《騎士の復活》
『電磁療法処置室』に入ったイルミナの行動は迅速だった。
アスパーンには何が起こっているのか分からなかったが、どうやらこのカプセルは高度な医療器具であるようだ。
それから数時間、放置されることにはなったが、予想されていた『遺跡守り』の巡回行動などもなく、この場所が拠点としても使えそうだということだけがはっきりした。
「凄い集中力だな」
入口のところで歩哨に立っているティルトが、イルミナの様子を視線で追いながら、同じ様に歩哨に立っているアスパーンに声を掛ける。
「あぁ。よく分からないけど、必死さだけは良く分かる。『ライフワーカー』が一体何なのか、俺には良く分かんないんだけど。本物だったとしてイルミナは何をしたいのかな?」
「そういや、聞いてないな。……でも、悪いことじゃないだろ、医療器具なんだし」
「そうだな……」
アスパーンは昨晩のイルミナとの会話を思い出す。
調理の後片付けをしている最中、突然声を上げたかと思うと、険しい表情を浮かべて黙ってしまった、あの時。
直接的に関係有るのかは分からないが、アレが何か関係しているような気がするのだ。
「何か心当たりでもあんのか?」
「あぁ、いや、大したことじゃない。少なくとも、此処が目的地なら問題ないことだと思うんだけど……」
ティルトの言葉に答えようとした、丁度その時だった。
「ウニャーーーッ!!」
悲鳴のような声とともに、イルミナが頭を掻き毟る音が聞こえてきた。
残念ながら、ハズレらしい。
「アスパーン、ティルト、ちょっと……」
中からマレヌが手招きする。
呼ばれた二人は室内に入ると、マレヌの傍まで近寄った。
「…………どうした?」
「どうやらこちらの道具は、リチャードの当たりで、イルミナの探しものではなかったようです。僕はこれからリチャードの治療に当たるので、ここからは暫く別行動を取りましょう」
マレヌは顔を覗かせたアスパーンとティルトに、困惑気味に耳打ちする。
「別行動!?」
「危険だろ、そんなことしたら」
「いえ。それが、僕も本意ではないのですが。あの焦り様からするとイルミナの方には急がなければならない事情があるようです。あまり我慢が効きそうな感じには見えません」
口々に異を唱えるアスパーンとティルトに、マレヌがイルミナの方へ視線を送りながら答える。
確かに、イルミナの悔しがりようと言ったら尋常ではない。
先程からの集中力を考えても、すぐにでも他の部屋へ確認に行きたいように見える。
しかし、こちらにはこちらで『リチャードの記憶回復の役に立つかも知れない』という立派な動機がある。
これは自分を庇って記憶を失ったリチャードに対する感情と、イルミナの依頼を遂行したいという意識を秤にかけた末に出した、マレヌなりのギリギリの折衷案と言うことなのかも知れない。
「幸いこちらの機械を試すのは三十分から一時間程度で済みそうですし、いざとなれば僕には『アレ』が有ります。ここはクライアントの意を汲んで、妥協しましょう」
「……解った。だけど、その間どうする? リチャードとアンタがここに残るってことは、誰かもう一人くらい居ないと」
マレヌの言葉にティルトが頷きながら答える。
しかし、マレヌは頭を振って否定する。
「この数時間の様子からして、他の探索者でも来ない限りここは安全でしょう。僕だけで大丈夫ですよ。今から準備する時間を入れても概ね一時間くらいで結果が出ると思いますので、その頃二人くらいで迎えに来てください。幸い、目的地は角を曲がった隣の部屋ですし、最悪大声を上げれば気付くでしょう」
「まぁ、そう言われればそうだけど……」
本当に大丈夫だろうか、そんな表情がありありと見て取れるティルトに向かって、マレヌがダメを押す。
「後のことはブラフマンとルイゾンに任せてあります。彼らの判断に任せておけば、間違いないでしょう。念のため、次の『免疫投射処置室』の前に『遺跡守り』が居るかどうか確認するところまでは同行しますよ」
「解ったよ……。そこまで言うのなら、構わねぇけど」
ティルトが不承不承頷く。
「その話、部屋の中では通ってるのか?」
「大丈夫です。さっきルイゾンに話して、イルミナを説得してもらえるように言っています」
アスパーンの問いに答えると、マレヌがいつものように眼鏡をツイと吊り上げる。
部屋の奥の機材近辺では、ルイゾンがイルミナやそれを手伝っていたブラフマンを始めとする他のメンバーに色々と説明している。
直ぐにルイゾンから、全員の承諾を示すサインが出た。
「…………さぁ、取り敢えず、『免疫投射処置室』の方を確認しに行きましょう。総てはそれからです。ティルト、また頼みますよ」
「へいへい」
マレヌの言葉を受けて、ティルトはさっさと廊下の角まで走ると、手鏡で先を確認する。
「何もいねぇよ」
「では、僕らは『電磁療法処置室』の方へ行きますから。後は頼みますよ」
「はーい/気をつけてなー/何か有ったら呼んでね/そっちも頑張って/まぁ、やってみるわい/気を付けてね/こっちは任せろ」
マレヌがリチャードと頷き合うと、それに合わせて他のメンバーから思い思いの返事が返る。
リチャードとマレヌの姿が『電磁療法処置室』に消えていくのに合わせて、徐々に列を為して、残りのメンバーは『免疫投射処置室』の前に立った。
先程のブラフマンの作業でこちらの鍵も開いていたのか、『電磁療法処置室』と同じ様に左右にスライドして扉が開く。
アスパーンは一応身構えていたが、『電磁療法処置室』と同様に内部には人が入れるくらいの大きさのカプセルが一基、設置されており、レイアウトはほぼ同じになっていた。
「調べてみる!」
イルミナが今度こそとばかりに室内に駆け込んだ。
「フム、まぁ、仕方の無いところじゃの」
ブラフマンが次いで中に入る。
「ティルト、次の角見ておこう。何もなければそれで良い」
「何でだよ、そっちの角の先はさっき何も居ないのを確認して通過してきた十字路だろ。ここから見える範囲に居なければ、角を折れても何も居ねぇよ」
ティルトが、気が抜けたようにがっくりと項垂れる。
「……言われるまで気付かなかった」
「お前本当に地図が絡むのダメな?」
ティルトの言う通り、次の角はT字路になっていて、正面側に何も居なければ側面側は二時間ほど前に通過したばかりの場所だった。
仮に相手が周囲を巡回していたために気付かなかっただけだったとしても、居るとすればとっくに対面している筈だ。
「なるほど。だとすると俺はさっきの角にいるのがいいな?」
「リチャード達の方とこっちと、両方ケアしようって訳ね。まぁ、それもアリかも」
ティルトの同意が得られたので、アスパーンは先程折れてきた角の位置に立った。
この角が建物の一番端の位置になるのか、直角の角になっていて先程まで居た部屋と今イルミナが調べている部屋の両方に対して視界が利く。
この位置ならリチャードとマレヌのいる『電磁療法処置室』と、他のメンバーのいる『免疫投射処置室』の両方を視界に収めることができる。
暫くここで、リチャード達が出てくるまでは待っていた方が良さそうだ。
(………………ふぅ)
アスパーンは敢えて目に頼らず、息を整え、耳を澄まして気配を探ることにした。
実は今のように静寂が保たれている状態であるのなら、視界の範囲より聴覚の範囲の方が相手の気配を鋭敏に感じられることが多い。
流石にこのビルの端までその感覚を確保することは出来ないが、視界を補佐するには余りある範囲をカバーする自信はあった。
(特に、『遺跡守り』は随分音が大きいからな……)
『遺跡守り』の弱点の一つは、あの駆動音の大きさにも有ると思う。
元より待ち伏せをするタイプの相手なので、あまり大きな弱点ではないのだろうが、次に戦うことが有れば、駆動音で次にどの部位が動きそうか、予想が出来るだろう。
(しかし、イルミナのあの焦り様。……やっぱり少し気になるな)
アスパーンはイルミナの不可解な態度のことが、どうしても気になった。
約一時間もそんなことを考えながらダラダラと過ごしていると、いつの間にか作業を終えたのか、見慣れた姿が『電磁療法処置室』の方から現れた。
リチャードとマレヌだ。
迎えに来い、と言われていたのをすっかり忘れていたが、そんなことをしなくても充分に無事のようだった。
(いや、……アレが、リチャード?)
リチャードの偉丈夫はアスパーンの目から見て、一回り大きくなったように見える。
治療の効果が出て何かが変わったのか、『或いは別人なのでは』と思ってしまうほど印象が違う。
どこが違うとは具体的には言えない。
だが、纏っている空気が違うのだ。
「リチャード……なのか?」
「おう、待たせたな。一応こちらは終わった」
アスパーンの問い掛けに、以前とあまり変化のない口調でリチャードが応えた。
しかし、アスパーンの目から見た印象は、元には戻らない。
「記憶、戻ったのか?」
「あぁ、全部とは行かなかったが、一部だけな。でも、子供の頃のこととか、剣を始めた頃のことを幾つか思い出したから、今までよりももう少し色々な役に立てそうだ」
リチャードの返答を聞いて、アスパーンは傍らにいるマレヌに視線を移す。
マレヌは小さく頷くと、眼鏡をツイと吊り上げた。
「完全とは行きませんでしたが、少しは昔のことを思い出せたようです。いずれ、これが呼び水となってもっと多くのことを思い出すかも知れません」
「生まれと育ちくらいは思い出せたよ。騎士の家の生まれで、本名はリチャード・O ・サンクティア。兵役で出兵するも戦争の余波で実家が没落して、騎士隊長から一般の騎士に身を落とした。後はよくあるパターンだな。戦争が終わっても碌な財産がなくて、売れるものを家人に給料替わりに譲り渡して領地を出た。手元の魔法の小剣は、その時実家から持って出たものだった。そこからまた、暫く記憶が飛んでるが、前よりマシだし、何とかなるだろ」
リチャードは思い出したらしい幾つものことをアスパーンに説明して見せる。
なるほど。
その威風堂々とした振る舞いや冷静な判断力の根本には、その出自や戦争経験も有ったというわけだ。
「へぇ、大陸の騎士様か。ウチの実家みたいなもんだな」
「まぁ、大陸でも噂に聞くザイアグロスの『戦の一族』とは、随分かけ離れた小さな家だけどな」
アスパーンの言葉に、リチャードは肩を竦める。
「でもまぁ、いまいちキチンとしたことが分からないまま使っていた剣の使い方も、完全とは行かないかもしれないがちゃんと思い出せた。今は先ず、そこを喜ぶべきかもな」
「げー、今でも充分強かったのに、また強くなんのかよ」
アスパーンはうんざりして思わず舌を出す。
只でさえあの『受け』の強さは厄介なのに、それに加えて剣の扱いも更に『思い出した』と言うことなら、いよいよもって『味方で良かった』と思う。
「お前の家では『徹し』といったか、アレの打ち方も思い出したよ。ウチでは『叩き撃ち』と呼んでいたが」
「まぁ、呼び方は色々有るだろうな。何にせよ、『使える』ことが重要だ」
これからの戦いでリチャードが『当て』の技術を使えるということは非常に大きい。
アスパーンとは比較にならないリチャードの膂力に『気術』での『肉体強化』が加われば、『遺跡守り』のあの装甲すら叩き壊すことも不可能ではないかも知れない。
アレほどの相手に遭遇することが何度もあるかは分からないが、対応できるんだぞ、という精神的アドバンテージはとても大きい。
「僕としては、少しばかり肩の荷が降りたような気分ですけどね。いやぁ、本当によかったですよ」
「悪いな、却って迷惑掛けた」
マレヌの安堵したような溜息に応えて、リチャードはマレヌの肩を『ポンポン』と軽く叩く。
「そちらはどうです?」
マレヌが、移動を促すように杖を振って、アスパーンに問いかけた。
「今のところ進展が有ったような感じではない。逆に、敵が出てくる雰囲気もないな」
「恐らくここが高層階と言うよりは、中間層だからでしょう。最上階などになれば巨鳥類の敵がいる可能性も有りますが、このくらいの高さなら却って『遺跡守り』のような相手しか居ないのだと思います」
アスパーンの言葉を受けて、マレヌが持論を展開する。
「なるほど、天辺でもなく、下のほうでもないか。しかも昇降機が死んでいたとなると、この辺りに敢えて住もうというメリットはあまりないな」
リチャードが納得したように小さく頷いた。
「或る意味、安全では有るのでしょうけれどね」
マレヌが苦笑いしながら、『免疫投射処置室』の前でボーッとしているティルトとラミスに杖を上げて挨拶する。
「「…………リチャード!?」」
ティルトとラミスの反応も、アスパーンの反応とほぼ同じだった。




