《ブリーフィング》
アスパーンとシルファーンが確認を終えて戻ったのは、数時間後のことになる。
廊下や室内のレイアウトは概ね変わったところはなく、レイアウトの確認以外には専ら構造の確認と、その周囲に潜んでいた妖魔や獣との戦いに終止することになったのだ。
低階層には敵意むき出しの妖魔や獣の類が多いことは予想されていたが、それでもレイアウトが基本を軸にあまりずれていないことが分かったのは、或る意味収穫だろう。
大剣と戦斧槍に関しては、廊下で思い切り横に振るうにはやや手に余るが、室内で扱うのであればさほど問題なさそうな点が予め確認出来たことも大きい。
いざ戦闘ということになったら、可能な限り廊下での戦闘を避ければ済むことが分かったからだ。
尤も、相手が『遺跡守り』ということであれば、室内に入らせないための守衛である可能性が高いため、マレヌに相談する価値は有りそうだが。
レイアウトの『概ね』と表現した部分だが、実は昇降機のポイントが集まっていた十階部分ごとに、他のフロアとは違うレイアウトで統一されているのも、確認してきた。
昇降機の流れを良くするためか、十階ごとにホールのようになっているのである。
ざっくりと調べただけなので十階と二十階しかホールを確認していないが、この感じだと目的地までもあまり変わりはなさそうだ。
加えて、大きな収穫が一つ。
各フロアの昇降機付近には、恐らくフロアマップが設置されている。
推測になるが、昇降機の近くには何者かによって破壊されてさえいなければ、フロアマップが完備されているのだろう。
フロアのレイアウトに関しては、昇降機が使えさえすれば、四十階でも確認することが出来るだろう。
「相手の行動範囲と地図が解っているなら、廊下で戦闘するにしても挟み込むって手もあるな」
「集団で前進するよりも、この人数で相手が二体くらいなら、そうするのが効率的でしょうね。九人もいれば、ラミスを除いたとしても四人と五人に分けるべきでしょ」
アスパーンはシルファーンと相談しつつ、階段を降りる。
昇降機が利用出来れば、目的地である四十階のホールまで『遺跡守り』を誘導して利用するか、ホールを経由して廊下で挟み込む手が有効だろう。
何れにしても、こうして事前に具体的に判っていることが増えれば、こちらの作戦も立てやすいと言うものだ。
アスパーン自身、既に脳裏に描いているプランが有ったが、恐らくその程度のことはリチャードがすぐに思いつくであろう。恐らく現状最適と思われるプランなので、イルミナとルイゾンの二人と最終的なすり合わせをして、この図面が正しいようならば披露する場はない。現場を直に見たわけでもないので、この図面に変な過信を持ってしまうのはあまり良いことではない。
つまるところ、これはあくまで出来る範囲での調査結果であって、総ては現地確認をしてからだ。
「あら?」
ホールに降りて周囲を見回したシルファーンが、首を傾げる。
その理由は、すぐに分かった。
「何処か行ったのかな?」
ホールには誰も残っておらず、埃の積み具合から僅かに、色々な荷物を広げた跡が残っていた。
二人が探索して、間違えて最初登ったのとは別の階段を降りてしまったわけではなさそうだし、荷物を降ろしたところに跡も残っていることを思えば、二人が出る前にリチャードから確認されたように、『彼らが出掛けた』というのが正しいのだろう。
「メモが残ってるわね」
荷物を降ろした跡のある所に、メモとそれを固定するための石が残っているのをシルファーンが発見した。
『電気周りを探してみる。三十分まではその場で待機せよ』
誰の筆跡かは分からないが、当初の指示通りのメモだった。
念押しの意味を込めて置かれたものだろう。
筆跡は、今までに数回見たマレヌのものではない。
質実剛健な文体だけ考えれば、恐らくリチャードかブラフマンが書いた物だと思われる。
「電力ねぇ。随分頼り切ってたんだな」
何処に何を見に行ったのかアスパーンには解りかねたが、前文明時代が随分と電力に頼っていたらしいというのは先程の話からも、実際に現物を目にしてもよく分かった。
「これだけのものが電気で動いてたっていうのも驚きだけど、逆に止まったらと思うと怖くて使えないわよね」
「そりゃあまぁ、普通に考えれば予備用の供給パターンが有ったんだと思うけど」
剣士が予備の武器を持つのと同じ発想だ。
状況に合わせて別の得物を用意したり、予備用の武器を持ったりする者がいるのと同じように、予備の電気発生器が有ったのではないだろうか。
「なるほど、それを探しに行ったのか」
「あぁ、なるほどね」
二人が納得した、その瞬間だった。
周囲にいきなり『ガタン!』と大きな音がすると、同時に昇降機の数字が点灯する。
壁の奥で何かが回転し、大きなものが移動しているような音が一斉に周囲を支配して、アスパーンは反射的に剣に手を掛ける。
「何か来る!」
「……壁を破って来たりするのかしら?」
シルファーンと二人、ジリジリと壁から離れて成り行きを見守った。
しかし、警戒する二人を嘲笑うかのように、暫くすると音は止んだ。
「……なんだったのかしら?」
「……俺に訊かれてもなぁ」
息を吐きながら警戒を解くと、それとほぼ同時に外から『ガチャガチャ』と音を立てて近付いて来る集団の足音がした。
この気配なら知っている。
甲冑を外套でくぐもらせた音とその足運びは、間違いなく、リチャード達のものだ。
「あ、シルファーン達、帰って来てるわよ」
ラミスがいち早くこちらの存在に気付いて、近寄ってくる。
「おう、おかえりー。どうだった、上は?」
次いで、リチャードがフロアの中央で立ち尽くしているアスパーン達に訊ねてきた。
「上はちゃんと調べてきたんだけど……。なんか今さっき変な音がした」
「壁の中で何か動いてる音がして、こっちに近付いて来る気配とかした」
気持ちの悪いものを感じたアスパーンとシルファーンは、二人揃って口元を歪めて状況を説明する。
「……そりゃあ多分、昇降機の試運転機能が作動した音じゃ」
首を傾げる二人に答えたのは、集団の最後尾にいたブラフマンだった。
「予備電源の発電機を直して、切り替えたでの。本当はあちこちに油を差してやるべきなんじゃろうが、定期的に使うわけでも無かろうで、取り敢えずこれでワシらが使う分には動くじゃろう。何か軋むような音など、せんかったか?」
「いや、そういう音とは違う感じだったな。何か近付いて来る気配と、回ってるような感じの音だった気がする」
どのように表現するべきかと、アスパーンはシルファーンに視線を送る。
「気配を消して動いているのが、集団で行ったり来たりしてる様な感じかしらね?」
シルファーンも回答に困ったように、口元に手を当てて思い出しながら返す。
「フム」
ブラフマンが近くにあった三角型の突起を弄ると、ベルを鳴らす音とともに扉が開いた。
「うわ、開いた」
「当たり前じゃ。開くようにしたんじゃからの」
それから暫く、中をあちこち弄ると、扉の中から出て来る。
扉は自動的に閉まり、中から先程聞いたような音が再び唸りを上げる。
「この音か?」
「あぁ、それそれ」
「多分、間違いないわ」
「……こりゃ、中の昇降機が動いとる音じゃ。思ったより油が長持ちしとるようじゃの」
ブラフマンは満足げに頷くと、あちこちへと動いて他の突起も弄り回す。
周囲が再び、先程の気配で騒然とし、やがてベルの音とともに次々に扉が開く。
「フム、大丈夫じゃ」
「これで四十階まで歩くのは無しになったわね」
シルファーンが安心したように息を吐く。
「さて、じゃぁひと安心したところで、そっちの報告を聞こうか」
リチャードが荷物を降ろして手招きするので、アスパーン達は言われるまま歩み寄る。
一同が思い思いに荷物を降ろして、車座になった。
「先ず、イルミナとルイゾンに確認したいんだけどね、一応、五階くらいから十階まではほぼ同じような構造になってたのだけど、目的のフロアも似たような構造になのかしら?」
シルファーンがメモしたフロアマップを、イルミナとルイゾンが確認する。
「一応、四十階で通った場所の地図は一部ウチも取ったけど、照らし合わせてみよっか?」
「そうね。お願い」
イルミナは荷物を探ると、書きかけのメモを取り出す。
シルファーンがそれを十階の地図と、確認のために取った二十階の地図とも照らし合わせながら、小さく頷いた。
「やっぱり、多分同じ構造ね。十階ごとに昇降機のある場所が大きめのホールになってて、中も大きな違いはないみたい。あと、昇降機の近くにそのフロアのマップが有るわ。フロアによって多少レイアウトに違いが有るけど、ベーシックな部分は網羅出来たと思う。多分だけど。これだけ広いんだもの、各フロアにマップが必要だったのね」
「なら、細かい部分は四十階でも確認出来そうだな。…………じゃぁ、次は、と。肝心の、廊下の幅は?」
シルファーンの答えに頷くと、リチャードがアスパーンに訊ねた。
「高さは問題なさそうだったけど、横幅は大剣や戦斧槍を思いっきり振るにはちょっと足りない感じだった。大剣を横に薙ぐのは諦めて、戦斧槍の持ち手は短めにして貰うしかなさそう。中心に立って、斜めに使うなら問題ないかな。俺が真ん中に立って剣を使うなら、横に振るのも問題なかったんだけど。本当に同じレイアウトなら、室内に入っちゃえば特に問題ないと思う。障害物の有無とか、目標物に当てたくないとか、そういうのにもよるかな」
「まぁ、折角探し当てた物を室内で壊しても何ですしね」
マレヌが眼鏡を吊り上げながら、苦笑いする。
「フム、では、真ん中辺りから短めに持つしかないかのう」
ブラフマンがアスパーンの腰に下げた剣と自分の戦斧槍の長さを見較べながら、いつものように髭を擦る。
「で、次が……」
リチャードは取り敢えず自分の得物の話は置くことにしたらしく、ルイゾンに向き直る。
「問題の『遺跡守り』とはどの辺りで交戦したんだ? 目的地がどこかにも寄るが、ここまで地図が当てになりそうなら、作戦を考えておきたい」
「そうだな……」
ルイゾンが同意して、イルミナの作成した地図とシルファーンの地図を見較べる。
イルミナの書き込みとシルファーンの書き込み、イルミナの書き込みは交戦の所為もあってごく一部しかなく、サイズと規模が異なるものの、シルファーンの書き込みはそこを補完して四十階のレイアウトを想像するには充分な物だった。
「交戦したのはこの辺りだ。ここの廊下だな」
イルミナの書き込みが途切れている部分を指差して、ルイゾンがいつの間にか取り出していたペンでチェックを入れる。
「俺達が探しているものがある筈だったのが、このフロアの何処かにある『CMCライフワーカー区域』というエリアだ。名前の通り『ライフワーカー』ってのが目的の遺品になる。対象の生体情報を確認して、健康のために必要な処置を半自動的に行ってくれる医療用の遺品だ。サイズはベッドくらいで、繭のような形をしていたり、棺桶のようだったり、色々タイプが有るが、その性質上、必ず人ひとりが収納できる形であるのが前提だ。四十階の廊下を歩いていたら『遺跡守り』にぶつかっちまったんで、まだ具体的に現物は見ていないんだが……」
「階段を登ったせいで、フロアマップを確認できなかったということですね」
マレヌの確認に、イルミナとルイゾンが揃って頷く。
「……広い昇降機用ホールが有るのなら、そこに誘導して叩くわけには行かないですかね?」
マレヌが何かを考えるように眼鏡の鼻当て部分に指を押し当てながら、反対側の手で昇降機用のホールを指差し、リチャードに訊ねる。
「俺もそれを考えてた。そこで叩くのが、一番手間が掛からない」
リチャードがそれに同意する。
しかし、一方でそれに難色を示す者もいた。
「叩く手間は掛からんじゃろうが、誘導するのに手間取るかもしれんのう」
「俺もブラフマンに一票。あくまで勘なんだけど。『遺跡守り』が噂通りのヤツなら、一定の範囲から外へは出ないんじゃないのか? それがフロア全体だって言うのなら話は別だけど」
難色を示したブラフマンに追従して、ティルトが手を挙げる。
「?? どういう意味?」
イルミナがティルトの言葉の意味を測りかねたらしく、訊ねた。
アスパーンも、ティルトと同じことを考えていた。
『遺跡守り』はその名の通り、或る場所を守っているだけの相手なのではないか、と。
「『ライフワーカー』って名前を聞いても分かるが、医療機器は基本的に貴重品だろ? だとすれば、『遺跡守り』は、その高級品を守るためのガーディアンなんじゃないかってことだよ。『遺品』を守ることが第一目的なら、ホールまで誘導するのは大変なんじゃねぇの? 寧ろ、守備範囲を守るために、こっちの誘ってる場所へは来ようとしない可能性が高い」
「あぁー、そういうことか。アッタマいいねぇ、ちびっ子は」
得心いったのか、イルミナが大きく頷いてティルトの頭を撫でる。
「……フム、まぁ、そういうことじゃの。別の見方をしても、昇降機がある場所は万一にも破壊しちゃ拙いじゃろう。昇降機で移動する人間が多いんじゃから、うっかり壊せんからの」
「と、なると、別の作戦が必要だな」
「……この人数なら、挟撃……ですかね?」
「あ、俺もそれ、考えてた」
アスパーンは手を挙げる。
周囲の視線が自分に向いたので、ついでに自分の作戦を話してみることにした。
「この人数でこの得物なら、三方向からが一番いいと思うんだ。勿論、リチャードとブラフマンさんとルイが得物を扱いやすいように配置して、他の面子が中衛か後衛に回る陣形がベストだよね。イルミナとルイが『遺跡守り』とやりあったのがここだって言うなら、この周囲の何処かの部屋が『ライフワーカー』のある部屋だと思う。だったら、この位置なら三方向から挟めないかな?」
地図と予測位置をすり合わせながら、アスパーンはT字路になっている一点を指差す。
「イルミナとルイは前回の経験があるから呼吸が合ってる筈だし、ルイは両手で大きな得物を二つ使うから、支援はその隙間から攻撃出来る飛び道具でするのが理想的だよね。だから、二人で一緒の組に居てもらった方がいいと思うんだ。で、後ろからイルミナが銃の射撃で援護をすることを考えると、ベストはこの位置」
アスパーンは銃のことを考え、射線が味方と被らない、支線の方を叩く。
銃の威力は弓矢の比にならない。
下手をすると一発の誤射で味方が即死、という事態を招きかねないほどの初速を誇る。
と、なれば、支線の方に入ってもらうのが理想的だろう。
「……次に、一個確認なんだけど、ラミスは『生命快癒』の精霊魔術は使える?」
「えぇ、勿論」
アスパーンの問いに、ラミスが頷く。
「じゃぁ、イルミナとルイのバックアップは、ラミスでもシルファーンのどっちでも大丈夫だな。強力な飛び道具が有る以上、主戦はそっちにこなしてもらうことになるだろうから、回復までルイに任せると、今度はフロントがいなくなっちゃうし」
シルファーンも生命の精霊に呼びかけ、傷を癒す治癒魔術『生命快癒』の使い手である。
この魔術は、その性質上の問題なのか、精霊魔術師の中でも女性にしか扱うことが出来ない不思議な魔術だった。
性別上女性しか存在せず、『生命の樹』と呼ばれる樹から生まれるとも言われる風妖精がこの術を使うことが出来るのかは、同じ精霊の使い手であるアスパーンをしても謎の一つだったのだが、ラミスも扱えるということが確認出来たのなら、この上ない。
戦力を三方に分けることを提案している以上、治癒魔術を使うことの出来る人間もまた、三人以上確保するのが戦術上の必須事項だったが、これで問題は解決したわけだ。
ルイゾンも創造と戦の神の関係者らしいので治癒魔術が使えるのだろうが、同じフロント役でも足止めを主目的とするブラフマンと違って主戦をこなしてもらう以上、治癒魔術まで期待するのは期待しすぎと言うものだろう。
「じゃぁ、シルファーンかラミスのどちらかが二人のバックアップ。基本はこの支線の部分が主戦になって、叩くことになるからね。こっちの一直線のラインは、あくまで奴を逃がさないようにすること優先で、片方に俺とリチャードと支線に行かない残った方のチーム。もう片方をブラフマンさんとティルト、マレヌのチームに分散する。そうしないと、得物を充分に使えない」
「ふむふむ、得物のリーチを考慮に入れての分散ってわけか」
「僕がブラフマンのチームに入っている理由は?」
マレヌが確認するように問いかけてくる。
多分本人も、何をさせたいのかは判っているのだろう。
「最悪の場合を考えて、だよ。例えばブラフマンさんかティルトが倒れた場合でも、その治療中に『遺跡守り』を逃がすわけにはいかないからね。その時に、アンタには『アレ』が有るだろ?」
『アレ』とは即ち、以前アスパーンとシルファーンの二人と対峙した際、周囲のマナをすべて吸収してしまったあの黒い球体のことだ。
恣意的に扱えはするものの、展開中は視界が効かないため殆ど外の様子も分からず、長距離の移動も出来ないらしいが、その代わり球体の展開中にはいかなる攻撃も効果を持たなくなるという不思議な能力だ。
どのような事情で手に入れた力なのか聞いてはいないが、マレヌ本人は望んで得た力ではないらしく、可能な限り使用を拒みはするものの、必要とあれば使うことを拒否するわけでもない。
つまり、保険として置いておくのにこれ以上無い存在だ。
「なるほど、了解しました。気は進みませんが引き受けましょう」
マレヌは眼鏡を吊り上げながら溜息をつく。
余程あの黒い球体を使うのが嫌らしい。
使わずに済むのなら、それに越したことはないが、最悪の場合は常に考慮されるべきだというのはアスパーンのような生活をしてきた人間の性だろうか。
「こんな感じがいいんじゃないかと思うんだけど、どう思う?」
「うん、概ね良いかな……」
リチャードは粗を探すように図面を見ながら、呟く。
暫く考えてから、引っ掛かりに気付いたのか口を開いた。
「いや、問題はアプローチだな。『遺跡守り』は一体だけなのかな?」
「……そこまでは、ちょっと。……遭遇したのは一体だけど」
「一体を発見して、そこに追い込むのは良いんだろうけど、二体以上で巡回してたらどうする?」
「あぁ、そうだね。言われてみればそうだ」
リチャードにそう言われて、アスパーンも気が付いた。
確かに、このプランは『遺跡守り』を発見してからT字路に誘い込み、そこから攻撃を始めることしか考えられていない。
しかし、実際には発見した一体以外にも別の敵が居ないとは限らないのだ。
「でも、そこまでは行ってみないと解らないわよね?」
ラミスが溜息をつく。
「その場所に囲んでから攻撃を仕掛けることを考えなければ、アリじゃねぇの?」
ティルトが言いながら、ジャラジャラと硬貨を取り出した。
三枚ずつ用意されたカッパー、ブロンズ、シルバーの硬貨は、恐らくそれぞれのチームだろう。
それに対して、近場の石を拾って配置したのが、恐らくは『遺跡守り』のことだ。
「奴がどんな範囲を動き回ってるのかが分からない以上、取り敢えずこの地図を信用するとして、T字路をこの形で包囲する陣形にさえ出来れば、後はどうでもいいわけじゃない。と、すればさ」
フロアの中央部分にある十字路に一旦全部のコインを落とした後、二列縦隊を作る。
片側の列にブロンズを固め、反対側の列にはカッパー、一枚シルバーを挟んで、最後尾に二枚のシルバーを並べた。
「先頭は俺とリチャード。二列目にラミスとブラフマンを挟んで、三列目がマレヌとアスパーン。ここに居る一人がルイゾン。最後尾にシルファーンとイルミナ。この形で中央に入って、『遺跡守り』の居る場所を探せば、突進して奴を壁際まで押し込んで、左右に分かれるだけでさっきのT字型の陣形になれて、突破を掛けるときも得物を多少振りやすい。最悪、突破を優先してルイゾンの大型武器に押し込むのは任せるって方法もある」
リチャードはティルトの置いたコインを確認しつつ、納得したように頷いた。
「うん、それはいいな。ティルトが前に居れば探索も容易だろうし、背後だけちょっと注意が必要だけど……」
確認するように視線をシルファーンに向ける。
もし背後から襲われたら、最後尾は女性二人なだけに、かなり心許ない印象を受ける。
「私も素人じゃないから、大丈夫よ。後ろから来られたら、無理のない程度の足止めは請け負うわ。まぁ、隊列変更してもらうに越したことはないけど、三列目にアスパーンがいるからその点は何とかしてくれるのよね?」
「あぁ、ルイが武器を準備するより先に、俺が後ろに下がればいい。盾は用意していくから、シルファーンと二人なら、暫く壁くらいにはなれるよ」
先に両手にあの大きな得物を準備されてしまうと、数秒とは言え入れ替わるのに余計な時間がかかる。
後ろの人間ならともかく、真っ先にトップに割り込むには致命的な数秒かも知れない。
「つまり、俺の準備のタイミングも作戦の鍵ってわけか。了解した、気をつけよう」
ルイゾンは苦笑しながらも了承する。
ルイゾンもまた、その数秒の大切さを理解している人間の一人だった。
「そこまで考えるなら、いっそアスパーンとルイゾンが並行するのがいいかも知れないな。アスパーンはスピードもあるし、ブラフマンだってその方が長い得物が使いやすいだろ?」
リチャードは冷静だった。
これは要するに、ブラフマンが右利きのため、右後方にアスパーンが居るのなら『より後ろに』居てくれた方が得物を扱い易いだろう、という配慮だ。
「あぁ、いいね。じゃ、そうしよう」
アスパーンもその利点に納得し、了解する。
「少し整理しましょうか」
マレヌがいつものように、携帯黒板を取り出した。
一.三チーム(仮称、カッパー、ブロンズ、シルバー)に別れる。
二.隊列は二列縦隊を作る。
三.この際、カッパーは左側、ブロンズは右側に列を作り、最後尾にシルバーが並ぶ。
四.前列左側から順に、ティルト、リチャード、ブラフマン、ラミス、マレヌの順に並び、その後にルイゾン、アスパーン、シルファーン、イルミナと並ぶ。
五.戦術は基本、フロア中央の十字路まで進み、『遺跡守り』の位置をティルトが確認、その後、押し切りながら三方で囲み、前衛が畳み込む。
六.縦列中に後方から不意の襲撃が有った際には、アスパーンとイルミナが前後を入れ替え、時間稼ぎをしながら順次入れ替わる。
「と、まぁ、こんな所ですが、補足するところは有りますか?」
「そういや、増援が来たらどうする?」
マレヌの言葉に、ティルトが手を挙げる。
「その時は、分散している分、数的に不利になる恐れがあるから、背後をとられないように一旦増援の居ない方へ合流して、こちらへ誘導した上で囲み直す。配置的にシルバーチームが一番その可能性が高いから、イルミナとシルファーンは誤射と背後に十分気をつけてくれ」
「りょーかいだよ、リッチー」
イルミナはビシッと敬礼して見せる。
「私は主に背後を気にしておくから、イルミナは誤射しないことを最優先にね」
「うん、宜しく、シルシル!」
シルファーンのフォローを受け、イルミナは人好きのする笑顔でニカッと笑って頷いた。
話が概ね纏まったと判断したリチャードが、一同を見回して口を開いた。
「とにかく、折角頭数を揃えてここまで来たんだ。きっちりやることはして、『遺跡守り』を仕留めるぞ。いいな」
「あいよ/えぇ/フム/解ってるって/オッケー/了解です/分かった/よっろしくー」
リチャードの言葉に、残りの八名は全く別々の言葉で了承を返した。