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《ヴェルフルタワー四十階》

 奇妙な上昇感だった。

 昇降機の存在自体は以前から知っているし、もう少し大掛かりで魔力的な仕組みのものはメリス家にも存在するので、どういう物なのか知っているつもりだったが、部屋そのものが上昇して行く圧力だけを感じる電力の昇降機は、奇妙という感想が非常にしっくり来る。

 しかも、それが最初の数瞬と、止まる間近にだけ強烈に感じるのだ。

「何これ、気持ち悪っ」

「あぁ、高層階行きの昇降機はスピードあるからな。慣性の法則で圧力が戻るまで、上下方向に圧力がかかる。初めてだろ?」

 思わず眉を顰めたアスパーンに、ルイゾンが答える。

 ルイゾンはいつの間にか装備品を準備していて、以前目にした二本の大剣に加えて頭部にヘッドギアを装備していた。

「一瞬だけグッと来るのが気持ちわりー。子供とかが乗ったら泣くな、これ」

 この感触に慣れるまでは、何度か経験を踏む必要が有りそうだった。

 数十秒後、不意にベルが鳴る。

 アスパーンは慌てて、取り敢えず剣だけ抜いた。

「はやっ、もう着いたの?」

 音の数秒後に、再び今度は逆向きに圧力がかかると、扉が開く。

 あまりに早すぎて、全く準備をしていなかった。

 ルイゾンはこの速度を理解していたから、早めに準備をしていたと言うことだろう。

 幸いにして『お出迎え』は無かったものの、油断大敵という奴だ。

「階段登るのがアホらしくなるな……」

「体力の温存って意味でもな。俺もここまでのものとは思わなかった」

 先程二十階まで登っただけに、この速度が異常に感じられるアスパーンの感想に、ティルトが同意する。

「ねぇ、本当にここで良いの? 早すぎない?」

「大丈夫じゃ。早うせんかい。置いていくぞ」

 シルファーンの問い掛けに、パネルに触れたまま、ブラフマンが答えて一同を急かした。

 扉を潜って分かったことだが、確かにホールになったそこかしこに、古代語数字の四十の文字が見える。

「さて、先ずはフロアレイアウトの確認ですね……」

 一人、マレヌが呟いて周辺を見回す。

「あぁ、ここよ。二十階まではここにあったわ」

 シルファーンが一番端の昇降機の横へ歩み寄り、壁に掛けられたプレートを指差す。

 それからスカートのポケットから布を取り出すと、軽く埃を拭い手元のメモと照合する。

「うん、やっぱり同じ造りみたい。後は、何かの影響で壁が崩れてたりしない限りは、この地図で行けるはずよ」

「これだけ頑丈に作られてれば、高層階だし、ガラスが割られたり荒らされたりすることは有っても敵は基本的に『遺跡守り』だけだろうな」

 アスパーンの主観では、周囲の空気が淀んでいるとまでは言わないが、ホールの周辺は少なくとも数カ月は誰かが出入りした様子はない。

 イルミナとルイゾンが『遺跡守り』に遭遇してから十日ほどの筈だから、階段の周辺まで行けば交戦の痕跡や、また違った様子が有るのだろうが。

「しかし、暗いな。電力灯とやらは復活させてないのか?」

「敢えてせんかった。『遺跡守り』が電力で動いてるとしたら、供給源を得ることになりかねんからな。手強くなっても得るところが無い」

 リチャードの言葉にブラフマンが答える。

 確かに、『遺跡守り』が電力を利用して動いているとしたら、迂闊にこの周辺の電力を確保させるわけにはいかないという理屈はアスパーンにも分かる。

「この辺りは中心部分だから暗いけど、突き当たりの窓際まで行けばちゃんと明るいわよ。明かり採りなのか、構造的に四辺は廊下で囲まれているようなの」

 大雑把に言えば、建物は田の字を複数組み合わせたような構造をしている。

 フロアによって細部は違うが、昇降機のある場所からでも突き当たりまで歩けば必ず廊下に行き当たる筈だった。

「あっちの奥、廊下の突き当たりが階段方向だから、そこの突き当たりを曲がるとイルミナとルイゾンが『遺跡守り』と交戦した辺りね」

 シルファーンが右手奥の階段方向を差して、それからフロアマップのプレートに再び視線を移す。

「古代語読めるひとー」

 シルファーンの問い掛けに、ほぼ全員が手を挙げる。

 具体的に、このメンバーの中で手を挙げなかったのは僅か二人、ブラフマンとリチャードだけだった。

「この辺りに『ケミカル』とか『メディカル』って読み取れる場所が固まって有るんだけど、ここが『CMC ライフワーカー区域』かしらね?」

「医療機器なら『メディカル』だろ?」

 シルファーンの言葉にティルトが答える。

 ケミカルやメディカルと訳す単語の並びだけでも、このフロアには複数あった。

 しかし、具体的に区域分けされて矢印で示されている部分の、肝心な文字が既に掠れていて読めない状態だった。

「うーん。でも、投薬系の研究施設ならケミカルでも同じでしょ。イルミナは具体的には何処の辺りを探そうとしてた?」

 ラミスが腕組みしてシルファーンの意見に同意しつつ、イルミナに確認する。

「んー、ウチは一階のフロントみたいな処で、このフロアに『CMC ライフワーカー区域』っていう施設が在るのを確認して上がってきたから、取り敢えず『このフロアの何処か』が目的地だったんだよね。具体的に何処っていう場所までは絞りきれてなかったよ。実際のところ、そういう名前でも普通に机が並んでるだけみたいな場所も多いしね」

「あー/そうね」

 イルミナの答えに、アスパーンとシルファーンが異口同音に頷く。

 先程巨鬼と遭遇した場所の『第二営業部』というプレートを思い出したのだ。

「何か、別のアプローチはないのか? 具体的に『ライフワーカー』があるのが一番なんだから、その中でも『処置室』とか『手術室』みたいな表記を探してみるとか」

 リチャードが、読めないなりに指摘する。

「『ライフワーカー』って、古代語としては具体的になんて名前の器具になるの?」

「どういう仕組で動いてるのか分からないけど、カプセルに収納されるタイプで何かの処置をするのよね……やっぱり『施術室』とか『処置室』とか、そういう言葉かしら?」

 アスパーンを含め、読める人間同士はあれこれ言い合いながらマップのプレートをなぞっていく。

「あ、これなんてそれっぽくね? 『電磁療法処置室』『放射能投射処置室』『免疫投射処置室』の在るエリア」

 ティルトがマップの下の方に有る一郭に目を留めてなぞる。

「あぁ、確かにそこはかとなくそれっぽい単語ですね。……どうします?」

「行ってみるしか無いだろ。第一候補なんだから」

 マレヌの問い掛けを受けて、リチャードが答える。

 しかし一方で、その場所を確認した一同は複雑な表情を浮かべた。

「……バッチリ、前回の交戦地帯ど真ん中だな」

「或る意味、当たりを引いてたのかもね」

 アスパーンの呟きに、シルファーンが溜息とともに答える。

 『交戦しなくて済むんじゃないか』

 なんて考えがやはり甘いものだったと、思い知らされた気分だ。

「ニャハハ。ウチ、くじ運良い方なんだよね、意外と」

 イルミナが一人、照れたように笑っていた。

 照れている場合ではない。

 事は命に関わるのだ。

 この後『遺跡守り』との戦闘がほぼ確定してしまったからには、くじ運がどうとかいう世界の話ではないのだが、勘に任せて絞り込んだ場所が当たっていたという意味で確かに大当たりである。

「ですが、一方で『遺跡守り』がガーディアンなんじゃないかっていうティルトの推論もあります。ここに在る、という信憑性も少し増してきましたよ」

 マレヌは言うと、眼鏡をツイと吊り上げる。

「……まぁ、それもそうか」

「どっちにしても、儂らの目的の一つは『遺跡守り』の排除じゃしの」

 ティルトとブラフマンが、頷き合う。

「うっし、まずは陣形組むか。手筈通り、頼むぞ」

 ある程度士気が回復したのを確認したのか、リチャードが自ら先頭に立った。

「了解。ルートは、こっちの十字路を経由する方からでいいよな?」

 ティルトがリチャードに並びながら、確認するようにシルファーンの方を振り返る。

「えぇ。リチャード、ブラフマン、武器は大丈夫そう?」

 シルファーンがティルトに頷いて、改めて廊下の広さをリチャードとブラフマンに確認させる。

「俺は問題ない。概ね情報通りだ。ブラフマンは?」

「こっちも大丈夫じゃ。武器の長さそのものが横で引っかからなくて良かったわい。中央を握るくらいで何とかなる」

 アスパーンがその斜め後方に並ぶと、ラミスがアスパーンの肩に乗ってきた。

「アタシはもう、こっちに居るわ。ブラフマンの横は流石にうっかり当たったら生命の危険があるような気がするし」

「ブラフマン、いつもと勝手が違うんですから振り回すときには後ろにも気をつけて下さいね。僕もそのゴツイ石突で殴打されるのはゴメンですよ」

「なんじゃ、腫れ物扱いか」

 ラミスとマレヌの相次ぐ不安そうな発言に、ブラフマンが不満を漏らす。

「まぁまぁ、二人とも。いざとなった時に慌てたりして間違えなければ、それほど気を使うほどのことじゃないよ。ブラフマンさんがきちんとした扱い手なのは、同じ武器使いとして保証するから」

 アスパーンがなだめると、ラミスとマレヌは暫く視線を交わしあう。

「……ならいいけど」

「怖いものは怖いですよ。山妖精の膂力で殴打されたら、僕は間違いなく一発で倒れる自信があります」

「……いらない自信だよね、それ」

 胸を張って言うマレヌの堂々たる表情に、思わずアスパーンは頭を掻いた。

 二人の表情から不安が消えないのは、アスパーンの目を信じていないからなのか、ブラフマンの腕を信じていないからなのかと思っていたが、単純に自分の体力に対する自信のなさのようである。

「……信用ないのぅ。ワザと間違えてやろうか」

「まぁまぁ。冗談ですから……」

 しょげたような表情を浮かべるブラフマンを、今度は宥める羽目になった。

「おーい、遊んでんな。置いてくぞ」

「一人で先行して死にたいなら行けば? リラックスしてないと持たないぜー」

 イラついたように急かすティルトをはぐらかすように、アスパーンは冗談めかした口調で答える。

 この位リラックスして臨まなければ、イザという時に慌てるのがオチだ。

「……たまに物凄い毒を吐くよな、お前って。今、俺、軽く凹んだわ」

 ティルトは溜息をつきながらも、アスパーンの言っていることが理解出来ているのか僅かに緊張をほぐそうとストレッチを始めた。

「っていうか、どっちにしてもお前に先行してもらって、辻ごとに『遺跡守り』が居るか確認してもらいながら進まないと、俺達一発で全滅しかねないからな。頑張れ、ティル」

「……無責任な。まぁ、そうなんだけどよぉ」

 アスパーンが激励を送ると、ティルトはストレッチしながらも白眼視を向けた。

 強力な射撃武器を複数持っていることが判明している『遺跡守り』が相手だ。

 いくら面子が揃っているとは言え、接敵する前に仕留められてしまったら元も子もない。

 故に、緊張で回避が遅れた、などというのは準備を無駄にする愚行だ。

「そうだな。流石に俺も、待ち伏せされて『遺跡守り』に銃とか一斉掃射されたら、死ぬような気がするし」

 リチャードが場の雰囲気を読んでか天然でか、呑気に笑う。

「……俺はその場面を『死ぬような気がする』で済ませるアンタが怖いよ」

 常識的な判断をすれば、銃という武器はかなりの殺傷能力を持つ。

 なにせ、初速が弓の比ではない。

 身体に刺さるというよりは貫通することが多いし、一斉掃射などされたら余程上手く躱すか、鎧で止まるなどしてくれない限り、大抵は死ぬ。

 例えばルイゾンのヘッドギアも頭部への備えなのだろうが、額当てなどをしていてもそれを貫通して死ぬことさえ少なくないのだ。

 それでも、リチャードの場合、大剣の平らな部分を使って受け流してしまったりするのかもしれないが。

 アスパーンは取り敢えず、盾だけはしっかり構えて使える部分には総て『気合』を込めて進もうと思っている。

 恐らくは、リチャードとラミスも習得したばかりの『気術』を使うつもりで居るだろう。

 あくまでアスパーンの場合だが、通常の銃弾なら、間合いにも寄るがそれで受け止められることは実家にいた頃に確認済みだった。

「そういや、ラミスは『気術』で鎧強化してみるってのを試してみる価値はあるよな?」

「うん。でもまぁ、アタシの場合はこの身長ナリだから。人間サイズの生き物の攻撃なら、大抵の攻撃は当たれば死ぬこと間違いないじゃない。だから、そこまで気負ってはいないけど、念のためって感じだね」

 ティルトの真似をして軽くストレッチをしながらアスパーンが訊ねると、何処か諦めたように肩を竦めて、ラミスが答える。

 『大抵の攻撃は当たれば死ぬ』

 それを理解しながら危険な冒険を続けているのだから、そもそもラミスの覚悟は人間の基準では測れない物なのかも知れない。

 尤も、生まれた環境が違うのでその辺りは推し量れないのは仕方ないのだが。それでも物理的な攻撃に対する肝の据わり方は、完全に人間の神経の水準は超えていた。

 その分、ラミスには人間にはない魔力的な素養や機敏さがあるのだから、本来の長所を生かすのならば、リチャードとラミスが各々最初に見出した『気術』の才能は、パワーの有るリチャードが『武器への付与』を、機敏さの有るラミスが『身体能力への付与』を覚えた方が、お互いにメリットが大きかったのかも知れない。

 こればかりは本人の意思ではどうにもならないようなので、今更仕方の無いことであるのだが。

「まぁ、ないよりマシって話か」

「それはもう、凄くマシよ。することがない間は全力で試してみようかってくらいマシ」

「覚えたてでそんなことしたら、凄く疲れるぞ」

 ラミスの気合いの入り方に、アスパーンは思わず苦笑いした。

 自分にも覚えがある。

 ちょっとしたコツが有ることを理解するまで、非常に疲れるのだ。

 もう少しすると、『気』の力を使って、エーテルを分解することで生まれる自然の『気』と『マナ』の力を相互に利用する方法を理解できるようになる筈だが、リチャードもラミスも、まだそこまではシルファーンに教えられていないし、理解もしていないだろう。

「よし、そろそろ行くか」

 陣形を確認してリチャードが号令を掛けた。

「明かりを用意しますか?」

「いや、取り敢えずこのままで。全く見えないわけでもないし、光に反応されると困るからな。ラミスが微妙に光ってるから、そのくらいで丁度いい」

 風妖精は本人の意思とは関係なしに周囲のマナを吸収するという種族的な特性ゆえに、その影響で常に淡い光を発している。

 そのラミスを明かり代わりにして、進もうという話だ。

「分かりました。ティルト、足元は大丈夫ですか?」

「俺よりも寧ろ、お前らが転ぶなよ」

 ティルトが言いながら歩き出し、続いてリチャードが進む。

 それに合わせて変則的な二列縦隊が廊下を進み始めた。

「あー、そういえばさー……」

 ラミスが耳元で囁いてくる。

 毎度のことだが、くすぐったいのには慣れない。

「ん?」

「何か『気術』の訓練をやり始めてから、アタシ前より光ってるような気がしてるんだけど、これ多分気のせいじゃないわよね?」

「あぁ、なるほどな」

 心当たりが有る。

 『気合』を剣に込めて魔術付与のような効果を与えるのと、似たような話だ。

「……ぶっちゃけると『気』ってのは空気中にあるエーテルを『マナ』とは別の方向に変化させたものでもあるんだよ。で、魔導魔術師曰く『万物はマナで出来ている』ってのと似た話なんだけど、生物に関して言えば『マナと気と肉体の混合体』でも有るらしいんだわ。そこに『魂』という『根源的な方向性』が宿ることによって、精霊だったり妖精だったり動物、植物なんかに分類されるわけ」

「シルファーンが言ってた『生物論』や『霊魂論』ってやつね。何となく憶えてはいるわ。で、それとアタシが光るようになったこととの関係は?」

「あぁ、話が逸れてたな。凄くシンプルに言うと、『気』と『マナ』ってのは対になる物質で、ある場所のエーテルから『気』を創りだすと、そこに必ず『マナ』が残るんだ。で、この二つは実は、元は同じエーテルでありながら、反発しあう性質がある。つまりラミスが『気術』を使い始めたことで身体が前より光るってのはさ。先ず、ラミスが『気』を生み出す。すると、『気』に反発した周辺の『マナ』が『マナ』との親和性の高い風妖精であるラミスの身体に引き寄せらるっていう順序なんだと思う。反発しあうものを自分の周囲に固定したことで、残ったものが内側に固定された、って感じかな。俺が『気合』で剣に魔力的付与に似た効果を生み出してるのも、正確に言うと武器周辺のエーテルを自前の『気』で覆うことで、そこに残った『マナ』が剣に纏わり付いている状態を生み出してるかららしい」

「『らしい』って、アンタ。またアバウトな……」

「だって、俺の場合『気合』入れたら出来たんだもの。子供の頃から当たり前に出来たことに今更理屈なんてしても、結局後付にしかなんないよ」

 アスパーンはそう答えてはみたものの、それは自分の不勉強を晒している以外の何者にもなっていないことに気付いて、そこまでにした。

 というか、実は自分がしていることを理解したのはこの数週間、リチャードとラミスの横でシルファーンの説明を聞いていたからだったりする。

 シルファーンの説明を受けてみて、『あぁ、じゃぁ、これはこういうことか』と思って幾つか自分にできることを試してみたら実際にそうなったので、恐らく間違いではないだろう。

 アスパーンの説明を受けて白眼視を向けていたラミスだったが、やや有って再び首を傾げる。また何か疑問が浮かんだようだ。

「ん? そうなると、リチャードがやってる『気術』での肉体強化と、アタシやアンタの『気術』でやってる外側への魔力付与っていうのは、どう違うものなの?」

「あぁ、それは最初に言った通りだよ。生物は『マナと気と肉体の混合体』なんだ。自分で集めた『気』そのものを自分の肉体に取り込んで作用させることで肉体を強化するか、『気』を物体周辺に纏わり着かせることで、反発して発生した『マナ』を武器に集めて宿すかっていう違いだね。どっちに向いているかは人それぞれ」

 そこまで説明すると、ラミスが眉間に指を当てて僅かに唸る。

 何かを確認したくて、それを自分なりに表現する方法を探しているようだった。

「ゴメン、精霊魔術師のアタシが扱い易いように『マナ』に置き換えて訊くけど、『マナ』的に見ると『気』を使った後に『マナ』が反発して残っている方向が外向きか、内向きか、っていう感じかしら?」

「あぁ、言われてみればそんな感じかも。まぁ、身体と感覚が理解すればどっちでも出来るようになると思うよ」

 確かに、『気』をどの位置に固定して、残った『マナ』をどのようにするかは慣れれば自在だが、初めは向きが一定になる。右利きと左利き、インサイドとアウトサイドのようなものだとアスパーンは思っていた。

 だが、『気』と『マナ』という対称な存在に焦点を当てれば、ラミスのような考え方が妥当かもしれない。

「つまり、リチャードがしてるように『気』が肉体強化に向いてる場合って、『マナ』は……」

「正確なところはマレヌ辺りに見てもらわないと分からないけど、余波がある場合は肉体周辺にダダ漏れてるんだろうね。ラミスの言う『内向き』にしたところで、人間本体のマナに対するキャパシティには限界があるから、その場で利用しない限りは『マナ酔い』するんじゃないかな。まぁ、そんな使い方をする人って、シルファーンが体系化して以来あまり聞いたことないけど。自前だと結局『気』も『マナ』を使って魔術を使うのと同じ様に疲れるし。また話がそれちゃうけど、肉体強化の場合って、エーテルを分解して取り込んだ『気』を体内で高速循環することでエネルギーを得てるんだよね。だから、リチャードが『気』に対して持ってる印象はラミスとは全く違うと思う。多分『熱い感じ』とかそんなので、終わった後、滅茶苦茶腹が減ったり、疲れたり、眠くなったりしてる筈だよ。俺も多少精霊を使うから分かるけど、逆にラミスが『マナ』を使って精霊に干渉するときが、そんな感じなんじゃない? まぁ、原因は全く逆なんだけど」

 魔術師の場合は自前の『マナ』を術に対して支払っているから疲労したり、眠くなったりするのだが、『気』による『身体活性』の場合は活性化させた『気』を体内で高速循環させるから疲労する。

 発生する結果は同じだが、理由は大いに異なるのだ。

「あぁ。そういうこと?」

 身に覚えがあるのか、ラミスがぽんと手を打つ。

「え、じゃぁ、アンタがこの間地下で精霊に食わせてた『気合』って、何?」

「えーと、現物が何かってことになると、先ず『気』をゴムボールみたいにして集めて、周辺のエーテルから一緒に『マナ』を反発させるんだよ。で、反発して残った『マナ』を同じ様に周辺のエーテルから分化した『気』を利用して均等になるように圧縮したものだね。『気』を放出して更に周辺のエーテルからも取り込んでる感じ。形状的には、開け口を残しておいて、精霊がそれを食べると、中の『マナ』を解放して『気』の方は萎むようにしてあるんだ。だからゴムボールって言うより、袋に食料を詰めていると思えば丁度いいのかな? で、袋の中身の食料、つまり『マナ』を得た精霊は見た通り、瞬間的にだけど、出力が爆発的に上昇する」

「ずるい! そんなことまで出来んの!? しかも、周辺のエーテルからも取り込んで作ってるってことは元手掛かってないじゃない!?」

「全然ずるくないよ! 解ってると思うけど、『気』を付与する際には、先ず体内から自前の『気』を取り出してエーテルを分解しないといけないからね。さっきの例で言えば、『袋』に凝縮している分の『気』は自前だよ。まぁ、でも、まだ多分もっと先があるんだよね」

 最近少し気になっていることがあるのだが、まだ実現可能かは分からないのでそこについては伏せておくことにする。

 実は、もう少し上の世界になると、同じ理屈で周辺のエーテルを『気』と『マナ』に分解した後、消耗した自前の『マナ』とか『気』を自分に取り込んで、回復することも出来るようなのだ。

 アスパーンは今、それを出来るだけ高速で出来るように訓練している。

 ただ、それを伏せているのは、自分がやろうとしていることが、もしかすると魔導魔術を修めてマナを扱う訓練をした方が早いことなのではないかという気もするし、アスパーンが何となくやっている『気合』と、シルファーンが体系付けした『気術』との微妙な違いで、『同じことが出来る』という確信が持てないからだ。

「まだ先があるって……何か意味深な話ね。まぁ、アタシが最近、光ってる理由については、お陰さまでよく分かったわ」

「うん、俺の説明で役に立ったなら何よりだけど。まぁ、この先についてはいずれ……」

 アスパーンがそこまで言ったところで、何気なくブラフマンの戦斧槍が横に差し出されて足を止められた。

「そこまでにしておけ。どうやらボチボチのようじゃ」

 前方の辻、突き当たりのT字路に居たティルトがこちらに手を振っている。

 手招きする『こちらにこい』というサインではなく、両手を振る『このルートは危険』というサインの方だ。

 しかし一方で戻ってくるわけでもないことを考えると、どうやら危険と知りながらそのルートを突破するつもりのようだった。

 慎重にティルトに近寄ると、もう既に、辻の向こうから独特の機械音が聞こえてきていた。

「他に入口が無い。どうやら奴さん、処置室の入口の真ん前をガードしてるらしい」

 合流したティルトがリチャードに説明する。

「巡回してるわけじゃないのか。となると、ここからおびき寄せるか、おびき寄せつつ背後を突くかだな……」

「俺ならここからおびき寄せる。この位置なら別働隊は俺達だけど、俺以外のブラフマンもマレヌも足が速い方じゃないし、俺達が背後を突く間に別働隊が二体目に遭遇したら両方共全滅するかも知れねぇ」

 ティルトが耳障りな機械音に眉を顰めながら答える。

「僕も同感ですね。少なくとも自分の脚力について、過信はしていません」

「ワシは単に走りたくない」

 口々に別働隊から拒否の言葉が飛んでくると、リチャードはすぐに決断した。

「……じゃぁ、決まりだ。アスパーン」

「あいよ」

「先に出て敵を引きつけろ。相手が動き始めたらすぐに引っ張ってこい。敵の武装は覚えてるな?」

「解ってる。出来れば一発試したいところだけど、役割からすると打撃より別の方法のほうがいいかな?」

「そうしておけ。奴に思考があるのかは分からんが、学習能力が有るんだとしたら、『お前にも離れた間合いからの攻撃がある』と思わせておくのは、有効かもしれないからな」

 リチャードがアスパーンに先に出るように指示したのは、恐らく最初から『神を飲む蛇』との戦いの際に見せた、風の精霊を使った遠距離攻撃をさせるつもりだったのだろう。

「了解。一呼吸くれ」

 アスパーンは目を閉じ、周囲の気配を掴む。

 それが、アスパーンが集中する時に行うルーティンだ。

「お、おい、大丈夫なのか!? お前の強さは知ってるが、幾ら何でも……」

「まぁ、待て」

 単独での特攻を流石に制止しようとしたルイゾンだったが、ブラフマンに制された。

「お主の言わんとすることも分かるが、まぁ、見ておけ」

「……リチャード、カウントを」

「五」

 アスパーンの言葉に合わせて、リチャードがカウントを開始する。

 自分の周りのメンバーも、アスパーンの動きに合わせてフォローを開始するべく各々が動き始めた。

 ティルトが短剣を構え、ラミスが呼吸を整える。

 リチャードは大剣を固定しているベルトを外し、シルファーンが細剣を手にかけた。

「四」

 アスパーンは剣と盾の握りを確認する。

 問題なく動く。

 印を結ぶのも思いのままだ。

「三」

 マレヌが小さく呪文を囁き始めた。

 恐らく何かの補助呪文だろう。

 決して邪魔にはなるまい。

「二」

 シルファーンが印を結び始める。

 リチャードの大剣がユラリと斜めに構えられた。

「一」

 アスパーンは印を結ぶ。

「ゴー!」

 アスパーンは飛び出した。

「……ルイゾン、あれがウチのアタッカーだ」 

 ブラフマンがルイゾンに向けて、ニヤリと笑った。



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