《プロローグ》
「駄目だ……。ここにも無い」
イルミナは恐らく自然災害によって破壊されたであろう瓦礫の山を前に、暗澹たる表情で呟いた。
遺跡。
前文明時代の市街地跡や、施設跡を、冒険者はこう呼んでいる。
イルミナの探している品物は、この遺跡と呼ばれる場所の何処かに眠る筈の、ある道具だった。
正確には、『ここに在った筈のもの』だった。
しかし、自然の力に負けたのか、或いは誰かが奪い去ったのか、目的の室内には既にその道具(通常、遺跡に眠る前文明時代の品物を『遺品』と呼ぶ)は見当たらなかった。
「……ないのか?」
室内の惨状を目にして、旅に同行してくれた相棒が訊ねてくる。
「うん、ウチは間違いなく『ここに有った』と思うけど」
有るべき筈の場所に、有るべき部品がない。
それでは意味が無かった。
「……じゃぁ、また別の場所を探すしかないな。大丈夫、まだ時間は有るだろ。取り敢えず今夜はここで明かしていいわけだし、明日また別の施設を探そう」
「……うん」
努めて明るく言った相棒の言葉にイルミナが頷いた、その時だった。
「…………っっ!?」
左の手首から腕にかけて、特に内側の柔らかい部分に鈍い痛みを感じて、思わず左の手首にはめている腕輪を押さえた。
不定期に、イルミナの体調の悪化を察知すると左の手首から差し込まれる、空圧注射だ。
イルミナはこの腕輪なくして生きていけないが、同時にこの腕輪が発動するときは、イルミナの体調が良くないということをも表している。
今度こそと思って事に臨んで、それが空振りに終わったことに対する心理的な疲労もあってか、自分で思っている以上に疲れているのかも知れない。
いや、実際には、そうではないことは良く解っていた。
しかし、焦りがイルミナに休息を摂ることを許さなかったのだ。
密かに、自分の手首の腕輪を確認する。
古代言語で書かれている数字は、既に二十を切っている。
最初は百以上有ったものが、徐々に数字を減らし、最近では体調の悪化とともに数字の減るペースも早くなってきている。
現在では、無理をすれば週に一回減ることも有る。
時間は本当に有るのか?
このまま毎日数字が減ったりはしないのか?
そう考えることは恐怖でも有る。
しかし、同時に使命感を呼び起こされるものでもあった。
自分がやらなければ。
自分がやらなければ、集落の仲間は、全滅する。
その日は結局、その場で夜を明かした。
そして、翌日。
イルミナは追いつめられていた。
あと僅か。
あと僅かな筈なのに、その僅かがとても遠くに感じられた。
傍らにいる相棒は、肩で息をしている。
自分も、既に用意してきた炸裂弾は底をつき、今は虎の子の『遺品』である『銃』を利用している。
しかし、目の前に立ち塞がる敵は硬く、素早く、間合いが遠すぎれば当たらず、近くの間合い過ぎれば逆に標的にされる有様だ。
傍らの相棒がいなければ自分は既にこの敵『遺跡守り』と呼ばれる特殊な、『遺跡最強』とも言われる番人に、始末されていたに違いない。
「……撤退だ」
やがて、決意したように相棒が呟いた。
「でも、多分この先に!」
イルミナは思わず反論する。
イルミナには時間がない。
撤退などして、これ以上時間を無駄にすれば、取り返しの付かないことになりかねない。
イルミナ自身に施された『昨日の処置』が、それを物語っているようにも思えた。
「命あっての物種だろうが! お前の事情はわかるが、自分自身の命が有ってこそだ!」
相棒は展開していた彼の代名詞とも言える『遺品』を回収する。
「アレを倒すには、準備がいる。俺に案が有るが、今は手が足りない! お前の弾薬も限界だ。これ以上は、戦いを続けても、帰りに何かアクシデントがあれば、今度は無事に戻れなくなるぞ!」
戦いに長けた相棒の、冷たい宣告だった。
昨日鈍く感じた痛みが、蘇る。
実際に空圧注射があったわけではない。
単に、昨日の鈍い苦しみが蘇っただけだ。
イルミナは思わず、左の手首を押さえる。
数字が減っていないことに安心すると同時に、減ることへの恐怖、それ以上に恐怖しているであろう集落の仲間たちへの思いと、この場で死ぬことへの恐怖がイルミナの精神に緊張を強いているようだった。
「……場所は分かってるんだ。補給に戻る。その上でもう一度アタックすればいい!」
相棒は『遺跡守り』に背を向けないように、イルミナをその背に庇いながらジリジリと下がって間合いを広げて行く。
「…………!!」
声にならない。
自分を見込んで送り出してくれた仲間たち。
融通の利かない『遺跡守り』。
そして、それを推して通せない自分の不甲斐なさ。
『倒しきれない』という現実が自分以上に、イルミナが所属する宿でも屈指と言われる実力を持つ、相棒のプライドを傷つけていること。
それでも、自分の安全を優先してくれる相棒の優しさと強さも。
それら全部が、ジレンマ。
総てがイルミナに苦渋を強いた。
「……分かった。……ここは、ウチが折れる」