり怒られたりしなければならないのか、はなはだ納得が行かない話で有る。

「逃げまわるだけじゃ追いつめられて嬲り殺しにされてたところだったよ。実際、弾薬が残ってなかったみたいだったから、どちらかと言うと今までアイツに挑んできてくれた奴らに感謝だな。正直、接近戦は脚が多い割にはまるで取るに足らない感じだったし」

 弾薬の補充が侭ならないであろう、あの環境で、あのタイミングで弾薬が切れてくれたと言うのがアスパーンに取って僥倖ぎょうこうだったというのが、紛れもない事実だ。

「……で、こっちはどうなのさ?」

 勢いをつけて立ち上がると、逆にアスパーンは問い返す。

 貧血のせいか、僅かによろめくのを感じた。

「……昇降機を動かせるようにしたところじゃ」

 ブラフマンがアスパーンの背中を支えながら答える。

「行き先は?」

「幸い、案内板があってな」

 リチャードが、ホールの脇、アスパーンが横たわっていた場所の直ぐ側に有るプレートを叩く。

「俺には読めないんだが、昨日と同じ文字の並びが有るのを確認した。『免疫投射処置室』って読むんだろ、これ?」

 四層構造の最下層に、確かにそう読める古代文字が並んでいる。

「随分広いな……」

「それだけ大規模施設か、もしかすると別のモノもある可能性が有るということですよ」

 アスパーンの感想を、マレヌが補足する。

「別のモノ?」

「例えば、免疫投射処置用の『ライフワーカー』の他に、似たような対処ができるように薬剤を作るスペースが有るかも知れないと言うことです。『アンプル』というんですけどね。それを使用すれば、一時的にではありますが、『抗病の腕輪カウンターディジーズ』と似たような効果が期待できます」

「……ん、えーっと??」

 マレヌの説明に首を傾げたアスパーンの背中を、ブラフマンが叩く。

「……まぁ、『ライフワーカー』が数少なかったり、持ち運べないタイプだったとしても、最低限それが人数分確保出来れば『此処にイルミナの集落の人間たちを連れてくる』という選択肢も生まれたということじゃの」

「おぉぅ、そういうことね」

 アスパーンはようやく納得がいって、ポンと手を打つ。

「……っしゃ。じゃぁ、時間も惜しいことだし、さっさと行こうぜ」

「『行こうぜ』じゃないっ!」

 進みだそうとしたアスパーンの頭を、シルファーンがはたく。

「アンタ、死にそうだったのよ? 今だって貧血でフラフラの癖に、どうするのよ」

「そんなこと言われても、此処に残ったってどうしようもないだろ? そっちだって随分激闘を繰り広げてきたみたいじゃない。道々随分と見せていただいたぜ?」

 金属製の鎧を着けた獣人や半獣人の遺体を多数見てきた。

 アスパーンの言葉を受けた他の面々が、一様に嫌なことを思い出すような顔をした。

 アスパーンはその表情を見て、あの一連の『殺し』がティルトの暴走によるものではないと悟る。

 それに、仮に此処に残れと言われたところで、アスパーンは従う気もない。

「ここまで来ちまったんだし、俺の安全のためも考えれば一緒に行くしかないだろ?」

「一理有りますね。例え役に立たなかったとしても、アスパーン一人をここに残しておいて安全という保証もありません」

 真っ先に同意したのはマレヌだった。

「シルファーンの心配も分かるが、ひょろっちいのの言い分ももっともじゃの」

 ブラフマンも、それに追従する。

「ブラフマンさんまで……。で、どうするの?」

 シルファーンの非難めいた視線が、アスパーンを睨んだ後リチャードに向いた。

「そんな目で見られてもなぁ……」

 リチャードがそう呟いて、暫し考えた後、決定を下す。

「……仕方ない。アスパーン、お前は後衛でフォローに回れ。フロントアタッカーじゃないからな。必要な時以外は休んで、前に出るな。ふらついて出てこられると、却って邪魔だ。壁役は俺とブラフマン。フロントアタッカーはティルトに任せる。ティルトも、ここまで随分飛ばしてきたから敵を深追いするな。あくまでドローに徹しろ。引っ張ってくれば俺とブラフマンで何とかする。後衛はいつもの通りシルファーンに任せる。心配ならアスパーンの手綱を握っておけ。ラミスとマレヌがその前だ」

「ちぇっ、解ったよ/……了解/へーい/らじゃーっ/フム/分かりました」

 相も変わらず、六者六様の返答で了承が返った。


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