《涙》
少し離れていたティルトとラミスに、アスパーンの時と同じ様な説明が繰り広げられた後、リチャードとマレヌは『免疫投射処置室』に入った。
その後、暫く何かを話し合っているであろう声が止むと、リチャードがこちらに向けて手招きする。
アスパーンとティルト、ラミスはお互いに部屋にはいるべきかどうかと顔を見合わせた上で、最終的にマレヌに手招きされて中に入ることにした。
「さっきもちょっと言いましたが、恐らく人間以外にこの近辺に残っている者は居ないはずです。普通の人間はわざわざここに来ません。大丈夫ですよ」
だからこそ歩哨が必要なようにアスパーンには思えたが、マレヌにすると、今は情報を共有する方が優先度が高いらしい。
「で、どうなってますか?」
「…………芳しくないというか、ちょっと困ったことにはなってるわ」
マレヌの問い掛けに、シルファーンが困ったように肩を竦める。
一方で、一通り調べ終えたらしいイルミナは、意気消沈してその場に膝を抱えてしゃがみ込んでいた。
「何が有ったの?」
「イルミナの目的に『使える』ということは解ったのよ。ただ、ちょっと、大きな問題が一つあってね……」
アスパーンの言葉に、シルファーンは眉根を寄せた。
「依頼主の領分だと思って訊いていなかったが。……この際詳しく説明してもらっても、いいかな?」
リチャードがルイゾンに問いかけた。
質問するのだとすれば、今はイルミナよりもルイゾンの方が適任だろう。
「……そうだな。この事情を知ってるのは、俺だけだろうし」
ルイゾンは膝を抱えているイルミナの手首に装着されている腕輪を指差す。
「アレは『抗病の腕輪』という『遺品』の一つでな。装着者の体調が悪くなると、アレに表示されている古代文字の回数だけ、或る病気に対する治療措置が注射されるようになっている、健康維持用の『遺品』だ」
『十八』。
アスパーンは昨夜、遺跡までの道中、偶然に目にした古代文字の数字を思い出す。
ルイゾンの話を信じれば、後十八回分の治療措置が行えるということになる。
「……で、それで?」
「イルミナは、見ての通り、半獣人族だ。今でこそ人間社会に適応して生きているが、その起源は前文明時代に作られた生物兵器だと言うことを聞いたことが有るか?」
リチャードが先を促し、ルイゾンが答える。
暫し沈黙が訪れた後、マレヌの記憶にルイゾンの言葉が引っ掛かったようだ。
マレヌが眉を顰めながら、眼鏡をツイと吊り上げる。
「……人の英知と獣の力を融合させるために作られた生物兵器だという話ですね。どこかで聞いた覚えがあります」
「私も聞いたことが有るわ。その後、完全に人間と同化するために人間の姿と半獣人としての姿を自在に使い分けるようになった獣人族と、半獣人としての姿のまま行動する半獣人族に分かれたとか……。私の知識は『進化論』の話だけど」
マレヌの言葉に続いて、シルファーンが手を挙げる。
「うん、大元の話はそこまで遡る。……半獣人族は元々が生物兵器として生まれた種族だ。そして、その特性ゆえに、彼らは基本的に『使い捨て』だった」
「『免疫投射処置室』に『半獣人族の成り立ち』、そして『抗病の腕輪』ですか。……何となくですが、話が見えてきた気がしますね。予測になりますが、彼らには何らかの弱点があるんではないですか? 例えば、『極端に病気に対する抵抗力に劣る』とか?」
『!?』
マレヌの言葉を聞いて、それまで室内に居なかった面子の表情が強張った。
確かに、それならば納得がいく。
図星なのか、シルファーンとブラフマンが険しい表情のまま俯く。
ルイゾンはマレヌの言葉を受けて、二人と同じ様に険しい表情で頷いた。
「そうだ。純血種に近い半獣人族の集落になるほど、或る病気に対する抵抗力が低い。残念ながら現在の人類の一般集落では当たり前のように存在して、本来ならすぐに治るような病気だ。そしてイルミナの集落は、二年ほど前からその病気で倒れる者が出始めている。原因は分からないが、恐らく他の集落の半獣人族か、人間の行商人が持ち込んだんじゃないかと俺は予想している。まぁ、今となっては原因など、どうでもいいことかも知れないが」
リチャードがイルミナの方へ視線をやりながら、ルイゾンに訊ねる。
「それでイルミナは冒険者に?」
「あぁ。事情を知った俺も状況の許す限り手伝ってきたが、徐々にイルミナの状況も悪くなってきた。ここが当たりでなければ、状況はもっと悪かったに違いない。だが、ここでまた、別の問題が有ることが分かった」
「『ライフワーカー』は基本的にカプセルと操作用のパネルが一体化していると、記録で読んだことが有ります。現に『電磁療法治療室』の物はカプセルと操作パネルが一体化していました。でも、ここのものはあちらにあるパネルから操作するようですね……。『無尽の宝物庫』で集落まで運ぶつもりだったのが、当てが外れたと言うことですか?」
ルイゾンの言葉を聞いて、今度はマレヌが確認するように訊ねる。
言われてみれば、『電磁療法治療室』と『免疫投射処置室』の作りには殆ど違いが無いが、カプセルの方に微妙な違いが有る。
『電磁療法治療室』のカプセルにあった操作用と思われるボタンが、この部屋のカプセルには殆どと言っていいほど存在しないのが、アスパーンの居る位置からでも見て取れた。
ルイゾンは再び眉根を寄せると、小さく頷く。
「…………そうだ。元々予定では、集落では動力源である電力の確保を進め、カプセルを集落に運んで操作する予定だった。だがここの『ライフワーカー』はここの部屋に設置されているパネルから操作するタイプだ。これを撤去して持ち運ぶことは、流石に不可能だ」
「……つまり、現状この『ライフワーカー』は、集落には持って行けず、この場に居るイルミナ自身にしか役に立たない。ということだな」
リチャードが端的に事実を述べる。
その場に居る誰もが、一瞬だけ黙った。
集落を助けるためにここまで『ライフワーカー』に執着してきたのに、ようやく見つけた『ライフワーカー』はこの場にいる人間にしか使えない。尚且つ、今でも集落は病の危機に瀕している。
イルミナの落胆も、分からないではない。
「取り敢えず、イルミナの治療を先にしよう。処置の方法は分かってるのか?」
リチャードが他の誰よりも先にその結論を口にした。
誰もが理解しながらも、イルミナの落胆振りを見て声を掛けられずにいたところだったが、リチャードはあっさりと言ってのけると、イルミナに歩み寄り、膝を抱える腕を引っ張り上げた。
「イルミナ、処置を受けろ」
「でも、ウチだけ助かっても……みんなが……」
イルミナはぐったりとした体制のまま虚ろな目を床の方へ伏せる。
「だからって、今お前がここでぐずっていれば、その時間の分だけ集落の皆に迷惑が掛かるんじゃないのか? お前が一刻も早く回復して、心置きなく次の『ライフワーカー』を探すほうが集落のためだ、違うか?」
「だって、もう間に合わないよ……。『抗病の腕輪』だって、最初は百以上あったのに……もう二十を切っちゃった……。このカプセルじゃ、ウチの治療だって二日近く掛かるし、集落から仲間を連れてくるんじゃ、その間に病気で何人倒れるか……」
リチャードの言葉にも、イルミナは諦めたように俯く。
その二人の様子を見て、マレヌが頭を掻いて溜息をついた。
「貴方が苦労してここまで来たことは分かります。二年も掛けて折角見つけた『ライフワーカー』が、本当の意味では貴方の役に立たないことに対する辛さも分かります。ですが、諦めるにはまだ少し早いですね」
「……何か、策でも有るのか、その様子じゃと」
マレヌの言葉を聞いて、ブラフマンが訊ねる。
確かに、ブラフマンの言う通り、マレヌには何か考えがあるようだった。
マレヌはリチャードが支えているのと反対側のイルミナの腕を取り、告げる。
「イルミナ。苦境にある時だからこそ、思考を止めてはいけませんよ。僕はこの遺跡は初めてですが、今までも大陸で遺跡に潜ってきた経験があります。その経験からくる『勘』が幾つか気になる点を告げています。先ずは、予てより気になることが有るので幾つか確認させてください。ティルト、遺跡全体の地図を持っていますね」
「あぁ、勿論」
ティルトは慌てて地図を取り出して、床に広げる。
リチャードとマレヌがイルミナを引っ張って、地図の前に座らせる。
自然と、全員が車座になった。
マレヌは現在地から西に外れた、直線的な空白を指差す。
「『大看板』でこの街の全体図を見た時から気になってたのですが、街の外れに不自然な空白が有るんです。この施設について、誰か知ってる方は?」
マレヌの問いを受けて、ルイゾンが手を挙げる。
「……『ワークアウトフロア』だ。フーコー西遺跡最後にして最大の謎と言われている、未到達区域」
『ワークアウトフロア』というのは、遺跡についての用語で『調べられていない未知の領域』を示す隠語だ。
「恐らく、ですが。白いドーム状の建造物で、入口の位置が判り辛く、侵入しようとすると難敵に襲われる。そんな場所ですね?」
「だと、言われている。門と高い壁があり、そこを乗り越えると強力な『遺跡守り』が待っていると聞いたことがある。俺達も知ってはいるが、手を出したことはない。二人では、危険すぎる」
「賭けになりますが、そこには行ってみる価値があると思います。賭けに勝っていれば、そこは軍事関係の研究所です。この周辺を調べ直すより、恐らく一番可能性の高い場所でしょう」
「……軍事関係!? 何でわざわざそんな所に」
ティルトが嫌そうに眉を顰める。
マレヌは冷静に、それを両手で鎮めて続きを口にする。
「だからこそ、と言うべきですかね。この遺跡には些か気になる点が多い。広さの割に高層の建築群。医療施設や経済に関わる施設の豊富さ。そして、この町外れの空白部分。これらは、この空白部分が『軍事関係の研究所』で、この遺跡が『軍需産業を種に商売している街』だったと考えれば説明がつきます」
「……確かに」
アスパーンは先日来『街づくり』に対して感じていたことを思い出しながら、頷く。
周囲の位置を考えると、技術や産業を生業とする地域に関しては、街づくりに幾つか条件がある。
ひとつは、そこが中心地でないこと。
次に、技術開発地の周辺に同じ業種を固めることだ。
その点において参考になるのは、バルメースの街作りだろう。
産業区域とも言えるリンカイ地区は港を中心とした地域に集中していて、そこに向かって行く馬車が多い。
シルバーパレスが中心地だという見方もあるが、シルバーパレスはあくまで政治の中心であって、交通や産業の中心はリンカイ地区、そこで大規模な爆発などが有っても累が及ばず、尚且つ遠くもない位置にシルバーパレスが在り、更にそこから少し離れた通いにくくならない程度の距離の地域に居住区を作る、という見方をするのが『産業的に見れば』正しい。
アスパーンの思索を他所に、マレヌが続ける。
「前分明時代……中でも古い時代は、魔術が存在しなかった時代だと言われているのを知っていますか? 精霊魔術の『生命快癒』や神聖魔術による『治癒術』の存在しない世界です。そんな世界で軍事を発展させると言うことは、同時に医療分野を進化させるということででもありました。残念なことに、イルミナ達のような半獣人族や獣人族が生まれたのもその為だという側面もありますが。……そして、それらが綿密に連絡を取り合う為には、出来るだけ狭い範囲で、高層建築を立てて横の移動の範囲を狭めることが、経済的にも都合がいい。人が徒歩で移動するよりも、昇降機で移動する方が圧倒的に速いくらいですからね」
「……フム。説得力は有るのう」
髭を擦りながら、ブラフマンが頷く。
ソーレンセンで働いている彼のことだ。
バルメースのものを始め、産業を視点の中心に置いた街づくりに関しては、誰よりもよく理解しているに違いない。
「……どういうこと?」
話が今ひとつ理解出来ないのか、或いはこの話に希望を見出したのか、イルミナがぐったりしていた身体をようやく自ら支えて訊ねる。
「イルミナ。貴方が諦めるのはまだ早い、ということです。これから『ワークアウトフロア』に行ってみて、それが軍事関連の研究所だと分かれば、もっと新しい形式の『ライフワーカー』か、若しくはそれに準ずる何かが見つかる可能性が有ります」
『…………』
マレヌの言葉に、全員が息を飲む。
それはそうだろう。
誰も到達や調査が出来なかったから『ワークアウトフロア』なのだ。
そこに踏み入ろうというのは、簡単な話ではない。
ルイゾンの話を信じれば、少なくとも『遺跡守り』をもう一度相手にしないと中へは入れない。
「……俺には細かいことは分からん。だが、時間がなく、尚且つイルミナはすぐに処置を受けるべきだというのは分かる」
真っ先に口を開いたのはリチャードだった。
アスパーンも、ティルトも、否、他の誰もが『そうするべきだ』ということが有るのは解っている。
リチャードの発言と表情を見て、アスパーンは腹を決めた。
それとなくシルファーンに視線を送ると、彼女も緊張した面持ちで小さく頷いた。
『リチャードの判断に従う』
その暗黙の了解が取れた気がした。
「……急ぐのなら同時進行にしよう。ルイ、お前がイルミナを『ライフワーカー』で治療しろ。護衛を兼ねるとお前が一番適任だ。その間に、俺達が『ワークアウトフロア』の探索に出る。こちらで出来るところまで進めて、可能な限り現物か情報を持って、イルミナの治療が終わる頃に一旦戻って合流する。これが一番『仕事』が早い」
「……じゃの。儂も同意じゃ。後は、目的の場所の候補地を絞るために、出来れば先に、イルミナの治療に必要な要素を出来るだけ知っておきたい。じゃから、正確には『ライフワーカー』がその要素をはじき出して治療にかかるまでは、儂らもここに居った方がいい。今口頭で説明できるのなら、それに越したことはないが」
ブラフマンが同意する。
「……メモが必要ですね」
マレヌが荷物から紙とペンを取り出す。
「……お前ら……そんな」
「ダメだよ! そんなの危険だよ! ウチは集落も大事だけど、『林檎亭』の仲間をそんな危険な場所に行かせられるほどバカでも無いよ!」
ルイゾンとイルミナが難色を示す。
マレヌが、イルミナの肩を叩いた。
「イルミナ、貴方がそう思うように、僕たちもこう思っています。『今まで貴方達二人だけで頑張って来たことなのに、今回ばかりは自分たちを頼った。ならば、自分たちは必ず貴方にこの仕事を完遂させなければならない』と」
リチャードが頷き、そして口を開く。
「依頼人と同行者という関係でもある。しかも俺達は『林檎亭』に入って日も浅い。信用出来ないかも知れない。だが、この数日でも、俺はお前達の『仲間』になれたと思っている。『林檎亭』で日の浅い俺達が改めてパーティを組むと決めたとき、それをお前達は祝福して、快く受け入れてくれた。その『仲間』の力になろうとすることは、俺にとっては矛盾しない。イルミナが絶望するのがまだ早いというのなら立ち上がらせる。そのために別行動した方が少しでも効率がいいというのなら、そうする。ただそれだけだ」
言葉を終えたリチャードが、アスパーン達一人一人の顔をしっかり見て、各自の表情を確かめる。
他のメンバーがそうするように、アスパーンもそのリチャードの視線に応え、頷いた。
その上で、アスパーンも続ける。
「イルミナ、症状と対処法が分かるなら早く教えてくれ。お前が治療してる間に俺達で出来るところまでして、その上で合流しても誰の損にもならないだろ? 悲壮な決意してるように見えるかも知れないけど、俺達だって命は惜しいから、案外あっさり戻ってくるかも知れないしな」
「ちょっと、アスパーン、縁起でもない」
ラミスが嗜めるのを、ティルトが手で制して、アスパーンに向かって頷いた。
続きがあるのを察してくれたらしい。
「……どんな小さなことでも悪あがきするだけしてみようぜ。九人もいるんだしさ。形だけでも目の前に成果が出たのに、お前が絶望してちゃここまで雁首揃えてやってきた意味がないし、お前が治療している間、残りの人間がボーッとしてても仕方ないだろ?」
「……アーちん」
「まぁ、ぶっちゃけ俺とブラフのおっさんがいるんだ。施設に入れないってことはねぇよ。ここの昇降機だって、しっかり復旧させたろ? 厄介な奴が出てきても、相手はリチャードとブラフ、アスパーンがしてくれる。勝算がないわけじゃねぇ」
それでも不安げな表情を隠せないイルミナに、ティルトがダメを押す。
シルファーンも、ティルトの言葉に頷きながら、イルミナに向けて軽く手を振った。
「大丈夫だよ、イルミナ。先刻イルミナがティルトやブラフマン達と昇降機を治している間、私とアスパーンで下調べをしに行ったでしょう? アレと同じ。時間を無駄にしない。ただそれだけよ」
「シルシル……」
「まぁ、皆に何が有ってもアタシが無理はさせないから。大丈夫、大丈夫!」
最後に、ラミスが明るく笑った。
イルミナはヨロヨロと跪くと、両手を着いて頭を下げた。
「我侭だと分かってる。…………でも皆、お願い……! ウチの集落を助けて! ……そんでもって、ホントに、ウチの我侭なのは分かってるけど、皆も絶対に死なないで!! そんなのは、ウチも、ウチの集落の人達も望んでいないから!!」
俯いた床に、雫が滴り落ちる。
床に伏すイルミナに合わせて俯いていたリチャードの視線に、力が込もるのが分かった。
再び視線が、パーティの間を一巡する。
全員の気持ちに、火が点いたのが見てとれていた。
それは勿論、アスパーン自身も含めて。
全員がほぼ同時に頷き合うと、リチャードが口を開いた。
「…………可能な限り請け負おう」




