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《容赦なき死線》

「切り裂け!」

 アスパーンは『気合』を食わせた風の精霊に命じ、風の精霊が鎌鼬を作り出す。

 『遺跡守り』は不可視の攻撃によって大きく吹き飛ばされたが、炎の壁の直前で踏み止まり、逆に細かい発射音と共に、アスパーンに向けて銃弾が連射される。

(……『身体活性』)

 アスパーンは『気合』を込めて身体能力を活性化して、射線を躱す。

 体内を駆け巡る『気』の力は肉体の潜在能力を一時的に活性化し、銃弾はスルリとアスパーンの脇を抜けて行った。

 リチャードが飛び込んだこの領域は既に、アスパーンには慣れた感覚だ。

 交わされた弾丸が炎の壁の中へ消えていき、アスパーンは『活性』した上での一投足の間合いまで一気に辿り着いた。

(『気合』を……込める!)

 アスパーンは更に『気合』を剣に投入する。

 いつもの『気合』が剣に投入され、マナを取り込んだ剣が燐光を放つ。

 それ自体に大した効果はないが、打撃の威力が増すような気がする。

「風の精霊疾くい出て……」

 剣に宿らせた『気合』によるマナを呼び出した風の精霊に食わせる。

 そして、そのまま威力を増した風の精霊を、剣圧に乗せて叩き込む。

「打ち砕け!」

 風の精霊の生んだ風圧による『徹し』の一撃は、アスパーンの意のままに『遺跡守り』を吹き飛ばす。

 『遺跡守り』のドラム缶部分、その端が一瞬だけ、僅かに『たわんだ』が、そこまでだ。

(まだコントロールが甘いか、それともこの手じゃ無理か?)

 すぐに離れて、再び間合いを広げる。

 先程の炸裂弾の間合いに居るのが一番危険だ。

 『身体活性』を行った上で風の精霊に『気合』を食わせ、中間距離から一気に間合いを詰めた状態で風の精霊に乗せ『徹し』を掛ける。

 それが、対峙した直後に頭に浮かんだ、試してみたいことの一つだったが、空振りに終わったらしい。

 そして、失った『気』と『マナ』は、すぐに調息して、周辺のエーテルを『気』と『マナ』に分解した時に生じる『気』と『マナ』を吸収することで補う。

 今アスパーンが取り組んでいる『気合』の新たな領域の一つだ。

 こちらは思ったより上手く行っている。

 これが出来るかが、アスパーンのこれからの戦いに大きく左右する技術になる筈だ。

 何より、アスパーン自身が自覚している『飛ばした後に一気に消耗する』という弱点が、これで補えるかも知れないのだから。

(意外と体に馴染む……。自分で分解したものを吸収しているからか)

 今までは殆どの場合、精霊に『気合』を食わせると激しい疲労感に襲われたものだが、今はそうでもない。

 つまり、消耗した『マナ』と『気』の補充がうまく行っているということだ。

(しかし、風の精霊に乗せて『徹し』ってのは通用しないか……)

 風の精霊を纏わせて『徹し』を加えるのが、実際に剣で『徹し』を入れる場合に較べて威力に劣るのは、予想されたことではある。

 衝突する物体が気体なのと固体なのとでは、所詮その威力には大きな開きがあるからだ。

 『気合』を食わせて衝撃の方向をコントロールすることで、あわよくば『徹し』の威力を増せないかと思って試してみはしたものの、実際には直接剣の本体が相手にぶつからない分、衝撃の伝わり方が分散してしまっただけだったようだ。

 あのやり方では、広範囲に『徹し』を掛けることは出来ても、『徹し』そのものの威力は半減してしまうらしい。この分では当然『居抜き』を掛けることも難しい。

 と、なると、直に剣で『徹し』か『居抜き』を掛けなければならないが、現状、あの炸裂弾があることを考えると迂闊に近寄り辛い。

(『分身』を使った目眩ましは、命取りになりかねないし……)

 先程炸裂弾を食らったときはかなり危なかった。

 分身をコントロールする都合上、自分自身の動きや反射的な対応にほんの僅かではあるが隙が生じるからだ。

 現状、驚異的な初速の飛び道具を持つ『遺跡守り』相手に、その数瞬は致命的だ。

 撹乱かくらん目的であっても、今はこれ以上分身を作るのはやめておいた方がいいだろう。

 銃の初速に合わせて対応できるようになるには、恐らく相当の修練を要する。

 同時に考えたのは、どうやらこの『遺跡守り』は『対多人数』を想定して作られていて、自分が一人でこの場に残ったのは或る意味では正解だった、ということだった。

 『分身』に対する対処が極めて的確なのが、その証拠である。

 アレがアスパーンの作った『分身』ではなく、アスパーンより反応速度に劣る誰かだったら、と思うと、今更ながら背筋に冷たいものが走る。

(……倒すなら、一撃で『居抜き』に行くべきだな)

 決めて、すぐ走る。

 直後、バラバラと乾いた音を立てて砲身から銃弾が放たれ、嵐のような弾幕の洗礼がアスパーンに襲い掛かった。

 しかし、その砲身の角度修正は活性化されたアスパーンの脚力を追いかけきれず、八本の足が同時に回転して『遺跡守り』の体勢そのものを回転させていた。

 その一方で、『遺跡守り』の強力な銃弾の連射が生み出す弾幕を交わし続けるアスパーンは、徐々に炎の壁側に追いやられていく。

(このままじゃ……!!)

 壁に焼かれるか、銃弾に追いつかれる。

 それを察したアスパーンは、思い切って弾幕の途中を入れ替わって躱す決心をした。

 幸い弾幕は平行に飛んでいて、上手く潜ってしまいさえすれば、恐らく当たらない。

(ここを……)

 アスパーンは敢えて一旦、止まって、頭を下げる。

(躱すっ!!)

 頬を銃弾の生む風圧が撫でたが、アスパーンは無事に銃弾の雨の中を掻い潜った。

(次はこっちだ!)

 アスパーンは次の『試してみようと思っていたこと』をここで使うことを決める。

「風の精霊疾くい出て……」

 足を踏ん張り、身体に『軸』を作り、『気合』を精霊に食わせる。

「我が背を押せっ!!」

 『身体活性』で強化された跳躍と同時に、風の精霊が一気にアスパーンの背を押した。

 瞬間的に疾風となったアスパーンは、あっという間に『遺跡守り』の目前へと移動する。

 『身体活性』と『気合』を食わせた風の精霊による補助を組み合わせた、高速移動。

 これがアスパーンの試したいことの一つだった。

 『気』と『マナ』の運用を効率化出来れば、これを同時に出来るのではないかとかねてより考えていたことだ。

「まずはその眼を……」

 正しくジョッキを逆さまにした、あの赤い瞳の目の前に立ったアスパーンは、斜めからの一撃で、上から『居抜き』を掛ける。

「貰う!!」

 ガラスの割れたような音と共に、ポツリと赤く灯っていた光点が消える。


 五十二式(獅子咬み)


(抜けた!)

 アスパーンは攻撃の効果を確認して一瞬だけ納得したが、しかし、それと同時に足元から嫌な気配がするのを感じてすぐさま視線を足元に移す。


 ――――――ドラム缶の『蓋』の部分。


 そこからの銃口がこちらを向いている。

 慌ててアスパーンは跳躍して『遺跡守り』の上から降下するが、飛び退るその爪先を弾丸が掠めた。

「風の精霊疾くい出て……」

 脚に傷を負っていないことを空中で感じながら、衝撃で空中を回転する。

「受け止めよ!」

 風の精霊の加護を得て、アスパーンは柔らかく着地した。

 幸いにして、銃弾は靴先に僅かに跡を残しているだけだった。

 それだけで身体が回転するほどの衝撃を受けることにも驚いたが、脚力はアスパーンの生命線である。傷を負わずに済んだことは本当に幸運だった。

(さぁ、どうなる?)

 外骨格の機械の体だ、頭を取ったくらいで方が付くとは思わないことにする。

 アスパーンは次の攻撃で先手を打つことにした。

「炎の精霊疾くい出て……」

 炎の壁から炎の精霊を呼び出す。

 そしてそれに『気合』を食わせ、一層猛り狂う炎の塊に、命じる。

「焼き尽くせ!!」

 光を失った『眼』の有った位置に、炎の精霊を叩き込む。

 直後、アスパーンは、自分のやや左から襲いかかった炎の精霊を追いかけるように、斜め右側に回りながら『遺跡守り』の脚を狙う。

 遺跡守りが脚部の車輪を軋ませ、銃弾を放ちながら回避運動を取った。

 アスパーンはそれを再び斜めに躱しながら、炎の精霊から逃げようとしていた『遺跡守り』の左脚の一本を捉える。

「次は、脚!!」

 見るからに胴体部分よりも強度の劣るであろうその細い脚、その関節部分に一撃を加え『徹し』で打ち砕く。

(壊せる!)

 アスパーンは、打ち砕いた脚が力なくぶら下がるのを見て取ると、その隙間を掻い潜って『遺跡守り』の腹の部分に入り込む。

(……内側、取った!!)

 構造上、昨日出会った『遺跡守り』と同じような隙間があるとは思わないが、この手の形状をした相手の弱点は大抵腹の下だということを、アスパーンはよく知っている。

「はぁぁぁっ!!」


 二十七式(紫電三穿)


 『気合』を込めた剣を、『遺跡守り』の腹の部分に『居抜き』で、三連続で突き立てる。

 『身体活性』、『武器活性』の威力を加えた下からの攻撃で、『遺跡守り』が一瞬だけ浮き上がった。

 しかし、それだけではまだ倒れない。

 脚部を僅かに持ち上げられて、一番美味しいポイントから僅かに衝撃をずらされたのだ。

「ちっっ!!」

 アスパーンが舌打ちしながら、一旦離脱した、その直後だった。

 何かが動く音がする。

(なんの音だ!?)

 背筋に冷たいものが走った。

「くっ!!」

 アスパーンは反射的に、動いた何かを確認してその射線から身体を外す。

『ヂッ』

 『遺跡守り』から何かが放たれた。

 反射的にそれを交わしていたにも関わらず、それはアスパーンの左の脇腹を掠めた。

 脇腹から血が溢れ出す。

「なっ……!?」

 思わず驚愕が口を衝いて出る。

 それだけ初速と貫通力に優れた攻撃だったと言うことだろうか。

(いや、アレは……)

 灼熱感すら感じない一瞬の衝撃を考えれば、恐らく光線の類だ。

 マレヌの使う『光弾の射手』のそれに似た、もっと速い、正しく光速の攻撃だったのだろう。

(眼は……殺った筈……)

 しかし、アスパーンの述懐には今は意味がない。

 現に光線は放たれ、アスパーンは負傷した。

 完全に避ける間もなく、貫通したのが頭部や胸部といった急所を外れていてくれてよかったと思うしかないのだ。

「このっ位で……行く道引いてやれっかよ!!」

 アスパーンは襲い来る痛みを堪えて、脚を踏ん張る。

 しかし、この隙を狙って放たれると思っていた銃弾は、放たれない。

 そういえば、先程の炸裂弾も、初撃でしか放たれていない。

「……そうか、弾切れ」

 銃弾の類は当然、あのドラム缶の中に内蔵されている筈で、尚且つその収容量には補給をしない限り限界がある。

 それがこの遠距離で放たれないということは、つまり弾切れか、弾切れを装ってアスパーンを誘っているかということになる。

(だが、誘いじゃない……弾切れだ)

 恐らく、誘いということはないだろう。

 でなければ、銃弾より先に、銃弾よりも余程強力な手段である筈の『光線』を使わない理由がない。

 つまり、あの光線は奴の『奥の手』で、奴にとっても何らかのリスクが有るか、使用回数に制限がある武器なのだろう。それを、銃弾がなくなった為に使わざるを得なくなったのだ。

 炸裂弾も、自分が本来近寄られたくないことを悟られないために、先んじて放っていたのかも知れない。

「その光線。仮に有ったとしても二度も当たらないぞ」

 アスパーンは『気合』で再び剣を覆うと、ジグザグにステップを踏みながら『遺跡守り』に肉薄する。

 案の定というか、『遺跡守り』は脚で迎え撃った。

 八本の脚の内一本は既に奪った。残りは七本。

 その内の二本を操り、その先端を微細な音を放つナイフのようなものに変化させていた。

 『高周波ナイフ』。

 アスパーンも見たことのある『遺品』の一つだ。

 それがアスパーンめがけて、振り下ろされる。

(やっぱ、眼は見えてんのか……!!)

 最早そう考えるしか無い。

 アスパーンは振り下ろされる二本の高周波ナイフの斬線を寸で見切ると、体を斜めに捌いて躱す。

 それと同時に下段から斜めに、脚の先端に収まった高周波ナイフの片方を『徹し』で折り落とした。


 二十四式(石火熾し)


 火打石にて石火を熾すかの如く、下段から爆ぜるように伸びるカウンターだ。

 次の一本を横薙ぎに『徹し』で破壊しつつ、アスパーンは再び『遺跡守り』の腹の下に潜り込む。

「残り五本! ……腹の下までは見えないだろ!」

 残った脚が大きく振るえば剣が届く範囲にあることを判断した上での行動だ。

「脚が……揃ってるんだよ!」

 痛む脇腹の傷をこらえつつ、関節部分に次々に『気合』を込めた『徹し』を叩き込んでいく。

 何本叩き折ったところでかは分からないが、八本あった『移籍守り』の脚が、立っていることを維持出来ずにグラリ、と揺らいだ。

 アスパーンがその倒れる角度を計算して一歩大きく退いたところで、『遺跡守り』はゴロリと倒れる。

 『遺跡守り』に動きがなくなったのを見て、アスパーンは大きく息を吐いて、調息する。

 三度息を継いだところで、呼吸が整った。

「……身体活性」

 アスパーンは、途切れかけていた身体活性を再起動する。

「…………武器活性」

 次いで、改めて長柄の長剣に『気合』を込める。

 腰を落として身体に『軸』を作る。

「…………風の精霊疾くい出て……」

 下半身に力を込め、『跳ぶ』準備をした。

「………………押せ!!」

 跳躍と同時に、風の精霊に『気合』を込め、一気に『跳ぶ』。

「人間……」

 そのドラム缶部分に向けて、大きく、右の腰だめに剣を引く。

 脇腹から血が吹き出すが、気にしてはいられない。

「舐めんなっ!!」

 そしてそのまま、思い切り『居抜き』で突きを入れた。


 二十五式(紫電穿)


 本来はカウンターにも扱われる、跳び込み突きの技だ。

 バキバキと明らかに内部で何かが壊れる音がしたのを確認した後、アスパーンは残ったドラム缶部分をそのまま『炎の壁』に蹴り込んで、その反動を利用して大きく退く。

 数瞬してから、轟音を立て、『遺跡守り』が爆発した。

 それとほぼ同時に、炎の壁が効果限界時間を迎えて消え失せる。

 アスパーンは炎上する『遺跡守り』を見て、ブラフマンには怒られそうだな、と思いながらも周囲の様子を確認する。

 幸いなことに、増援や他の敵はいないらしい。

「……ぁ痛っ!」

 不意に差し込むように痛んだ、光弾に貫かれた左の脇腹を押さえる。

(やっべ、急がないと……こっちも)

 アスパーンはシルファーンが行きがけの駄賃で書き残したと思われる矢印を目印にして、歩き始める。

 とはいえ、厄介な相手を一匹何とかした。

 これで仲間たちの帰途は安泰だろう。

「その前に、俺の方があっちに追いつけなきゃヤバいかもな」

 止めどなく滴り落ちる血を掌で押さえつつ、アスパーンは先を急いだ。



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