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《アプローチ!》

「風の精霊疾くい出て」

 飛び出すと同時に、アスパーンは目標を認識した。

 金属製の樽の上に、ジョッキを逆さまにして置いたような形状。

 しかし、そのジョッキは半透明の黒い物体で、その材質がなんなのか、アスパーンには判断がつかない。

(アレが……『遺跡守り』)

「我が意に従い」

 呼び出した精霊に『気合』を食わせると、剣に載せる。

「貫け!」

 間合いが離れたまま、『気合』を載せた剣尖を閃かせ、突く。

 『気合』を受け入れた風の精霊がアスパーンの意に従い、突きで割いた空気をそのまま増幅させるように真空を生み出して、間合いを物ともせずに『遺跡守り』に襲いかかった。

「ピッ!?」

 攻撃に気付いた『遺跡守り』はジョッキサイズの黒い物体でおおわれた部分に光を灯して、こちらを見た……ように見える。

 しかし、そのタイミングで気付いても回避は間に合わない。

 生み出された真空はバリバリと空気を裂く音を立てて伝播し、『遺跡守り』に激突する。

 激音を立ててアスパーンの『突き』を食らった『遺跡守り』は、僅かにたたらを踏むように数メイル後方へ押しやられるが、直後、昇降機と似たような音を立ててアスパーンに迫ってきた。

「命中っ!」

 だが、大きなダメージはないようだ。

 金属製の樽の部分には僅かに傷がついているものの、歪んだり、凹んだりということはない。

 つまり、表面を削ったに過ぎなかったのだ。

 アスパーンはその迫力に驚異を感じながらも、間合いを離す。

 自分の役目は『ドロー』。

 つまり、待ち伏せしている仲間のところまで『遺跡守り』を引っ張ることだ。

「風の精霊疾くい出て、我が意に従い……」

 再び『気合』とともに風の精霊を呼び出すと、剣に載せて、退きながら剣を振るう。

「切り裂け!」

 三連続。

 八十一式(旋風四連)の要領で三重に重ねて振り抜いた斜線が、そのまま風の精霊によって鎌鼬と化して『遺跡守り』の身体を捉えたが、こちらも傷が浅い。

 今度は薄く削る程度に留まった。

「ピッ」

 機械音と共に、『遺跡守り』の身体に腕が生えると、アスパーンに向かって何かを放った。

 反射的にアスパーンがそれを躱すと、後方の壁に、『バチン』と大きな音を立てて爆ぜる。

「単発!? でも、それじゃぁな……」

 とはいえ、『ドロー』の役割はボチボチ果たした。

 もう暫く粘られるかと思っていたが、案外簡単に引っ掛かってくれた。

「お願い、『シュルト』!」

 シルファーンが契約している風の精霊に呼び掛ける。

 呼び掛けられた『シュルト』が周囲の空気をかき集めて用意した突風が、廊下の空洞を通じて強化され、『遺跡守り』をガラスに押し付けた。

 それを契機に、ブロンズ・シルバー・カッパーの各チームが所定の位置へと雪崩れ込む。

「ぉおりゃっ!/フンッ!/セイッ!」

 フロントの三人が、各々の得物で突風に流されて体勢を崩した『遺跡守り』に襲い掛かり、強烈な打撃音が辺りに響いた。

「ピッ!」

 しかし、残念ながら破壊には至らない。

 各々の一撃で一瞬だけ、その体が歪んだようにも見えたが、直ぐに元に戻る。

 硬いだけではなく、しなやかさも兼ね備えているのかも知れない。

「ならっ!」

 アスパーンは方向転換。

 自分も突進を開始する。

 『居抜き』を掛けるつもりだった。

 だが、同時にリチャードが片手でアスパーンに制止をかける。

 三人が三人とも、『遺跡守り』の足元……というか、樽の底に当たる部分に注目しているようだった。

「大丈夫だ! 離れてろ!」

 リチャードの声に従って、アスパーンは疑念を抱きつつも距離を置いて再び風の印を切った。だが、今度はすぐに放ちはせず、行動を保留する。

 風の精霊は地水火風の『四大精霊』と呼ばれる精霊の中では最も攻撃力が低いといわれているが、同時に、他の四大精霊に較べて最も行動の柔軟性が高い。その分、待機させておいた方がいい場面というのも多い。

 リチャード達は何かをするつもりなのだ。

 その結果を見て、柔軟に判断するのが今のアスパーンに求められている行動だった。

(ルイがしていた『準備』って奴か)

 出発前、宿で『当て』の話をしていた時、『内部破壊』という言葉を聞いてルイゾンがブラフマンと何やら話していたことを思い出す。

 やがて、『遺跡守り』を囲んでいた三人はその場を離れると、各々の配置に戻る。

「仕掛けは済んだ! 牽制!」

 リチャードの声に従って、ティルトが篭手をショットスリンガーに換装し、すぐさま炸裂弾を放つ。

 僅かにタイミングをずらして、イルミナのものと思われる銃が射撃を開始した。

「親しき光の精霊よ、我が意に応えてかの者を貫け!」

 更にラミスが光の精霊を呼び出し、突撃させる。

 三方からの一斉射撃だった。

 『遺跡守り』は間断ない攻撃によろめきつつ、背中と思われる部分から一メイル(≒メートル)はあろうかと言うアームを四本も生やし、フロントの三人へ強打する。

「歪めろ!/流して!」

 アスパーンとシルファーンが同時に叫ぶ。

 四本のアームは風の精霊によって動きを見出され、それぞれバランスを失って力なくフロントの三人に押し当たる。

 三人はその攻撃をそれぞれ、余裕を持って受け、躱し、受け止める。

「ルイ!」

「任せろ!」

 そして、フロントの三人がしていた『仕掛け』が発動した。

「『見えざる魔人の手』!!」

 ルイゾンのヘッドギアが僅かに振動すると、いつの間にか床に撒かれていた物が『遺跡守り』の足元から『樽の底』の部分へ吸い込まれて行く。

 そして、金属同士がものすごい勢いでこすれ合うような激音と共に、『遺跡守り』の内部で炸裂した。

 『遺跡守り』は激しく振動した後、繰り出していたアームやその『樽』の随所から煙を吹き始める。

 それが暫く続いただろうか。やがて、点灯していたジョッキ部分の明かりが消えるとともに、『遺跡守り』は小さく爆発するような音を立ててその場に崩れ落ちた。

「……上手く行ったか?」

「恐らく……暫く待て……儂にもまだ、これが爆発せんとは言い辛い」

 リチャードの問いにブラフマンが答える中、一人、ルイゾンが得物を取り落とし、その場に膝を付く。

「ルイ!?」

「あ、あぁ、大丈夫。ちょっと疲れただけだ」

 アスパーンの位置からは見えない誰か(恐らくイルミナだろう)の問い掛けに、ルイゾンが答える。

 ルイゾンは落とした得物を拾う余裕もなく、右手で額を押さえていた。

「……近付いても大丈夫かな?」

「……終わったんじゃない?」

 アスパーンが僅かに前にいたラミスに問いかけると、ラミスは恐る恐るといった感じでアスパーンの肩に降り立つ。

「……早いわね……ホントに終わった?」

「いや、作戦がきっちり決まってるときはこんなもんだって。シェルダンの時とか、この間みたいなのがおかしいんだよ」

 ラミスの言葉に答えながら、アスパーンはリチャードの背後につく。

「終わったよな?」

「……多分」

「火を吹いとるから爆発の恐れがあるのう……」

「水、使う?」

「無尽蔵に出せるならの」

「あ、そ」

 ブラフマンの答えに、シルファーンが一旦取り出しかけた水袋を戻す。

 シルファーンの契約している水の精霊に『水の精霊界』にアクセスさせれば、ある程度の量は確保出来るとは言え、無尽蔵かと言われればそれは否だ。

「アスパーン、近くに水場は?」

「給湯室を示す文字は有ったな」

 リチャードの問いに、アスパーンは記憶をたどって答える。

 リチャードは暫し考えた後、判断を下す。

「……火事になっても厄介だ。精霊使い組で行ってきてくれ。シルファーン、ラミス」

「ああ、待って。それならやっぱりいいわ」

 頷いて移動しかけたラミスに、シルファーンが制止をかける。

「敵が出るかも知れないし、私がやった方が早そう」

「何か手が……?」

 リチャードがそこまで言ったところで、シルファーンが手にした剣で『水』を象徴する魔導文字を描く。

「『コールエレメンタル』我が意に沿いて水よ現れい出よ!」

 剣尖で描いた『水』を示す魔導文字の先から空間が歪み、精霊界への『門』が開いた。

「!?」

 傍らに居たラミスが驚愕に目を見張る。

 それはそうだろう。

 アレはメリス家でも宝物級の扱いを受けている、精霊を呼ぶ魔剣『コールエレメンタル』だ。あのように剣尖で描いた魔導文字によって、指定した精霊界への『門』を開くことの出来る魔法の武器で、彼女の『奥の手』の一つだ。

 精霊使いは本来、自然の精霊と契約して手元の道具や宝石に封じるか、その場に存在する精霊に力を借りることでしか精霊魔術を行使することが出来ない。

 だが、『コールエレメンタル』に関しては違う。

 あのように剣尖で『それに該当する魔導文字』を描くことでその精霊界への入口を開くことが出来るのだ。

 無論、無償でもないし複数の種類の精霊を同時に呼び出すことが出来ないという弱点もあるが、『その場に存在しない精霊を呼び出すことが出来る』という、弱点を補って余りある強力な強みが有る。

 今回の場合、シルファーンは風と水の精霊は既に契約しているので、いつでも利用することができる。だが、火を吹いた『遺跡守り』を鎮火出来るほどの量の水を生み出すには少々心許ないし、一方で水を探しに行くまでに新たな敵に出会わない保証もないため、『コールエレメンタル』を使用する決断をしたのだろう。

 『門』を開いてしまえば、『門』から多数の精霊を同時に呼び出すことで、大量の水を一度で使用することが出来るからだ

 シルファーンによって呼び出された多数の水の精霊達が、寄ってたかって『遺跡守り』の体内を洗い流す。

 火との反作用で湯気を立てながらも、煙はすぐに収まった。

「スゴイの持ってるわね……」

「弱点もあるけどね。敵に遭う可能性を考えるよりは、今はこの方が楽でしょ?」

 ラミスの感嘆にシルファーンが小さく頷く。

 シルファーンの負担は小さくは無いようで、小さく息をついていた。

 その様子を見てラミスも『弱点』を察したらしい。

「アレ、アンタんちの?」

「うん、ウチでも家宝クラスの扱いだね」

 ラミスの問いにアスパーンは頷く。

 『コールエレメンタル』はシルファーンがメリス家や『ザイアグロスの騎士団』に貢献したことによって、祖父を筆頭に、一族からの連名でシルファーンに直々に与えられたものだ。

 ラミスはあまりの出来事に呆れるように溜息をつきながら、アスパーンに視線を送ってきた。

「良くもまあ、あんなものを。……よっぽどシルファーンに世話になってるのね、アンタ達」

「まぁ、俺の『気合』みたいなワケの分からないものを『気術』っていう、少しでも分かり易い形にしたのはシルファーンだからさ。その辺りの貢献が認められたって言うのと、俺が死なずに済んだこと。後は、てんでバラバラだった術の幾つかを体系づけたっていうのも有る。メリス家もそうだけど、ザイアグロスの魔術におけるシルファーン存在や貢献度ってのは、メリス家の歴史の中でも五本の指に入るんじゃないかな。俺らの代になって魔術と武術の混合が目立つようになって、急激に進化したんだけど、アイリスの次に貢献したのは多分彼女だよ」

 アイリス、というのは現在セルシアの女王となっているメリス家の『絶対的長姉』バイメリアの幼名である。

 彼女の場合は『三英雄』の名に相応しく、様々な魔術の混合による成果が色々と生れていて、同時に長刀と鎚を得意とする彼女は武術面でも幾つかの状況に合わせた新しい技を生み出している。

 そんなバイメリアをして『頭の上がらない相手』というのが、シルファーンだというのは一門の内弟子たちと家族しか知らない秘密だ。

「……まぁ、『存在しないもの』を一から体系立てたってのは確かに凄い貢献ね」

 ラミスは腰に手を当てて、納得したように頷く。

 ラミスは元々シルファーンと仲がいい。

 そのシルファーンにそんな側面が有ることなど、聞いていなかったのだろう。

「他の成果も、いずれ見る機会が有ると思うよ」

「でも、人間一人に限界があるように、森妖精一人にも限界があるんで、その辺はお忘れなきようにね、お二人とも」

 アスパーンとラミスの会話に、シルファーンが肩で息をしながら割り込む。

 そうなのだ。

 シルファーンの目下最大の『壁』は彼女自らが扱いきれる能力の限界に有る。

 威力や効果が高すぎる術も中にはあって、彼女が何度も連続して扱うには体内に蓄えているマナが持たないものもあるのだ。

 『門』を開くところまでは『コールエレメンタル』がやってくれるが、その先に居る精霊たちを扱うのはあくまでシルファーンであり、その膨大な数の精霊たちに自らのマナを与えるのもまた、彼女自身だと言うことだ。

「……まぁ、アレだけのことをすればリスクは有るわよね」

 目の前で起こったことの凄さを知るからこそ、リスクを理解することも有る。

 ラミスの場合、シルファーンと同じく精霊を使うわけだから、尚更良く分かるだろう。

「これで大丈夫だと思うけれど、どう?」

 シルファーンはブラフマンに問いかける。

 ブラフマンは『遺跡守り』の様子を確認した後、いつものように『フム』と呟く。

「……大丈夫そうじゃの」

 言いながら、ブラフマンは用意していた『遺品』を取り出すと、『遺跡守りにつき取扱注意』と紙を貼って小箱の中に送り込む。

 それまで『遺跡守り』のいた場所には、その体内から大量の水で洗い流された撒菱のようなものがあちこちに散らばっていた。

「……これが、さっきの?」

「『見えざる魔人の手』俺のもう一つの切り札だ」

 アスパーンの問いに、ルイゾンが頷く。

 ルイゾンが何か仕掛けをして、それに合わせてフロントの三人が申し合わせていたことはアスパーンにも理解出来たが、具体的にルイゾンが何をしたのかはアスパーンにも分かっていない。

「制限はあるんだが、自分の両腕の腕力で扱うのと同じ重量の物体をイメージ通りに操ることが出来る。それで、『遺跡守り』の足元の隙間を通して撒菱で奴の体内を攻撃したんだ」

「……なるほど、疲労したのは細かいもんを沢山制御したからか」

 ルイゾンの言葉に、アスパーンは納得した。

 ルイゾンの言う通りの条件で物体を操作することが出来たとして、大きなものを二つばかり扱うより、細かいものを大量に制御する方が、操作する方の負担としては厳しい。

「……気付いていたか」

 ルイゾンが苦笑する。

「『ヘカトンケイル』なんて、大仰な名前だと思ったら、正しく名前の通りかよ。ルイは普段、『見えざる魔人の手』を使うときは、その膂力を活かして、制御の負担にならない程度の数の武器を使ってるんだな?」

 それならば、アスパーンと対峙した時に次々と得物が出てきたことにも頷ける。

 あれは予備武器であると同時に、いざとなったら奥の手として『見えざる魔人の手』で使用するための武器なのだろう。

 アスパーン自身『分身』を制御する際に、あまり数が多すぎると大きな負担が掛かることが有る。

 だからこそ、ルイゾンの『見えざる魔人の手』の弱点に気付いたに過ぎない。

「ご明察。意外と頭も切れるな、お前は」

「戦いに関してはね。それ以外はからっきし」

 ルイゾンの言葉に苦笑を返したのは、アスパーン本人ではなく、シルファーンだ。

 アスパーンは、それについては反論の余地がないどころか、そもそも気付いたのが『自分の技に近いから』という理由なので黙っていることにする。

「何にしても、取り敢えずこの床を何とかしないか?」

 リチャードが呆れ多様に呟く。

 確かに、撒菱だらけで水浸しの床は、そのまま人が通るのは明らかに危険だった。

 ルイゾンは『無尽の宝物庫』をまさぐると、大きな黒い石を複数取り出して、メンバーに投げ与える。

「磁石を用意して有る。大丈夫だ」

 『ヘカトンケイル』の『準備』には、万事抜かりがないようだった。


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