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《偵察》

 石造りの床だった一階に較べて、階段は変な材質だった。

 石にワックスを塗り固めたような、足が滑るような止まるような、妙に柔らかい感触だ。

「ゴムじゃないわよね?」

「ゴムっぽいけど、何か違うよな?」

 吹き抜け部分のロビーが影響しているのか、二階に辿りつくまでは十五段を登って小さな踊り場、と言うのを四度繰り返して二階だったが、後は十五段を二度繰り返すだけでワンフロアになっている。

 念のため扉を開いてみたが、二階こそ普通に開いたものの、それ以降は強引にノブを叩き壊された形跡が残っていた。

 階段の脇には折り返し部分と壁側の両方に手摺がついており、安全面に随分考慮の行き届いた施設であることを伺わせた。

 周囲は暗かったので、階段を登りだした段階でシルファーンが光の精霊を呼び出して二人の中央に並走させている。

 所々、壁の端が崩れたような痕跡や細かな埃が目立つが、それ以外には何もない、白い壁だった。

「……ネズミがいるのね。流石と言うか、何と言うか」

「と言うことは、虫も入り込んでる、と」

 古代文字で五階を示す文字が見えたとき、フロアの様子が少し変わってきた。

 それまでは明らかに集会用のスペースだと思われる場所が続いていたのだが、カーペットと廊下が続くようになってきたのである。

「この辺りから調べ始めればいいかな?」

「そうね。学習塾みたいなところだし」

 フロアに入って目の前に有った昇降機の部分は避けて通ることにした。

 明らかに稼働していないので、後回しだ。

 そこで、右手に折れて廊下を歩く。

 明かり採りを兼ねてなのか、外観に繋がる右手側はガラスで覆われており、二メイル(≒メートル)と半分程の幅の廊下が広がっている。

 人が通るには充分以上で、宿の廊下などとは較べるべくも無い広さだが、この横幅は、明らかにブラフマンの戦斧槍を普段の間合いで広げられるほどの広さではない。

 ブラフマンには、普段よりも少し短めに、戦斧槍の中央近くを持って行動してもらうことになるだろう。

 一方で、高さの方は光の精霊に手伝ってもらって確認したが、リチャードが縦に構えても問題なさそうだった。

「しっかし、廊下は、高さはともかく、幅が狭いな」

「アスパーン、ここで横に薙げる?」

「俺が中央にいるなら一回転出来る。でも、多分リチャードには無理だ。当然、ブラフマンさんも」

「密集戦になるわね……これは困ったわ」

 密集戦になると、多人数と言うのは却って邪魔にしかならない。

 『遺跡守り』とやり合うにしても、散開できないのならばそれなりの覚悟が必要になるだろう。

 この人数を生かすというのなら、可能ならば広場に誘い込みたい。

「部屋の中はどうなんだろうな?」

 アスパーンは手近なドアに手を掛けるか悩んで、結局はつま先でちょっと蹴ってみた。

 特に仕掛けが無かったのか、或いは誰かが解除した後だったのか、ドアは何事もなく開いた。

 そのまま、室内の様子を探って、一切の気配を感じないことを確認してから中に入った。

 室内は開けていて、中央部分には金属製のデスクが幾つも固められていた。

「……役所か何か?」

「或いは、それに類する仕事場だな」

 シルファーンの感想に同意する。

「ねぇ、あれ」

 『第二営業部』

 シルファーンの指差す方に、古代語でそう書かれたプレートが天井から下げられている。

 言葉に覚えはないが、支店を持っているような大店が販路を広げるために『営業』という言葉を使っているのは知っている。

 恐らくここはそういう場所なのだろう。

「第二、ってことは、第一とかがあるってことだな。幾つもこんなのがあるのかな?」

「だとすると、現代からは考えられない規模ね」

 天井には恐らく先に話題に登った照明器具が何箇所にも渡って設置されている。

 文明の規模から考えても、この場所ではこれが当たり前だったのかも知れない。

「ここなら、上下左右関係なしに武器は振れそうだな。……デスクが邪魔だけど」

「間取りは私がメモしておくから、先へ行きましょう」

「よろしくお願いします」

 アスパーンは頭を丁寧に下げて、そのまま次の部屋へ向かう。

 因みに、アスパーンには画才も欠片ほども無い。

 初等教育を受けたとき、教師が匙を投げて『まさかメリス家の末子には視覚障害が有るのでは』と疑われたほどである。

 今までアスパーンが描いたものを見せて、『それが何なのか』と訊ねて正解したことのある人間は、家族のうち数人以外には、シルファーンしかいない。

 お陰で今では、地図作成や似顔絵の作成なども含めて、その辺りのことは総てシルファーン任せになっている。

 閑話休題。

 隣接する個室は先程の部屋ほど広くは無かったが、埃の積み具合の差から見ると、調度品が置かれていたような形跡が残っていた。

「誰か、責任者の部屋だろうな」

「荒らしきられてるわねー……」

 シルファーンが、今にも『掃除をしたい』と言い出しそうな雰囲気で声を漏らす。

 切り裂かれたソファー、塗装の剥がれ落ちた木製のデスク。

 引き出しの中身は完全に散逸していた。

 デスクのサイズは、見た目的には先程の金属製のものより遥かに大きいが、木製の方がステイタスが高いということだろうか。

 昔の人の考えることはよく分からない。

「ここはもういいや。このフロアをしらみ潰しに探してみよう。ここから五階分も調べれば、多少傾向とかも見えてくるだろうし」

「了解。大雑把なところは風の精霊に手伝ってもらいましょう」

「その方が早そうだな」

 二人は扉と廊下の間で僅かに生まれる気圧差で出来る風から、精霊を呼び出した。

 その他に、契約して付いてくれている精霊にも頼み込んで周囲を探ってもらう。

「風の精霊は普通に扱えそうだな」

「それが分かっただけで一安心だわ。何故か微妙に土の精霊の動きも感じるし」

「なんか気味の悪い建物だよな。建物なのに家屋の精霊がいるでも無く、大地の精霊は封じ込められながらも『居る』感じだし。水の精霊は壁の中を動いてるしさ」

「水の精霊が壁の中を動いているのは仕方ないわよ。多分上水道が完備されてるのね」

「でも、ウチらとしては、扱い辛いことこの上ない」

「まぁ、それはね……」

 シルファーンが言いながら部屋を出て、廊下に戻ろうとした、その瞬間だった。

 廊下に僅かに何かの影がちらつく。

「不意打ち!」

 アスパーンはシルファーンに向けて叫ぶ。

「っ!?」

 シルファーンはアスパーンの声に即座に反応して、一歩後方へ下がる。

 部屋の入口に、何かがガツンと大きな音を立ててぶつかった。

 見た感じだと、巨大な棍棒のようだ。

 咄嗟に跳んだ故に金属製のデスクにぶつかりそうになったシルファーンを、アスパーンは抱きとめた。

「ナイスフォロー」

「いや、あのタイミングでよく躱した」

 お互いを褒めあうよりも先にするべきことがある様だったが、取り敢えずシルファーンを下ろして間合いを離す。

 不意打ちに失敗した相手はそれまで殺していた息を、ヤカンに湯が沸いた時のような音で盛大に吐き出すと、狭そうに扉を潜る。

 比喩でなく、入口は相手にとって狭かった。

巨鬼オーガか」

 二メイル(≒メートル)近い巨体の額に一本、角を生やし、顔には張り付いたように憤怒の表情を浮かべた鬼がそこに居た。

 巨鬼オーガと通称される妖魔で、妖魔の中では特に力に長け、破壊と憤怒を象徴する妖魔とも言われる。

「なるほど、今までそうやって迷い込んできた人間を狩って生活してきたわけだ」

 アスパーンは背中のホルダーから盾を取り出すと、ベルトに腕を通す。

 巨鬼は当然アスパーンの言葉など理解はしない。

 破壊衝動に任せるかのように、近くにいたアスパーンの方へ襲い掛かってきた。

「おっと」

 アスパーンの腰ほどの太さもある右腕から繰り出される棍棒は、振り抜かれただけで容易くアスパーンの身体を持って行きそうな勢いがあった。

 故に、アスパーンはその攻撃を懐に入り、屈んで躱す。

 それと同時に、膝の靭帯に二撃、突きを入れる。

 突きは狙いを外さず、巨鬼の両膝、上側の靭帯を貫いた。

「ガッウ!?」

 叫ぶ間も与えず、舞うように膝から抜いた剣を翻し、両肘の腱と太い血管を斬る。

 血管を斬ったと同時に飛んだ血飛沫が、剣の軌道に合わせて弧を描いた。

 何が起こったのか分からないであろうまま、巨鬼の巨体が膝を床に着く。

 これでようやく、アスパーンの目の前に巨大な顔が見えるようになった。


 十七式(紅葉落し)


 アスパーンの剣尖が巨鬼の喉を貫いた。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 気道を封じて五秒、脳に酸素が届かなくなって巨鬼の意識が途切れた瞬間に剣を引き抜き、大きく一歩下がる。

 その反動で巨鬼の巨体が音を立てて前のめりに倒れた。

「アスパーン、次!」

 シルファーンの声で、巨鬼の背後、その身を低くして影に隠れていたもう一体の存在に気付く。

「……我が友、風の精霊よ、我が意に沿いて……」

 シルファーンが投げナイフを数本手に取り、精霊を呼び出す。

穿うがて!」

 シルファーンの声にあわせてその意を得た風の精霊達が、アスパーンに襲いかかろうとしていた二体目の巨鬼オーガに側面から襲いかかる。

 二度・三度と襲いかかった投げナイフが、一体目の体を乗り越えようとしていた巨鬼の

脇腹や左目に突き刺さり、バランスを崩す。

 その隙を見逃すアスパーンでは無かった。


 裏三十七式(裏桜花)


 下段から大きく踏み込み、巨鬼の顔面を縦に切り裂いた。が、一体目の身体が踏み込みの邪魔になった所為か、右目の視界を奪ったものの、これでは浅い。

 裏三十七式(裏桜花)は本来、下段から正中線を裂き、今の間合いなら本来顎の骨を叩き割る技なのだ。

(……なら)

 振り抜いた剣を反してもう一歩踏み込む。

 深く食い込んだ刃は巨鬼の左の頚動脈を裂き、鎖骨は同時に叩き込まれた『徹し』を受けて砕き割られた。


 五十二式(獅子咬み)


 血飛沫が舞い、巨体が沈む。

 三体目が来ないことを確認しながら、アスパーンは大きく間合いを外した。

 折り重なるように倒れた二体の巨鬼を遺して、扉の先からは何者かが遠ざかる音がした。

 恐らく他にも居たのだろうが、逃げ出したのだ。

「サンキュ。助かった」

「全く後ろのこと気付いていなかったでしょう。相手の得物が棍棒で助かったわね」

 シルファーンは風の精霊を通じて投じたナイフを回収すると、懐に忍ばせていた布で手早く血を拭う。

 まだまだ序盤。

 投擲用のナイフもまた、これから先何度使うか分からないので、出来る限り回収しておくのだ。

「いや、全く、面目無い」

 少し実戦慣れして鍛えられた人間が相手だったりすると、仲間が死んだと分かった瞬間その体の脇や身体越しから剣や槍を差し込まれることが有る。シルファーンが『棍棒で助かった』と言っているのはそのことだ。

 先んじてシルファーンが脇、目と、体勢や視界を崩しやすい場所に攻撃を仕掛けてくれたお陰で相手の攻撃に割り込むことが出来たが、あのままでは一撃を受けてから対処しなければならないところだったろう。

 敵が居ないだろうと高を括っていたことも有ったが、相棒と二人、お互いに実戦感覚に緩みがあるのかも知れない。

「私も大分油断してたからあまり責められないけど、お互い気を引き締めていかないとね」

 アスパーンが考えていたことを、シルファーンも感じていたらしい。

 アスパーンは大きく頷いて、周囲に視線を配った。

「荒らされた感じが古かったから、油断したな。それとも、ああやって暫く人が立ち入っていないような場所を作ることも、相手の手の内だったのかも知れない」

「そうね。さて、続きは残りの場所を調べてからにしましょ。不幸にして、逃げて行く気配も有ったことだし、不意打ちには気を付けて」

「オッケー」

 アスパーンは剣を手に、再び廊下に出た。

 ここからはもう、油断はしない。

 基本的に風の精霊に内部構造の調査は任せるつもりだったが、ある程度敵の傾向も掴んでおかなければならないからだ。

 一旦廊下で先程喚び出した風の精霊達が情報を持って帰ってくるのを待ちながら、アスパーンも用意しておいた布で巨鬼の血を拭う。

 日頃のメンテナンスの甲斐も有ってだろう。芯は全くぶれておらず、血を拭ってしまいさえすれば、剣は綺麗なものだった。

「うぅむ、ブラフマンさんのありがたみが良く分かるな」

 調息のために、二度深呼吸。

 それで充分に呼吸も気力も戻った。

 命のやりとりは遊びではない。

 どれほど短い時間で戦闘を済ませたとしても、終わってみれば息が上がっていることも少なからず有る。そこを考えての調息だった。

 特に、遺跡の探索は基本的に長丁場だ。

 緊張感を維持しつつ、呼吸は穏やかに。

 それが基本だ。

「帰ってきたわよ」

 シルファーンが風の精霊とやり取りしながら、通路をメモしていく。

 通路の構造が分かっただけなので、ドアの位置や部屋がどのようなレイアウトになっているかなどは確認に行かなければならないが、廊下のレイアウトが分かるだけでも全然違う。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 シルファーンが周囲の気配に耳をそばだてて、音で確認できる物がないのを確認しつつ、呟く。

「……この分だと、多分両方出てくるよね。比喩でも何でも無く」

 鬼は既に出た。

 大蛇の一匹くらい、余裕で住んでいるに違いない。

 寧ろ、蛇を通り越していないことを祈るばかりだ。

「そうねぇ。でそうねぇ」

 シルファーンも同じ想像をしていたのか、失言だったと言うように苦笑いをこぼした。


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