《『ワークアウトフロア』》
翌日。
イルミナとルイゾンを『免疫投射処置室』に残した一行は『ワークアウトフロア』の前に立っていた。
必要なことをイルミナから聞き出した頃には日がすっかり傾いていたことと、今日は既に『遺跡守り』と交戦済みであること、そして、パーティ分断の時間を少しでも減らすために、休息を摂ることにしたのである。
あの高層建築『ヴェルフルタワー』の四十階は、アスパーンが単独で、階段を十階ほど上から一階まで降りて、敵性の存在がいないことを確認している間に、他のメンバーが昇降機の電源を落とし、余計な人間が侵入する可能性を減らしておいた。
途中、事前の情報通りところどころ階段そのものが破損している箇所があったが、風の精霊魔術を使って降りることが出来た。
重力が働いているのだから、登ることは出来なくとも、降りる分にはそれで問題ない。
電力を切った件に関しては、ブラフマン曰く、室内の電源と『遺跡守り』を動かすための電源は別の系統で確保されているため、切っても問題のない部分は切っておいた方が余計な心配が減るのだそうだ。
アスパーンにとって、ここまでは予定通りといえば予定通り。
だが、それはアスパーンにとっては『ぶっつけ本番で、仲間を逃がしつつ『遺跡守り』と対峙する』ということでも有る。
今日のアスパーンの役割は、内部に入るまでの仲間の護衛。つまり、内部に入ってから消耗するであろう仲間のために、前半戦で壁役を果たすことだからだ。
これは、リチャードと昨日話し合って決めた。
『コールエレメンタル』という大技を持っていると分かった以上、シルファーンのその能力は出来るだけ内部に入るまで温存しておきたい。
ティルトやブラフマン、マレヌの能力は内部に入るまで、そして内部に入ってからもどうしても必要だ。
当然、ラミスにはそもそも囮役そのものが無理。
つまり、アスパーンとリチャードのどちらかがその任を請け負う必要があるが、リチャードはパーティの行動指針を示す立場である。
ルイゾンが言っていた門を超えた後に居るという『遺跡守り』は、出来るだけアスパーンが引き受ける必要があった。
「用意はできたぞ」
ブラフマンが『ワークアウトフロア』の門を、工具を片付けながら告げる。
「じゃぁ、行くぞ」
リチャードの言葉に、全員が頷いた。
「親しき小さな精霊よ。我が意に応えて、蓋をせよ。かの者は小さき者、目に見えず小さき者、汝の友なる小さき者なり……」
ラミスが印を結びながら呪文を唱える。
それによって、アスパーン以外の全員の姿がその場から消え去った。
精霊魔術によって『透明化』が掛かったのだ。
『透明化』を掛けた上で侵入し、アスパーンが足止めをしているうちに内部へ侵入。
アスパーンは五分以上足止めを図った上で、隙を見てリチャード達を追うか、可能ならば『遺跡守り』を無効化する。
滑るような音を立て、左右にスライドして開いていく門の向こうに、一体、昨日『電磁療法処置室』の前に居たのとは似て非なる形状の『遺跡守り』が鎮座しているのが分かった。
一見して明らかに違うと言えるのは、昨日の『遺跡守り』がドラム缶の上にジョッキを逆さまに載せたような形状であったことに対して、今目の前にいる『遺跡守り』はそのドラム缶部分を二回りほど大きくした後、胴体側面の下部を付け根として、蜘蛛や甲殻類を思わせるような脚が付いている。
足のそれぞれの長さは約二メイル(≒メートル)ほど。
あの脚で移動するのであれば、昨日実行した隙間から余計なものを流し入れる戦術は、恐らく通用しないだろう。
同じなのは、黒いジョッキをひっくり返したような形状の頭部と、そこにポツンと光る赤い瞳。
その瞳が、チラチラとアスパーンの周辺を動いた後、アスパーンに固定された。
(……視線が、動いた?)
その動きが意味するところを、真っ先に悟ったのはマレヌであった。
「アスパーン、引き付けて下さい!」
「了解!」
アスパーンは剣を手に突進を開始する。
『透明化』を掛けたにも関わらず、マレヌがアスパーンに声を掛けたということは、アスパーンの違和感同様に、あの『遺跡守り』の視線の移動を、『『遺跡守り』が何らかの方法で『透明化』によって隠されているアスパーン以外の存在を感知した』とマレヌが判断したことに他ならない。
アスパーンが突進しながら考えていたのは、『強力な飛び道具を持っているであろう敵を相手に、如何に最小限の動きでその飛び道具を躱すか』ということだった。
飛び道具を躱すにはその射線に入らないことが大前提だが、現在の状況ではあまり大きく射線を躱してしまうと、次に位置修正して放たれる銃撃がアスパーンの後ろにいる仲間に当たってしまう可能性も有る。つまり、アスパーンの仕事は自分に射撃を集中させつつも、次弾の斜線が他のメンバーに被らない範囲で躱すことだった。
「ピ」
『遺跡守り』は当然のように突進してきたアスパーンに向けて銃弾を放つ。
火薬の弾ける音と共に怒涛のように連射される銃弾を、アスパーンは滑らかに、風が裂ける空気を感じながら躱す。
真っ直ぐ飛びすぎるのが、銃弾の弱点だ。
矢尻や矢羽の癖、そして風の影響によって変化しやすい弓矢より、初速が大きく単体が小さいために風による影響も受けにくい銃弾は、余程距離が離れていない限り砲身が向いている方向から大きく逸れることはない。
後方で、仲間たちが左右に割れて移動する気配が感じられた。
「強力な『遺跡守り』って、そういう意味かよ!!」
アスパーンは悪態をつきながら、自分の攻撃が何とか『遺跡守り』の胴体部分に届きそうな位置にあることを確認する。
その上で、盾を背中のホルダーに戻した。
この状況で盾を持っていても、銃弾相手では貫通されるだろうし、却って自分の視界や動きを阻害する。
同時に、前文明時代の『遺品』でもある『遺跡守り』が精霊魔術の印を知っているとは思えないので、盾を用いるメリットの一つで有る精霊魔術の『印』を隠せるというメリットもほぼ存在しない。
「『ムリ・スタッレ・エルフェ・バルト!
煉獄の壁よ害為すものを焼き尽くせ!』
『神の掌に似せ 神威なる焔よ我らを守護せよ』
マナの炎よ、我らを守護せよ!」
マレヌの声に合わせて、アスパーンの背後に炎の壁がそそり立つ。
「シルファーン! ラミス! 周りを囲め」
背後でリチャードの声が飛ぶ。
「親しき炎の精霊よ。彼らの周囲に壁を立てよ!」
ラミスがマレヌの声に合わせて、炎の壁を左の円周上に展開する。
「炎の精霊、我が意に沿いて、円環を成せ!」
シルファーンがほぼ同時に炎の精霊に声をかけ、炎の壁が右の円周上にも展開した。
都合、アスパーンと『遺跡守り』だけが炎の中心に残される。
「アスパーン、任せます。壁が消える頃が頃合いですからね」
「ごめん、アスパーン!」
「死ぬんじゃねぇぞ」
「追ってこい、小僧」
マレヌとラミス、ティルト、ブラフマンがアスパーンに声を掛けて去っていく。
リチャードとシルファーンが何も言わずに去ったのは、信頼の証か覚悟の証か。
『遺跡守り』は赤い瞳で僅かに周囲を見回した後、正面にいるアスパーンに視線を止める。
「……ようやくやる気かい? 視線が定まったじゃねえか」
言う間にも、『遺跡守り』から銃弾が放たれる。
アスパーンはそれを、今度は余裕を持って大きく躱した。
小さく躱すこともできるが、やはり大きく躱しておくに越したことはない。
「光と闇より精霊い出て……」
素早く光と闇の印を結ぶと、呼び出した精霊たちに『気合』を食わせる。
「影を纏いて我が意を為せ!」
アスパーンの声とともに、三体の『分身』が生まれた。
『居抜き』を撃つことが出来るように意志を込めた『分身』達が、各々ルートを別にしながら『遺跡守り』に肉薄する。
アスパーン本体もそれと同時に駆け出す。
しかし、本体を含めて四人のアスパーンが『遺跡守り』に肉薄すると同時に、ドラム缶部分に複数の銃口がパクリと口を開けた。
アスパーンは背筋に、何か冷たいものが走るのを感じた。
(あれはヤバい!)
アスパーンは反射的に後退する。
(風の精霊は……)
『屋外の暴風の中で、風の精霊を呼び出すのは危険だ』。
昨日、この遺跡に入った時にラミスが言っていたことが脳裏に蘇る。
それでも、やらないわけには行かない。
急いで視線を巡らせる。
幸いにして、風の精霊は炎の壁によって僅かに生まれた気流のゆらぎの中にもいた。
「風の精霊、疾くい出て……」
『これならば、やれる』という確信を抱き、取り急ぎ、その場で呼び出した風の精霊に『気合』を食わせる。
その直後、『バシャッ』と大量の水を床に撒いた時のような音が銃口から放たれた。
「歪めろ!!」
同時に風の精霊に命じて、その攻撃を歪めさせる。
肉薄していた『分身達』が、その攻撃によって総て消え去った。
(それにしても…………炸裂弾の類か!)
広範囲に攻撃するために弾丸を途中で分裂させるような攻撃が魔術にも存在する。
物理的な銃弾でそれを行ったのが今の攻撃の正体だろう。
「それならそれで……」
アスパーンは素早く息を整えると、風の精霊を呼び出す。
「アレを試すか」
風の精霊に『気合』を食わせながら、アスパーンは突進した。




