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《未知との遭遇》

 僅か、数百メイル(≒メートル)手前。

 それが、フーコー西遺跡が全貌を表した瞬間だった。

 デカイ。

 純粋に、アスパーンの印象はその一言だった。

 ある地点を境に見えなかったものが、急に影と共に登場したその時の感覚を、どのように表現するべきか。

 四十階とかでげんなりしている場合じゃない。

 目の前にそびえている物は、恐らくはもう一桁多いサイズの塔だった。

「ニャハハ、ようこそ、遺跡探索の世界へ~って感じかな。驚いたでしょ?」

 そう言って笑うイルミナの表情には、既に昨夜の異変は全く感じ取れない。

 隣でシルファーンも、唖然とした表情で塔の頂上を探していた。

 他の面々はさして驚いた風でも無く、寧ろ唖然としているアスパーンとシルファーンの表情を楽しんでいるようだった。

「訊いたこと無かったけど、皆は遺跡の探索経験有るのか?」

 あまりにも『当然』と言った雰囲気が流れていることから、アスパーンは思わずリチャードに訊ねる。

 記憶が無いというリチャードのことだ、寧ろ他の面々と同じようにこの雰囲気を受け流していることの方が、アスパーンには意外に感じられた。

「俺は当然覚えてはいないが、多分有るんだろうな。打ち合わせで多少聞いていたし、多分こういう物だろうという予想はしてた」

「僕は大陸にいた頃、少々」

 リチャードの答えに乗っかって、マレヌが答える。

「アタシたちは一応、プロだからね。別の遺跡には行ったことがあるし」

「外観なんかの大雑把なところは充分にリサーチ済みだ。逆に、内部構造に関しては調査しきれてない部分が多い。建物の中に入ったら出たとこ勝負になるんだろうけどな」

 ラミスとティルトが、プロらしい意見を述べると、ブラフマンも鼻を鳴らす。

「フム。ザイアグロスは遺跡そのものだと聞いておったが、外観はだいぶ違うらしいの」

 ブラフマンの言葉に、アスパーンとシルファーンは顔を見合わせた。

「……これに較べると、ウチの辺りは『遺跡』というより『廃墟』だよね?」

「地下に延びてるしなぁ。ビジュアル的に、こんな所見たことない気がする。上に長いってなんか変な?」

 シルファーンがブラフマンの言葉にそう返し、アスパーンも同意する。

 ザイアグロスもまた、前文明時代の遺跡の一つに数えられている部分があって、共通する雰囲気が全くないわけでもないが、これだけ上に長いと何だか異常に感じる。

「整いすぎてて、逆に歪んでるんじゃないかって感じがして、何か気持ち悪い。世界を直線で枠に囲んで作ったみたいだ」

 それがアスパーンの正直な感想だ。

 舗装が進みすぎていて、大地の精霊は完全に舗装の下に追いやられている。普通は石畳で舗装されていても大地の精霊の力が働いているものだが、ここはあくまでも『地盤にするに足る素材』で舗装されているに過ぎず、足元から大地の精霊の力は感じられない。

 また、その材料と同じような材質の素材で建物が作られていて、魔術師ギルドにいたような、家屋に宿る精霊の力も感じられない。

 この『遺跡』には、荒涼と吹きすさぶ風の精霊『だけ』が入り乱れ、逆に言うと、風の精霊ですら本来あるべき空を求めてさまよっているようにアスパーンには感じられた。

「精霊魔術師の視点からすれば、その感想はとても良く分かるわ。アタシも初めてこの時代の遺跡に来た時はそう思ったし」

 ラミスがアスパーンの感想に同意する。

 この時代の遺跡。

 ラミスが敢えてそう言ったことを考えると、もしかするとザイアグロスの『遺跡』部分とこの『遺跡』とでは、前文明時代の中でも作成された時期が違うのかも知れない。

 恐らく、この遺跡はアスパーンの知っているザイアグロスの遺跡よりも、文明的に進んだ時期の遺跡なのだ。

「大地の精霊は使えたもんじゃないわね……」

「あぁ、気配がなさ過ぎる。風の精霊も、この分じゃこちらの言うことに耳を傾けてくれるか怪しいもんだ」

 大地の精霊は封じ込められすぎていて、風の精霊は集団で行き場を失っているのか、半狂乱になっている。捕まえることはともかく、言うことを聞いてくれるかどうかが怪しい。

「建物の敷地内とか、壁があるような場所なら大丈夫。この辺りで迂闊に声を掛けると、調子に乗ってるから逆襲を食うわよ」

 ラミスが苦笑いする。

「精霊使いってのも大変だな。俺は全く見えねぇから関係ねぇけど」

 ティルトが後頭部で手を組みながらアスパーンの方を見上げてくる。

 心配するのなら、アスパーンよりも精霊魔術師が本業であるところの自分の相棒……ラミスのことを先に心配するべきだと思うのだが、コイツは何を考えているのだろう。

「俺はそんなに困らないけど、シルファーンはこの環境から呼び出そうとすると大変なんじゃないかな。まぁ、俺とは技量が違うし、奥の手も有るから心配要らないと思うけど。本来『作らなければ発生しない』炎の精霊が一番安定して力を発揮しそうって言うのは、何だか『自然界の一部としての在り様』みたいな部分で正しいのか不安になってくるな」

 地下を通して水の精霊の動きを感じるので、こちらは水場が有りさえすれば正常に言うことを聞いてくれそうだ。

 恐らく上水道が整備されているのだろうが、アスパーンが水の精霊を確保するには直接交渉するために水場へ行かなければならないだろう。

 シルファーンの『奥の手』については何れ説明する機会もあるだろうが、今は置く。

 『奥の手』はおいそれとは使えず、また隠しておくからこそ『奥の手』なのだから。

「結局俺の場合は、気合い一つで生きていくしか無いんだなぁ」

「『気術』と言わずに『気合』って言ってる時点で、普通の人からすると十分おかしいけどね。多分アスパーンは、『気術』について、見えてるものが私たちと違うのよ」

 シルファーンはそう突っ込むが、アスパーンにとっては変に体系分けなどしなくとも『気合』は『気合』である。

「最近覚えたばかりの俺にしてみれば、羨ましい才能だな。頼りにしてるよ」

「アタシももうちょっとな感じなんだけどねぇ。こう、リチャードとは違う形になりそうなんだけど」

「人によって向いてる方向が違うらしいからな。俺みたいに思いつきで使うのは珍しいそうだから、参考にしない方がいいよ。そういえば、この間から気になってたんだけどさ。試したことはないけど、武器や盾を強化出来るんだから鎧も強化出来るだろうし、ラミスの服を強化すれば鎧の代わりくらいになったりしないかな? なんかこの間、鎧作るとか言って色々こじれてなかったっけ?」

 『神を飲む蛇』の一件の頃、防御の重要さを実感したラミスはブラフマンに鎧を試作してもらっていた。

 その報酬が、後々色々な問題を引き起こしてくれた、あの『悪魔召喚の箱』である。

「それだ!」

 ラミスが快哉を上げた。

「何か練り上げた『気』の力をナイフとかに移動出来そうな感じだったのよ。アスパーンみたいに武器で闘うわけでもないから使いどころに困ってたんだけれど、そういう使い方があったわね」

「いや、俺も鎧では試したことがないから、ホントに出来るかはやってみないと分からないけどね」

 剣や盾に『気合』を込めている状態で鎧にまで気を配るのは、集中力が分散してしまうのでアスパーンにとっては望ましい状態とは言えない。

 一方で、『気術』を習得しても、アスパーンがしているようなやり方で精霊に食わせるか自分で使うかしか用途が有るとは思えないラミスが、自分の防御力を上げるために『気術』を使うのは間違った選択ではないだろう。

「でも、出来そうな気がするのよねー」

 ラミスがそこまで言った所で、集団の列がハタと止まる。

 先頭を歩いていたルイゾンが止まったのだ。

 アスパーンもひとまず足を止めて、何事かと前を見てみると、目の前には大きな立て看板が立っていた。

「ここが入口や集合場所代わりに使われてる通称『大看板』だ。捻りの無い名前だが、目印としては丁度いいだろ?」

 ルイゾンが指差した看板には、遺跡の俯瞰図を記したと思われる地図と、古代文字での説明書きが記載されている。

 下の方には説明書きのような物とボタンが多数あって、どうやら案内板のようだった。

 イルミナが一番左上に有るボタンを押すと、地図上の一点が点滅する。

「ここが現在地。で、これからウチらが行くのがこの塔ね」

 古代語で『ヴェルフルタワー』と訳すであろう場所のボタンを押すと、中央に近い一角が点滅する。真正面に見える一番高い塔の、隣の塔だった。

「……流石に、一番高い塔ではないわけね」

 シルファーンが安堵したように息をつく。

 正直なところ、アスパーンも少なからず安心した。

「隣でも、七十階建てですけどね」

 マレヌがいつものように、困ったような顔をしながら眼鏡を吊り上げた。

「殺す気か」

「全盛期は昇降機を使ってましたから、使ってた人達は別に苦労しなかったんですよ」

 ティルトの口をついて出た悪態を、マレヌが受け流す。

 但し、マレヌの表情は『大看板』の一点を、不可解なものを見つけたかのように見据え、眉根を寄せていた。

 アスパーンが少し気になってその視線を追いかけようとすると、マレヌがそれに気付いて視線を外す。

 その不可解さにアスパーンが首を傾げていると、リチャードが口を開いた。

「そんなことより、ルイは戦闘するのに困らなかったという話だけど、俺としては一応途中のフロアで一度、天井の高さと廊下の幅を確認しておきたいな。ブラフマンもだろ?」

 二人のやり取りをまるで聞いていないかのように、リチャードが口を開いた。

「フム。ワシが気になるのは廊下の幅じゃのぅ。お前さんとは身長が違うから、高さはそれほど気にはならん」

 ブラフマンは顎鬚をこすりながら答える。

 確かに、この一行の中で武器を含めたリーチが一番長いのはリチャードとブラフマンだろう。

 リチャードの外套サーコートの下に装着された大剣は鞘に収まりきらず、留め具で止めるほど巨大なものだし、戦斧槍ハルバードを使うブラフマンは大斧の部分を充分に振り回すための広さが有るかは気になるところだろう。

 一行は塔の隙間を縫うように歩き続け、やがて目的の塔に着いた。

「おーっ」

 思わず出た声が自分のものなのか、他の誰かのものなのか、よく分からなかった。

 最大の塔ではないとは言え、目の前に来ると充分以上の迫力がある。

 上が見えない。

 というか、もしかすると見ようとしてはいけないものなのかも知れない。

「フム、ここか」

 ブラフマンが自分の職場とばかりに、一歩前へ進み出る。

 透明な板、どうやらガラスではないようだが、それに類する何かで仕切られた塔の中に入ると、天井は以上に高く、廊下と呼べるものは先ず存在しなかった。

 いうなれば、ホールである。

「……ロビー構造ね」

 流石にその辺りは、現代も前文明時代も無いらしい。

 と、なると、今度は別の用事が出来ることに気付いた。

「昇降機は何処に有るんだろう?」

「こっちだよ~」

 イルミナが一同を先導して、ロビーの脇へ抜けて行く。

 僅かに奥まった端の方に幅の広い廊下らしきものが有って、左右に扉が有る。

 そこの、天井から扉への張り下げ部分に『一……十』『一・十一……二十』『一・二十一……三十』などと記載されている。

 点が打ってある部分は飛ばし部分で、その次の数字から三点で繋がれている階層へ移動出来るのだろう。

 どうやら記載されているフロアへ、できるだけ早く移動出来るように工夫された昇降機らしい。

「同じ記載が三つずつ……三基ずつ必要だったってことね?」

「広すぎて嫌になるな」

 シルファーンの呟きを聞いて、ティルトが口を歪めて肩を竦める。

「まぁ、こちらは一基でも生き返ってくれればいいから、気楽なもんだけどな」

 リチャードがシルファーンとティルトのやりとりを聞いて、答える。

 確かに、言われてみればそうだ。

 少しでも楽が出来ればそれに越したことはない。

 しかし、それを聞いて、アスパーンの心にふと忘れておきたかった話が浮かんだ。

「そういえば、前回はどうやって登ったんだっけ?」

 取り敢えず、聞いてみることにする。

 ルイゾンは決まりが悪そうに目を逸らすと、頭を掻いた。

「……階段を、歩いて」

「マジで!?/げぇっっ!?/嘘っ!?/あーあーあー!?」

 詳細の打ち合わせに加わっていない内、アスパーンを含めて四人が同時に別々のリアクションをした。

 そういえば、そんなことを言っていた気がする。

 しかも、途中で階段が崩れていて別の階段へ回り道したとか。

 リアクションをしなかったのはブラフマンだけである。

「あーハハハハ…………」

 慌てふためく四人のリアクションを見て、イルミナが苦笑いしていた。

「『手に負えんかった』っちゅうことかの。ワシぁ、『工具を持って来い』と言われた時点で予想はしちょったが」

 ブラフマンが溜息とともに、その背中に背負った誰よりも大きなサックから武器と盾を外し、荷物を降ろす。

 アスパーンはブラフマンの荷物にホウキとチリトリが有ったのを思い出して、それをブラフマンより先に取り出す。

「??」

「ブラフマンさん、ちょっと寝て」

 アスパーンは疑問符を浮かべるブラフマンに微笑むと、その足元を掃いて綺麗にしつつ、スペースを確保する。

「……なんじゃいな?」

「寝たら、腕を横に伸ばして戦斧槍を持ってくれる?」

「フム。そういうことか」

 こちらの意図を理解したのか、ブラフマンは素直にアスパーンの用意したスペースに横になった。

 アスパーンはそれから色つきのチョークを用意すると、ロープを取り出す。

「大体ここから、ここまで、と。次、リチャード」

 ブラフマンに手を貸して起き上がらせながら、リチャードを呼ぶ。

「俺もか?」

「アンタは上に腕を伸ばして、剣を持つ」

「あぁ、そういうことな。助かる」

 リチャードも言われるまま、腕を伸ばす。

 アスパーンは別の色のチョークでロープにそれを記入すると、リチャードに手を貸して引き起こした。

「何してたの? アーちん?」

「間合いの確認だよ、ほら、さっき少し話に出たろ?」

 首を傾げるイルミナに、アスパーンは答える。

「おぉー、ヴェルフルタワーに入る前ね」

「そうそう、それそれ」

 ポンと手を打ったイルミナに頷いてみせると、アスパーンはルイゾンに声を掛けた。

「ルイ、アンタたちが登った階段って?」

「この脇にある」

 ルイゾンが一番奥に有る階段を指差す。

「じゃぁ、遺跡の知識がある人達は昇降機の回復で忙しいだろうから、俺とシルファーンで十階くらいまで登ってフロアの幅と高さを調べてくる。多分、そのくらい行けば大体同じような構造になってるんだろうし、パターンが有るようならそこも確認してくるから」

「……なるほど、後はリーダーと錬金術師に遺品使い、盗賊、魔導魔術師、となれば、確かにお前たちが適任か」

 ルイゾンが納得したように呟く。

「大丈夫? ウチも行こうか?」

「いや、イルミナはブラフマンさんに前回何をどうやったかとか、試したことを説明しなきゃならないだろ? 大丈夫、シルファーンがいれば、多分迷わない」

 アスパーンは地図が苦手だが、実は方向感覚は人一倍ある方だ。迷宮のように手を加えられていなければ、野外で迷うことは先ず無い。加えて、実はシルファーンは地図には滅法強かったりする。

 シェルダンでの一件のように森で獣道に入り込んで迷うことの方が、稀なのだ。

「じゃぁ、アタシ、付いて行こうか?」

「いや、ティルトとラミスもこっちにいた方がいいだろう。ブラフマンさんの手が入らない場所を直すときには、二人の手が必要だろうし」

 ラミスの申し出を、アスパーンは断った。

 この局面で、ティルトもそうだが、ラミスの手も外すわけには行かない。

 昇降機は繊細かつ微細な部品を伴う機械だと聞いている。

 山妖精のブラフマンの指ですらなしえない繊細な作業や、戦士としての訓練も積んでいる逞しい腕が入らないような場所でも、ティルトやラミスの指ならば可能かもしれない。

「そうですねぇ。……確かに外せる人間はいませんし、精霊を扱う貴方がたにも遊んでいてもらうより、情報は集めて、この環境に慣れてもらいたいところですね。分かりました。では、よろしくお願いします」

 マレヌが了承を求めるようにリチャードの方を見ると、リチャードも頷く。

 しかし、リチャードは頷いてから顎に手を当てて暫し黙考し、改めて付け加えた。

「戻ってきたときに誰もいなくても、暫く……三十分は此処で待ってろ。お互いに探し出すと合流できなくなる。もし出掛けることになっても、こちらから定期的に様子を見に誰かをよこすようにするから」

 なるほど、そこまでは考えていなかった。

 確かに戻ってきたとき誰もいなければ、探して歩き回ってしまい、合流出来なくなる可能性が有った。

「解ったわ。そうさせてもらう」

 シルファーンが答えながら、アスパーンの方へ視線を送ってくる。

 アスパーンはシルファーンの視線に応えて、小さく頷いた。

「じゃぁ、行ってくる」

 アスパーンはルイゾンが教えてくれた階段を、相棒とともに進み出した。


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